暴力がいけないなんて分かっている。  人を殴る時に自分も痛いだなんてそれもわかっている。  だから賢しく言わないでくれ。鬱陶しいんだ、分かっていることを一々言われるのは。  分かっていて、考えて自分は腕を振るっているんだ、他者を傷つける道を選んだ。  それ以外に沢山の選択肢があることも分かっている、そのうえで愚劣な道を選んでいる。  その先にあるものこそ自分にとっての答えだと信じて。  だから他者が口を挟むな、異論を言うな。  もとより自分の答えなど持っていないような人間が、付和雷同に迎合し、信念の無い一般論をさも当然のように振り回すな。  芯もなければ心もないなのなら、最初から近づきなどしないでくれ。  俺は男だ。どれだけ時代が変わっても。 〇 「ほぉーん、ここがデジタルワールド、ねぇ」  地面に腰を下ろしながらうなるように言う。眼前の女は緊張した面持ちをしている。 (まぁ、しゃーないわな)  今の状況を顧みれば仕方ないと思わざるを得ない。男は自分をバカだと知っている、細かいことにまで頭が回らず大雑把な枠組みで動くのが性に合っている、脳筋等とも言われたことがある。そんな自分でも考える力が無い訳ではない、空から人が落ちてくるなど見てしまえば警戒するだろう、何より相手が何をしでかすか分からない。 「なーんか、思ってたのとちげぇな」  そんな言葉が口に出る。  見渡せば広がっているのは森だ、木々が、草が鬱蒼と茂っている。地につけている土も何ら現実的なものと変わらない。知識としては元の世界にいた時に一応パートナーから説明を受けている、 『あ?見た目だけならかわんねーよ、でも実際はそういう風に見えるテクスチャが貼ってあるだけだ、デジタルワールドはリアルワールドから影響受けてっからな、こっちの法則に近い処理を演算してんだ』  さっぱり意味が分からないが、かいつまんで考えれば結局は自分の生きている世界に近いのだということになる。それでもなお世界が変われば多少なりとも何か劇的な変化があると思ったが、そんなことはない。  触れれば砂の、葉の、あるいはここにはないが鉄なら鉄の、そう言った感触があるのだ。ならば殴れば痛く、殴られても痛い、変わらない、何も。 「ま、いいぜ、んじゃ………あー……あんた、名前は?」  問う、考えてみればまだ自己紹介の1つもしていない、名前を知らなければ不便だ。ずっと相手の事を女、だとか、魚、などと呼ぶのは面倒になる。 「えっと、古川雪花、宜しく、こっちは」 「私はシーラモン、いずれリアルワールドの事も知り尽くしたい系のデジモンだ、宜しく頼むよ!」 「そうかい、俺は南盤千治……好きに呼べよ」 「オレはブイモン!だけどただのブイモンじゃーねぇぜ!いずれすべてのバンチョーデジモンのテッペンに立つバンチョーブイモンだ!よろしくな!」  名乗り、名乗り返し、ひとまずは互いがどういう存在か知れた、とりあえず敵対意思もない以上振るう拳もない。  力を入れて立ち上がる、身体を軽く延ばしストレッチ、足は正しく動くことを確認、腕を回せば可動域に問題は無い、筋肉には力が入る、状態は正常であることが分かった。  背を向けて歩き出す。 「生きてりゃどっかで合うかもな、んじゃ」  手を軽く振り、一歩足を前に、 「待った!!」  引き止められるように腕が掴まれる。 「あ?なんだよ」 「いや、千治…君どこに行くつもりなのさ」 「帰る」 「リアルワールドに?」 「そうだよ、おかしいか?」 「いや、そうじゃないけど」 「だったらいいだろ」  振り払い、再度進もうとする。 「待って!」  再度掴まれる。 「だからなんだよ」 「君、ゲートの場所分かるの?」 「あ……?ゲートだ?」 「もしかしてその反応………わかってない?」 「知らねーな…ま、何とかなんだろ」  そもそもなぜこちらに来ることになったか考える。  リアライズした野良デジモンとの戦いのさなかに起きた、敵は進化の最終版である究極体なる存在らしい、名前は何だったか、インペリアルなんちゃらと言ったのは覚えている。どうして戦うことになったのかと言えばブイモンが喧嘩を売ったからだ。 『へぇ、んじゃお前を倒せばバンチョー最強の称号は名実ともにオレのモンって事だよな?』  唐突な宣戦布告、その気はなかったなど通用しない。しかしほぼ挑発と言っても差支えがない言葉は、すでに究極体であるインペリアル何某に感じ入るところは無かったらしい、ただただ笑って受け流されて終わりだ。  しかしブイモンを逆上させるには十分なそれだ、結局のところ千治自身は喧嘩に巻き込まれてしまったに過ぎない。だが、状況が状況である以上戦いとなれば受け入れるだけだ、闘争は生きざまだ、嫌いではない。  戦いは熾烈を極めた、究極という言葉通りにその能力は高く強い、対し千治とブイモンは完全体が2つ分の能力、少人数における戦闘は個人の能力に依存する、それで考えれば数の優位はインペリアル何とかにとっては無きに等しいものだったに違いない、しかし食い下がる、引くのは男のザマではない。  結局気合いと根性だ、たとえ死んでも引き下がらないという意志だけが1人と1体を支えていた。  移転はさなか、何度目かの打ち合いになっていた時の事となる。眼前を埋め尽くす光が包み込み、気づけばこの世界に堕ちてきていた。 「…リベンジしねぇーとなぁ」  右手を軽く握る、久しぶりに死力を尽くす戦いだったというのにつまらない、再度合えば御礼をしなければならない。