コージン=ミレーンの日記 △月□日 ギルドで得た隊商護衛の仕事のため、レンハート王都モトマトーに到着する。 俺も相棒のライトも気の乗らない仕事であったが、拘束日数と報酬の割合が良いので応じることにした…。 「さすがね。あなた達のような厳つい連中がいるおかげで、盗賊どころか魔物の一匹も出てこなかったわ。ウチは女ばかりの商会だからこういう時には男手がすごく助かるの」 この女性は今回の雇い主レズラレル商会のリーダー・ユリである。 モトマトーで開催されるイベントに間に合わせるために、危険を伴うルートを行く護衛として腕の立つ冒険者を高額で雇っていた。 「だろうな…。みんな警戒心が強いのか、遠巻きに睨むだけで誰も話しかけようとしてこなかった。まぁおかげで仕事はスムーズにできたがな」 こうして依頼の完了を報告するだけでも突き刺すような、いや殺意のこもった視線が俺の背中に刺さる。あまり長居は無用だ…。 「ごめんなさいね。女の中に男が混じるとセクハラだの色恋の果ての刃傷沙汰だの色々あるからみんな警戒してるのよ」 その捉え方は何か違う気もがするが、早く報酬をもらって帰ろう。いや早く帰りたい…。 「で、残りの後金なのだが…」 そう言うと彼女から二枚の紙が渡された。 「これはウチの商会の手形よ。私の委任状も添えてあるから、この町の銀行に行けばすぐもらえるわ。もしも賊に襲われたらと考えたら、現金なんて必要以上に持ち歩くことはできないのよ。手間かけてごめんなさいね」 なるほどこれも商人の知恵と言うやつだな…。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 「あーやっと来たミレーンさーん!遅いですよー!」 「悪い、どうも状況が変わった。この町の銀行に行ってコイツを金に換えなければいけなくなった」 お互いこの町には嫌な思い出や会いたくない人がいるので、仕事を終えたらさっさとズラかろうと道中話し合っていた。 「銀行ですか。公園に向かう大通りのとこじゃないですか。人目が多いー困るー」 口ではそう言いつつも顔は何だかにやけてるぞライト。かく言う俺もそうだが何だかんだ言っても自分の故郷だからな…。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 元魔都というだけあってこの町は魔族の住人も珍しくはないが、お互い後ろ暗い身であるから変装には入念を入れる。 ライトはいつものフード付きの外套に加え、竜化している右腕や顔の右半分を包帯で巻き隠している。 俺はいつもの覆面に今日はこいつも身に着ける…。 「あれーっ!今日はいつもの不審者スタイルと全然違いますね」 不審者とは何だ不審者とは! それはさておき今日は覆面と一緒に聖騎士時代の制服とマントを纏っている。つまり聖騎士の正装というわけだ。 「今日はちゃんとした聖騎士に見えますよ。いつもこうすればいいのに」 「そうだな…。でもこいつを着てると昔を思い出してしまってな…」 「そっか、そうですよね…」 こんな会話を何度もやり取りしたせいで、俺もライトも踏み越えてはならない一線を語らずとも分かるようになってきている。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 公園通りの銀行で手形を現金に換える。 町の中心にある公園に入るとイベントの設営準備の真っ最中であった。 レズラレル商会が急いでいたのもこのイベントに合わせるためだったようだ。 大きな立看板にはこう書いてある 『カンラーク追悼〇年記念 メロ王女フリーライブ』 そうか…あれからこんなに年月が経つんだなと思う一方、聖教会絡みのイベントだから教会関係者や聖騎士たちも多数この町を訪れているようだ。 道理で銀行でも強盗だと疑われなかったり、ここまでの道中職務質問されなかったはずだ…。 「メロ様のライブだー! しかもタダだってー!」 何か懇願するような目でライトが俺を見つめる。 「お前ライブ見…「見たいです!超見たい!」 食い気味に来る勢いに少し押される。 「お前メロのファンなのか?」 「いやファンってほどでもないんですけど、メロ様は歌も上手いし清楚なお姉さまって感じで甘えさせてくれそうで安らぐんですよね…」 そうだな、お前の周りにいた年上のお姉さんはあんなの(ハナコ)だしな…。 そこまで言うなら一日ぐらい好きにさせてやろう。ライト、頼むから羽目を外しすぎるなよ…。 「そういえば何でこの国の王族はアイドルなんてやってるんでしょうね?」 「俺の聞いた話だと、王国建国前の復興時代に勇者ユーリンが民を鼓舞するために演説をしていたが。ある日原稿を忘れてしまったためアドリブで歌を歌ったら尋常じゃないぐらい盛り上がったので、以来定期的にライブを行うようになったらしい」(※諸説あります) 「えっ?! そんなアホな理由だったんですか…」 「……(言えない…俺も『人手が足りないからお前も出ろやー!』