視界がブラックアウトした後、主観時間では数秒でセンサーが復旧し、アルダの脳に外界の映像を届けてくる。
「む……ここはどこだ……?」
「おいアルダ! すげーぞここ!?」
周囲を見回す前に、相棒であるホロウの声が聞こえてきた。
そちらを振り向くと、非常に興奮した様子のホロウが――
「いや待て、お主は……ホロウなのか?」
アルダが訝ると、ホロウに声と色合いだけは酷似している角ばった何者かが、腕らしき直方体をバタバタと振り回しながら喋った。
「そうだよオレッチだよ!
何かめちゃくちゃ角ばってるだろうけど……
でもお前も同じようにカクカクだからな!?」
「拙者もか……?」
言われて両手を視認しようと上げてみるが、肘が曲がらないことに気づく。
肩の動きだけで両腕を掲げてみると、アルダの腕も、確かに角柱状に変化していた。
「何と」
変化は脚や胴にも及んでいる。
肘が曲がらないので顔や頭髪などに触れて確認することができないが、ホロウを見る限り、アルダの頭部も粗いドットでグラフィックを施された立方体めいた状態となっていることだろう。
ホロウは興奮冷めやらぬ様子で、二本の脚で(!)周囲を動き回っている。
「な!? 何かすっげー、どっかで見たことある感じ!!
オレッチたちどころか、周りの景色もめちゃくちゃ四角くなってるッ!!!
オラっ、食らえーッ!」
ホロウは高まったテンションのままに、近くにあった物体――色を見るに、どうやら樹木であるらしい――に向かって腕を振り回し始めた。
止めようかとも思ったが、アルダは思いとどまる。
(ひとまず様子を見るか……)
だが数秒もすると、ポコ、と音を立てて、ホロウの叩いていた角ばった樹木の一部が弾けた。
「うぉおおおおお!!」
次の瞬間にはホロウの足元に木の色をした箱が出現し、さらに彼の手元にも、粗いドットで描かれた斧――刃まで木で出来ているような色合いだ――が出現する。
それを振り回したホロウは、素手の時に比べて段違いの速度で木を破壊し始めた。
アルダは瞠目していた。
(物理法則を無視した現象が立て続けに起きているが……拙者の機体の自己診断には異常が無い。
拙者やホロウが夢を見ているだけなら、自己診断の結果など帰ってはくるまい)
見ている間にもホロウは木の斧で樹木を破壊し、木のシャベルを作って土を掘り、出土した岩石の層を木のツルハシを作って採掘し、次に石のツルハシを作って鉱石を採掘し始めた。
掘削した土砂も岩石も立方体をしている点も含め、現実では困難な恐るべき早業だ。
(憶測に憶測を重ねることになるが、拙者たちはいわゆるサンドボックスゲームの中――もしくはそこに酷似した異世界に来てしまったのではないか?
それが敵対者の罠か、そこから守ろうとした別の誰かの仕業なのかは判らぬが……)
アルダが考えていると、既に採取した立方体を駆使して家屋らしきものを作り上げていたホロウが呼びかける。
「なぁアルダ、その辺に羊とかいないか? ヒツジ」
「なぜ羊なのだ?」
「夜に備えてベッド作りたいんだ。ベッドには羊毛が必要で、羊毛は羊を倒せば手に入る」
「む。倒すとなると、殺生が必要ということか……?」
「まぁそうなるか。アルダが無理ならオレッチがやればいいんだけど。
おりゃっ」
ホロウは立方体の形をした家屋の外に出て、まだ伐採していない木に向かって腕を掲げた。
次の瞬間、彼の手の先からエネルギー弾を模したかのような、紫色に輝く立方体が飛び出す。
それはポコンと軽快な音を立てて幹の下部を破壊し、小さな立方体に変えた。
ホロウは感心したように、破壊された樹木の破片を回収する。
「おっ、何か現実より威力ある気がするな……いや木の耐久力が低いのか?
