【ネオサイタマ地下道網最下層<死の排水溝>:ミエザル】 バチバチと時折音を立てる薄暗いボンボリ・ライトの灯り。カビ臭さと遠くから漂うドブ川めいた汚水の臭い漂う、冷たい湿気が立ち込めるくすんだコンクリート の部屋。床に散乱する空のスシパックなどの食糧のゴミ。部屋の隅のフタ付きのバケツの周辺には蠅が集っている。中央には床に跪き向かい合う二人の女。 一糸纏わぬあられもない姿だった。両者の首には厳つい首輪が嵌められ、壁面を伝う太い配管パイプを経由した長い鎖で互いを繋ぎ止められている。一人は長い 黒髪の女。そのバストのサイズは平坦だった。もう一人はショートボブの金髪の女、バストのサイズは標準的だ。いずれもまだ少女の面影が残っている。 「ンッ……ンン……」「ふ……ン……」恋人めいて互いの両手の指を絡ませ合う二人の間には、人間一人が立つほどの空間が空いていた。互いに口を開けて顔を 前後・上下させ、何もない宙に舌を突き出し、蠢かせている、奇妙な光景だ。その時、突如二人の後頭部の髪がひとりでに乱れ、顔と顔の距離が近づいた。 「ンンーッ!?」「ングッ!ゴホッ!」何かにグリグリと押し付けられるように頬や口元の肉が変形し、表情は息苦しさに歪む。黒髪の女は口を円く開けたまま、 えづき声を漏らす。「おほッ!ンヒッ!女の間に挟まって男冥利に尽きるぜ!もっと奥まで咥えて、舌捻じ込めや!ンヒヒヒッ!キスみてぇに愛情込めてなぁ?」 女達の呻きをかき消す、下卑た男の耳障りな嬌声が独房めいた部屋に反響する。ここはネオサイタマ地下下水道網の深淵〈死の排水溝〉。あらゆる汚濁が集い、 煮詰められた暗く深い地の底。閉じ込められた者には一切の光も希望もない、邪悪と堕落、肉欲の牢獄。 ◆◆◆ ……「ンアーッ!ンアァーーーッ!」四つん這いで悲鳴を上げ、ひとりでにガクガクと激しく前後に震える黒髪の女。絶え間ない粘着質な音と共に、またしても 耳障りな男の嬌声が響き渡る。「あッハ、イッヒ!ウフフフフッ!わかるか?奥まですっかり広がってンぞ!もっと近くでよく見て貰おうじゃねぇか!」 「アッ、アァーーーッ!」突如女の両脚が宙に浮かび、まるで見えない力で強引に引き寄せられるようにズルズルと移動した。抗う爪痕と血痕を床に残しながら だ。その先には憔悴して壁にもたれる金髪の女。前髪や頬、胸や脚の間にはこびり付いた液体と生乾きの跡。億劫に顔を上げ、息の詰まるような表情を浮かべる。 「ンアッ、ンアァーーーッ!」その手前で脚を降ろされた黒髪の女の身体は再び激しく前後に震えた。左右の腰には5本ずつ、鷲掴まれるような跡が浮かび、 しなやかなヒップの肉は弾けるような打擲音を立て、波打ち激しく揺れている。周囲には黒髪の女の物ではない、激しい息遣いと熱気、野卑な体臭が漂う。 「ホレどうだよ!こいつの腹ン中の汚ったねぇ奥の奥まで丸見えだろ?しっかり目に焼き付けとけや。俺のケツノアナとクソ越しになァ!イヒヒヒヒヒヒッ!」 (クズ野郎……!)泣きじゃくる黒髪の女を下劣に嬲り続ける声に、金髪の女アイデアルは舌打ちする。彼女がこの独房に捕らえられたのは数週間前に遡る。 ……アイデアルは情報屋を生業としていたニンジャだ。ちまちまと安い取引で小金を稼いではマケグミめいた暮らしを続ける堂々巡り。断ち切るためのバクチ 狙いで旧世紀地下道網を根城として集う賞金首・犯罪者ニンジャの情報を集め、メガコーポやNSPDに売り込もうと危険を承知で潜った結果がこれだ。 突如耳に感じた生暖かくぬめる感触と、荒い息遣いに気付いた時には既に遅かった。服がひとりでに裂け、奇妙な力と重さで地面に押さえつけられ、全身に纏わり つく感触に訳も分からず恐慌し叫んだ。マグライトが壊れ周囲が完全な暗闇に包まれた時、ようやくアイデアルは自分が何者かに犯されている事を理解した。 それは不可視のニンジャだった、後で知った名はミエザル。