オリキャラ雑談クロスSS_3_23

狭間の世界のゼノリス:第23回

3.狭間/決戦編

目次

3.4.マシン・インクィズィターズ

3.4.マシン・インクィズィターズ

 そこには、廃墟と化した巨大な都市が広がっていた。
 膨大な熱と爆風で溶かされたようになっており、空に太陽こそ出ていないが、周囲は明るく、空は青い。
 ついでに言えば、気温も高い。
 横倒しになって倒壊した高層ビルの群れを覆う分厚い砂ぼこりは、ここが破壊され無人となってからそれなりの時間が経っていることを窺わせた。
 その廃墟の一角が、バゴン、と爆砕されて崩れ落ちる。
 轟音と共に舞いあがる砂ぼこりの中から飛び出してきたのは、グリュク・カダンだ。
 口に入り込んだ砂を吐きつつ、うめく。

「クソっ、ワケが分からん……!」
『異端反応が終息しません。審問を続行します』

 跳躍を繰り返して廃墟の陰から陰へと移動するグリュクを追って姿を現したのは、足の生えた無機質な機械だった。
 全体的には各辺5メートルほどの巨大な立方体のようだが、見えない力で宙に浮いている。
 各頂点から展開された金属製のアームの先端からは、これまた見えない力がグリュクを捕えようと伸びてきて、彼はこれを回避するため、遮二無二瓦礫を迂回し続けていた。
 退避しつつ、敵の正体を推測する。

(機械が、異端審問をやる……審問装置ってことか……!?
 中に人間か何かがいる可能性もあるだろうが、俺が魔女だってことを見通して、殺そうとしにきてる……!?)

 困惑しつつ、記憶を辿る。
 血管鉄道に乗車してナハヴェルトの拠点に向かう途中、突然視界が暗転し、この廃墟へと投げ出されたのは覚えている。
 その時には、相棒の霊剣ミルフィストラッセだけでなく、短いながらも道中を共にした仲間たちも全て、消えていた。
 ナハヴェルトによる分断が行われたと考えるべき状況だろうが、グリュクはまず、目の前の攻撃的な機械への対処を優先した。
 意を決して、敵に向かって身構え、叫ぶ。

(つんざ)け!」

 呪文に応じて魔法術が顕現し、高圧放電となって敵へと迸る。
 電流は複数脚の生えた箱型機械を直撃し、その内部機構を焼き切る――筈だった。

「ッ!?」

 が、敵はアームの先端に念動力場(ねんどうりきば)の密度を高めて半ば物質化した盾を形成し、これを防いでいた。
 それを理解したグリュクが離脱する直前、盾になっていた念動力場が変形し、不可視の延長アームとなって彼を掴む。

「が――!」
『審問開始』

 グリュクが力場を通して実体アームの先端へと吸い寄せられたその時、しかしギン、と鋭い音が響く。

「――!?」

 審問装置から伸びていた実体アームが破壊されたのだ。
 それによって敵の念動力場は消失し、グリュクの身体は眼下の瓦礫に落下を始めるが、

(重力反転を――!)

 魔法術を使ってそれに対処する直前、やや大柄な彼の身体を受け止める者がいた。

「お邪魔します、大丈夫ですか!」
「君は――!?」

 それは、紅の装束をまとった幼い少女だった。
 背後に背負った機械から伸びる一対のアームの左側のみで、グリュクの胴体をやや強く掴んで支えている。
 自らの手でも彼の頭に積もった埃を払いながら、彼女は名乗った。

「シルビア・アンブラーです。あなたは、グリュク・カダンさんですよね?」

 彼女――シルビアについて、彼は血管鉄道の車内で概要を教えられていた。
 魔力の乏しい異世界で魔法を使い戦う、魔法少女だと。
 彼女もまた、地球からの道中でグリュクたちのことを聞いているのだろう。
 彼は頷いて、

「あぁ、君のことも聞いてる。初めまして、危ないところをありがとう……と言うのはまだ早いか」

 グリュクは続けてシルビアに礼を告げようとしたが、同時に左腕に装着していた『塔の刻印の盾』から伝わってくる気配も感じていた。
 彼女も脅威を感じ取る手段を持っているのか、四方を見回してそれを肯定する。