考えてみたら素手で採れるくらいだもんな」
それを見て、ならば、と、アルダも腰のスタン・カタナを抜いてみた。
肘と手首の関節が動かないので抜刀動作に不安があったが、そんなことは杞憂だと言わんばかりに、彼の手の中に粗いドットで形成されたスタン・カタナが現れる。
「うーむ、少々調子が狂う気もするが……まぁいいか」
納刀しようと試みると、軽く腕を振るだけでスタン・カタナが視界から消える。
まぁいいかで済ませて良かったものか一瞬迷うが、彼が哲学の迷路に入り込む前に、ホロウが提案する。
「じゃあようアルダ、オレッチが羊毛探してついでに湧き潰しもしてくるから、お前はこれ使って採掘頼むぜ」
「これ……? うぉっ、何かいっぱい出るな!?」
どこにそれほど仕舞っていたものか、ホロウの懐から石のスコップや大量の木の棒、石炭――いずれもエンティティ化されている――が転がり出てきた。
ホロウは家屋の外に置かれた立方体の一つを指差し――いや指など無いので手振りで指し示して、
「いいか? まずはこの作業台を使って一通りのツールを作っておいてだな――」
「いや待てホロウ。それより拙者たちはここから元いたロケットに戻るか、仲間たちと合流する手段を……」
「それにしても生き延びる方が先決だろ? 死んだらリスポーンできるかどうか分からんし」
「うーむ……それもそうか」
アルダはホロウのレクチャーに従い、坑道を掘ることとなった。
洞窟を掘り当てて出現したゾンビやスケルトンなどに説得を試みたアルダが矢を受けてハリネズミのようにされるなどといったトラブルはあったが、ホロウの助けもあり、二人はほぼ立方体しかない世界で生き抜き、ついには村を発見する。
村を訪れたアルダは、村人らしき動く存在を発見し、接近して挨拶をした。
「初めまして、拙者はサムライ・アルダと申す者だが――」
「ハァン?」
「――村長殿などはこちらにおられるか?」
「フゥン」
「その、そもそも拙者の言葉は通じているだろうか……?」
「ハァァァ」
「……ホロウ、助けてくれぬか……?」
白旗を上げるアルダに、ホロウが意見を述べる。
「やっぱり特に話したりはできねーみたいだな……
店で通貨の代わりになる宝石で取引とかなら出来るはずだぜ。
まずはオレッチが矢職人に棒を売りつけて稼いでくるから――」
その時。
カン! カン! カン! カン!
勢いよく、鐘か何かを叩いているらしい音が聞こえてきた。
アルダが音のする方へと視線を向けると、村人たちが通りを慌てて走ってきて、それぞれ扉を開けて家屋へと飛び込んでいく。
「む、何やら不吉な予感がする。ホロウ、行くぞ!」
「気をつけろよアルダ、これ多分略奪者の襲撃だ!」
駆け出す彼の後に追いすがって告げる相棒に、アルダは足を止めずに尋ねる。
「分かるのか?」
「オレッチの知ってる通りだとすると、この世界にも悪い奴らがいるんだ!
そいつらはきっかけがあると、ここみたいな村を大勢で襲うことがある!」
「ふむ、ますますビデオゲームじみてきたということか……だが放ってはおけぬ、お主も気をつけろよ!」
「分かってらい!」
アルダの五感を司るセンサーは、異世界に来ても、持ち主が角ばっても、なお効果を発揮した。
聴覚は武装した10人以上と巨大な四足歩行らしき移動体の足音を、視覚は遠方にその姿を捉えていた。
無辜の人々を襲い、何もかもを奪おうと迫り来る脅威。
その横腹を叩くべく疾走するアルダだったが、そこに。
「む――!?」
ホロウを狙って、彼らの更に横合いから高速の斬撃が襲い来る。
寸毫の隙間にスタン・カタナをねじ込み、アルダは辛くも相棒を守った。
「ちっ……!」
「えっ、何だ!?」
小さく舌打ちをすると、攻撃者は素早く地形を蹴って彼らの死角を突こうとしているようだ。
ホロウは目が追い付かないのか、回転して周囲を見回している。
(速い――!)