それはブイモンも同じようで気炎を吐いている、あれこそが超えるべき存在だと。  呆れたように見てくるのは雪花とシーラモンだ、正しく言うのであれば雪花の方は呆れたというよりもっと別の何かのような視線に感じる。 「んだよ」  問う、何をもってこちらを見ているのか。 「猪突猛進というかなんというか…いや、人の事を言える立場じゃないけどさ」 「そうか…で、結局何で引き留めたんだ」  それ、と、雪花が掌を打ち付けるのを見る。 「私と一緒にゲート、探すつもりない?」 「は………?」 「おかしなこと、言ったつもりないよ?」  頭を抱えた、あまりにも急すぎる提案が来たことに。 「お前なぁ」 「雪花」 「………雪花よぉ、俺とはさっきであったばっかだろうがよぉ?そう言うのって信頼できるってわかった相手にするもんじゃねぇの?」 「そうだよ雪花、いくら何でもいきなりだよ!」  シーラモンの反論に千治もまた肩を持つようにうなずいた、そもそも他人がいるということが面倒だ、何に巻き込まれるか分かったものではない。 「何言ってるの、同郷だし、それにシーラモンだって私から聞いたこと以外の向こうの話を聞けるかも?」 「あ、それはいいかも」 「おい」  あまりにも早い転がりようについ声が出る、さっきまでこっちと同じ意見だったろうが、何をいきなり鞍替えしている。  仕方ない、と、雪花に近寄る。 「え………な、何?」 「………」  無言のまま距離を詰める、じりじりと後方へ下がり気づけば雪花の背には木があった、もう下がることのできる場所はない。右手を思い切り売り上げて、突く。  雪花は見つめるだけだった、こわばってはいるが瞼は開き続け視線は一直線にこちらの目を見つめていた。木々が揺れる、葉の落ちる残響だけが響いた。後ろで叫び声、シーラモンの物、知りはしない。  口を開く。 「俺は、簡単に暴力を振るう男かもしれないぜ……今みたいによ」 「ないね、これ、試し行為でしょ?」  知った風に言う。 「試すか?」 「次はどうする、本当に殴っちゃう?」 「挑発か、安っぽいぜ?」 「来ないの、分かってるからね」  雪花が笑う。何か隠し事を解き明かした悪ガキのような表情がそこにはある。 「もし本当に簡単に殴るような人だったらまず引き留められた時点でそうしてたと思う、だって私は君の意見をさえぎって押し付けようとしたものだ、だけどしっかりちゃんと話は聞いてくれたし理不尽にいきなりじゃない、今みたいに試す形でやってくれた……あるいは全部無視してどっかに行ってもよかったんじゃないかな?」 「それは………」  何より、と指を立てて見せてきた、 「もし本当に自分が怖いってやるなら、もっと効果的なやり方あるよね」 「なんだよ」 「おっぱい掴めば?………ううん、もっと性的な所とかの方が警戒させれたと思うし、その時は流石に私もちょっと迷うよ?だって簡単にそう言うところに手が伸びる女慣れした相手だと思っちゃうし」 「………」 「図星かな?……だからあたりを今つけたんだ、こちらの事を無下にしない、女の子の大事な所に手を伸ばすほど破廉恥でもない、トータルできっと……君は良い人だって」 「ぺらぺらと回る口だ」  思わずに悪態が出る。しかし事実だ、戦い続けて生きてきた、誰かが普通に過ごす仲で血なまぐさい現実に好き好んで身を投じてきた、そんな男に女とただ話すことは出来ても色恋のような手の出方など考え付くわけがない。 「まあ、頭の回転は速い方だと思うよ」  そう言いながら雪花は胸を張る。いい調子の女だ、しかし、 「ブイモン」 「……しゃーねぇ」  その言葉に笑みを浮かべて見せる、 「雪花」 「うん」 「お前があっちに戻るまでならせいぜい付いて行ってやるよ」 「おや、私が?もしそっちが戻れるゲートを見つけたとしたら?」 「あ?んなもん雪花が見つけるまでそっち優先だろ?」 「なんで…?」  そんなの決まっている。 「俺は、お前を気に入った」  おそらく恐怖もあったはずだ、殴られるかもしれないと。だが雪花は目を反らさなかった、瞳を開き続けていた。いい胆力だと思った、男だから女だからは関係ない、見上げた胆力だ、尊敬に値する。そんな胆力の女が自分と着て欲しいと提案している、ならばそれを拒む理由などない。あるいは理屈ではなく魂でそれを良いと思った、千治自身が己を動物的な人間だと定義している、細かいことはわからずこだわらない、シンプルな生存競争にこそ生きている。だから、直感がそう言っている気がする、不合理な選択だが、自らの意思には逆らえない。  そっか、と雪花はまた笑った、今度ははにかむように、 「それならよろしく、千治」  おずと手を出してきた、 「あん?」 「握手だよ、こういう時は」  なるほどね、と、手を出す。 「……まあよろしく頼まあ、雪花」  差し出された手を握り返す。女の手、戦いとは程遠い柔らかい手を握る。自分には不釣り合いなほどの手だ、思い、ほんの数秒で手を離す。  内心を隠すように言葉をかける、 「んで、生き先に何かアテはあんのか、そっちは」 「あるよ」 「ふぅん…いや、あるんだな」  言いながら雪花が空に指を向ける。 「デジタルワールドには色々不思議なところがあるけれど、あるんだ空の上に都市が!」 「ふぅん…?」 「空中都市ラーク、そこが私達の向かう先だよ!」