でステージで歌わされたことを…)」 しかし俺の後にいつもくっついてきて拙い踊りをしながら舌足らずに歌ってたお前がこんな立派なライブをするとはな…。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 「危険です! やはり今日のライブは中止にしませんか」 ライブ会場のバックステージ、王女メロの専属メイド・ハニーが強く提言する。 「なりません。このライブを実現するために力を尽くしてくれたスタッフ、そして待ちわびているファン。その期待を裏切るわけにはいきませんわ」 ステージの主役、王女メロは意思強く答えた。 「でもあのテロリストのヤン=デホムから犯行予告が出てるんですよ。いくら王女様でも危険です」 「むしろレンハートの王家がテロリストの脅迫に屈する方が問題です。それに、もしその脅迫者があのヤンであるなら、すでに強力な手を打ってあるから心配ありません…」 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ モトマトー市街地にある安宿の一室、スーツを着たビジネスマン風の男と長い外套で正体を分からなくさせた人物が商談をしている。 ビジネスマン風の男が話を切り出す。 「これが約束のブツ、50本あります。中身はちゃんと調教済です…」 フードを被った男が数を確認すると金貨の入った袋をビジネスマン風の男に渡す。 「しかしお客様も酔狂ですなぁ。こんなイベント荒らすためにこれだけの手間と予算をかけるとは」 「悲願のためだよ。あの人と私との未来を勝ち取るためのね…!」 ビジネスマン風の男が呆れた顔をしながら金貨の数を数える。 「確かに。ウァリトヒロイ金貨で100枚しかと受領しました」 外套の男がビジネスマン風の男に尋ねる。 「他国の金貨をこれだけ集めるのは骨が折れたぞ。この国の金貨じゃだめだったのか?」 ビジネスマン風の男が半笑いをしながら答える。 「せっかくの機会ですからお金儲けの話をしましょう。あなたの計画が成功するとどうなると思います? いやあなたの願望の話ではなくて経済の話です」 「この国は統治もままならない弱小国家と周囲に見なされ、貨幣の価値はがた落ちします。しかしここは腐っても勇者の国、いずれ信用は取り戻すはずです。その間に今回いただいた他国の金貨を使ってゴミクズ同然になったこの国の金貨を買いあされば、いずれ私には10倍いや100倍もの利益をもらたしてくれるのかもしれないんですよ!!!! 申し訳ありませんいささか興奮しました…。まぁ今回の件は私にとってその程度の些事ということを覚えておいてください」 「あっ、そうそう。中身はどうでもいいですが、その筒はレンタルなのできっちり回収させていただきますからね。これ一個、金貨100枚ってレベルじゃないので…」 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 時刻は15時、モトマトー中央公園にて『カンラーク追悼〇年記念 メロ王女フリーライブ』が始まる。 初めは最後列から遠巻きに見ていたが、テンションが上がったライトが人ごみの中を前へ前へと進んで行く。大丈夫かアイツ…。 ライブは中盤に差し掛かり、メロのMCに入る。 挨拶、観衆への感謝、今回のライブへのいきさつ、そしてカンラークで亡くなった者への哀悼の意…。 彼女がMCで向けている思いは多分俺に対するものなのだろう、そう思うと「すまない…」という言葉でしか表現できなくなっていた…。 MCが終わり「では次の曲」と言った瞬間事件は起こった。 轟音。観客の悲鳴。飛び散る粉塵。その中から現れる多数の魔獣たち…。 パニックになった観客は悲鳴を上げ逃げ惑う。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 「来たか!」 衛兵部隊のライブ警備班長ジミーダ=ハンパーが部下に向かって叫ぶ。 「スリーマンセルを維持しろ! 一人が盾役となり攻撃を受けてる間に残り二人が死角から仕留めろ! 観客に一人も犠牲者を出させるな!」 衛兵たちが魔獣の群れに立ち向かう。しかしテロ予告によって限られた人員を分散させられたせいで、多勢に無勢感は否めない。 「ライト!俺達も行くぞ!」 魔猪、魔熊、魔狼、魔鷹、オーク、ゴブリン…。数は多いが質は大したことはない。 俺とライトの二人ならすぐに治められるな…。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 両の手と足に魔力を込める…。今のこの身になってからは戦いの準備はそれだけで十分だ。 風のように走る。そこにいるのは魔猪か…。ならばまともに相手にせず、受け流したところの横っ面を切り裂く! 次は魔狼。こいつは素早いから、フェイントを織り交ぜながらキルポイントへと誘導…。 