視覚センサーでそれを追うと、その姿はアルダたち同様にシンプルな体の表面にドットアートで表示された有様ながら、右目を眼帯で隠した若い娘と推定できた。
上半身には鎖帷子を羽織っており、左側頭部からは蝙蝠の翼のような意匠が生えている。
アルダはそうした風体に、見覚えがあった。
油断なく得物を構えつつ、相棒に呼びかける。
「ホロウ、お主は村人たちに危害が及ばぬよう守りを頼む! 自身の安全も忘れずにな!」
「お前は大丈夫なのかよ!?」
「問題ない! 見覚えがあってな、拙者はこやつの相手をする。
何とか意思の疎通を試みて、可能であれば攻撃をやめさせる!」
「分かったけど気をつけろよ!? 必要ならちゃんと倒さねぇと、オレッチも村人も危ねぇ!」
「心得ている――そこだ!」
「…………!」
そこと見たアルダがスタン・カタナを突き出すと、相手も避け切れないと悟ったか、得物でそれを受ける。
身体を単純化された状態で棒立ちのまま鍔迫り合いをしているような格好になるが、彼は気にせず、呼びかけた。
「お主、拙者の言葉は分かるか! 聞いてくれ!
拙者の記憶が間違っていなければ、お主はヨーコ!
キョウカイの傭兵、ヨーコ・ワットエヴァーであろう!」
名を呼ぶと、相手は動きを止めて訝る。
「んー……? もしやあなたって……?」
人格までは知らないが、相手がアルダの聞き知ったヨーコなる人物と同一であれば――そして正気を失っていなければ――、彼我に共通する敵について話し合う余地がある。
攻撃をやめない他の襲撃者たちの矢弾を回避し、巨大な四足獣の突撃から身を翻しつつ、アルダは名乗った。
「拙者はサムライ・アルダ! 相棒のホロウと共に、地球からナハヴェルトを阻止しに出発した隊の者だ!」
「あらら、存外話が通じそうですねあなた……はいはい、攻撃中止!」
彼女ははっきりと自身をヨーコと認めたわけではなかったが、わたわたと手を振りながらその場で旋回し、襲撃者たちを声で制止しようとしているようだった。
だが、矢の勢いは止まらない。
アルダは木陰に隠れつつ、叫んだ。
「ヨーコ、攻撃が止んでおらぬ!
お主が頭目だと思っていたのだが、違うのか!?」
「おかしいですね、うーん……とりあえず、落ち着いて話したいので……」
「――!?」
そういうとヨーコは自身の近くでクロスボウを撃っていた略奪者に近づき、
「ていっ」
「ヴウァォッ」
手にした刀で斬り付けると略奪者はこてんと転倒し、そのまま煙になって消えてしまった。
それを目の当たりにしたアルダは、思わず叫んでしまう。
「おい!? 味方ではないのか!?」
「会話の邪魔ですし何か言うこと聞かなくなってますし、仕方ないですよね」
「…………!」
アルダは飛び出し、クロスボウの矢を回避しながら他の略奪者たちにスタン・カタナを見舞う。
「ア"ァォ」「ヴァァッ」「ア"ァォ」
電流が走るようなエフェクトと共に、略奪者たちは動けなくなったようだった。
「へぇ、そういうのもあるんですね。でもあのデカいのに効きます?」
「やってみなければ分からぬ!」
そこに突進してきたのは、略奪者を乗せた大型の四足獣だ。
(騎乗者を叩き落として、獣は追い返す……できるか!?)
アルダの身体性能からすれば、行動の難度自体は高くない。
が、彼は跳躍してから初めて、今の自身に飛び蹴りのような動作ができなくなっていることを知った。
(不便だなこの身体!?)
飛び蹴りは諦めてスタン・カタナの一撃に切り替えると、
「ヴァァッ」
果たして、獣上の略奪者は飛び上がるようにして四足獣から離れる。
しかし、四足獣自身にも敵意があるらしく、着地したアルダは背後から攻撃を受けて大きく吹き飛んだ。
「ぐッ!?」
なおも接近してくる四足獣、幸い動きは制限されなかったので、アルダは跳躍して後退――すると。
「ガァォ!?」
四足獣は天高く弾き上げられた。
(何だ……!?)