「ええ、敵はまだいます! 周辺から集まってきている……!」

 都市に林立する破壊されたビルの間を飛ぶシルビアと、彼女の装備であるアームに把持されたままのグリュク。
 二人を取り囲むように浮遊する箱型の機械たちの影が、廃墟都市の遠方から接近してきている。
 今しがたシルビアによって一本のアームを破壊された審問装置も、高度を上げて彼らを追尾し、その機体を変形させていた。
 立方体じみていたその本体部分が左右に割れて展開し、そこにエネルギーの集中する様子が見える。

「っ! グリュクさん、しっかり掴まって!」
「悪い、頼む!」

 シルビアはそう言うと、全身に配置された推進装置の出力を高めて、飛行速度を上げた。
 すると、飛行する審問装置から大気中の魔力と反応してかキラキラと輝く一条の光が迸り、グリュクとシルビアの横を通り過ぎた。
 的を外しただけで、もし直撃していれば相当な威力があっただろう。
 グリュクはそう推察し、うめく。

「まずいな……シルビア、当たったら耐えられそうかい……!?」
「直撃は危険です! このまま離脱したいところですが……!」

 険しい表情で答える魔法少女に、彼はアームに掴まれたまま提案した。

「俺を庇ったままじゃきついだろう。俺も一人じゃ消し炭になるだけだろうから、ここは協力しないか?」
「作戦があるんですか?」
「俺が敵の指令塔を見つけ出して無力化する。悪いが、君はその間敵を引きつけて欲しい」
「どのくらいかかりそうですか」
「……2分。2分で敵のリーダーを見つける。
 その前に撃墜されると思ったら、俺から手を放して落としてくれていい」
「多少手間取っても大丈夫ですよ、10分は持たせて見せます。荒っぽくなりますけど」
「ありがとう。呪文を唱えた直後にほんの一瞬、君の機動を鈍らせてしまうと思うから、そこだけ警戒してくれ!」
「了解!」

 シルビアがまたも推進器の推力を上げ、敵増援の放った複数条の光線を回避した。
 グリュクは加速度に耐えながら、魔法術を行使すべく集中する。
 魔力の波を検知し、使用者の魔力を高めてくれる塔の刻印の盾。

(あらた)(たま)え……!」

 それを構えて呪文を唱えると、圧縮された念動力場が盾を中心にして爆発的に広がり、希薄化していった。
 質量を伴わない、純粋な運動エネルギーの塊が、四方と天地へ向かって発散されていく。

「これは……!?」
「すまない、もう大丈夫だと思うけど」

 拡散する力場がわずかの間、シルビアの飛行に抵抗をかけたために速度が落ちた。
 だが、あらかじめ聞かされていた彼女は最大出力で魔力の障壁を発生させ、敵審問装置群からの光線の直撃を防いでいる。
 グリュクはシルビアを信じて完全に守りを任せ、拡散した念動力場を通じて周囲の情報を収集することに努めた。
 出会って間もなく、幼い相手ではあるが、状況が状況だ。

(半径およそ1000メートル……空中に箱型が15台、まだ増える……放射のこの感じは電波か?
 あいつら、電波でどこかと連絡を取っている……どこだ……?)

 純粋な運動エネルギーの塊である念動力場を、薄く広げて疑似的な感覚器官のように扱う。
 こうすることで範囲内にある物質やエネルギーを間接的に感じ取る運用が可能で、これは念動検索と呼ばれていた。
 廃墟の地形、遊弋(ゆうよく)するような軌道を取りつつこちらを狙って光線を照射してくる敵機械、渦巻く気流やそこに漂う粉塵――
 それら全てが手に取るように分かるという便利なものではなく、力場の範囲内にある目当てのものを検索するのには熟練が必要だった。
 だが幸い、グリュクは霊剣を通し、過去の所持者の熟達した経験を身に着けている。
 その彼が気に留めたのは、弱々しく微小な棘が、チクチクと肌を噛むのに近い感触。
 審問装置たちがやり取りをしている、無線データ通信を構成する電磁波の信号だ。

(そのやりとりの中心になっているのは……!)

 希薄化しているとはいえ、廃墟都市を覆い尽くすほどの規模の念動力場の維持には魔力を大きく消耗し、神経が疲労する。
 敵の攻撃を回避するシルビアが激しい空中機動を行う最中も、グリュクは敵の連絡電波のやり取りを感じ取り、その中心を探り当てようと精神を集中していた。

(地上じゃないな……通気口の向こう、地下……
 こっちは下水道、これは地下鉄道……違う、どこだ……!)

