【アースラ・アンサー】  憂鬱だった。  既に外は夜なのに、魔ライトが煌々と私の顔面を照らす。  無彩色の天井。暖かいカツ丼。聞き飽きた怒号に濃い面構えの騎士。  この四要素が今の私の…… 「いつまでだんまりを決め込むつもりだ貴様!!」 ──レンハート王国。マナの霊脈が流れるこの地には、人・獣人・エルフに魔族とあらゆる存在が暮らしている。  国としての歴史は浅く発展途上であるが故、権威も辺地域への発言力も持ち合わせてはいないが、この世界における役割はとても大きい……と私は思う。  種族・身分・性別を問わず、誰もがエネルギーに満ち溢れて慌ただしく毎日を過ごしている。  そしてこの目の前の私に唾を吐きかけながら怒鳴りつける男もその一人だ。  職務に忠実な優秀な王国の騎士。容疑者を尋問し、事件を解決に導かんとする正義そのもの。  そして取り調べを受ける私は客観視するならば、王国の悪に相当するのであろう。 「いい加減に答えろ!! エアーラ王女をどこへやった!!」  何回同じ質問を投げかけられたのだろうか。 「申し訳ありません。何度もお答えさせていただいおります通り、あの『飛行機』こそエアーラ王女そのものです」 「ふざけるのもいい加減にしろ!!」  あぁ、確かに。  口に出す度にふざけた現状を再確認させられる。  レンハート城で行われた第二王女の魔術研究発表会。 「飛行魔法」と「マナ病の治療」の研究成果として現れたのは、「エアーラ・ディ・レンハート」を自称する全長10m、メックマテリアル製の「飛行機」なる謎の機械だった。 「『あんなもの』を用意して、誤魔化そうと言ってもそうはいかんぞ……誰にも気付かれぬままエアーラ王女を連れ去れるのは付き人であるアースラ、貴様しかいないのだ!!」  全くもってその通りだ。  騎士の言っている推測の筋は通っている。  女性の音声を発するオブジェを用意して身代わりとし、本物の王女はどこかへと隠すか既に城の外へと拉致している……これでも相当気が触れている行動だと言えるが、まだ理解はできる。  しかし事実は小説より奇なり。  エアーラ様は付き人の私ですら気付かぬうちにあのような姿になり果てた。  彼もあの発表現場で警備をしていたはずだから、陛下同様エアーラ様の御姿は知っているはずだ。  その「サプライズ」というにはあまりに深刻かつ現実離れしたその光景に、その場にいたほぼ全員が気を失ってしまうという大事態に発展してしまったのだ。  私も研究発表会以前にあの姿になられた王女を見たが、あの時の人々と同じように気を失ってしまったのは付き人失格である。 「……クソッ。埒があかん」  それまで私に怒鳴り散らしていた騎士は、少し息を吐くと対面の椅子に座る。 「何故国は、第二王女の御側に角の生えた『魔族』を付き人にしていたのだ。いくら人魔平等を謳っているとはいえ無警戒過ぎる……陛下は何を考えておられるのだ……!」  騎士の言葉に、私は少し唇を噛む。 (これだけ陛下が身を粉にして「種族を問わない全国民の平等」を謳っているもかかわらず、王国の騎士がこんなことを口にするとは……)  未だに国民の根底に魔族への差別意識が残っていると痛感させられる。  そういう偏見がまだ残っているから、「妹」は狭い部屋に閉じ込められただけでなく、人と会う時は帽子を被り本当の自分を隠す羽目になった。窮屈な思いをさせられていたのだ。  ……だから彼女は、身体を全く別のものへと変質させ、どこか遠くへと飛び出そうとしたのだろうか。 ──私はアースラ。  本当の名前を「アースラ・ミ・レンハート」という。  レンハート勇者王国の第二王女「エアーラ・ディ・レンハート」の専属メイドであり、公にされていないエアーラ様の双子の姉だ。  私には今、「王女誘拐」と「外患誘致」で「国家反逆罪」の容疑がかけられている。 ~~~~~~~~~~~  エアーラ様と私は、魔族の特徴である角と尻尾を持って生まれてきた。  私たちの母親である「シュガー・ディ・レンハート王妃」は多くの種族の遺伝子を掛け合わせ生まれた戦闘用の獣人「バックドアシリーズ」であり、その中に混ざっていた魔族の遺伝子が私達に偶然隔世遺伝したからである。  バックドアシリーズの蛮行の数々は、「勇者の魔王」が死去した今も語り継がれている。  王妃様の正体がそのような化け物だと知られないため、国はその事実を徹底的に隠蔽し、王妃様も素性をひた隠しながら過ごしていらっしゃった。  魔族である私たちは国が隠そうとしている王妃の正体を示す「生きた証拠」なのだ。  