オリキャラ雑談クロスSS_3_22

狭間の世界のゼノリス:第22回

3.狭間/決戦編

目次

3.3.ヘッジ・メイズ

3.3.ヘッジ・メイズ

 ロケットの中で暗闇に飲み込まれたメリーは、気づけばどこか、背の高い生垣に囲まれた場所にいた。

(……!? みんなは……!?)

 驚きつつも周囲を見回すが、仲間たちはいない。
 左右には生垣が連なっていた。前後を見ると、生垣で作られた道が曲がり角を作っていたり、カーブを描いたりしている。
 樹種はプリペットに似ていたが、詳しく同定している場合ではないだろう。

(ここは、誰かの作った……庭園……?)

 恐らく彼女は迷路園(ヘッジメイズ)と呼ばれる、生垣で作った迷路のどこかにいると思えた。
 幸いというべきか、咄嗟に掴んだエウラリアは手に持ったままだ。
 地面は柔らかな芝で覆われた土で、エウラリアの重量を受けている部分――石突の接地部分とメリーの両足が、15cmほども沈み込んでいる。
 事前に渡されていた通信装置を懐から取り出して通話を試みるが、

(……通じないか)

 距離が遠いか、通信が妨害されているかで、通じる気配がない。
 メリーは通信機を懐に収めてエウラリアを構えつつ、今度は空を見上げてみた。
 広がる青い空の他には、天井などはない。

(空が青いってことは、宇宙の消えた元の世界じゃないってことかな……?)

 もっとも、それ以外の根拠などもなく、現在地を特定する手段もない。
 迷路をさまようよりは、生垣を飛び越えながら周囲の地形を確認していくべきだろう。
 エウラリアを肩に担ぎ、メリーが跳躍しようと――足場が悪いが、出来ないことはない――かがみ込むと。

「いたぞ!」
「――へ!?」

 幼い少年と思しき声。驚いて目をやると、そこには軽装の鎧を着た少年が、彼女に向かって槍を構えていた。
 キョウカイから来るチームにも少年がいるという話だったが、事前に見ていた写真と顔つきは異なり、より幼い印象だ。
 メリーは予想もしなかった相手の登場に、構えていたエウラリアを下ろしそうになる。
 だが。

「囲め!」「連行しろ!」

 少年は一人ではなかったようで、続々と足音が増え、メリーは通路の前後を囲まれてしまっていた。
 いずれの少年たちも軽装の鎧兜を身にまとい、背丈よりやや長い槍を構えている。

「え、いやちょっと待って……ボクたち、何をしてるの……!?」
「黙れ!」

 困惑する彼女に向かって更に槍を突き出し、少年たちは凄んだ。

「魔女! 大人しく女王陛下に心臓を捧げよ!」
「心臓!?」
「抵抗する気だぞ! かかれーっ!!」
「うわ!? ちょっ!?」

 突進と共に前後から繰り出される槍を、メリーはエウラリアを芝生に叩きつけ、その反動でジャンプして躱した。
 ついでに庭園の全貌を把握しようと周囲を見まわすが、

(広い……どこまで続いてるの!?)

 生垣の迷路は、地平の果てまで続いているように見えた。
 とてつもない広さ――あるいは幻、それとも空間が循環しているのか。
 ナハヴェルトの手によってか、魔術的な世界へと引きずり込まれたのかもしれない。
 そのまま生垣を飛び越えて隣接する通路に着地するメリーだが、誤算があった。

「どわっ!?」

 芝生の土が柔らかすぎて、飛び降りた彼女の身体が足首まで沈み込んでしまっている。
 重いエウラリアを持っているのだから考えて然るべきだった――慌てて足を土から引き抜き、通路を走る。
 走りにくい上、武装した少年たちは、なおも数を増していくようだった。

「捕えろ!」「魔女め!」
(そりゃまぁ魔女みたいなもんだけどさぁ……!)

