プロローグ 業炎のイグニス、水害のネーレイド、疾風のフィン、そして瘴土のキャスリーン…歴代最強と謳われる十二代魔王軍四天王の名を知らぬものは魔界全土、いや、人間界にすら存在しないだろう。 強大な魔力に圧倒的な異能、ひとたび戦場に立てば個人で戦略兵器級の活躍を見せるというその四人は、まさに魔界中の住民から崇め恐れ敬われている。 彼らが現れてから魔族と人類の関係は一転し、魔界の奥底に虐げられていた魔族たちは数百年ぶりに太陽の下での生活を謳歌するようになったという。 そんな中、ただ一人だけ四天王の座に疑問を呈する者が居た。 (四天王だなんて絶対におかしいですわ…!) よっぽどの野心家か、あるいは大いなる因縁を持つ者かと思われるその人物の正体は─── (このキャスリーンが魔王様からそんな大命を拝するなんて…!) なんと四天王の一人、キャスリーンその人なのである。 慙愧のパレード キャスリーンが己の身を恥じるのには魔界一の大渓谷よりも深い、あるいは膝の出る浅瀬よりも浅い訳があった。 キャスリーンの出身は元は狭い魔界のさらに片田舎にあったという小さな農村、争いとは遠く離れた平和で貧しい農家の長女である。 戦いのエキスパートとして英才教育を受けてきた他の四天王と比べれば見劣りする過去だが、彼女が恥じているのはそんなちっぽけな事ではない。大きな、実に大きな悩みの種があるのだ。 地の果て、闇に呑まれた魔界の奥深くとはいえ農家のするべき事など人間とそう変わりはしない。土を作り、作物を育てる。ただそれだけだ。 生まれながらに魔力を持つ魔族にとって農民に生まれるという事は、大地と植物を操る「農業魔法」を身に付ける事にほかならない。 ある者は種を芽吹かせ、ある者は土を耕し、ある者は害虫を追い払う。それが手作業であるか、魔力によって行われるかだけの違い。 キャスリーンもその例に漏れず「農業魔法」を、しかし、四天王の座にのし上がるほどの規格外のそれを身に付けているのである。 その魔法というのが───。 「さあ!間もなくパレードが始まります!長らく歴代最強と呼ばれてきた四天王たちが、ついに正式に任命される時が来たのです!」 (……!いけませんわ、私(わたくし)ったらこんな大事な晴れ舞台の前に考え事だなんて……) 盛大な花火の合図と共に音楽隊の演奏が始まる。 今日は各地で絶大な戦果を上げてきた四天王候補たちが正式に魔王から爵位を拝する、拝命のパレードが行われる日だ。 彼らの活躍によって領土を広げた新生魔族都市、通称「デスパレス」の門を催事用の座席の取り付けられた馬車が次々にくぐり、大通りを魔王城へと向けて行進する。 馬車の上では一張羅姿の四天王たちがにこやかに民衆に手を振っている。 イグニスは戦闘時にも使う炎を纏うための特注の軽装鎧で、炎のパフォーマンスを交えながら豪快に手を振る。 ネーレイドは透き通る水のような羽衣で、一見すると退屈そうにしているが、実は周囲で行われている噴水の演出は全て彼女の手作業という浮足立った様子で参列している。 派手好きのフィンは風の部族に伝わるという民族衣装の衣を身に纏い、紙吹雪を風で巻き上げながら行進する。 そしてキャスリーンはと言うと─── (せめて格好だけでも他の方々に見劣りしないように致しましてよ……!) 到底人前で披露するわけにはいかない「瘴土」の権能を隠すために、その代わりとして一層煌びやかな豪華なフリルの黄金色のドレスでパレードの最後尾を飾っていた。 なお、自らの力を恥じる彼女がその代わりとして選んだモチーフが黄金とは、ある意味で最大の皮肉であった事だろう。 魔王城城門を前に、中央広場ではこれまで四天王が奪取して来た数々の土地との投影魔法によるリアルタイム中継が行われていた。 