 その間もシルビアは、攻撃を回避しながらマジックミサイルで反撃し、敵の数を減らそうと試みていた。

空対空ミサイル(A A M)、照準――発射!」

 だが敵の連携はそれなりに的確で、1台の審問装置を目掛けて投射した16発の対空マジックミサイルは、3台が密集して念動力場を展開することで防がれる。

(もっと威力の高い武器……は、この体勢じゃ使えない……!)

 機動力と運動性能はシルビアが上回っており、対空マジックミサイルよりも更に加害性能の高い武装もある。
 しかしグリュクを抱えたまま敵の集中砲火をかいくぐっているこの状況では、彼女の火力は制限されていた。
 そうしている内に2分が経過しようとしたその時、グリュクが口を開いた。

「シルビア、地下に敵の指令者っぽいものを見つけた。倒すにせよ話し合うにせよ、対処しに行く」
「本当に一人でたどり着けそうですか?」
「……君の支援がいるかも知れない」
「なら、この通信機を使ってください。既に起動しています」

シルビアが自身の側頭部に装着しているパーツから更に小さな部品を取り外し、グリュクへと手渡す。

「……耳に付けるタイプか」
『こちらの感度は良好。そちらで私の電子音声も聞こえますか?』

 通信機を受け取り左の耳に取り付けると、唇の動いていないシルビアのそれと分かる声が彼の鼓膜に届いた。

「あぁ、聞こえた。行ってくる!」
「気を付けて! いざとなったら地中貫通爆弾で援護します!」
「なんか極めて危険に聞こえるんだが大丈――」

 シルビアが左のアームを開くと、グリュクの肉体は落下を始めた。

「っ――覆せ! ()り合わされ!」

 気を取り直して魔法術で重力を中和しながら着地し、次いで展開していた希薄な念動力場を変形させる。
 都市の廃墟を覆っていた質量を持たない運動エネルギーの広がりが魔法物質へと収束し、灰色の細い糸のようになってグリュクの手の中に残った。
 希薄化させた念動力場をアメーバのように拡張、広げた先で対象に触れて検知する。
 これを更に、自身と対象だけを繋ぐ魔法物質の索に変形させる。
 これを辿っていけば、神話の英雄が乙女の糸を手繰って迷宮を進むがごとく、視程外の離れた相手へと迫ることが可能となるのだ。
 切断は難しくないので、相手が気づけば容易に切られてしまうが、希薄化した力場で検索した時の手応えでは、電波源に動く様子はなかった。

(あそこか……!)

 グリュクは魔法索の伸びる先、地下施設へ通じると思しき腐朽した排気口へと走った。

「灯せ!」

 魔法術で照明球を創り出すと、彼はそれを左手で引っ掴み――熱輻射は抑えられているので火傷を負う気遣いはない――、グレーチングの腐り落ちた排気口へと飛び込む。

「覆せ!」

 重力を中和してゆるやかに着地し、地下道らしき空間に出ると、グリュクは再び魔法術を行使した。

「護り給え!」

 魔法術によって生成された半透明の防御壁が、衝撃を防いでガガガガ、と爆音を立てる。
 そこには念動検索を検知して迎撃に出てきたか、前後長1メートルほどの四足歩行の機械が群れていた。
 その背部に設置された機銃からの銃撃を、グリュクは防いだのだ。
 左耳に付けた通信機のスイッチを入れ、シルビアに呼びかける。

「グリュクだ。当たりっぽいな、シルビア! このまま敵の本陣に突っこむ。どうぞ!」
『グリュクさんの居場所は通信機で常に分かります、気をつけて、どうぞ!』
「交信終了……貫け!」

 グリュクは通信機のスイッチを切ると魔法術を行使し、円錐状の貫通魔弾を放った。
 高速で飛翔する握り拳ほどの大きさの魔法物質の徹甲弾が四足歩行の機械を直撃し、動作不能に至らしめた。
 そのまま障壁で残敵からの反撃を防ぎ、魔弾で敵を破壊し、迫り上がってきた隔壁を短距離空間転移で無効化しながら進む。
 しかし、地下深くへと侵攻する彼の魔力にも限界が迫りつつあった。

(まずいな、見積もりより消耗が激しい……もう少しで着くはずだけど……!)