 加護を受けたメリーの肌は、人力で繰り出す鉄の槍で突かれた程度であれば傷一つ付けられない。
 とはいえ、このような異様な場所に現れた少年たちの得物がただの槍である保証もなく、武器がそれだけとも限らない。

(あとは……女王陛下とかって呼ばれてる人か。
 顔くらいは見ておいた方がいいのかな? ヒトかどうかわからないけど)

 状況を解釈するならば、恐らくはポータルを操るというナハヴェルトによる攻撃――あるいは罠なのだろう。
 彼女たちの乗ったロケットを直接破壊しなかった理由は不明だが、メリーがこうした状況に陥った理由として他の原因は考えにくい。

(わたしたちを直接殺せない事情があるか、こんな手で殺そうとする理由があるか……)

 考えつつ、反撃も視野に入れる。エウラリアを一度手放して、徒手空拳で戦うとしたらどうか。
 エウラリアを振りまわして生垣を破壊し、通路をショートカットしながら、メリーはその案を否定した。

(いやいや、本当に人間の子供だったらまずいよね……)

 子供を相手に形而上学的に強化されたメリーの筋力で戦えば、手加減しても重傷を負わせてしまう恐れがある。
 だが迷っている間にも、少年たちの足音が近づいてくる。
 庭園は彼らの勝手知ったる場所なのだろう、メリーの不利は明白だった。
 ならば、いっそのこと女王とやらに会ってみるべきか。

(でも、女王様と話をさせて、なんて言ったら武装解除を要求されるかも……)

 その女王が話の通じる相手とは限らない――なにせ心臓などを所望しているという話だ。
 少年たちにエウラリアを持ち運べるとも思えなかったが、この相棒を手放す事態だけは避けたい。

(仕方ない、こうなったら……!)

 メリーはエウラリアを構えなおし、腰だめに突き出して覚悟を固めた。

「ラニア、ごめんね……!」

 メリーが念じると、それまではただ不気味な鉄槌として沈黙していたエウラリアが、叫ぶ。

「ギィヤァァァァァァァ――!!!!!」

 そしてそこから彼女に向かって、そこに宿った死者の末期の記憶と思いが流れ込んできた。

(あぁ、こんなはずじゃなかった――どうすれば良かったんだろう――
 熱い――苦しい――天の父よ、私を焼く人々をお救いください――)

 それこそは鉄槌に宿る殉教者の魂のひとつ、“ラニア”のもたらす死と苦痛の思い出だった。
 原罪を受け継ぐ身でありながらエウラリアに秘められた特別な力を行使する副作用――あるいは罰――として、メリーは少女たちの魂のその痛みを、発動の度に共有する。
 そして死者に苦しみを再度味わわせることへの罪悪感が増幅され、彼女の心を塗り潰し、身体を押し潰そうとさえするのだ。

「…………っ!!」

 メリーがかろうじてそれに耐え抜くと、エウラリアの先端は大きく形状を変えていた。
 胸郭を構成していた肋骨部が鋭く変形して牙のように先端を向き、骨の隙間の意匠からは炎が漏れ出ていた。
 “ラニア”の魂が司る、エウラリアの“火刑”の相だ。
 あらゆる不浄を焼き払い、噴き出す炎で加速する本体による高速移動や高速打撃を可能とする形態だった。
 メリーは死の記憶と罪悪感から噴き出た脂汗を拭わず、変化したエウラリアを横に向ける。

「危ないから離れて!」

 警告と共に、エウラリアの先端から激しいジェットが噴き出す。
 炎は生垣をいくつも貫き、そこから勢いよく炎が燃え広がり始めた。

「うわっ! 放火したぞ!?」
「水を持ってこい、急げ!」

 少年たちは動揺し、それぞれが統率を失って距離を取ろうとする。
 そこに、また別の声が飛んで来た。

「狼狽えるな童ども!」
「っ!」

 すると冷たく湿った一陣の風が吹き、メリーの着火した炎をあっという間に吹き消してしまった。

(えぇ~!? ラニアの火を消す一瞬で風なんて……!?)