『イグニス様のお力で、我々の故郷の戦火は終わりを迎えました!』 『我ら水の民、ネーレイド様に永遠の忠誠を誓います!』 通りがかる四天王にメッセージを送る各地の魔族の温かい声を遠くに聞きながら、不安がっていたキャスリーンも次第に気分が乗ってきたようだった。 (まあ……私の力で救われた民も居るのですもの。多少は胸を張ったって許されるはずですわ) 自身の権能で生まれ変わった土地の様子や、人々からの声援を思い描くキャスリーン。 しかしフィンに向けられた中継が終わり、キャスリーンへのメッセージ中継に変わるはずの、まさにその時だった。 『んっ……!全く手こずらせてくれますわね……一週間ぶりだなんて!』 「……は?」 そこに映し出されたのはなんと中継ではなく記録映像。しかもキャスリーンの最も恥ずべき瞬間、「瘴土」の権能を使う時のものだった。 魔王軍の前線基地、かつて人類の手によって浄化され魔族不毛の聖土へと生まれ変わらされた土地との境界の砦に設けられたキャスリーン専用の玉座───デカ尻専用開放型便器に彼女が腰掛ける瞬間である。 一体いつ、どのように撮影していたというのか、ご丁寧に真っ赤になりながら息む顔とひくひくと蠢く肛門のマルチアングル、さながらアダルトビデオの様相が広場のど真ん中に投影されたのである。 (ど……どういう事ですの!?他の方の時はこんな活動記録なんて……!そ、それより何とか止めさせる方法は……!) 滝のような冷や汗をかきながら、表情を変える間もなくキャスリーンは必死で思案する。まるでその一瞬が彼女には数時間のように感じられた事だろう。 『さあ!瘴土創生、行きますわよ!』 ブリブリブリブリブリィ!!!ブボッブジュルブチブブブブブゥ!!!!! 音楽隊の演奏をかき消して、盛大な排泄音がデスパレス中に響き渡る。 これこそが彼女の不服の理由、歴代最強とも呼ばれる規格外の権能の正体だった。 キャスリーンの生まれ持った農業魔法は肛門から魔界の植生に適した土を放出する土作りの魔法、ただし、四天王級の魔力から放たれる災害級の威力を伴ったものである。 通常の農民魔族が一生をかけて開墾する土地など軽く鼻で笑えるような地質汚染を一日にして成し遂げる、まさに窮地に立たされた魔族にとって英雄と呼ぶほかない異能。 ただその欠点はまさに「脱糞」としか言い表し様のないその見た目と─── (あぁぁぁぁぁぁぁっ!そんな!これまで民衆には必死に隠し通して来ましたのにぃぃぃぃぃっ!) 使用者がうら若き乙女である事だ。 パレードを完遂するため、平静を装いながらも羞恥に顔を赤らめるキャスリーンの様子をよそに、映像の中のキャスリーンは脱糞を続けている。 ブヂュヂュヂュヂュヂュヂュリュリュゥッ!!!ドブリュリュリュリュリュリュドバァッ!!!!! 『あはぁ~ん♡久方ぶりのこの感触♡たまらないですわぁ~♡』 一週間彼女を苦しめていた「栓」となっていた小さいながらも頑固なカチカチ大便(彼女の脱糞量からすればの話で、それでも巨岩ほどの大きさがある)を排出したのを皮切りに、大量の豊穣でかぐわしい瘴土の軟便が滝のように溢れ出る。 もはや質量兵器とも言えるこの大脱糞は排便前にサイレンを鳴らし魔王軍の避難を要請するほどで、これまで手作業で僅かな汚染作業が行われていた広大な聖土を一瞬にして塗り替えて行く圧倒的な規模を誇るのである。 映像は切り替わり、砦の壁面から茶色い濁流が溢れ出している光景とそれを見守る汚染作業員たちを映し出す。 『やはりキャスリーン様の瘴土は凄まじいな』 『あの方さえ居れば今代での魔族復興も夢ではないぞ』 冷静かつ的確に、彼女の大脱糞を評価する魔族の精鋭たちの姿。そのギャップが余計にキャスリーンの心を苦しめるのである。 (確かに私の魔力が強大なのは事実……!