善逸伝〜麗しの銀の君と愛しの禰豆子ちゃんとの運命の出会い編より抜粋〜 ――すみません、と私は声をかけた。 助けていただいたことを思うと、どうも胸がそわそわして仕方がない。 しかし、もしかすると……いや、やはりそうに違いない。あなたが私を助けて下すったのは、私に好意をお持ちだからではあるまいか。こう考えると、運命という言葉がやけに身近に思えて来る。無口でいらっしゃるのも、かえって神秘を増して、私にはかえって都合がいいくらいだ。……私は我妻善逸と申します。 あれほどまでに打ちのめされ、満身創痍の私が、ふらつきながらも立ち上がり、そう挨拶したその刹那である。銀の君の手が、そっと私の手を包み込んで来た。いや、実際にそうであったかどうかは今となっては定かでない。ただその時の私は、確かに彼女が自らの意志で私を捉えてくれたのだと、そう信じ込んでいたのである。胸の内には熱が走り、世界の全てがその一握りに集約されたかのように思われた。 銀の君は、はにかむように微笑んでいた。その笑みは私の胸を射抜き、疑う余地もなく私に向けられたものと分かった。私は歓喜に震えながら、思わず声を上げてしまった――『なんと素敵なお顔だ。笑っていて下さるのは、私を好いて下さるからに違いない』と。 すると銀の君は、そのまま静かに手を差し伸べて来たのである。私はその白く柔らかな手を受けとめ、両の掌で固く握った。まるで、そのために生まれて来たかのように、彼女の手は私の手にぴたりと馴染んだ。 「可愛いヒロイン……!いいなあ、ひいおじいちゃん……」 「ちょっと、またひいおじいちゃんの小説読んでるの?あれほど勉強しろって言ったじゃない」 「いや、つい……でもこんな綺麗な人、実際にいたのかなあ」 「あ、その人は親戚のひいひいお婆ちゃんがモデルらしいわよ」 「じゃあ実際にいたんだ!いいなあひいおじいちゃん……」 「はいはい、羨ましがってばかりいないで勉強しなさい」 〜〜〜〜 戦いが全て終わった後の竈門家にて 「善逸!」 「は、はい……今度はなんでしょうか炭治郎さん」 「今度読ませてもらった君の小説の展開も酷かった!」 「いや、でも、俺と「」さんの出会いのシーンは結構自信が」 「『「」ちゃんこと銀のお姫様が俺の手をぎゅっと握ってきて笑いかけて「好きです善逸様」と語りかけきた。俺と禰豆子ちゃんと「」ちゃんでそのままイチャイチャしてた』って「」はこの時まだ上手く喋れないし、そもそも手を握ったのは善逸の方だっただろう!」 「その……それくらい脚色してもいいかなーって……」 「事実に即したって書いておいてどうしてそんなに嘘をつくんだ!大体章の順番も―― そんな風にいつもの通り、善逸が自分の自作小説を炭治郎に酷評されているところを少し離れた場所からこれまたいつもの通り「」と禰豆子は眺めていた。 「なんだか、善逸さんとお兄ちゃん楽しそうだね」 小説をボロクソに言われて泣いている善逸の姿を見て、「」はふと初めて炭治郎と出会った時の事を思い出していた。 あのとき、たんじろう、たのもしかった。 「きゃふふ……♪」 ご機嫌に笑う「」の姿を見て、禰豆子もまた微笑んだその時。 「分かった!分かったから!書き直すから!じゃあね炭治郎!」 急いで逃げだそうとした善逸の手元から一枚の原稿用紙が禰豆子と「」の元に舞い落ち―― 「……?」 「あっごめん禰豆子ちゃん!「」さん!それ返して」 善逸が拾い上げるより早く禰豆子はそれを読んでしまった。 「あれ、あの後にお兄ちゃんが「」さんを蹴って……?」 「……ぜんいつ」 「えっと「」さん顔が綺麗だけど怖いよ!ほら笑って…」 誤魔化そうとする善逸であったがすっくと立った「」からのプレッシャーの前では全てが無駄だった。 「たんじろう、わるく、かいた?」 「……ちょっとだけ」 「………」 「「」さん?急に無言になって音を消さないで怖いから!あ、そういえば透き通る世界だっけ?本当に全部消えるんだね!凄い!待って拳を構えないで助けて禰豆子ちゃん炭治郎」 その日、善逸は「」の父がかつて食らったのにも勝るとも劣らない速さの拳を頂戴し、書いていた小説はややマシになったという。