 風の来た方向を見ると、どこから現れたのか、そこには赤い装束で身を固めた女が立っている。
 真紅の羽をあしらった扇子で口元を隠しながら、彼女は口を開いた。 

「我が庭園への侵入者よ。我は心臓の国を治める心臓の女王」
「あ……」

 気後れしつつも相手に応じ、名乗る。

「初めまして女王陛下。わたしはメリーと言います」
「ふむ、メリーよ」

 心臓の女王は厳かに間を置いて、彼女に告げた。

「ナハヴェルトの命により、そなたの心臓をもらい受ける」
「やっぱり心臓!? どうして!?」
「知っていよう、魔女の心臓には力がある。その心臓を喰らい、我が力とするためよ」
「お断りします!」
「ならば力で奪い取るまで――」

 女王は口元に当てていた扇子をぴしゃりと畳み、メリーに向かって突き出した。

「かかれ!」
「うおおおおお!!!!!」

 槍を構えて一斉に飛びかかってくる少年たちに対し、メリーは火炎をまとったエウラリアを振り回して牽制した。
 噴き出す炎の推力によって通常時に数倍する速度で旋回した鉄槌が衝撃波を生み出し、少年たちを吹き飛ばす。

「やられるわけにはいかない……!」

 心臓の女王も、彼女に従う少年たちについてもよく分からないまま、メリーは広大な迷路園の中を走った。
 相変わらず足場は悪く、一歩芝生を蹴るごとに、彼女のブーツは土にまみれていく。


 気づけば、ミナは霧の深い場所にいた。

「え……どこ、ここ……?」

 足元にすらやや靄がかかっていたが、靴裏ごしの感触から踏み固められた土だとわかる。
 一瞬にして、血管鉄道の中から転移した――というか、恐らくはさせられた――というのか。

(途中の記憶を失くしてるだけっていう線もなくはないだろうけど……)

 あのリカーシャ・カインを葬り去り、その力を奪い取ったナハヴェルトが敵なのだ。
 ミナは改めて自分が途方もない相手を敵に回したのだと実感し、後悔していた。

(レポートどころか、帰れなかったらどうしよ……食べ物とかあるのかなこの辺)

 と、視界の劣悪な周囲をそれでも、と見回していると。

「おーい。そこに誰かおるのかー」
「!?」

 聞き覚えのない声に驚く。
 少なくとも、ミナと共に戦った仲間の声ではない。

「おーい、おーい」

 声は高齢の男といった印象で、霧の向こうからゆっくりと近づいてきていた。

(チキュウから来るっていう人たちの中にも、お年寄りはいなかったはず……!)

 ミナは警戒し、メイスを構えて後ずさった。
 声は、なおも近づいてくる。

「おーい、そこに居るなら返事でもしておくれーい」
「…………!」

 足元に不安はあったが、ミナは声から遠ざかるように走った。
 不安から後ろを振り向いた、その時。

「つーかまえたっ♡」
「んぎぇあああああああああああああああッ!?」

 視界の外から左右の肩を掴まれ、ミナは絶叫した。
 メイスで相手がいると思しきあたりを振り抜くも、空振り。
 しかし肩は軽くなり、それを幸い、彼女は長い髪を振り回しながら飛び退った。
 そして視界に入った相手の姿を捕捉する。

「……!」

 濃厚な霧の中に佇むそれは、人影だと思えた。
 人らしき大きさのものが古びた長いローブで全身を覆い、仮面を被っている。
 白地に赤い紋様の描かれた、髑髏のようにも思える仮面だ。

「だ、誰……!?」

 加速する自身の心拍に不安を感じつつ、ミナはそう尋ねた。
 それに応えるように、ローブの布の狭間からしなびた腕が現れて、仮面を撫でる。

「ほっほっほ……わしはそうじゃな。呪いの達人とでも名乗っておこうかのう」
「たつじん……呪いの……?」

 訝る彼女に、“達人”は楽しげに語った。

「三度の飯より呪いが好きでのう。数えきれない相手を呪い殺してもきた」
(やべーやつじゃん!?)

