ハクマイ怪文書シリーズ まとめサイト編 『消費、文字化、食用花』 ◇  夜。都会の中心部から少し離れた、冴えない作りの1DKマンション。そこが俺の住居だ。  ブルーライトカット眼鏡(効果は知らん)をかけ、PCに向き合っていた。  週刊アクセスはそれなり。  悪くないが、もう少し欲しい。  「そろそろ新しい燃料が要るな」と呟いて、マウスをカチカチ鳴らす。  レース情報系まとめサイト《ウマの耳にまとめ》の管理人である俺にとって、PVは血液だった。すぐ流出するくせに、なければ死ぬ。  かわいいだけのウマ娘では数字が伸びない。記録だけの話題は、統計オタクしか喰いつかない。  ちょうどよく“バズる”ためには、曖昧さと逆張りが必要だ。  だから俺はハクマイを追っている。  皐月賞を走ったあと、NHKマイルをこの間派手な勝ち方で勝利した、白毛のウマ娘。いや、ダービーにも出てきたか。何なら3000mの菊花賞への出走宣言もこの間したはず。  今どき時代遅れのMCローテなんてやる辺り、目立ちたがり屋か、ただのバカか。  ビジュアルが派手。発言も言動も演技くさい。露骨にキャラクターを立てることを意識してるし、自己演出をしてる。でも、だからこそ──消費者は語りやすい。熱を入れやすい、炎上しやすい。  加えて、「勝ち負けのライン」が実に絶妙。  こいつは、コンテンツだ。  それ以上でも、それ以下でもない。  笑顔を浮かべるハクマイの写真を記事のサムネに選び、俺は無感情にそれを眺めた。 ◇  はっきり言って、時代が悪い。  ハクマイの同期には、あのオルフェーヴルがいる。  皐月・ダービーと二冠を持っていかれ、噂じゃあ三冠も、と言われている。  実力も話題性もすべて持っていかれた存在だ。  圧倒的、暴君、キング、金ピカ──ネタでも、真面目でも、どの文脈でも使える。   『世代の主役』は間違いなくこいつだ。ハクマイじゃあ、ない。  「そもそも」俺は口を開いた。文字を打ちながら言葉が出る、昔からの癖だった。  「短マ、長距離専、ダート、地方。色々やっちゃいるが、一番バズるのは結局クラシックディスタンスなんだよな」  なぁハクマイ、お前もそれをわかってやってるんだろ?  焦るのはいいが、レース中怪我なんかされたら困る。動画の再生数が落ちるからな。牛柄ピエロにPVを落とされちゃ最悪だ。  まあいい。  奇抜、白毛、メタ発言、急にポエム吐き出す謎インタビュー、パドックで花背負い事件、シュールストレミング開封事件。  オマケに、本人がSNSやら配信やらで、雑に情報まで提供してくれる。  こいつにはずっと『語れる余白』があった。 【ウインガー妹】NHKマイルを日レコV【同じ轍を踏むか?】 【MCを継ぐ者】ハクマイ、またもや適正外チャレンジwww 【動画あり】G1白毛ウマ娘、生配信で炎上してしまうwww  この手の記事を量産することで、うちのサイトは支えられてきた。  言ってしまえば、使いやすいネタ枠だった。  “味変として美味しい”。それが正直な評価だ。 ◇  大体1年後のある日、ニュースが流れた。オルフェーヴルのおまけとしてな。  『オルフェーヴル、ハクマイと共にフランス遠征を決定。目標は凱旋門賞』  ふうん、何しに行くんだ。  いや、実力で言えば、先日安田記念を勝利したし、余裕で遠征ができるレベルにはあるか。  ハクマイが出走予定のレースを、別窓を開き検索した。  ジャック・ル・マロワ賞、ムーラン・ド・ロンシャン賞……片方はタイキシャトルでそれなりに有名だが、まとめサイトのメイン層には「何ソレ?」なレースだろう。あいつら海外レース凱旋門賞しか知らねえし。好きならもっと勉強しろよ。  海外記事では、諸外国からマイルの名ウマ娘が集まる予定らしい。そんなら、どうせ向こうで派手にやってる奴の影に埋もれるだけだろ。  ……オルフェーヴルなら、凱旋門にも勝てそうだしな。  ──色々言ったが、記事にはなる。 【インタビューまとめ】ハクマイ、宝塚記念惨敗wwwからフランスに直行 【予想】現地ウマ娘との相性は?白毛ウマ娘が海外で跳ねる要因とは 【デジたん尊死】オル×ハクオフショット画像まとめ  こんなもんで数本回せる。  向こうで勝とうが負けようが、燃えればこっちの勝ちだ。  実際、PVは跳ねた。数字は出た。金も動いた。  俺はただ、彼女を題材にして記事を書いた。それだけだ。  感動もないし、期待もない。ただの“アクセス燃料”だ。 ◇  速報が入った。  ハクマイ、フランスのG1勝利。  タイキシャトル以来の、ジャック・ル・マロワ賞制覇。  ……いや、マジで?  いや、別にどうでもいいんだけど。  なんだそれ。誰が想像した?  現地のレースをYouTubeで観た。最終直線、ゴールを真っ直ぐ見つめ、後方からごぼう抜きにしながら、ただ無言で差し切り完勝していた。  こっちは日本だ。  現地の熱気は関係ない。  記事を出した。読者層に合わせて、対戦したウマ娘の戦績と、レース自体の解説も仕方なくつけてやる。 【速報】白毛の舞台女優、パリで一礼 【現地反応】ハクマイ、フランスでもブーイングされてしまうwww 【皮肉?】白毛ウマ娘、海外のほうが合ってた説……海外ウマ娘と成績比較  1ヶ月後、ハクマイはまたフランスのG1を勝った。  今度はムーラン・ド・ロンシャン賞。  前走より出走ウマ娘の数が少ないレースで、派手さでは劣るが──勝った。普通に。  日本のウマ娘がこのG1を勝つのは、確か史上初だ。褒めてやってもいい。  想定外の2連勝。PVは稼げたが、扱いには困った。こうなると、「奇抜なネタ白毛」じゃなくて、もう「強い白毛」だ。扱いがズレてくるな、とその時は思った。  さらに1ヶ月後。  オルフェーヴルが、まさかの凱旋門賞敗北。  『まさか』とか言ってるが、正直こっちは勝つ前提で記事を組んでいた。 【URA号泣】日本レース界の悲願達成 【世界チョレ〜】ついにジンクス崩壊  みたいなヤツだ。下書きも済んでいた。  ハクマイは前座、オルフェが本編──そう思ってたんだ。普通はそう考えるだろ?  で、蓋を開けたらこうだ。  俺は賭けに負けた。まあ、金が飛んだわけじゃない。  でも、公開予定も、構図も、あっさりと自称『マイルの白王』様に狂わされた。  12月。  ハクマイは、香港マイル直前で唐突に引退宣言を出し、レースじゃ長い判定の末2着に入り──そのまま、表舞台から消えた。  あれだけ賑やかだった公式アカウントも、活動を縮小し、来年春には停止予定だという。  はぁ?  おい、あっさりしすぎだろ。  春秋マイル制覇は?香港のリベンジはどうした?ロードカナロアとの頂上決戦は?オルフェーヴルとの再戦は?  その日、ハクマイが素材じゃなくなった。 ⸻ 【香港マイル】白毛ウマ娘ハクマイ、ラストランで長時間判定、結果は2着 2012年12月10日|アクセス急上昇記事 【海外レース速報】ハクマイ、香港マイルで2着。みんなの反応は? 【反応まとめ】「いつもより危なっかしい」「最後まで変な奴なのがハクマイ」「白米じゃなかったんだ?」「ハンテイダ」 【動画】最終直線、奇跡のような伸びを見せ判定入り ⸻  香港マイルを見て、ハクマイの記事を公開してから数日後、サイトのアクセス解析をぼんやり眺めていた。  通常より微妙に多い直リンク。検索ワードのログも奇妙に偏っていた。 「ハクマイ 炎上 まとめサイト」 「ハクマイ 記事 レース」 「ウマの耳にまとめ 香港マイル 感想」  …は?  まさかな、と思ってIP解析を掘った。  詳細は不明だが、普段はほとんど見ない香港からのアクセス。  時間帯は深夜。  日付は、ちょうどハクマイが香港マイルを走った週。  