それによる権能も然りなのだけれど……!どう見てもこれは『お粗相』じゃありませんこと!こんな……はしたない姿!) 映像が切り替わった事により少し平静を取り戻したキャスリーンは恐る恐る観客たちの様子を見た。 「おお……!素晴らしい!これが噂に聞くキャスリーン様の……!」 「人類に奪われた土地が生命の息吹を取り返して行くわ……!」 「なんと力強い創生のお力!」 「うおおおおお!キャスリーン様最高!」 (そんな……!民の目は狂っているんですの……!?) ある意味、ここで糾弾された方が彼女は幸せだったのかもしれない。 これ以上生き恥を晒す事なく、裏方として魔王軍を密かに支える存在にでもなれた方が彼女の性には合っていた事だろう。 しかし何故か彼女の権能は往々にして美しく、素晴らしい物として他者の目に映るのであった。 あるいはそれこそが、彼女の持つ権能の隠された最も強く恐ろしい力だったのかもしれない。 『おほぉ~♡ブリブリ止まんねぇ~♡一週間分の瘴土ひり出るぅ~♡』 (あぁ、もうっ!私も私ですわ!なんだってあんな下品な様相で権能を使ってしまうんですの!) おまけに数多の大量脱糞を経験してなお抗えない快楽を伴うというのだから、全く末恐ろしい権能である。 しかしてキャスリーンは脱糞だけで四天王の座へと上り詰めてしまったのだ。 パレードの最後尾であるキャスリーンが通過し終えてなお、投影魔法は別日の、あるいは他の地での彼女の排泄の様子を映し続け、その神々しさに民衆は涙するのであった。 (おぞましい……あのような方法で大地を汚染していたとは……!) 人間界の草花が咲くようになった美しい土地をなだれ込む大便で押しつぶす様子を見ながら、魔族たちはまた大きく歓声を上げる。 そんな異様なパレードの中継映像をとある魔界の村に潜伏しながら盗み見ている一人の人間が居た。 (絶対に許さないぞ……『瘴土』のキャスリーン!) 彼こそが人類の送り出した希望、勇者である。 果たして彼は人類を救う希望足りえるのか、キャスリーンを苦悩から救う光になることはできるのか。 奇妙な因縁が動き出した瞬間であった。 屈辱の侵攻作戦 歓声と熱狂の拝命のパレードは魔王軍の士気を大いに高める結果となった。 ただ一人その中心に居た乙女の心に、決して癒えない深い傷を残して。 キャスリーンの耳には今も謁見の間で魔王より賜った激励の言葉が反響していた。 『貴君らには正式に魔王軍四天王の座を任命する。これからも余のために身を尽くすがよい』 もちろん、心得ている。しかし魔王様は本当に私の力の正体を知ってそのお言葉を向けられたのだろうか。 この私がひり出している、忌まわしき「アレ」の事を───。 (まあ、考えたところで詮無いことですわね……) 飛竜の背に揺られながら、キャスリーンは眼下の大地を見下ろす。 瑞々しい紫に茂る魔界植物の大地の向こうに、緑豊かな人間界の大地が見え始めていた。 「おっ!あれが今回の”任務”にあった人間の砦か!ずいぶん大きいな、腕が鳴るぜ!」 同じく景色を眺めていたイグニスが言う。 四天王に与えられたのは正式な爵位と、四天王初となる四人合同での戦闘任務だった。 難攻不落の人間軍の砦、通称「アルビオン城塞」の攻略。 四天王にはそれぞれ策が与えられたというのだが……キャスリーンは不安げに魔王から受け取った紙袋を見る。 (戦いが始まるまで開けるなとの事でしたけど……一体何が入っているのかしら……) 人間の索敵網ギリギリを前に、飛竜は高度を落とし着陸する。 時刻は夕方を回り傾いた日が茜色に辺りを照らしている。予定通りの時間だ。 「日が暮れたらまずは俺の作戦からだな!キャスリーン、協力頼むぜ!」 「え!?……ええ、も、もちろんよろしくてよ!」 