 ミナは一目散に逃げようと、踵を返す。
 返そうとした、が。

「はぐっ!?」

 ミナは方向転換に失敗し、転倒した。
 頭部を守るためにメイスを手放してしまい、呪いの達人に対して無防備に仰向けになってしまう。

「逃げられんよ。足の竦む呪いじゃ」
「アッ、アンカース!!」

 解呪の魔法で呪いを解くと、足が動くようになった。
 急いで立ち上がって距離を取ろうとするが、

「んがっ!?」

 再び足がこわばり、転倒する。
 やはり解呪の魔法を使おうとするミナだが、

「アンカー――」
「今度は脚封じに魔封じを重ねたぞい」
「っっ!?」

 達人の言う通り、解呪は発動しなかった。
 足と魔法を封じられ、ミナは迫りくる仮面の呪師に恐怖した。

「次は何がいいかのう? 失明か? 不幸か? 不幸はいいのう、好みの男と絶対に結ばれなくなる呪いとかあるぞい?
 蠱惑の呪いと併せれば、醜男しか寄ってこなくなるでなぁ」
「ひっ……!?」

 仮面の下の表情はうかがえないが、達人の声には愉悦の響きが感じられる。
 ミナは仰向けのまま必死に後ずさろうとするが、腕の力だけでは芋虫の這うがごとくだ。

「く、来るな!? 来るなぁっ!!?」

 弱々しくメイスを突き出す彼女の目には、恐怖で涙が浮かんでいた。

「いいのう、絶望の中で苦しむ魂は! それじゃ、不幸と蠱惑の呪い、行ってみよー!」
「いやぁああああああああああッ!?」

 この孤立した状況で不器量な異性に囲まれることなどない筈だが、ミナの胸中はそれどころではなかった。

(嫌だぁあああああイケメンイケショタとお近づきになれずにブ男だけ寄ってくるとか嫌だぁああああああああああっ!!?)

 だが、抵抗虚しく、ミナは新たな呪いに侵された。

「あ……」

 足が動かず魔法も封じられた所に、心の外側から重しを乗せられたような感覚が走る。
 いや、それどころではなかった。

「へへへ、肉付きのいい娘じゃねぇか!」「俺が一番目な!」「いや俺だ!」

 どこからどう現れたのか、顔の悪い太った中年の男たちが何人も、ミナの周りに集まってくるではないか。
 しかも全員下腹部を怒張させ、獲物を見る目つきで彼女をねめつけている!

「うぉおおおおおおおおおお!!?」

 ミナは恐怖した。
 このままでは、近づくのも避けたい相手によって彼女の純潔は散らされてしまう。
 しかしなおも、彼女の足は動かない。
 メイスを振ろうとするが、下半身で踏ん張れない状況では腰から上が、逆にメイスの重量に振り回されるばかりだ。
 そのメイスも男たちに引っ掴まれ、取り上げられた。

「ひ……!?」

 ミナは目を閉じて、思わず祈る。

(神様……ッ!!)
「うぐぉッ!?」

 だがその時、彼女に応えるように、力強い蹴りが男たちを蹴散らす。
 蹴りを放った何者か――新たに現れた影にミナが目を向けると、

「大丈夫!?」

 骸骨を象った不気味な形状のメイスを携える異教の修道女が、彼女へと手を差し伸べていた。
 ミナはその手を取るより先に、尋ねてしまう。

「ど、どなた……!?」
「メリーです! あなたは……顔写真を見たけど、ミナさんだっけ?」
「あ、チキュウから来るって言ってた人……」

 安堵しかけるミナ、しかし呪いの達人は、今度はメリーを標的に定めたようだった。

「何じゃ新手か? お主も呪いで辱めてやろうぞ!
 それぇっ!!」
「…………?」

 達人が手を掲げてメリーに向けて呪いを放ったようだが、彼女には何の変化も起きていないようだった。
 メリーが蹴散らした男たちは、いつの間にか姿を消している。
 呪いの達人が、訝りつつも再び腕に力を込めた。

