肌に張り付く何人もの視線に、女は汗の浮く感覚を堪えられなかった。 珠は人工的な紫の光に照らされて瑞々しい輝きを白い肌の上に添え、 彼女の肉体の素晴らしさを引き立てる――だが、それだけではないようである。 天井まで伸びた一本の金属製の柱、それを中心に半径にして成人女性の片手分ほど、 その小さな円が、女に与えられた持ち場である――同じものは店内にいくらもあった。 そしてその小さな世界の中で、彼女らは客に向かってその肢体の魅力を投げかける。 柱を中心に回ってみたり、胸の間に挟むようにして谷間の深さを見せつけたり、 股間を隠すように――あるいは匂い付けでもするかのように擦り付けたりして、 自分の肉体の雌性を見せ物にする、つまりはそういう店である。 そして売り物となる彼女らは、往々にして裸に限りなく近い、薄くて面積の小さな、 水着か下着か判断に困るようなものだけを着せられているのであった。 が、それを気に病むようなたちではない。肌の露出面積こそ大きく違えど、 生まれ持った大きな乳房と丸みのある腰、腿の生み出す曲線を全く隠せないような、 見ようによっては痴女とも言えるような青い肌着一枚きりで街を出歩くことだってある。 金色に下品にぎらぎら光る水着一揃いだけで不特定多数の目に晒されたとしても、 少なくとも、彼女の身体には何一つ恥じるところなどないはずであった。 そしてまた、本名ではなく源氏名――この店を贔屓にしているどこぞの権力者に、 一人の従業員として接触して情報を抜き取る、その試みは露見していない。 銀河中にその人ありと知られた賞金稼ぎとはいえ、情報なくしてはただの人、 地道な仕事も時には必要なのだ――と、自分を騙して水着を着たまではいい。 申請通りの名前、面接用に作った偽名、そのいずれからも素性は割れぬはず。 ここにいるのは、単なる一介の地球人種の女に過ぎないはず――なのに、 自分に注がれている無数の視線は、そんな小細工などをまるきり見通して、 彼女の名声にそぐわぬ顕な姿を、嘲っているようにも思われるのである。 それを、己の肉体が雌としての魅力を持ちすぎているからだ――と自惚れるには、 彼女はあまりに冷静にすぎた。もしそうであるならば、数多の女性客や、“同僚”までもが、 自分に熱い視線を向けていることに、理由が付かないように思われた。 店内には、他にもっと娼婦然とした歴戦の女たちがごろごろいるのだから、 新入りへの物珍しさを差し引いても、注目が集まりすぎている、と。 そしてその理由を、結局、潜入が失敗しつつあるのではないか、との判断したのも、 女の部分を売り物にする世界からは縁遠い、彼女ならではの早とちりと言えた。 件の男が視界を横切ると、女は焦りを覚えた――というのも、 彼の目当ては他の円、店一番の誘い上手の方であったからだ。 ちらり、と向けられた視線は、彼女の肌を舐めてすぐに切られてしまう。 男がそのお気に入りを連れて別室にでもしけ込んでしまえば、ここにいる意味もなくなる。 無理に上げて上擦った、自分でも寒気のするようや猫なで声――それによって、 男の注意は僅かに彼女に戻った。それを機として、胸の間に柱を挟んでみたりする。 これの代わりにあなたのそれを――と、いうわけだ。胸囲についても正直に。 三桁に達したその数値を聞いて、男の眉は軽く吊り上がった――もう一押し。 碧い瞳を潤ませながらじっと見て――金髪をしゃらりと流すように掻き上げて、 他の誰でもないあなたのために、今私はここにいるのですよ、と媚びてみせる。 荒削りな誘惑は、しかしだからこそより効果的に観客を魅了した。 狙いの相手以外の有象無象も操られたかのように彼女の周りに集まって、 手にした紙幣を水着と肌の間に挿し込もうと指を伸ばし、触れようとする。 それら無数の邪魔者を無視して、それでも、あなただけを待っている―― 男の脚はもはや重力に囚われて彼女の方を向き、指はありったけの紙幣を握っていた。 喚んだからには、何もせぬわけにはいかない。別室で男と二人きりになりながら、 女は自分の肉体の不可思議を確かめるように、乳房をたぽたぽとたわませた。 横目でちらちらとそれを伺う彼の顔は、白髭混じりの頭に似合わず活力に満ち溢れていて、 今からこの女を好き放題にしてやるぞ――そんな好色さを隠しもしない。 女がさっさと水着を脱いで、することをして終わらせようという無粋な真似をすると、 男はそれをにたついた笑顔で差し止めながら、彼女を浴室へと連れ込むのだった。 いくらかの汗はかいていたものの、わざわざ――と呆れ顔の彼女に、 既に全裸となった男は、指を別の生物であるかのように揺らめかせて近づく。 