1(石剣のヴリッグズ×神速のジュダ) 「あかんわ。うちらだけじゃどうにもならへん」  ジュダとヴリッグズの2人がかりの斬撃にびくともしない部屋に、ジュダは匙を投げざるを得なかった。 「そんな姐さん、まだ諦めるには早いですぜ!」 「考えてやヴリッグズはん、扉の罠に詳しい技術者やこういう結界に詳しい魔術師ならともかく、ウチらみたいな剣技一本の組み合わせじゃもうどうにもならへんでしょ」 「う゛っ」  淡々と指摘するジュダにヴリッグズも反論できず黙り込む。事実そのとおりだからだ。 「しゃあない、キスしましょヴリッグズはん」  部屋の構築者の意向に従うのは癪だがどうしようもないものは仕方ない、と一息つくと、ジュダは刀を鞘に仕舞うとヴリッグズに部屋のお題に従うことを提案する。 「で、でも」 「別に交われって言われてるわけでもあらへんし、これくらいどーってことあらへん」 「………」  そこまで言って恥ずかしいわーと頬に手をあててるジュダに、なおも逡巡してるヴリッグズ。  それを見て自分相手のキスが抵抗がある、と判断したジュダは、あえて明るい声色でヴリッグズの抵抗を和らげようと声を掛けた。 「そんなウチ相手のキスなんて気にすることあらへん。ウチも気にしいひんし、ヴリッグズはんも犬か猫に口ねぶられたくらいに思えばええで」  其の自分をわざと下げるような発言に、カチンときたヴリッグズは表情を一変させてジュダの発言に異を唱えた。  「そんな話は飲めないぜ姐さん!」 「えっ…?」  予想外の反応に戸惑うジュダに構わず、ヴリッグズは言葉を返す。 「姐さんが犬猫なら、オレは虫以下ですぜ」 「そないな!ヴリッグズはんは大事な仲間や!そないなこと言わんといて!」 「虫以下ですぜ、ジュダの姐さん以外の殆どの人間からすれば」  吐き捨てるように自分を卑下するヴリッグズ。実際、ホブゴブリンである彼は侮蔑の目で見られることが多かったのだろう。  そのことに思い至ったジュダは普段浮かべてる笑みも捨てて必死にヴリッグズに語りかけた。 「ヴリッグズはん!ヴリッグズはんはウチの大切な仲間や!ヴリッグズはんは他の人と違ってウチを一度も誤解せんかった。ヴリッグズはんが虫以下なんて、たとえあんたの言うことでもウチは耐えられへん!」 「その言葉、そっくりオレも返すぜ!ゴブリンのオレなんかを、姐さんは差別せず受け入れてくれた。そんな姐さんが自分を人でなしみたいに言うなんてオレは耐えられねえ!」  ハッとするジュダにヴリッグズは片膝をつくと、一息にジュダに向かって語りかける。 「キスの件、わかりやした。ただ、一つ許してくだせえ。それは大切な仲間であり、素晴らしい女性のジュダさんとの思い出として、オレの胸に刻みつけることを認めてほしいんでさあ」  あまりに火の玉ストレートなヴリッグズのセリフに、首元から顔まで真っ赤になって固まっていたジュダだったが、やがて「はい」という返事が、か細く、だが、ハッキリとヴリッグズの耳に届いた。 * * * * * * *  2(聖盾のクリスト×聖騎士イザベル) 「諦めよう」 「そんな!」  聖盾のクリストの支援魔法で強化された聖騎士イザベルの剣技で幾ら斬りつけようと、傷一つつかない扉にイザベルも力付くで部屋から脱出する考えを放棄せざるを得なかった。 「ま、まだもしかしたら何か方法があるはずかもしれないです!」 「防護魔法に長けたお前でも、この部屋の魔力構築は解析できないのだろ?」 「うっ、でも僕も加われば」 「お前の魔法で強化された私でも傷一つつかないのに、クリスト、お前が加わった程度で何か変わるのか?」 「うう…」  ガクッと頭を垂れたクリストに構わずにイザベルは剣を鞘に仕舞うとクリストの方に歩み寄る。 「覚悟を決めろ、キスをするだけだ」 「…」 「私たちにはやるべきことがある。魔王を討ち聖都カンラークの仇、エビルソードを討つ」 「………ええ」  クリストの返事を肯定とみたイザベルがクリストの顎を掴んで頭を持ち上げる。弱々しく揺らめくクリストの目に無表情のイザベルの顔が映っている。少しずつイザベルの顔がクリストの顔に近づいていく。クリストもようやく覚悟を決めたのか拒否する様子はみられない。 