「うん……? ならば病の呪い!」
「………………」

 やはりメリーに変化はない。

「滂沱の呪い!」
「……あー、あのですね」
「腐食の呪い! 忘却の呪い! 死の呪いぃ!!」

 それを見かねたように、修道女が困惑の表情を見せつつ告げる。

「呪い関係は効きませんよ、わたしにはユーリの加護があるから……」
「畜生! この達人の呪詛でも効かんというのか!」
「ていうか、あなた……悪霊ですね?」

 尋ねるメリーに、達人は悔し気に腕を振り回しながら答えた。

「それがどうした! 呪師として極みに至り、死後もこうして怨念の力で霊体を――」
「クリスティアナ、ごめんね」

 メリーの要請に応じて彼女の持つ不気味なメイスが変形すると、それは骨で出来た十字架のようになってまぶしく光り輝いた。

「ぎょああああああああああ!?」

 その光を浴びて苦しむ、呪いの達人。
 ただ、苦しみは同じ光を浴びたミナにも襲い掛かっていた。

「うげぇぇぇぇぇ――!?」

 その光は魔性に対してどころか、生身の人間にも有害な強度の聖性を持つ。
 光源に最も近い距離にいるメリーも表情を苦痛に歪めながら、輝く十字架を掲げている。

「ごめん、もう少しだけ我慢して!」

 呪いの達人は、その姿かたちが強風に煽られた狼煙のように薄らぎながら、苦悶していた。

「ぬぉあああああ、お、おのれぇえええええ! こ、こうなればせめて……!」

 そう言い残して、達人の姿は光の中に消える。
 それを見て、メリーは憔悴しながらもずしりと鉄槌を下ろした。

「……ありがとう、クリスティアナ……」

 彼女の礼に応えるように、十字架は再びバキボキと派手な音を立て、元の腕のない骸骨のような形状に戻る。
 苦痛をもたらす聖なる光も消え、ミナは自分の足が動くことに気づいた。

「あ……よ、よかった……!」

 安堵しながらミナが立ち上がると、消耗した様子のメリーが彼女へと振り向く。

「ごめんねミナさん、いきなり苦しい思いをさせて……わたしはメリーと言います」
「あ……いえ、ありがとうございました。よろしくメリーさん」
「ミナさん、またいきなりで悪いんだけど、実はわたし追われてて――」
「いたぞ、魔女だ!」

 ミナたちのいた霧深い場所に、瑞々しい少年の声が届く。
 霧は晴れ始め、気づけば足元には芝生が生え広がっているではないか。
 そして彼女たちは、いつの間にか槍と兜で武装した少年たちに取り囲まれる形になっている。

「な、何ですかこの子たち……!?」
「ごめん、わたしを追ってきたみたい……連れてきた形になっちゃった」

 困惑するミナに、メリーが陳謝する。
 そこへ更に、今度は女の声が飛び込んできた。

「魔女が二人に増えたか! ならばどちらの心臓も、この心臓の女王に捧げてもらおう!」
「心臓!?」

 穏やかならぬ単語に動揺するミナに、その隣で鉄槌を構えたメリーが尋ねる。

「ミナさん、この子たちを痛めつけずに無力化する方法とか……持ってたりしない?」
「いやぁ、そういうのはちょっと……ていうか」
「……?」
「私実は……こういう男の子が大好きなんですッ!!!」
「へ……?」
「――!?」

 ミナは思わずメイスを手放し、己の口を両手で強く押さえた。
 違う、今の言葉は私の意思じゃない――
 戦慄する彼女の思いとは裏腹に、ミナの舌は更に動いた。

「今すぐ全員持ち帰ってセックスしたいっ!
 侍らせてちゅっちゅしてガチ交尾したいぃぃぃっ!!!」

 自分の意思に関係なく、口が動いている!
 ミナ自身にはうかがい知ることは出来なかったが、彼女の背後には、仮面を被った黒い影が浮かび、笑っていた。

「ククク……これぞ達人最後の仕事!
 心に秘めた恥ずかしい性癖発表の呪いよ!」

 呪いの作用でミナの唇と舌は、彼女自身の意思から切り離されたかのように言葉を紡ぎ続けた。

「美少年ゥ!!
 なぜ君たちは美しいのか……
 なぜ私の心を奪うのか……!
 なぜこの世に存在するのかぁッ!!
 その答えは……ただ一つ……!
 私が君たちを……この世の何よりも愛しているからだぁッ!!!
 アーッハハハハハハハハハハ!!!!」
「ミナさん……!?」

 メリーが困惑しつつミナの前に回り込んで、哄笑を上げる彼女の表情を確認する。
 ミナはもはや、喚きつつ泣くしかなかった。
 それでも彼女の舌は止まらず、呪われた語りはなおも続く。