そのような理由から私は「レンハート」を名乗ることを禁じられ、ただの「使用人アースラ」として生きるよう宿命づけられた。  ちなみに本当の名前に入っている「ミ」は何らかの理由から王位継承権を失ったことを示す。もっともそもそも私は「レンハート」と名乗る事は全くないため関係のない話のだが。  王家に生まれたにもかかわらず姫ではなく使用人として暮らす──普通だと悲惨に思えるような境遇だが、不満は一切ない。  魔族で使用人である私に対しても、国の人々は殊更扱いを変えることはなかったからだ……もしかすると事情を知る陛下とその周りの方々から私に対しての配慮はあったのかもしれないが。  何はともあれ、私は人に恵まれた。今の生活が性に合っていると感じる。  逆に王族として国民に笑顔で手を振り続けることはとてもできるように思えなかった。  一方、私の双子の妹であるエアーラ様は、私と同じ魔族の特徴を持ちながら私にはないある一つの「欠陥」を持っていた。  未だ解決策が見つかっていない難病「マナ病」である。  エネルギーを魔力に変換する能力があまりにも高く、それ故生み出される膨大な魔力が逆に毒となり身体を蝕んでいるのだ。  症例が少ない病気のため、ほぼ彼女専用の設備と専門のスタッフ、そしてそれらを用意し運用する莫大な費用が必要である。  本来一人の人間に注ぎ込むにはあまりに重いコストだ。そのコストをかけるために国……陛下は彼女に相応しい名前と肩書を用意する選択を取った。 「レンハート王に準ずる」を意味する「ディ・レンハート」という名前と「第二王女」という肩書を。  皮肉にも彼女を蝕むマナ病のおかげでエアーラ様はレンハート王家として認められることとなり、私とエアーラ様は「使用人の姉」と「王女の妹」という不思議な関係性を持つ姉妹になった。  国として万全のバックアップを受けていたエアーラ様。  しかしそれでもなお、彼女の容体は維持することはあれど良化することはなかった。  どれだけの名医であっても、治療魔法の使い手でもマナ病の病状を「治す」という手段は発見できずにいた。  妹の心中はどのようなものだったのだろうか。  医師からは「長くは生きられない」と告げられ、狭い部屋で栄養のないスープを飲まされ、お気に入りの本を自身の吐血で汚す。  そんな辛く絶望してしまいそうな環境の中にいながら、エアーラ様はずっと周りを慈しみ笑顔を絶やさなかった。  一方の私はエアーラ様に何一つしてやれない。  そんな無力感と自己嫌悪を抱えながら使用人としての日々を過ごしてきた。  私だけでなく、医師や周りの大人もそうだった。 「仕方がない」そう言い訳しながら、せめて哀れな王女が少しでも穏やかに過ごせるように……皆が現状維持に努めた。  しかしエアーラ様は違った。  何がきっかけかはわからないが、彼女は己が運命に立ち向かうことを選んだのだ。 「お母さま、ご機嫌麗しゅう。今日はお願いがあって参りました」  まずエアーラ様は王妃様に独自でマナ病の研究の許可を取りに行かれた。  医療機関だけでなく自身でも別のアプローチを模索したい。そのために資金が欲しい。マナ病関連だけでなく、ありとあらゆる資料が欲しいと。 「エアーラの体が丈夫になるのならこれほど嬉しいはないわ。陛下もお喜びになるはずよ。好きにしなさい」 「ありがとうございますお母様!」  国民や子供達の前では礼儀正しく優しい、そして時に厳しい王妃を演じ続けている王妃様は、そう言ってエアーラ様に多くの支援を与えると約束してくださった。 「今日は下がっていいわ。財務担当には私から話を付けておきましょう。資金を出し渋ることがないように。キチンと。絶対に」  隣で王妃様の言葉を聞いた世話係のメイドが苦い顔をしていたのを、私は見なかったことにした。 ~~~~~~~ 「ねぇアースラ、その本を取って。あー……その経済学の本」 「わかりました、エアーラ様。この『パルチザンでもわかる~』の本ですね……あの、この本というか経済はマナ病の治療に何か関係あるのでしょうか?」 「直接的にはないかも……でも相手は誰も克服出来ない難病。多角的な視点を使えば思わぬところから糸口が見えるかもしれないでしょ?」 「そう……ですね」  元々研究好きだったエアーラ様は、手始めに貪欲に知識を集め始めた  そのジャンルは多種多様で経済、文化、工学、果てはかつて栄えた文明のオーパーツにまで手を伸ばす。  僭越ながら本の購入や機材の搬入、その他細かな雑用など私も研究のお手伝いをさせていただいた。 「ねぇアースラ。