 敵の本山との距離は概ね把握しており、残り300メートルほど――そう離れてはいない。
 だが敵の機械の数は増え、通路を塞ぐ弾幕の密度も上がってきている。
 これを一つ一つ処理していくには時間がかかりそうだ。
 グリュクは観念して、奥の手を使った。

「……研ぎ澄ませ給えッ!」

 統合身体強化。
 神経系の交感頻度を上げる魔法術と、体細胞の結合強度や筋力を上げる魔法術の、二つを同時に発動するものだ。
 相棒の霊剣と離れている今、加護が薄れている分通常よりも強化幅に劣るが、それでも十分な効果があった。
 放たれる銃弾の軌跡は低速化し、塔の刻印の盾で十分に打ち払えるようになる。
 ゼリーのように粘度を増した大気の中を強化筋力で無理やりに突っ切り、グリュクは防衛のために集まっていた機械たちの群れをすり抜けた。
 そして魔法術を解除すると、

(うつ)し給え!」

 短距離空間転移で最後の隔壁を突破する。
 そして、転移解除した先の空間――魔法索の繋がる先にあったのは、ひんやりとした殺風景な空間に整然と陳列された、端正な方形の機械たち。
 グリュクはその正体に、見当をつけて口にした。

「……コンピューター、ってやつか。誰かいないか?
 機械を設備する保守要員か、警備要員がいるはずだ」

 だが呼びかけに答えるものはおらず、広大な室内にはポンプの音が響くばかりだ。
 ――いや。

『立ち去れ、異世界の異端よ』

 と、どこからか声がする。威嚇するような、低い音程だ。
 グリュクは質問で答えた。

「……異端っていうのは、俺たちのことか」
『そうだ。いずれ怪物となる者たちよ、我々の安寧を脅かすことなく、立ち去れ』
「……推測するに君たちの世界は、住民の怪物化に脅かされていたってところかな」
『立ち去れ』

 苛立っているようにも聞こえる短い警告に、しかしグリュクは言い返す。

「突然ここに、恐らく移動させられたんだ。俺たちにも退去の方法はわからない。
 ここから10キロや100キロ遠ざかれって意味じゃないんだろう?」
『ならば審問を経ず、排除する』
「う――!?」

 小さな音を立てて、天井パネルの複数箇所が展開した。
 天井の向こうから出てきたのは、閉じた雨傘ほどの長さの、銃を思わせる物体だった。
 金属のアームに接続されたそれは、グリュクへと青い光を放つ。

「ぐぅっ――!!」

 見覚えのある光。衣服の上からでも照射された部分に対して直立が困難なほどの激痛が走り、グリュクは片膝を突いた。
 それはグリュクの知る審問照別灯(しょうべつとう)――魔女に向かって照射することで激痛を与え、魔法術の使用を制限することのできる光に似ていた。
 全身を苛む激痛も、過去に彼自身が受けたそれに酷似している。
 異世界でも類似した兵器が使用されている――いや、ナハヴェルトが意図して彼らをそうした世界へと誘ったと考えるべきか。
 そう、ナハヴェルトが――だ。
 だとすれば。
 グリュクは気を失いそうな激痛の嵐の中で集中し、呪文を唱えた。

「解き放てぇッ!!」

 瞬間、塔の刻印の盾から金色の粒子の群れが迸った。
 ミルフィストラッセから生成される粒子と似ているが、異なる作用を持つものだった。

『このエネルギーは……!?』

 筐体を貫く金色の粒子に、審問装置たちの司令機械――さしずめ審問統括機とでも呼ぶべきか――であるコンピューター群は混乱しているようだった。
 グリュクは激痛の絶えない中、説明を試みる。

「この粒子は、意思を歪めるものを濯ぎ落とす働きを持つ!
 君がナハヴェルトに操られているなら、これで本来の心を取り戻せるはずだ!」
『…………!!』

 シリルやルセルナに加えたような洗脳が施してあるならば、十分に解除できたはずだった。
 そのように――同時に魔法術の限界も――感じたグリュクは、魔法術を解除して粒子の放出を止めた。
 彼に激痛を与えていた青い光も、今は止んでいる。
 審問統括機が、音声でグリュクに伝えてきた。

『異世界の異端よ……』
「……洗脳……解けた……?」
『我らは外部からの操作を受けていない』
「嘘だろこの展開で!?」

 彼に向かって再び青い光が、今度は10基以上の装置から浴びせられていた。
 発狂しそうな痛みの中、グリュクは何とか通信機に触れて魔法少女との通話を開いた。

「シルビア……! こちらグリュク、忙しいとこすまない! 俺の居場所がわかるか!?」
『こちらシルビア、分かります! どうしますか!』
「敵の説得に失敗した! 相手は機械だ!
 悪いけど、通信が終わったら、最大火力で、俺のいる場所を吹き飛ばしてくれ!
 それで敵の策源地は潰せる! 俺はどうにか防ぐ!」
『…………あなたを信じます!』