頭上から降る人肌の湯――それが張りのある肌の上を滑っていく。泡の塊が落ちる。 男は彼女の背後に立つと、自分ごと濡れるのも構わずに身体を密着させて、 乳房を無造作に捏ね――大きさを、何度も申告させてはにたにた笑った。 重いな、邪魔じゃないか、それとも自慢か――言葉でも辱め、指ではもっと激しく。 女遊びに慣れた指遣いは、彼女のように無防備に身体を売る女には劇物である。 生理的な嫌悪感を覚えさせるような男の、けれど執拗で――上手い愛撫によって、 水着を脱いでもいないうちから彼女は何度も何度も達させられていたし、 震える脚に従って倒れ込もうにも、男の手は逃げ道を塞ぐかのように獲物を捕らえる。 そしてまた、甘く痺れる余韻の上に、新たな刺激を積み上げてくるのだ―― じっくりと時間をかけてほぐされた彼女の身体は、ぼうっと熱く火照り、 それが湯疲れなのか、繰り返しの絶頂によるものなのかの区別が付かない。 抵抗力を失った美しき白い肌――ほんのり赤くなってより艶めかしい――を、 男は舌なめずりをして見つめる。これほどの上玉は、そう出会えるものではない。 今晩限りで終えてしまうのは、あまりにも勿体ない。これからも、じっくりと―― 男のそのような算段に、彼女は抗う術を持たなかった。視界がうねるように揺れ、 頭の中がふわふわと心地よく蕩けて――夢の中にいるかのよう。 男はねちっこく、彼女の性感帯を探った――調律でもするかのように聞き耳を立て、 夢見心地の彼女の喉からこぼれる吐息の高低を、注意深く聞き分け――指にて探る。 彼女自身自覚していなかったような、深い奥底での絶頂の条件を掘り当てると、 今度はそこへの刺激と、自分への愛着が一体化するように刷り込みを入れていく。 快楽の波は常に緩やかに彼女の全身を包んで、それが不意に大きな飛沫を上げると、 すかさず、自分の名前と――とっくに聞き出した女の本名とを結びつけて、 己は誰のためにいるのか、の暗示を掛けるのだ。何重にも、しつこく、ゆっくり―― やがて快楽と彼への思慕、忠誠が無意識の領域において結び付けられた頃、 男はいよいよ、己の性器でもってとどめをさしにかかった。 奥を突かれて一度、頭の中で愛すべきご主人様の名前と顔が電流のように弾ける。 抜かれてすぐまた一突き、もう一度頭の中に同じ情報が蘇る。 そうして何度も何度も繰り返し現れてくる情報を、快楽によって押し流しながら、 彼女の思考と肉体とを、自分専用のものへと作り替えていくのである。 寝床の布地は深い絶頂を何度も何度も味合わせられたことによる潮でべちゃべちゃになり、 その冷たい感触がきっかけとなって、火照る身体との落差がいよいよ激しくなる。 私の妻になるか、どうだ――と聞かれながら奥をぐりぐりとほじられると、 ほとんど呂律の回らない声で、女は永遠の忠誠を誓うのであった。 男は自分の屋敷に連れ帰った彼女を、さらにねちっこく虐め倒し、支配した。 無論快楽と快楽の合間の正気の時間に、女は自らの愚かさを自覚しないではなかったが、 いざ彼からの刺激が脳に走ると、全てを捨てるのが当たり前であるかのように思える。 女は女らしく孕んで産んでいればいい――その言葉と共に下腹部を撫でられると、 妊娠することが己の存在意義の第一になっていることを自覚するのである。 彼女にとって幸運であったのは、それがすぐに果たせるぐらいに子宮が健康であったこと。 彼女にとって不幸であったのは、それによってその他全てを捨てねばならなかったこと。 妊娠検査薬に赤い線の浮くのを見て――胸中を支配したのは、喜びの感情。 自分がまさにこの場所にこうしているために、宇宙の一切はあったのだ、と。 一年ぶりに、女はあの柱と円に身を預けて踊っていた――だが観客はただ一人、 彼女の腹部に幸せを授けた男、その他には誰もいない――当然のことである、 彼の屋敷の、夫婦の寝室に新たに設けられたものなのだから。 大きく前に迫り出した腹、それによって持ち上げられた乳房をあの水着で隠して、 女は男の前でまた、一人に見せるためだけの淫猥な踊りを繰り返す。 彼の舌なめずりが――すぐ後の“ご褒美”に変換されるのだと思うと身が入り、 甘ったれた声で、臨月の身をくねらせて彼のためだけの媚態を演じるのである。 そこに、凛々しきかつての賞金稼ぎの姿などない――色に溺れた雌が一匹、 雄の精を求めて、淫らにその身を躍らせているに過ぎない。 男が手をぽんぽん、と叩いて隣に座るよう促すと、女は満面の笑みを浮かべた。 彼に言われるまでもなく、その唇に吸い付いて乳房を擦り付け、甘えた。 己の臨月胎を柔らかく撫で――早く産まれてくれるように、と祈りを込めながら。