イザベラ/クリスト・キブリギドラ/チェルシー・チカイナ/ハングドマン・タイダル/モーレライ イザベラ/クリスト 「開きませんね……」 「開かないね……」  二人の知るあらゆる手段を試し、どうやっても開けられないと確認するまで、少々時間を要した。 「……」 「……」  二人は顔を見合わせる。みるみるうちに、双方の頬が赤く染まる。  いや、こんなことではいけない。意識しているのが丸わかりだ。何か言う前からこうでは、気まずくなるばかりではないか……。クリストは顔をうつむけて自省する。 「……」 「……」 「試してみる……」 「ため……」  主語を省いた一言に、大げさに反応してしまうクリスト。イザベラは口を閉じ、益々真っ赤になった。 「ため……してみる……しか…………ありませんか……」  イザベラは小さく頷いた。ああ、なぜこの清く愛らしい人を、こんな目に合わせねばならないのか。クリストは泣きたい気持ちになり、両手で顔をこすった。 「じゃあ……すみません」 「ごめんね……」  双方なぜか謝罪し、向かい合う。イザベラの長いまつげが、心持ち伏せられて震えている。  顔を近づける。近づいている?本当に近づいているのだろうか。見当違いの方に行っていたりは?わからない。なぜならぎゅっと目を閉じているから……。  永遠とも思える時間が過ぎて、どこか遠くで、かすかに鍵の鳴る音がした。 キブリギドラ/チェルシー 「ふーむ、これは開けられんねえ。大したものだ」  キブリギドラの首が頷きあった。 「ワタシにはその機能はありませんが、試してみられますか?」  扉を開けるトリガーはキス。チェルシーの口はスピーカーで、キスをする能力はない。チェルシーの問いかけに、キブリギドラは鷹揚に答える。 「いや、それには及ばんよ」  返答とほぼ同時に、キブリギドラの五つの首のうち二つが激しく接吻を交わした。恋バナ大好きなチェルシーだが、この光景には驚いた。 「えっ……」 「よし!開いたね!出ようか!」  鍵の開く音。朗らかな声を上げる首の後ろ、二つの首がオエーと口を開け、不快そうな表情を浮かべている。さっさと扉を潜りながら、キブリギドラは朗々と語る。 「チェルシーくん。これは持論なんだがね、恋愛の成立には性別も肉体も種族も関係ない。君、以前恋はしないのかと聞いた時、自分には機能がないと言っていただろう。それは恋に落ちる機会がないという意味じゃないさ。もちろん恋に落ちないこともあるだろうけども……」  最後の一言を口にする瞬間、キブリギドラは心底残念そうな表情になった。 「とにかくだ。君にもいつか、恋の相手が現れるかもしれん。キスはその誰かさんにとっておきたまえ」  キブリギドラはウインクした。 チカイナ/ハングドマン 「ム、初めてのタイプの罠だ。この世にはまだまだ未知の罠がある……わくわくしてくるな」  ハングドマンは目を輝かせ独りごつ。 「魔法の気配、あり……だが魔法のタイプまではわからんな、未知のものかもしれん。鍵穴なし、掛け金の類なし、多重トラップは……残念ながらなしか。さて……」  ハングドマンは実に楽しげにチェックをこなしていく。その様子をチカイナが、身を乗り出して覗き込んでいる。 「チカイナさん」 「ひゃい」  ハングドマンが突然振り向いた。びっくりしたチカイナの声が裏返る。ハングドマンはビジネスの口調で言う。 「これは初めてのタイプの罠だ。今後同様の罠にかかる誰かのために、解除条件を理解しておく必要がある。協力してもらえないだろうか」 「ほえっ……は、はい。協力ってなんですか?」  流されるままにOKするチカイナ。 「キスの定義が知りたい。想定通りの条件ならば、申し訳ないが最終的には身体的接触を伴う事態になるはずだ。下心はないので理解してほしい」  身体的接触、ビジネスライクな言い方だが、つまりはキスである。きょとんとした表情から見るに、チカイナは理解していないようだが。 「まずは……投げキッス」  妙にセクシーな投げキッスを披露するハングドマン。 「影へのキス」 「靴へのキス……いいかな?すまない」  流れるように跪き、チカイナの影と靴へとキスを送るハングドマン。あまりの展開の早さに、チカイナは困惑さえできず、されるがままだ。 「手の甲へのキス」  根負けしたように鍵が鳴った。 「ムッ、手の甲で効果ありか。なるほど、この情報は広く周知すべきだな。協力ありがとうチカイナさん。重ね重ね申し訳ない」 「……?あ、はい……?」  A級冒険者ってこういう人たちなんだろうか。チカイナは今何が起きて、何が終わったのか、やはりよくわかっていなかった。 タイダル/モーレライ  タイダルとモーレライは即座に抱擁し、熱烈な接吻を交わした。鍵がかちりと鳴る。 「開いたな!ふざけた真似しやがって!どこのどいつだ!」  タイダルはモーレライを片手で抱き上げて、悠々と扉を潜った。 「探し出してブッ飛ばしてやりましょ、ダーリン♡」  モーレライは抱き上げられながら、タイダルの首に腕を回し、その頬に再び熱烈に接吻した。