暗闇の中で聞くに堪えがたい下劣な嬌声と共に、アイデアルは意識を失うまで嬲り尽くされた。再び 目を覚ました時には、既にこの暗い灰色の独房に裸で鎖に繋がれていた。同じく鎖に繋がれた、子供めいてうずくまり泣き震える先客。 ……「ウッ!」「アァッ!」ガクガクと激しく揺れる女の動きが止まり、空洞めいて広がった穴の中にダマの如く淀んだ白色の粘液が何もない宙から噴き出した。 それは数回に分けて、ビチビチと打ち付けるようにピンク色の腸壁に纏わりつき汚していった。「おっホッ!ンフッ!フッ!……フゥーッ!……アーイイ」 ずるり。と空気交じりの湿った音と共に広がったままの穴が幾分収縮すると、黒髪の女はマグロめいて床に伏せた、打ち捨てられた。「フワア……ワアアア」 顔を覆い、幼子めいた声で泣きながら身体を丸める黒髪の女。時折痙攣めいて不規則に震え、臀部の合間から音を立てて吐き出された粘液が漏れ出す。 アイデアルはアワレの表情と共に、陵辱が終わった事に安堵の域を漏らした。その時。「うっ!」再び頭部を鷲掴みされる感触、顔に押し当てられた熱と脈。 宙に僅かに色付く箇所、鼻を突く臭気。「へへ……ひと風呂代わりに掃除頼むぜ。折角透明が汚れてちゃいけねえ。俺は紳士だからな、身だしなみってもんよ」 「ぐっ……く、この野郎……!」アイデアルは殺意の眼差しで声の生じる宙を睨みつける。その間も脈打つ熱い感触がアイデアルの頬を張り、押し付けられる。 「キッヒヒヒヒ!それだよそれ、最低のゴミカスを見る目!なのにその汚ねぇモノにしゃぶりつくしかネェんだお前は。最悪だよな?たまらねえや、勃つぜ!」 その通りだった。アイデアルはその反抗心と抵抗を陵辱のスパイスめいてミエザルに面白がられているが、本当に不況を買う程の反抗をすれば即座に命はない。 選択肢など最初からない。「…………」アイデアルは潤みかけた目をきつく閉じ、息を止めて舌を伸ばした。常人の3倍以上の長さの赤い舌。 「う……」幹に絡み付くヘビめいて、僅かに色付いた宙に長い舌が巻き付くように留まる。ミエザルの体液とは異なる痺れるような刺激にアイデアルの眉間の 皺は深まり、僅かに目尻に水滴が浮かぶ。舌先が擦り上げるような反復運動を取ると、ぶるぶると震える感触と共にミエザルは声を漏らした。 「おっ、ホゥッ!良いぜ、良いぜ、お前のその長い舌、便利だよなあ?前後するために産まれてきましたってモンだ。親御さんにゃ感謝しかねえな全く!」 「……っ……ッ!」アイデアルの両肩は震えていた。殺意の高まりを感じ取り、そしてなお逆らえぬその様を見下ろしミエザルは不可視の笑みを深めた。 「俺のが終わったらそいつのケツノアナん中も綺麗にしてやれや、大事な大事なルームメイトだもんなア?ナカヨシが一番だぜ、ンクヒヒヒヒヒヒッ!イヒッ!」 (ちくしょう……)瞼の裏に溜まっていく液体が零れぬよう、アイデアルは更に堅く眼を閉じる。舌に感じるおぞましい肉塊の実体はより際立った。 ◆◆◆ ……ひとしきり愉しんだミエザルが独房を出ていき、再び壁にもたれるアイデアルは深く息を吸って、吐いた。「……クソが」「ワ……ワァ……」怒気の滲むその声 に反応するように、横たわっていた黒髪の女は身じろぎし、また泣きだした。アイデアルはもう一呼吸すると、強いて穏やかな声を作り、ぎこちなく笑った。 「……ほら、もうアイツ居ないから。ダイジョブだから。おいで『泣き虫』」「アー……」黒髪の女は首輪から伸びた鎖を引き摺りながら、力なく這ってアイデアル の元に寄る。崩した太腿の上に頭を乗せると、深く身体を寄せた。その丸まった震える背中と頭を撫でるうち、アイデアルの表情から強張りが幾ばくか解けた。 「……昨日はどこまで話したっけ?コーティとシルが喉が枯れるまで夜通しお話したところだったっけ」アイデアルはこの独房の先客の黒髪の女『泣き虫』に……己と 変わらぬ年頃にして覚束ない幼子めいた存在に、今日も記憶の中の物語の読み聞かせを始める。 ……彼女について、あの透明な下劣漢ミエザルが、こちらから聴きもせず勝手にゲラゲラとのたまった事によれば、元はキョートのどこぞの名家の令嬢。屋敷へのハック &スラッシュの折に遊び半分にひとり生け捕りにされ、その他の囚われた女達同様に犯罪者ニンジャ達の慰み者にされてきたのだという。 ただし、何らかの興味を持ったデスドレインに五体と命だけは残しておくよう命じられ、はるばるネオサイタマの地まで奴隷めいて引き回され今に至る。という。この世 のジゴクめいた汚辱と絶望の日々に自我を損傷したのか、しなやかな体つきの十代後半の年頃に反し、そのアトモスフィアは幼児めいて幼く曖昧で、歪だ。 こちらの会話の意図は理解できるようだが、喃語や呻き声以外言葉を発することはなく、出来ない。つまらぬ反応しか返さなくなった事に犯罪者ニンジャ達は興味を失く し捨て置いたが、あのミエザルはむしろその姿にプリミティブな存在を穢す情欲を見出し、こうして自分に割り当てられた独房に囲って使っている。 眠る以外の時間も死んだように横になっているか、呆然と宙を見上げては突如シクシクと泣き出すか、或いはかつての残滓めいて血や水滴で無意味なカンジやコトダマを 床や壁に描いている。かつては令嬢らしくショドーを嗜んでいたのだろう、身体に染みついているのか、このような有様となっても美しい字だった。 名前も分からぬ、本人が覚えているかも定かではない同居人を、アイデアルは『泣き虫』と呼んだ。ミエザルに弄ばれた後は特に長く、酷く泣き続ける。最初は無視を決め 込もうとした。だが昼も夜もなく時間の停滞した、ただでさえ正気が保つか怪しいこのジゴクにおいて、悲壮なすすり泣きを間近で延々聞かせられるのは耐え難かった。 自我をすり減らすような不快。次第に苛立ちとこの状況への絶望を深められ、いよいよある時頬を張り、黙るよう罵倒したが完全な逆効果だった。耳をつんざく泣き声に もはや怒りをぶつける気力さえ尽き果て、途方に暮れたヤバレカバレで逆に幼子をあやすように身体を寄せて頭を撫でてやると、しだいに落ち着き、やがて眠りに落ちた。 以来それがルーティーンとなり、やがて幼子にそうするように、幼い頃に読みふけった童話や小説の物語を記憶から掘り起こしては、それを読み聞かせるようになった。 日に日にアイデアルの『泣き虫』への態度は柔和になり、『泣き虫』も少しずつアイデアルに懐くようになっていた。それは互いの人間性を保つ、ある種の防波堤だった。 ……「"それでさ、あそこに美しい黄色い太陽が見えるでしょ?"」記憶の曖昧な個所は想像で補填しながら、アイデアルは抑揚と緩急で彩りながら物語を読み上げる。 狂人らが跋扈する独房の外に漏れ聞こえぬよう抑えながら。「"あたしたちが昼も夜もながめていたあの太陽が。まるであたしたちを待って"……ああ、寝ちゃったの」 いつの間にか膝の上で寝息を立てていた『泣き虫』の黒髪を撫で、ふいに自分の有様に苦笑めいた表情を浮かべる。「ママでもお姉ちゃんでもないんだけどな、アタシ」 傍らの壁には『泣き虫』が傷ついた指先の血で描いた「羅生門」「花」「太陽」「雨」「山椒魚」のカンジ。何かの意味があるのだろうか、分からなかった やがてアイデアルも目を閉じると、急速に睡魔が襲ってきた。目を覚ませば明日も変わらぬ泥沼の一日が始まる。そもそも今日と明日の境、時間の感覚も曖昧だ。 自我が完全に壊されるか、飽きて殺されるか、はたまた想像を超える更におぞましい結末か。自分も『泣き虫』もいつまで保つのだろう。 暗い想像も不安も、泥のような倦怠感と微睡に沈んでいく「"太陽のまっただなかに"」瞼の裏でボンボリ・ライトの灯りを感じながら、アイデアルは物語の一節をぼそり と呟いた。「太陽なんて、どれだけ見てないンだろ」