それは、ロボットのような物体による攻撃だった。
アルダが戦闘に集中している間に、金属か何かで出来ているらしき人型のそれが接近してきて、長いアームを振り回して四足獣を激しく打ったのだ。
そこに、ホロウからの霊波通信が届いた。
『アルダ、聞こえるか? もしもーし』
「む、こちらアルダ。聞こえるぞホロウ」
『アルダ、村人はみんな無事っぽいんだけど……そっちにゴーレムが何体か行ってないか?』
「……うむ、何やらごつい戦力が3体来ているが、ゴーレムというのか……」
ゴーレムたちは腕を振り回し、取り囲まれてそれを受け続けた四足獣は煙となって消えてしまった。
アルダがスタンさせた略奪者たちもゴーレムにやられてしまったのか、姿が見えなかった。
霊波通信で、ホロウが告げる。
『村の守護像みたいなもんだな、物理的に守ってくれるけど。
間違って攻撃するなよ、お前もあの腕でかち上げられるぞ多分』
「いや、助かった。できれば悪人とはいえ殺生はしないで欲しかったが……
事態が事態だ、致し方あるまい」
四足獣が最後の敵だったか、どこからともなくファンファーレのような音が聞こえてくる。
アルダが複雑な心持でいると、そこに近づいてきたヨーコが、くいくいとお辞儀のような動作をしながら話しかけてきた。
「やっとゆっくり話せますね、アルダさんとホロウさん」
「うむ、まずは落ち着いて自己紹介からか……」
アルダはヨーコを伴ってホロウと連絡を取り合い、村の集会場で落ち合うことにした。
彼らは村の中央、鐘の設置された集会場に集まり、立ち話をしていた。
しゃがむ動作も可能なようだが、とはいえ立っていることで疲労が生じることもないためだ。
今は、ヨーコが事情を説明している途中だった。
「で、その人が言うんですよ、元の世界に戻りたければ、ユニークなモブを探せって。
沼地の小屋に住んでる人がそうかと思ったんですが、人違いだったみたいで……
で、村を襲えば出てくるかもしれないと助言を受けて、手下を借りて襲撃に臨んだわけです」
「ふむ……光る目をした男性らしき人物、ということだな。名は聞いていないのか」
アルダは唸りつつ、尋ねた。
「私に助言をしたらそれっきり、消えてしまいまして……他に手がかりもなかったのでやってみたわけです。
まぁあなた方二人の情報は、ある意味では収穫でしたけど」
「しかし、言葉で意思疎通が可能なその人物が、拙者たちの方に接触してこなかった理由は何だろうか」
「ナハヴェルトの差し金で、私と敵対させたかったのでは?
ただ、彼女が時折やっていたような、相手を洗脳してしまうような手段は、恐らく持っていない」
「うーむ……その人物、仮にグリームと呼ぼうか。グリームは、今も拙者たちの潰し合いを狙っていると思うか?」
「やめたと考える理由もありませんから、警戒した方がいいでしょう」
「お主の案内で、グリームに接触できないだろうか?