予想外の事に驚きながらもキャスリーンは平静を装って答える。 これは魔族復興のための聖戦、か弱い乙女が恥じらっている暇などないのだ。 (でも、私の協力が必要って事はつまり……アレの事ですのよね……?) 一抹の不安を感じながらも、強く凛々しい四天王の一人として、乙女は必死に取り繕うのだった。 「じゃあ早速始めるぜ!」 日が暮れてすぐに、イグニスは魔王から受け取ったという魔法のスクロールを取り出した そこに記されていたのは召喚魔法の一種、魔道具を呼び出すものだった。 魔力を込めると呼び出されたのは魔法の大窯、一体これとイグニスの炎で何を焼き上げるというのだろうか。 「さあ、キャスリーン!思いっきり出してくれ!」 キャスリーンは唖然とする。出す?アレを?この大窯に? 無数の疑問符が頭の上を飛び回る。 「おいおい、イグニス。彼女に作戦の事はちゃんと話したのか?」 見かねたフィンが助け舟を出した。 「おっと、そうだいけねえ。キャスリーン!俺はこれからここに砦を建てるように魔王様から言われてんだ!この大窯はお前の瘴土を材料に『魔導レンガ』を作れるようになってるらしいぜ!」 「そして僕はその設計図を賜っている。建築は僕に任せて、明朝までに建材を揃えるよう頑張ってくれたまえよ」 キャスリーンの脳内を新たな悩みが駆け巡った。 (つまり、あのアルビオンに対抗する新たな拠点を、その、私の『ウンコ』で作り上げろって事ですの!?) もはや乙女の恥どころではない。 はしたなく、汚らしく、おぞましい、前代未聞の作戦だ。 とはいえ魔王の、それも四天王の過半数を動員した作戦の要である。今更拒否などするわけにはいかない。 (しかもこのお二方と協力だなんて……私、殿方に見守られながら排泄致さなくてはならないってこと!?) 「どうしたんだキャスリーン!早く始めねえと明日の作戦に間に合わなくなっちまうぜ!」 「そう急かすものじゃないよイグニス。全くレディの扱いがなっていないね、君は」 顔を真っ赤にしながら沈黙するキャスリーンと、彼女の決断を待つイグニスとフィン。 しかし乙女のプライドと国の存亡をかけた天秤が傾く先は、とうの昔に決まっていた。 キャスリーンはドレスの裾をまくり上げ、釜の材料口に尻を思い切り押し付けた。 (ええい、こうなりゃヤケですわ!) 「ふんッッッ♡」 ブボボボボボッ!!!ブジュボボボボボボボリュゥゥゥゥゥ!!! 「おおっ!凄えぜキャスリーン!一瞬で材料が満タンだ!」 窯の上部に取り付けられたメーターを見てイグニスが興奮した様子で言う。 いろんな意味で満身創痍のキャスリーンは顔を真っ赤に息を荒くしながら頷いて、すぐに恥ずかしくなって顔を逸らした。 早速イグニスが窯の焚口に炎を放ち、一仕事終えたつもりのキャスリーンは大きくため息をついて膝から崩れ落ちるのだが……。 「おい、キャスリーン!このぐらいでヘバってちゃ困るぜ!そうだな……あと20回はやって貰わねえとな!」 (に、20回も!?私、恥ずかしすぎて頭がどうにかなっちゃいそうですわ~~~!) どうやら彼女の受難はまだまだ続きそうだった。 *** 魔導レンガの焼き上げ作業は夜を徹して行われ、焼けた傍からフィンが設計図通りに風でレンガを組み上げ、キャスリーンは熱の残る窯に再び『材料』を投入する。 途中、「もう先に全部出しておきますから、後はお任せできませんこと!?」とキャスリーンからの恥を忍んでの申し出もあったが─── 「そんな大量の瘴土、俺たちじゃ扱うだけで一苦労だぜ!」 「焼きあがったレンガならともかく、それだけの土を一度に操るのは流石の僕でも難しいね。君の才能には恐れ入るよ、キャスリーン」 自身の脱糞の規格外さをまざまざと思い知らされて、彼女の心を余計に傷付けるだけであった。 