 わずかな逡巡を感じる時間の後、シルビアは承諾してくれた。

「ありがとう! 頼む!」

 グリュクは礼を言い、通信を閉じた。
 あとは、彼がシルビアの攻撃を凌ぐだけだ。


 時刻を少し遡り、グリュクと行動を別にしたシルビアは、一転して攻勢に出ていた。
 空中で回避軌道を取りつつ、審問装置たちを視線制御で捕捉する。

空対空ミサイル(A A M)、照準――発射!」

 先ほどと同じ対空マジックミサイルだが、今度は後部発振器と二本の拡張アームからを併せ、24発が発射された。
 マルチロックオン、24台に向けて1発ずつが飛翔する。
 1発であろうと直撃は無視できないのか、審問装置たちは念動力場で盾を作って防御――
 しかしそれを、シルビアの発射したレールガンの弾丸が時速12,600㎞で貫通した。
 機体の中心を貫徹されて動力源を破壊されたのか、審問装置が墜落して土煙を上げる。

(1台!)

 魔法少女は自分の身長の倍以上の長さを持つ長大なレールガンを左右の拡張アームで構え、すぐさま次の目標を狙った。
 すると残った審問装置たちは密集し、念動力場のシールドを集合させて強度を上げる戦術を取るようだ。
 都合の良い展開――罠の可能性もなくはなかったが、シルビアは右の拡張アームに魔力を集中させる。

「HSCO、起動!」

 アームの掌部分から光が伸び、魔法少女が前方へと急加速をかける!
 密集していた審問装置たちの横を通り過ぎると同時、シルビアが高速で拡張アームを振るうと、光がひときわ強く閃いた。
 高速度切断場発振器(ハイ・スピード・カッター・オシレーター)
 複数の敵が念動力場と共に空中で両断され、動力源の発火と共に爆裂した時には、既にシルビアはそこから数百メートルも遠ざかっている。

(8台!)

 射程距離は数百メートル程度にとどまるが、火器での照準も難しい高速戦闘においては有効な武器だった。
 そこで、グリュクからの通信が入る。

『シルビア……! こちらグリュク――』

 相当に苦戦しているらしく、声には激しい苦痛と疲労が滲んでいた。
 にもかかわらず、彼は自分ごと敵を吹き飛ばせと要請している。
 グリュクのいるのは、深度50メートル以上の地下だ。
 最短時間でそこを攻撃するには、上空からの急降下と同時に魔法で加速レールを生成し、その内側に生成した大型マジックミサイルを極超音速で射出する、高速貫徹魔法爆弾――通称・マジック地中貫通爆弾(M O P)を使用するしかない。
 それは今のシルビアに使用可能な、最大最強の火力に相違ない。
 だが。

「…………!」

 味方からとはいえ必要に基づいた要請ならば、それに応じて撃つべきだ。
 シルビアの中の在軍魔法少女としての理性は、そう告げている。
 だが、弱冠12歳の少女としてのシルビアの本音は、そんなことは許されないと主張していた。
 殺してしまうかも知れない――いや十中八九、撃てばグリュクは死ぬ。
 あるいは彼は敵との心中を覚悟して、シルビアの心を傷つけまいとして防ぐなどと言っているのかも知れない。
 シルビアは迷った。
 ならば、今からでもグリュクを追跡し、直接彼に助太刀をするべきではないか?

(いや、それもそんなに簡単じゃない……!)

 今しがたは敵を圧倒したが、魔力レーダーに映る審問装置の総数は増えている。
 人造神格は無限のエネルギー源だとされているが、魔法少女コアがそこから取り出せるエネルギー量には時間当たりの限度があり、楽観はできない。
 グリュクを助けようと後ろを見せた瞬間、撃墜される恐れがないわけではない。
 万全を期そうとぐずぐず敵の相手をしていれば、グリュクが地下で敵に殺される可能性も高まる。

(そうなるよりは、私の手で……!)

 シルビアはそう結論付けて、敵を置き去りにして空中へと急上昇した。
 およそ20秒で高度2万メートルに到達し、グリュクに渡した通信機の相対座標を確認する。

(目標深度、およそ地下50メートル――!)