グリームと出会った場所でもいいのだが……」
「……行ってみます?」
ヨーコの案内でアルダたちが辿り着いたのは、空中に点在する謎のブロックの群れだった。
「何だこの……何?」
訝しむ彼に対し、ヨーコが説明する。
「私がこの世界に来た時に近くにあった大きな建物――の、跡地です。
ここでグリーム(仮)に勧誘されたんですが……
何か、私が略奪者たちを連れて出た後で燃えちゃったみたいですね。
誰も残ってないっぽいです」
そう言って、彼女は肩をすくめるような動作――肩しか動かないのでT字の姿勢になっているだけだが――をした。
一方ホロウは建物の敷地に踏み込んで、
「お宝は残ってると思うぜ、漁っていこう」
目ぼしいアイテムと物資を回収し、三人は引き上げた。
村に帰ってベッドに入り、朝が来た。
アルダは村の集会場で、相棒に尋ねた。
「ホロウ、今の拙者たちは、元となっているであろうゲームのシステムに従いつつ、そうではない力も残している。
そうであろう?」
「オレッチのエネルギー弾とか、お前の運動力とか刀とかか」
「私の能力と赤黒も、多分そうですね。見たところ、この世界の武器や標準を凌駕している」
「つまり、拙者たちは元の姿と、この世界の住人との合いの子のごとき状態になっている。これはなぜだろうか?」
「うーん、ナハヴェルトがオレッチたちをこの世界に送り込んだ時に、なんでわざわざ有利になる要素を残したのかってことか?」
「何らかの理由でそうできなかったのか、何者かの妨害を受けたと?」
ホロウの疑問を、ヨーコが補足する。
アルダはそれに応えて自身のインベントリからアイテムを取り出し、二人に見せた。
「その証拠が、これだ。当初は気づかなかったが、拙者のインベントリに入っていた」
「……黒い、布きれ? ていうか、他の道具みたいに粗い絵になっていませんね」
それを見つめて言うヨーコにアルダは頷いて、
「うむ。そして白い染料でこう書かれている。『魔法のかかった金のリンゴを食べて』と」
「魔法のかかった金のリンゴって、さっき洋館を漁って手に入れたな」
ホロウがインベントリから輝く金色のリンゴを取り出しつつ、呟く。
一方でヨーコは、もっともな疑問を口にした。
「しかし、誰があなたのインベントリにそんな布切れを?」
「確信とまでは言えぬが、心当たりはある」
黒い布の切れ端の縁には、房飾りがいくつもついていた。
これは、東雲佳直の羽織っていたポンチョの切れ端に相違あるまい。
分断される直前、彼がどうにかしてアルダのマフラーの中に紛れ込ませたのだろう。
その辺りは口には出さず、アルダは続けた。
「ホロウ、先ほど回収したその魔法の金のリンゴというもの……食べるとプレイヤーはどうなるのだ?」
「えーと、体力回復が早まったり、高いとこから落ちても死ななくなったりだな。
攻撃力とかは上がらねーはずだけど」
「つまり生命力が上がる、と……それでどうなるんです?」
ヨーコの疑問にアルダは再び答え、
「拙者の場合は脳以外は生身の肉体ではないので正味の生命力とは違うかも知れぬが、動力源であるエナジークリスタルの出力が上がるはずだ。
このような姿に変わろうとも、お主も心臓は動いている筈であろう? ホロウは……えーと」
「オレッチは心臓とか多分ないからなぁ……でもま生きちゃあいるから、生命力もあるんじゃないか?」
ここでそういった事柄を詳しく検証するべきだとも思えない。
アルダは少々強引に、自説を開陳した。
「まぁつまりは、拙者たちの仲間がくれたメッセージの中にヒントがあり……
それは元の世界と変わっていない部分である生命力を高めることで、元居た世界との繋がりを取り戻せる――という意味ではないか?
拙者はそう推測しているのだ」
「なるほど……」
ヨーコは頷き、
「そういう試みがやりたいということなら、あとは誰がリンゴを食べるかですね。
毒じゃないんですよね、ホロウさん?」
「おう」
「お金をもらえるなら私でもいいんですが……」
一拍置いて、ヨーコは続ける。
「ここはアルダさんが食べるべきでは?
あなたのインベントリにそれを入れた人とも、今一番繋がりが強いのはあなたでしょうし」
「む、そうか。美味か珍味を独占するようで少し気が引けていたのだが……分割などは出来ぬようだからな。
しかし拙者が食べた場合、少々危険を伴う恐れがある。ここは、村から少しばかり離れて実験するとしよう――」
三人は村を出て、500メートルほど離れた平地まで来た。
アルダはだだっぴろい草地に佇み、ホロウとヨーコは20メートルほど離れた低木の影で様子を窺っている。
輝く黄金の果実を手にしたアルダがそれを頭上に掲げ、宣言した。
「では、試食仕る!」
シャクバクシャクシャクバクッ!