「そして、ボーリャックを討ち果たすためにも」 「───ちょっと待ってください」  バッとイザベルを突き放したクリストがイザベルから後ずさる。 「クリスト…?」 「ボーリャック先輩を、やはり撃つ気なんですか、先輩」  クリストの変化を訝るイザベルに、クリストが険しい表情でイザベルに問いかける。 「…当然だ。奴はカンラークの騎士でありながら、エビルソードに与した裏切り者だ」 「ボーリャック先輩にも何か魂胆があるはずです。彼にそれを直接問いかけてからでも遅くはないはずです…!」  クリストの主張にイザベルが思わず嘲笑を浮かべる。あれほどの地獄を見ながらまだこんな楽天家なのかこいつは。 「僕には、ボーリャック先輩が何か目的があって、向こうにいるように思えるのです」  クリストは過去の記憶を思い返しながらイザベルに訴える。聖騎士時代の憧れだったボーリャックを、容易に自分を討てたにも関わらず、剣を収め立ち去っていくリャックボーいう名の彼の姿を。 「目的などあるものか!!あるとすればただ2つ、アイツは命が惜しかったか、それか魔王軍の地位が欲しかっただけだ」 「先輩!復讐心に心を焦がしてはなりません!」  二人の激情に燃える視線がぶつかり合う。 「なぜ、お前はそうなのだ」 「…え?」  永遠とも思える沈黙を破り、イザベルがポツリと呟いた。 (私は、こんなに変わったというのに)  イザベルは、変わってしまった。純粋に信仰と武芸に撃ち込んでた自分は今は復讐に囚われ、ボーリャックへの尊敬心は憎しみに変わり、片腕を義手にしても戦い続ける復讐者に。  だが、クリストはイザベルから見るに殆ど変わってない。相変わらず理想論を唱え、勇者に憧れを抱き、大盾や魔法で仲間や無力な民を守ろうとする純朴な好青年。何で、そこまで、汚れてないのだ。 「なんでそこまで」 「イザベル先輩もボーリャック先輩も僕にとっては決して死んでほしくない大切な人ですから!」  イザベルの呟きに即座にクリストが即答する。 「……それでも、私とボーリャックが剣を向き合えば?」 「割って入ります。なぜなら僕は、聖盾のクリストです。大盾使いが守るべき人を守るのは、当然ですから」  哀しげに笑う後輩の姿に、とうとう耐えきれなくなったイザベルはクリストの襟首を掴み、強引に彼の唇を奪う。 「ッ!」 「…行くぞ」 「…はい」  扉が開いたのを確認し、2人は黙々と出ていく。先行するイザベル、後を付いていくクリスト。だから2人は気付かない。2人の頬を伝う涙に。 ───愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。『復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる』─── ───悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。─── * * * * * * *  3(魔術師マーリン×カゲツ/ハルナ) 「そっちは何かわかった?」 「無理だ。全然わかんねえ」  魔道士マーリンに問いかけたハルナだったが、返って来たのは相変わらず同じ返事。何度目のやりとりだこれ、と思いながらも問いかけずにはいられないのは、やはり相当参ってきてるんだろうなってボンヤリと自身の精神状態を分析してみる。 「あーもうやめやめ!」 「ちょっ、バカマーリン諦めんの早すぎ」 「うっせうっせこんな扉しかない空間何時間も探してられっか」  頭おかしくなる、って呟くマーリンの頭上すぐ上に苦難投げつけて、「何しやがんだてめー!」って抗議も無視してハルナもごろんと床に横たわった。癪なことに正直なところマーリンと全く感想だったからだ。  気づけばマーリンも寝っ転がっている。まあこちらが先に横になったのだから文句を言える筋合いではないので、寛容な精神で許してやるが。 「思えばこの世界で私ほど可哀想な乙女もいないよね」 「乙女と言える年なのかおめーは」  グサッ 「いてええええ!!何すんだてめー!」 「ふんっ」  横でのたうち回るバカは放っといて目を瞑る。思い返せば私は世界一不幸な少女だった。