───やってしまった。 外がすっかり真っ暗になってしまった中、玄関の電気が煌々と点いている寮の前で 私、サイレンススズカとスぺちゃんは顔を見合わせていた。 私たちは学園の外でランニングをしていたのだが、私は秋の天皇賞、スぺちゃんは菊花賞、 それぞれ大きなレースを間近に控えて熱が入った結果───門限を大幅に過ぎてしまったのだ。 こういう時はいつも玄関で待っているフジ寮長から 『やれやれ困ったポニーちゃん達だ、これは罰当番だね』 なんて門限破りのお叱りとペナルティを受けるのだが、どういうわけか今はいない。 これ幸いにこっそり部屋に戻ってしまおうと私たちは寮に入っていった。 そうして誰にも会わないようにしながら談話室の前を通りがかった時、 こちらには目もくれずテレビのお笑い番組を見ておなかを抱えながら大笑いしていた同期に いきなり声を掛けられたのだった。 \🤪サァン!/ 「あははははは!おー、スズカにスぺちゃんおかえりー、ずいぶん遅かったね」 「わあっ!ヴィクターさんこっちを見ずにいきなり声を掛けないで下さい!びっくりするじゃないですか!」 「ごめんごめん」 「って言うか私たち見つからないよう足音とか立てずに歩いてたのによく分かりましたね」 \🤪ジュウサァン!/ 「あはは、そりゃ簡単だ。なんせ──」 「「あたしは後ろにも目がついてるからな!」」 「でしょ?」 「うーわ。スズカに科白先越されちゃったよ」 「あなたいつもそれ言ってるじゃないの…さすがに覚えるわよ」 \🤪ニジュウサァン!/ 当たり前だが本当に後ろに目があるわけではない。 この子──キョウワヴィクターはものすごく耳が良いのだ。 『調子がいいときは足音で誰がどこら辺にいるか大体わかるぞ』と本人は豪語するが それが嘘ではないことを彼女の走りを間近で見てきた私はよく知っている。 まるでレーダーのように周りを見渡す耳──それが同期の間で一番のキレ味を誇る脚に並ぶ彼女の武器なのだ。 次の天皇賞、どれくらい距離を取れば彼女から逃げきれるだろうか。 そんなことを考えていると。 \🤪サンジュサァン!/ 「あー、やっぱりこのネタ面白いなあ。あたしもやったら面白いかな?」 「やめてよ…あなたが変なことするとフクキタルが真似したがるんだから」 「えー…」 これだ。本当に天皇賞のウイニングライブでやりかねないから釘を刺しておこう。 「スズカさん、そろそろ」 「そうねスぺちゃん。…じゃあヴィクター、私たち行くわね」 「はいはい。…フジ寮長給湯室でポニーちゃんのお悩み相談室やってるみたい。給湯室を避けるといいよ」 「給湯室ね、ありがと」 「失礼しますね」 「あー、スズカ?」 「なあに?」 「あんた足の調子は大丈夫かい?」 「…?うん、調子いいわよ、むしろ絶好調」 「そっか。…うん、いつもと足音が違って聞こえたから。変なこと聞いて悪かった」 「うん。じゃあね」 そうやって私たちは他に誰にも見つからず部屋に戻ることができた。 寮長にはバレた。