長身の魔族の男とその胸に届くかどうかという背丈の妖精の少女が殺風景な狭い部屋にいた。2人の眼前にある扉には『キスをしないと出られない部屋』という札が掲げられている。 「まさかこのダンジョンに新しい罠が仕掛けられていたなんて……監視は置いていたのに気付けず面目次第もないです」 妖精は申し訳無さげに項垂れた。魔王は文言を眺めて眉を顰める。 「それにしても趣味の悪い罠だな」 「別に後生大事にしてるわけでもないのでわたしは構わないんですけどー」 「構うわ!自分を大事にせんか!」 「まあそうおっしゃいますよねー。見落とした責任もありますので一応言ってみただけですよ」 「そんな責任の取り方はせんでもよいわ。大体こんなもので私が封じられるものか」 この罠を構成する魔術はあえて特定の解除方法を設定することで物理攻撃や解呪への耐性を高め、ただ閉じ込めるだけの結界よりも格段に強固にするものだ。故に指定された行動を取らない限り脱出不可能とされる。──ただしそれは相手が魔王でない場合の話だ。 扉に軽く手を触れるだけでたちまち凍てつき砕けていく。魔王たる者にとってこの結界など紙切れ同然だった。 「開いたぞ」 「わーすごい、流石です」 2人は見る影もなくなった扉から問題なく外に出る。元のダンジョンが変わりなくあった。 妖精が複眼を虚空に彷徨わせる。彼女はここではなく無数の分体から届く膨大な情報を視ていた。 「改めて分体(わたし)たちでダンジョン内を一通り走査しましたが、ここ以外に異常はありませんでした。あのペンギンの趣味ではなさそうですし妙ですねぇ。引き続き分体の記録は洗ってみますが……」 首を傾げてなおも思案する妖精に魔王が問いかける。 「仮に、共に閉じ込められたのが私でなかったとしても口付けを許したのか?」 「えっ?まあそうですね、死んだり痛い思いをするわけじゃないですし……あっあんまり不潔な人だったら流石にイヤですよ!……でも結界の破壊なんてわたしにはできませんし…他に方法がないなら嫌でも…他に…?……あーっ!」 考え込んでいた妖精は突如顔を跳ね上げ大きな目をさらに見開いた。 「さっきの罠、対象指定の文言がなかったし分体でやれば良かったんじゃないですか!?うわー気付かなかった悔しい……簡単な解法があったのに……」 「早まって自分の身を安売りせずとも良かったではないか。今後はやめるように。よいな?」 「はあい。……ところでここでのスケートは取りやめになさいます?」 「もう確認は済んだのだろう。予定に変更はない。お前は帰ると言うならそれでもよいが……」 「いえいえご一緒しますとも!」 魔王と配下は罠の残骸を後にしてダンジョンの奥へと向かって行った。