偶然にしては、随分と重なりすぎている。  …見てる?  …本人が?  ──エゴサか?確かにそんなキャラ振りもしてたが……。  だが、それだけだ。  肯定するコメントも書き込まれていない。  苦情のDMも来ていない。  ただ、見ている。  何度も画面越しに見た、あの真っ赤な瞳で。  走る、勝つ、負ける、踊る、演技する。そんでもって……それら全てを沢山の視線に囲まれ、消費されきった自分の姿を、どんな気持ちで見てるんだ?お前。  ──いや、知らん。どうでもいい。そもそも、ハクマイが俺のサイトを閲覧したなんてのも、ただの行き過ぎた妄想じゃないか。  俺は字を書く未満のクズ行為をして、稼ぐ。燃やす。引退するか落ち目になったら切る。  そうやって回すだけだ、と言い聞かせる。  でも。  その日初めて、記事の投稿ボタンを押す手が、少しだけ止まった。 ◇◇◇  午後、香港レース場近辺のホテルにて。  トレーナーに用意された部屋のソファで、数日前にラストランを走り終えたばかりのハクマイが勝手に寛いでいた。 「しゃあっ エゴ・サーチ!」 「程々にしてくださいね…」  隣で書類を片づけながら、トレーナーが控えめに釘を刺す。引退に伴って、SNSや外部サイトの閲覧ルールを現役時代よりも緩めたのだが、すでにその判断を後悔しかけていた。 「これ見て、昨日の夜見つけたんだけど。ぼくの記事多めみたい」  ハクマイが興味津々と言った様子で、こちらにスマートフォンの画面を向けた。そこに表示されているのは『ウマの耳にまとめ』という名前の、よくある── 「まとめサイトですか」  トレーナーの眉間に、無意識に皺が寄る。そこが一般的なSNS以上に混沌としていることがあるのを、知っているからだ。  ハクマイは、スマートフォンを手元に戻し、スワイプ操作でそれらを見て──数分後、当然…いや突然、着火した。 「チッ、はァ!? クソ!!! 好き勝手言って!!!」  怒りとしては真っ当だろう。大体何を言われているかは、トレーナーも想像がついた。  でもソファの上で浜辺に打ち上がった魚みたいな動きをするのはやめて欲しかった。埃が舞うし何より怖い。 「無言RTして圧かけてやろうか!!!」  しかも晩節をアホみたいに汚そうとしている。引退後即ファンネル使いとして炎上するのはどうしても避けたかった。 「やめ…ハクマイ……! スマホから手、離してください…!」  止めに入ったトレーナーの腕を、ハクマイは相手に怪我や痛みのないよう、最大限に注意しながら軽くひねってかわす。ウマ娘と、トレーナーとはいえ一般人。筋力差が歴然すぎて、抗えない。大の男がベッドにぼすん、と沈んだ。 「……よく見たら余程アレなコメントは一々消してるっぽいし、マシな方か……」  一瞬の揉み合いのうちに多少落ち着いたか、手元のスマートフォンを眺めながら、ハクマイは苦々しく言葉を発した。 「それにここの管理人、結構レース知識はある方みたいだ。ふん、見下したような態度が透けてて気に入らないけどね」  ハクマイがソファにスマートフォンを放り投げた。エゴサモードは終了ということらしい。 「直接的な攻撃なので止めましたが、裏方から投稿内容の改稿、及び削除は要求できます」  ベッドから起き上がり、トレーナーが続ける。 「どうしますか」  溜め息をわざとらしく一つ吐いて、ハクマイが返事をする。 「んんー、もっと酷いまとめサイトや掲示板なんてごまんとあるからなぁ。…ウマ娘専用裏掲示板とか」 「あぁ…ありましたね。そういうの。 投稿者全員がスペシャルウィークさんの真似してるところとか」 「え、何それぼく知らん、ヤッバ」 「えっ」 「……まあ、そういう訳だから」ハクマイは手を口元に当て、つとめて上品に笑ってみせた。 「おほほ…見逃してあげますわ。ノブレス・オブリージュ──舞台に立つ者からの慈悲、ってやつ?」 おわり