カゲマルお師匠様から隠密として派遣されたまではいい。最初は定期的に連絡もあったし。向こう側の近況報告もあった。ところがだんだん連絡の頻度は減っていき(それも大半がエビルソード様礼賛文書だった)、今では幾ら報告を送っても全く音沙汰がない始末。おまけに活動資金すら支給されなくなり、完全に自給自足を余儀なくされている。  そして今、私はキスしないと出られない部屋にぶち込まれている。それでも相手が見た目イケメンな勇者様とかならともかく、マーリンのやつときた!一体前世で何の罪をしたらこんな目に合うのだ。  それに…。 「マーリン」 「ん?」 「トイレ行きたい…」 「げっ」  まずい、尿意が迫ってきて辛い。だがこの部屋には扉しかない。となると部屋の中でするしかない。でも、男の人がいる場で用を足すなんて、それだけは嫌だった。 「我慢出来そうか?」 「わかんない…」  涙が滲んでくる。いっそのこと、この世から消え去りたい。そう考えていたその時、マーリンがため息を向いて立ち上がった。 「ハルナ」 「…なに?」 「助けを持ちたかったが、仕方ねえ。今からそっちに行く」  …え?思わずマーリンの方を向くと、こっちに向かってくるマーリンの姿が目に入る。ここはキスしないと出られない部屋。つまりマーリンがこっちに来るってことは──。 「待って待って待ってマーリン!」 「待てねえだろ、お前の方が」  そして私のすぐ横に立ったマーリンが私に顔を近づけてくる。どうしよう、混乱と尿意で頭も足も上手く働かない。マーリンの言うことは正しい。でも。 「わたし、はじめてで」 「ハルナ」 「ッ!」 「横を向け」  …え?混乱したままマーリンの指示に従うと、頬に何か暖かいものが触れた。 「よし、空いたな」 「マ、マ、マ、マ、マーリン!?」 「別に唇同士って言われてはいないから試したが案の定だったな。…ていうかお前の方から言ってもらいたかったんだけどよ」  男の方から言うのはキツイんだぞこれ、とかブツブツ言いながら開いた扉の方に向かっていくマーリンが、呆けたままのこっちの方を振り向いて。 「さっさと探すぞ、用を済ませられそうなとこ」  とニカッと笑いかけた。  見慣れてるはずの三下っぽい彼の笑い顔に、なぜかどんどん自分の頬が熱を持っていくのを、ハルナは自覚せざるを得なかった。 (バカマーリンのくせに生意気!!!) * * * * * * *  4(ラーバル・ディ・レンハート×サンク・マスクラートの訓練生ジーニャ) (何度目だこれ)  サンク・マスグラード訓練兵ジーニャは深いため息をついた。傍らでは、レンハートから武者修行に来ている第二王子、ラーバル・ディ・レンハートが何とか脱出の糸口を見つけようとキョロキョロしている。 (しょうがねえか) 「ラーバル、アタシの方を向け」 「え?」  何も考えてないような顔で振り向いたラーバルの顔をがしッと掴み、一気にキスまで持ち込もうとしたジーニャだったが、寸前の所で二人の顔の間にラーバルの手が割り込まれる。 「ちっ」 「な、な、な、何すんだよジーニャ」 「何って!キスに決まってんだろ」  予想以上の反応速度を見せたラーバルに彼の成長速度の速さを実感しつつも、ジーニャは表面上淡々と告げる。 「で、でも、全開似たような部屋に嵌った時は。俺たち二人で出て来れたじゃないか!」 「あれは偶然部屋の魔術構築の回路に綻びを見つけられたからだ、でも、今回は無理だ。アタシとラーバル二人係でも爪痕ひとつ分の綻びも見つけられねえ」  それに、とジーニャは前回の件を思い返しながら言葉をつづけた。 「あの時はセックスしないと出られない部屋だった。今回はキスしないと出られない部屋だから出るためのハードルは格段に低い」 そう、二人は以前も同じような部屋に閉じ込められたことがあった。その時は冗談めかして部屋のお題に従うことも進めたこともあったが。 『──ユーリン野郎にはなりたくない』 『…そうか』 『…それに』 『?どうしたラーバル』 『な、何でもない(こんな部屋でジーニャと初体験を迎えたくないなんて言えるか!)』  とまあこんな流れで必死に部屋を解析した結果、なんとか脱出することができたのだった。 