このゴーレムカッコいいと思わない? 両手が30mmガトリング魔ガンになっているのよ。これでワイバーンの群れを迎撃するの」 「はぁ……あのそれはユーリン像と何か違うのでしょうか……?」 「全然違うわ!? もっとよく見なさい!」  時々、私には彼女の言う事がわからなかったけれど。  こういう話をしている時、二人は「普通の姉妹」になれている気がしていた。  使用人としては本来持ってはいけない感情のはずなのに、少し頬が緩んでしまう。 「ところでこの聖都から取り寄せた本はお読みならないので?」 「【おねショタにおける「おね優位概念」を踏まえたおにショタの攻め受けの相対論】はざっと目を通せば十分だったから……」 「……今なんとおっしゃいました……?」  姉妹の忙しくも穏やかな日々は過ぎていく。  それと反するように国からバックアップを受けた始まったエアーラ様の研究は、時に怪しげな人物との接触もありつつ加速していき、やがて誰も想像しえなかった形で実を結ぶことになる。  ちなみに聖都から取り寄せていた本はその日のうちにエアーラ様の手で捨てられたらしい。  血みどろに汚れた中身を私に見られないように、ひっそりと。 ~~~~~~~~  月日は流れ、エアーラ様の研究が最終段階に入った頃。 「数日は誰も研究室に入れないで」  エアーラ様の研究が最終段階に差し掛かられた頃、彼女は城内の一角に建てた倉庫のような研究室に閉じこもると言い始めた。 「今から最後の仕上げに入るわ。この間は誰にも邪魔されたくない、とても繊細な作業なの」  それまでの研究を見ていながら私はぼんやりと薬の最終調整でもするのだろうかと考えていた。  実際、研究資料の中には薬学に関するものもあったし、研究室には機械部品の他にあらゆる薬品も運び込まれていたからだ。  後から考え直すと、本命は前者の中に混じっていた「メックマテリアル」であったのだろうとわかるのだが。 「ですがエアーラ様……お食事の差し入れぐらいはさせてください」 「いいからいいから。どうせ味のしないような食事ならとってもとらなくても同じよ」 「しかし……」  ここ最近のエアーラ様は何かに憑りつかれたように一心不乱に研究を続けていた。  メイドから見てあまりに不健全であり、そのことに注意を促そうとし……妹の体に異変が起こる。 「ゲホッゴホッ!」 「エアーラ様!?」  水っぽい咳と共にエアーラ様の口から血が吐き出された。  彼女の着ていた研究用の白衣が血の赤にで染まる。 「今医者を……!」 「待って!」  妹は後ろから私の袖口をぎゅっと握り、その場に留めた。 「……お願い……私の一生のお願い……聞いてくれる?」 「しかしここ最近は無理をし過ぎです! このままではさらに病状が悪化して──」 「二度と、ベッドから起き上がれなくなる。だから……今すぐやり遂げなきゃいけない」  咳をしながら呟くエアーラ様の言葉にやっと私は理解する。  エアーラ様の……私の大切な妹の体に、限界が近付いている。  彼女はそれを自覚しているからこそ研究の完了を焦っていたのだ。  最愛の人の現実を知った私は唇を噛み、身勝手な言葉を吐き出すのを押しとどめた。  過酷な運命に立ち向かう彼女を前に自分勝手な悲しみや後悔なんて見せられない。  溢れそうになっている涙と嗚咽を全部無理やりしまい込んだ。 「──それではこちらをお持ちください」  私は魔法で緑色の薔薇を二輪生み出し、その片方をエアーラ様に渡した。  木属性魔法で生み出したこの花は、魔力を込めればお互いに意志を疎通をすることが出来る。 「何かあれば私を呼んでください。すぐに、すぐに駆け付けますから」  エアーラ様は少し考え事をするように血が付いた手を白衣で拭くと私の薔薇を受け取った。 「綺麗。まるでアースラみたい」 「いえ流石にその例え方は……恥ずかしいです」 「アースラの魔法で生み出した花だから、貴女に似てるのよ」 「それは……そうなんでしょうか? そう言われると理屈として納得出来なくも……」 「ふふ。きっとそうよ……待てよ、これを使えば……ぶつぶつ……」 「エアーラ様?」  エアーラ様は私の生み出した薔薇を胸ポケットに入れた。 「──ありがとう、これでどこにいてもアースラとずっと一緒にいれる」 「はい。その薔薇を持って呼びかけてくれればすぐに参ります」 「わかった。じゃあ、素敵な未来を掴んでくるね。『お姉様』」 「……はい。行ってらっしゃいませ。私の愛しのエーアラ様」  辛さを必死に抑え込みながら、私たちは笑い合った。 ~~~~~~