 レールガンを芯にして、長さ15メートル超の加速レールを生成、その内部には長さ5メートルの大型マジックミサイルが透けて見える。
 シルビアはグリュクに連絡した。

「こちらシルビア、グリュクさん。通信が終わってからおよそ20秒後に攻撃が到達します。
 確実な退避か防御、可能であればその両方を実施してください!」
『こちら……グリュク……頼んだよシルビア……!』

 伝わってくる音声は、苦痛に満ちていた。
 果たして彼は、シルビアの攻撃から身を守れるのか?
 とはいえ、もはや迷っているべきではない。

「交信終了……!」

 そして、魔法少女は降下する。
 6基の魔力推進器の発する推力と重力の相互作用で、シルビアはものの5秒でマッハ4まで加速し、地表目がけて急降下をかけた。
 マジック地中貫通爆弾(M O P)の破壊力を更に増すためだ。
 地表に激突するまでの残り時間は15秒ほど。
 その間に照準を定めて発射し、自身が地表に激突する前に軌道を変える必要があった。
 難度の高い技だが、シルビアにはそれが出来る。
 彼女は冷静に、引き金を引いた。

(照準――射出!)

 マッハ10を超える速度で打ち出された大型マジックミサイルは1秒未満で地表に突入、炸裂――恐るべき威力を地下空間へと撒き散らした。
 貫入口から地上へと噴出する土砂。そして通気口や下水管などを通じて膨れ上がった爆風で、周辺に残っていたマンホールの蓋が天高く吹き飛ぶ。
 破壊は一瞬――発射直後に軌道を変えて離脱していたシルビアは、レーダーと視覚で審問装置たちが活動を停止しているのを確認している。

(指令を出していた敵を――少なくとも指揮統制機能は破壊した……
 でもグリュクさんは……)

 彼に渡した通信機からは一切の応答信号がなく、破損したものと思われた。
 シルビアは警戒しつつ、レールガンを畳んで背部ラッチに懸架。
 自ら作った破壊口へと近づき、レーダーで索敵を行いながら降下していった。
 そして着いた先――マジック地中貫通爆弾(M O P)の炸裂した空間は。

「…………」

 そこは激しく破壊し尽くされた上に、水浸しだった。
 恐らく水冷式の大規模サーバールームだったのだろう。
 魔法爆弾の爆発の衝撃波でサーバーマシンの多くは大破し、恐らくは電源も破壊できたと考えられた。

(……でもこれじゃ、彼は……)

 シルビアは念のため、レーダーのレンジを狭めてサーバールームとその近傍を探った。
 グリュクの死を確信する結果になるのだとしても、それが彼女の義務だと考えて。
 その時、少し離れた所でびちゃり、と音がした。

「――!」

 シルビアがそちらを振り向くと、ひしゃげたサーバーラックの影から姿を現す者がいた。

「手間をかけた、助かったよシルビア」
「グリュクさん……!?」

 赤い髪の剣士だ。
 打撲などを負ってはいるようだったが、五体満足で生きて、よろめきながらもシルビアの方へと歩いてくる。
 そちらに駆け寄って、背の高い彼の身体をアームで支えつつ、彼女は尋ねた。

「生きていたのは何よりですが……どうやって凌いだんですか?」
「君がここを撃つ直前に魔法物質の液体を大量に作って、その中に入ってた」

 どうやら、周囲を濡らしている大量の液体はその名残らしい。
 グリュク自身にさほど濡れた様子がなく、周囲が急速に乾きつつあるのも、魔法で作った仮初の液体が揮発しつつあるからか。

「そんな手が……そちらの世界の魔法なんですね」
「おかげで何時間か、まともに歩けなさそうだけども……
 何度も頼んで気が引けるが、地上まで連れて行ってもらえるかい? シルビア」
「分かりました。地上に出たら、少し休みましょう。
 せめて飲料水でもどこかに残っていれば――」

 ところがそこで、周囲の空間がバラバラに崩れ落ちた。
 二人は平衡感覚を失い、周囲には無限の暗黒が広がっていく。

なかがき

 お読みいただきありがとうございます。
 第23回終了です。第24回に続きます。
 以下、注釈です。

【主な捏造点・疑問点・解説など】

 以上となります。ご意見などありましたら、可能な範囲で対応したいと思います。
 次回もよろしくお願いいたします。