「フィーネさんに近づいたのも……すべて計画の内……
 エルフと知り合う機会なんて滅多にないからねぇ! エルフ男子とお近づきになるために利用させてもらった!
 物心ついた時から君たちは……透き通るように純粋だった!
 その水晶の輝きが……私の性欲を刺激してくれた……君たちは最高のオナペットだ!!
 君たちの身体は全て……私のベッドの上でェ……私のものになるんでゃよ!!!
 あ”ーっははははははははは!! あ”ーはははははははは――」
「クリスティアナ!」
「あばーっ!?」

 再び十字架状に変形した不気味な鉄槌から、聖なる光が放射される。
 それを浴びて、内部に潜り込んでいたらしい呪いの達人の最後の怨念も浄化され、ミナは膝と手を芝生に突いた。

「うぅッ……!!」

 あられもない告白をしていた最中も、意識が途切れていたわけではない。
 ミナは思わず周囲で困惑する少年たちの顔を見渡しながら、自らが口にした内容を胸中で反芻してしまった。

(何という――)

 何という破廉恥なこと――心にも無いこと、ではなかった――を、自分は口走ってしまったのだろうか。
 彼女たちを観察する少年たちの瞳が軽蔑の色に染まっていくように感じられて、ミナは思わず頭を抱え、慟哭した。

「うぐぉあああああ…………!!」
「ミナさん、今は逃げないと……!」

 嘆く彼女を起き上がらせようと、メリーがミナの背に手を当てる。
 が、そこで二人とも、心臓の女王が沈黙したままでいることに気づいた。
 彼女は顔を伏せ、震えている。

「…………!」
(こ、これはもしや、彼女の配下? の少年たちに卑猥な言葉を浴びせてしまった私にお怒りなのでは……)

 恐る恐る立ち上がり、ミナが心臓の女王の表情を窺うと――
 彼女は、目元から盛大に落涙していた。

「……!?」

 それどころか扇子を両手で握りしめ、宣う。

「感服したぞ、ミナとやら……そなたの美少年への愛が、我を操っていた鎖を断ち切ってくれた」
「今の告白にそんな効果が!?」
「これより我ら心臓の女王とその軍勢は、そなたらに助勢しよう」
「マジっすか!?」

 驚くミナが周囲の少年たちを見回すと、しかし、彼らはまばゆい光となって消えてしまった。

「え!?」

 そして、心臓の女王もその体を発光させ、次の瞬間、光の奔流となってミナのメイスへと吸い込まれていく。
 気づけば、彼女のメイスは形状が変化していた。

「これは……!?」

 メイスの角ばった頭部がハートを模した形状に変わり、その中央に設置された宝玉に強大なエネルギーが渦巻いているのが感じられる。
 グリップを握る掌からも、拍動が伝わってくるようだ。
 いや、それだけでなく、心臓の女王が伝えようとしている内容も、理解できる。

(汝のメイスは心臓の女王の力を宿した兵器となった。
 この力を存分に使い、世の美少年を悪の手から守って欲しい)
「悪の手!?」

 恐怖から恥辱に転じ、そしてよく分からないままに力を手にしてしまったらしい。
 ミナは困惑しつつも、状況が落ち着いたことに安堵した。
 ただ、やはり前途は不明のままで、彼女はそれについてメリーに尋ねた。

「……これからどうすればいいんですかね、私たち。
 とりあえず仲間たちと合流したいとこですけど……」

 骸骨を模した鉄槌を肩に担いだメリーが、それに頷く。

「同意……なんだけど、どこに行けばいいのかすら分からないのがね……
 困ったなぁ」

 ミナはメイスの宝玉部分を見つめて聞いてみた。

「心臓の女王様、何か知りませんか?」
(知らぬ、許せ)
「まさかこの迷路を探し回るしかないとか……!?」

 ミナの口の端がひきつった、その時。

「っ!?」

 周囲の空間が、ガラスのように砕けた。
 彼女たちの足元も同様に爆ぜ散り、同時、全身に落下の感覚が襲い掛かってくる。

「うそぉぉぉぉぉっ!?」

 ミナとメリーは悲鳴を上げつつ、怪しくきらめく虚空の向こうへと落ちていった。

なかがき

 お読みいただきありがとうございます。
 第22回終了です。第23回に続きます。
 以下、注釈です。

【主な捏造点・疑問点・解説など】

 以上となります。ご意見などありましたら、可能な範囲で対応したいと思います。
 次回もよろしくお願いいたします。