〔19〕「モンバサの歌」 ーーーーーーーーーー 今日はひさびさに若葉邸の半地下スタジオでパート合わせ。練習を終えて帰る頃合で、睦ちゃんが色も大きさも様々な袋や包みをメンバー各々に配り始めた。夏休み中シンガポールに旅行に行って、お土産を買ってきてくれたんだって。 「祥のは茶葉、初華にはコーヒー豆。にゃむは香水とリップ」 「お〜ぉ気が利くねぇむーこ。ありがと」 「海鈴の包みだけ無地ですわね」 「これは…なんでしょう?」 「お金」 「えっ」 …… … 〜〜〜 家に帰って改めて中身を確認してみる。 私が貰ったのは“BACHA COFFEE”っていうコーヒーブランドの“MOMBASA SONG COFFEE”…ブレンド豆だね。BACHAは“バシャ”って読むんだって。ブランド自体の発祥はモロッコなんだけど、お店の約半分はシンガポールに構えてるんだとか。知らなかったなあ。さきちゃんのそれは…茶葉だっけ。なんていうメーカー?えっTGW!? 「“T・W・ G”ですわ!」 あ…そうなの。う〜ん紅茶はよくわかんないや。せっかくだしコーヒーも紅茶もお試しで淹れてみようか。 「そうですわね。では繊細な香りと味わいのお紅茶から…」 ちょっと!聞き捨てならないんだけど!? 〜〜〜 「─“Silver Moon”…紅茶ではなく緑茶ベースのフレーバーティーですわね。色合いも綺麗ですし、芳醇なバニラの香りが素敵ですわ」 へぇ〜海外のブランドなのに緑茶を使った商品があるんだ。黄色くておいしいね。 「初音…あなたお茶に関しては語彙が壊滅しますわね。あとで睦にお礼を言わないと」 そうだね。そういえばさっき海鈴ちゃんがグループチャットで貰ったモノの報告してたよ。睦ちゃん、現地で使いきれなかった小銭をピカピカに磨いてコレクションケースに収めて渡したみたい。「旅の思い出をそのまま頂いたかのようで大変嬉しいです」って喜んでた。よかったね海鈴ちゃん。 さてさてお次はコーヒーですよ。 浮き出し加工の立派な飾袋に入った四角い缶がこれまた豪華で、革張りみたくビニールでラミネートされてる。これはポッキーの箱みたいに開ける感じかな?ええっとたぶんこの釦を押して…ふっ!固い!!ああ開いた開いた。 しっかりした内蓋が付いていて、飲み終わったらそのままキャニスターとして使えそう。ちょうどいい大きさだし、外蓋と内蓋の間のスペースにメジャースプーンを収納できそうなのもいいね。 それでは中身とご対面…うぉっ綺麗な豆面!まるでオーブンでじっくり丁寧にローストしたかのような艶のある美しい栗皮色の焼き上がり。色味に少しばらつきがあるのはたぶんアフターミックスだからだね。浅めのハイローストと深めのハイローストの豆が混じってる感じ。欠点豆がまったく見当たらない…ハンドピックされてるのかな?この段階で質の高さが伺えるね。 あと驚いたのは豆の段階でこの…チョコレートと杉と土を混ぜたような独特の香りを感じることかな。缶の説明文には“アフリカ産とアジア産の豆のブレンド”っていうざっくりした情報しかなかったけれど、それをヒントに豆をいくつか抜き出して配合を推測してみよう。 ちょっと深めにローストされた大粒の豆…ナチュラルっぽいけど、これはバリアラビカかマンデリンあたり?アーシーな香りの正体はこの豆かも。次はハイロースト然とした色合いでうねったセンターカットの丸っこい豆。これはなんとなくウォッシュドのモカっぽい。マタリかイルガチェフェか…あとはこのハリのある直線的なセンターカットの豆。うーん…ケニア?タンザニア? 今更だけどこれ相当無茶なことしてない?よっぽど特徴的な見た目の豆でもない限り“アフリカとアジア”っていうヒントだけでブレンドの配合を当てるなんて素人の私には無理無理!さきちゃんが「早く済ませて台所を空けてくださいまし」って顔してるからさっさと淹れちゃおう。 気持ち細めの中挽きにすると豆の段階で放っていた野生味のある雰囲気が一変して、ビスケットのように甘く芳ばしく、フルーティーさもほのかに混じったフレグランスが広がった。この香り…ベースはケニアかな? 湯温88℃で少し長めに30秒蒸らしてドリップ。アロマは甘くフローラルで、モカの存在を感じるティーライクな印象。軽く啜ってみると口当たりは柔らかくシルキーで、苦味も渋みも無くかなりマイルド。酸味は温州みかんくらいの強さで、さっと主張してすぐ引いていくタイプ。 余韻はハイローストらしい香ばしさとカラメル香が淑やかに残る上品な印象だね。温度が下がってくると柑橘やチェリーを思わせる酸の主張が少し強くなるけど、刺激を感じるほどじゃないから純粋に味わいの変化として楽しめる。 最近流行りの印象強い派手さやコントラストのはっきりしたブレンドではなくて、飽くまで調和とバランスの良さを重視して仕上げられてる感じ。マイルドだけど単調ではなくて、ブレンドらしい複雑な味わいを紐解いていく楽しさが癖になりそう。 あっ珍しくさきちゃんが自分から口をつけてる。どう? 「飲みやすいですわ。ひょっとしてわたくしの好みに合わせて選んでくれたのかしら」 むう…それはどうかな?まあいいけどさ。 生豆の質の良さとそれを活かす高度な焙煎技術、そしてブレンダーのこだわりを十二分に感じられる逸品だったね。こうなるとストレートの豆とか他のブレンドも気になるなあ…最近東京(銀座)にも出店したらしいし、こんど一緒に行ってみようね、さきちゃん。 「銀座ならそれこそTWGとマリアージュフレールの店舗にも足を運んでみたいですわね。あとは──」 そっそんなに…?さきちゃん意外とお買い物長いからなぁ〜。とりあえず次のデートは銀座で決まりだね。私も良さそうなカフェ探しとこうっと。 ーーーーーーーーーー あっそうだ。 睦ちゃんにお礼の連絡送るけど、さきちゃんの分もまとめておく?まだでしょ? 「えっ?わたくしはもう済ませましたわ」 あれ…グループの方にまだ来てないけど。 「あっいつもの癖で…個人の方で送ったからですわね。ちょっとなんて顔しますの。幼馴染なんですから別におかしくありませんわ。もう…わかりましたからこちらにいらっしゃい。本当に嫉妬深いですわね初音は」