音を立ててリンゴがアルダの口元から消え去ると、早速変化があった。
「むぅっ……!」
彼の体内に設置されたエナジークリスタルの発電量が、急激に上昇を始めたのだ。
本来であれば発電量は補助デバイスが制御しており、機体の消費に応じた量が出力される仕組みになっているが、その制御が追い付かない状態だ。
機体は完調、脳の健康状態も万全で戦闘もしていないとなれば、溢れる電力を消費する先がない。
そのままでは機体の電子機器や繊細な部品がダメージを受ける――そこでアルダは、まずはスタン・カタナを抜いた。
大電力を送り込まれた愛刀が、最大出力で青白く輝く。
しかしそれでも、機体各部の蓄電容量は限界だった。
「ならば……心頭滅却!」
アルダはVMXモードに移行し、脚部を動かして高速移動を始めた。
ただし今は足首と膝が曲がらないため、彼はほぼ直立した状態で両脚を素早くしゃかしゃかと前後に動かしながら目にも見えない速度で動き回る奇怪なエンティティと化してしまった。
だがこれでも、まだエナジークリスタルの発電量を消費しきれない。
このままではサイボーグ体が激しく破損し、脳も大きな損傷を受ける恐れがある。アルダは仲間たちに警告した。
「く……ホロウ、ヨーコ! 図らずも拙者、自爆してしまうかも知れぬ! できるだけここから離れてくれ!」
そこに、ホロウが霊波通信を通して制止をかける。
『いや待てよアルダ! むしろこっちに来い!』
「どういうことだホロウ!?」
『いいから! 電気が溜まってんだろ!? オレッチを信じてくれ!』
「……心得た!!」
アルダはスタン・カタナの切っ先を大地に押し付けながら疾走し、蓄積していく電力を土へと逃がしていくが、それでも半ば暴走しているエナジークリスタルの発電には追い付かない。
相棒を信じて踵を返し、彼はともすれば音速を超えて走った。
数秒と経たず、ホロウとヨーコの姿が見える。
ホロウは、彼から少し離れた地点の地面から突き出た、棒のような物体を指し示していた。
『いいぞ! ここに向かって放電するんだ! 全部出し切る勢いで行けーっ!』
「ええい、南無三宝ッ!!」
アルダはスイッチを切り替え、全身のキャパシターに蓄積されていた電力を、愛刀を通じて解き放った。
スタン・カタナから空中へと大電流を放った場合、電流は最も近くにいるアルダへと流れ込み、機体にダメージを与える可能性が高い。
だが事前の予測に反し、切っ先から放たれた電流は彼自身を焼くことはなかった。
それどころか閃光と爆音を伴って、ホロウの案内していた棒へと吸い込まれていくではないか。
「…………!?」
アルダは驚愕しつつも走るのをやめて――エナジークリスタルの出力は平常に戻っている――、彼の放電を吸って光り輝いている棒に刮目した。
その正体を推測し、口にする。
「これは……避雷針か……!」
「念のため銅も製錬しといてよかったぜ」
「金属で雷を誘導するのは私のアイデアですからね……くぉぉ……」
得意げに腕を振るホロウ、お辞儀のような体勢で――しゃがんでいるのだ――うめいているヨーコ。
視線をこちらに向けて、彼女が苦情を申し立ててくる。
「ここまで酷い爆音が鳴るとは予想外でしたけどね……人より耳がいい分デカい音に弱いんです私……」
「すまぬ」「ごめんなヨーコ」
アルダとホロウは素直に謝罪した。
しかしその一方で、三人は避雷針が輝き続けていることにも気づく。
膨大な量の放電を吸い込んだそれは、むしろ輝きを増しているようにも見えた。
それに対して、ホロウが危惧する。
「何か……ヤバくね……?」
「見る限り、熱や電磁波の輻射ではないようだな。拙者たちの脳などで見えているだけで、実際に光っているわけではないようだ」
「じゃあ何ですこの光――」
ヨーコが問うと、光はますます激しさを増していった。
そして、彼らの視界は白く塗りつぶされて、別の光景へと移り変わっていく。
「……ここは……!」
そこは、巨大なモニターを備えた広い空間だった。
アルダ、ホロウ、ヨーコは三人揃って、巨大な画面の前に立っている。
ヨーコが左側頭部の翼を動かしながら周囲を見回しつつ、呟いた。