「だが、今回はキスだけだろラーバル」 「そうだけど…そんな簡単に言い切っていいもんじゃないだろ…」 「アタシもラーバルもやることがあるだろ。アタシはこの国の立派な親衛隊に、ラーバル、お前はレンハートを支える立派な王子に」  そう、ラーバルはいつまでもこの国にいるわけじゃない。この国での武者修行の期間をすぎれば当然レンハートへと帰国することになる。 (だが、その前にこれくらいの思い出があっても、許されるよな)  ジーニャは目の前の少年に心の内でそっと詫びた。それは決して彼には口に出してはいけない想いだった。  ジーニャは、ラーバルに恋をしていた。だが、二人には優先すべきものがある。そして、あまりにも彼とは立場が違いすぎる。  それを忘れて恋に心を焦がせられる程、彼女が年相応の少女であることはこの国では許されなかった。 「…………」 「な、何か言えよラーバル…」  考え込んでラーバルに(そんなにアタシとのキスは嫌なのか)と、段々ジーニャの不安が募ってくる。確かにアタシは隻眼だ。日々訓練してるから身は筋肉質だし、女らしさも皆無だ。  だけど、彼と過ごし、彼に惹かれていく中で、少し……ほんの少しぐらいは、髪につける香水とか買った方がいいのかな、とか考えたりもしたのだ。 「…………わかった、ジーニャ、お前とキスをしたい」 「ああ、そうか」  高鳴る胸を押さえ、平静を装ってラーバルと向き合う。 (アタシなんかの初恋にしちゃ、中々上等な思い出だ)  この記憶があればもしラーバルとの別れを迎えるときでも、笑って、見送ることができる。そう思って隻眼を閉じたジーニャの耳に「でも、」という声が入ってきて訝し気に目を開ける。 「ひとつだけ、俺の言葉を聞いてほしい」  よく見たら、ラーバルの顔が髪の色と同じくらい真っ赤に染まっている。 (まさか、いや、そんな) 「俺はお前のことが」 (嘘だ、信じられない。こんなアタシに都合のいいことがあるか) 「俺は、お前のことが好きだ。愛人とか、妾とかではなく、恋人として、俺と付き合ってほしい」 「嘘だ、無理だアタシなんか」 「無理じゃない」 (やめてくれ、激しくなる鼓動が収まらない) 「アタシはこの国の立派な兵士になって」 「うん」 (期待するな、陛下のために、戦って死ぬ。それがアタシの生きざまなんだ) 「アタシは、陛下に返しきれないほどの恩があって」 「知っている」 (アタシとラーバルの戦闘訓練を眺める周囲の目。もしラーバルに付いて行ったら、アタシは皆からどう思われるだろう) 「アタシは、ただの兵で一般の出で、アンタは王族で」 「俺の母上は魔族だった。それでも父上は母上を選んで、俺が生まれたんだ」 (アタシの両親を殺した。領主の笑い声、とうの昔に無くなったはずの左目が痛みだしてくる) 「こんな隻眼の女に、ラーバルの伴侶が務まるわけないだろう!!」  耐え切れず、左目につけた眼帯を毟り取ってラーバルに空洞となった目を見せつける。ラーバルの目が悲しみに歪んでいくのが解る。それでも、自分から目を逸らそうとはしない。 「それでも、俺は、お前と共に生き、お前と色んな世界を見て、お前と共に日々を過ごしたいんだジーニャ」  気づけばラーバルの姿が滲んで見えなくなってきてる。 (クソっ残された目まで駄目になっちまったら立派な兵になんてなれないのに)  そう思ってるとラーバルが自分の右の頬の涙を拭ってくれている。 (そうか、泣いてたのかアタシは) 「無理だよ…アタシなんかがラーバルの妻なんて似合わないよ」 「そんなことはない!!」 「ラーバルゥ……」  そっとジーニャの頭を撫でるラーバルに、混乱していたジーニャの心が少しずつ収まってくるのを感じる。 (こいつ、こんなに手が大きくなってたのか、初めて会った時はあんな世間知らずのガキだったのに) 「話し合おうジーニャ」  泣き止んだジーニャにラーバルが頭を撫でながらやさしく語り掛ける。 「この部屋はキスしないと出れない部屋。そして今ここには俺たちがいる。つまり誰にも邪魔されるじっくりと話すことができるんだ俺たちは」  数時間後、部屋を開けた二人がレストロイカの執務室に向かっていく姿があった。その手はしっかりと繋がれていたという。