ミレーンさんの戦い方は本当にすごい。相手の力を受け流し、素早い敵には自分の思惑通りに誘導する。 その動きはまるで無駄がなく、まるで舞を踊っているかのようだ…。僕も負けてはいられないな!頑張らないと! 巨体のミレーンと比較して小柄なライトであるがその戦い方は全く対照的で、竜化した右腕を前面に押し出した本能まかせの戦い方である。 仁王立ちになる魔熊には脳天に鉄槌を入れ倒れたところを踏み潰す。突進してくる魔猪は右腕の刃のカウンターで一刀両断にする。 トリッキーな動きで翻弄する魔猴には、苛立ちを隠しきれないのか飛び上がった際に高速で右腕を振るい真空波を乱発し細切れにする。 (よし、状況はこちらが有利だな…) ミレーンがステージの様子を見るとステージにいたメロが衛兵に逃げるよう誘導されている。 (何かおかしい…) 何とも言えない違和感に感づいたミレーンはライトに言う。 「ライト!ここはお前に任せる!後は頼む!」 いきなりの無茶ぶりに動揺しつつもライトは思考を現状の戦いに切り替える。 「要はこいつ等全部ぶっ殺せばいいんですよね!」 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 「ここは行き止まりではないですの?」 衛兵が誘導した先はどん詰まりの袋小路。不審に駆られた彼女は思わずこう言った。 誘導をした衛兵は震えながら訴える。 「やっーとぉ!お会いできましたメロ様ぁ!!! あなたをこうやってお連れできる日を今か今かと待ち焦がれておりました!!!」 「あなたはヤン?ではないですよね…?」 「これは申し訳ありませんメロ様。あなたに気づいてもらいたくて、ついあのテロリストの名を使ってしまいました」 「あなたは何者ですの?」 「私をご存じない?! 毎日毎日熱烈なファンレターとプレゼントを贈り、SNSには複数垢でいいよねを連発し、ライブには最前列で見守っていたこの私を!! いつもライブであなたは私と目を合わせてくれたじゃないですかぁ!!!!」 ストーカー対策としてファンレター、プレゼント、SNSのチェックは事務所(メイド隊)が行ってるし、彼女自身もライブではフロアを全て見通すように心がけている。 彼の言う事は100歩も1000歩も譲っても苛烈なファンのただの思い込みでしかない。 「あれもこれも全部取り巻き連中が悪いんだ…(ブツブツ)。そうだメロ様ぁ!私と一緒にウァリトヒロイに行きましょう! 私ならあなたをこの大陸全土に響かせるスターへと輝かせて見せます! 安心してください私はデレ魔スでもトップランカーのプロデューサーでした!!!!」 「何を訳のわからないことを言っておりますの! これ以上近づくと魔法を放ちますわよ!」 「えっ?! あぁそうくるんですかぁ…。でもいいですよぉあなたの魔法で絶命するというのならぁ! この興奮状態で魔法を放ったら微調整なんて利きませんよね! お優しいあなたのことです、もし私が死んだら一生ぉ―!心の傷が残りますよねぇー! いや、いっそ私と心中ってのもいいんじゃぁないですかぁ!!!!」 暴漢は剣を抜いて近づいて来る。どうすればいいの?とメロが迷いを感じた瞬間彼はやってきた。 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 「お前の相手はこっちだ!」 覆面姿の聖騎士が暴漢の肩を掴む。邪魔者を察知した暴漢は剣を振るう。 (訓練された兵士だけあってこちらも本気を出さなきゃまずいか…。 しかし打撃技では絶命させる恐れもある。ならばあれで行くか!) 暴漢が横なぎに剣を振ったのを見計らい高速タックルで担ぎ上げる。 そのまま強靭な膂力で暴漢を中空に高く放り投げると、自分自身も中空に飛び上がる。 暴漢をいわゆる釣り天井固めの形に捕らえると回転しながら地面に叩きつける。 「レンハートストレッチ!!!!!」 「ゲェーーーーーッ!!!」 「あの、これ大丈夫ですの?」 被害者でもあるはずのメロが心配して尋ねる。 「安心しろ、こいつには背後関係を吐いてもらわねばならぬから急所は外してある」 急所とかそういう問題じゃ無くねとも思いつつも、訳が分からなくなったのでメロはとりあえずスルーした。 「どうやらコイツが首謀者のようだな。これから衛兵に突き出すが、申し訳ないが証言をしてもらえないか。俺のなりではどっちが犯人か分からなくなるのでな」 「ありがとうございます。でも何で彼が怪しいと気づいたんですか?」 「なに単純な事さ。レンハートの王家の人間には屈強な武装メイドがいるのに、この状況で真っ先に君に向かって行ったこと。それに栄えあるレンハート兵士が隊長の命令を無視した行動をしていることに疑問を感じてな」 「あの…、あなたは何者ですの?」 「私はただの通りすがりの聖騎士だ…」 「せめてお名前だけでも教えてくれませんか?」 「そうだな……、レンハート、レンハートマンホーリーナイト。それが私の名だ …」