「……だいぶ雰囲気が変わりましたね。
ていうか私たち、元の姿に戻ってる……?」
「あ、マジだ……インベントリも開けなくなってるぅ……」
ホロウががっくりと肩を落とす。
とはいうものの、彼は腰から鉄剣やシャベルといったものをぶら下げていた。
どういった仕組みか、すぐ取り出せるようになっていたアイテムだけは現実化したのだろう。
アルダは全身の関節をわずかに動かして軽く動作を確認すると、部屋全体に向かって声を上げた。
「頼もう! 拙者たち以外に誰か居らぬか?」
「……………………いないっぽいな」
しばしの沈黙ののち、ホロウがそう判断すると、
『いや……私はここにいる』
反論する声と共に、アルダたちの背後の巨大モニターが表示された。
「――!」
振り向くと、そこには白く輝く目をしたキャラクターらしきものがバストアップで表示されていた。
先ほどまで彼らのいたゲームの中と思しき世界と同じ様式の、立方体と直方体で形成されたポリゴンに粗いドットで描かれたテクスチャを貼ったような造形をしている。
それを見て、アルダは尋ねた。
「お主が下手人か!」
『そうだ』
ならば――偽装している恐れがないとは言えないが――、今姿を現しているのがグリームか。
グリームと思しきアバターが、モニターの中から続けて語る。
『外部からの補助があったとはいえ、君たちはゲームの中から脱出した……
勝ち負けなど存在しないゲームのはずだったが……それでも、君たちが勝ったといえる』
「拙者たちを異世界に閉じ込めたのは、ナハヴェルトの命令か?」
『そうだ』
質問に答えて、グリーム。
『私はゲームマスターにして、開発者……ゲームのプレイヤーを求めていたところに、召喚を受けたらしい。
そして力を与えられ、孤立した君たちをゲームの内部に引きずり込んだ』
「プレイヤーを……? 失礼だが、事情を訊いてもよいだろうか?」
『……惑星の住民全体が、どこかへ消えてしまったらしい。
私に事情が教えられることはなかった。
私は国の発送電を制御する汎用人工知能で、ゲームはエネルギー産業について遊びながら理解してもらうために作った副産物だったものだ。
残された資源で細々と設備の維持を行いつつ、住民が帰ってくるのを待っていたが……未だに帰ってこない』
(奉仕すべき種族が去って、取り残された機械か……サニーよりしおらしい印象だが)
アルダは仲間であるサニーから聞いた彼女の身の上を重ねつつ、グリームの語る続きを聞いた。
『君たちにはもっと私の作品をプレイして欲しかったが、それが本意でなかったと分かった以上、強制はしたくない』
「そういうことでしたら、私はここを出て皆さんと合流したいですね。
出口を教えてください」
ヨーコが腰に手を当ててそういう一方、アルダが声を上げる。
「グリームよ、お主自身は……これからどうするのだ?」
『私は発電所ごと異世界に来てしまった。もはや元の世界で主人たちを待つことも出来ない状態だ。
多少なりとも君たちにゲームをプレイしてもらった今、他に望みなく、朽ちるのみ』
「お主の身の上には同情して余りある。
ナハヴェルトを何とかして宇宙を元に戻した暁には、何か拙者に出来ることを探して、お主の力になりたいのだが……」
『そう思ってくれるだけで十分だ』
(お人好し……まぁ私に面倒が及ばない限りは何でもいいですけどね)
ヨーコが無言で、腰から下がっていたガラスの小瓶を懐に仕舞う。
グリームが、無機質な中にも名残惜しさを感じさせる音声で続けた。
『既にここが元の世界だ。
あそこから外に出れば、仲間たちの元へ行けるだろう』
モニターの反対側に設置されていた扉が左右に開くと、そこから明るい光が差し込んでくる。
「かたじけない」
『気を付けて、束の間の友人たちよ』
アルダとホロウ、ヨーコは、仲間たちと合流すべくそちらに向かった。
お読みいただきありがとうございます。
第25回終了です。第26回に続きます。
以下、注釈です。
以上となります。ご意見などありましたら、可能な範囲で対応したいと思います。
次回もよろしくお願いいたします。