イグニスとフィンからの声援を受けながら排泄するという実に屈辱的な行為にも慣れ、乙女が心を殺して作戦に徹する事が出来るようになった頃、長かった焼き上げ作業にも終わりが見えてきた。 (ようやく終わりましたわ……!もう、何が何だか……恥なんてどこかに行ってしまいましたわ……) 「ねぇ、キャシー……ちょっといい……?こっちも手伝って欲しいのだけど……」 疲労困憊のキャスリーンに声をかけたのはネーレイドだった。 連れていかれた先は近くの盆地で、その周囲は氷の壁で覆われ、中は大量の水で満たされていた。 「私の作戦は……この地形を活かしての『水害』……魔王様から言われたの……それとついでに……貴方の瘴土も加えたらどうかって……」 どうやら一晩かけて蓄えたこの水を決壊させてアルビオン砦を攻撃するのが魔王から彼女に言い渡された作戦のようだった。 そこにさらに瘴土を加えて威力を上げようという算段なのだが……。 (言いたいことは分かりますけど……つまりそれって……) 早い話『巨大な水洗トイレ作戦』ということである。 しかも砦を守る兵士達全員に大量の便を見せつけ、あまつさえその餌食にしようというのだ。 イグニスとフィンの前では麻痺していた恥じらいが、再び息を吹き返した。 (無理無理無理無理!絶ッッッ対に無理ですわ!敵軍とはいえそんな多くの方に私の排泄物を見られるなんて!) 既に砦を建てるほどの瘴土をひり出しているのだ、断ったって仕方あるまい。 そんな言い訳を考え断ろうとしているキャスリーンだったが、先に口を開いたのはネーレイドだった。 「瘴土で洗い流す作戦が無理なら……キャシーはしばらくこの辺の汚染作業にかかりっきりになっちゃうかもね……その間に私たちだけ出世して三天王になっちゃったりして……」 キャスリーンの野心に焚き付けて作戦に協力させようというのだ。 大人しそうな顔をしてネーレイドはこういう事をする女なのだ。 全く四天王最年少の癖に生意気な…と思うキャスリーンですが、内心はそれどころではない。 (出世はどうでもいいとして……今全ての恥を晒すか、人前で排泄する期間を増やすかという事ですわよね……) これも答えは明白だった。 どうせ彼女が四天王として活動し続ける以上、恥とは付き合い続けなければいけないのだ。 その最たるものである汚染作業の手間が省けるというのだったら、今やらない手はない。 「……いいですわ。このキャスリーン、持てる最大限の力で作戦に協力させていただきますわ」 「いいね……キャシーならそう言ってくれると思ってた……」 共に魔王軍の頂点に上り詰めた戦友への無二の信頼を寄せた言葉。 しかしキャスリーンの思いは全く違っていた。 (もってくださいまし、私のお尻……!今後のために、今精一杯出すんですの……!) かくしてさらに過酷な排泄が、乙女の肛門を蹂躙することになったのだった。 *** 「はぁっ、はぁっ……!も、もう欠片一つ出ませんわ……!」 「凄いね、キャシー……私の氷も限界ギリギリだよ……!」 盆地は魔力を帯びた糞と水で満たされ、その圧力はギシギシと周囲の氷を軋ませている。 日は上り、作戦開始の時刻が近付いていた。 ネーレイドの肩を借りながら、二人は難攻不落のアルビオン城塞を臨む魔王軍の急造砦へと向かった。 「な、何だアレは……!」 「レンガが空を舞っているぞ!」 「隊長、隊長ー!一夜にして砦が、魔王軍の砦が築かれています!」 一方砦ではフィンが最後の仕上げを行っており、夜が明けてその様子を見た人間軍は大混乱である。 「おうおうおう!慌ててやがるぜ、人間の野郎どもがよぉ!」 建設途中の砦の屋上に立つイグニスが城塞の様子を見て言う。 人間の中で最上位の4名が力を合わせてもこのような偉業を成すことは出来ないであろう。 この圧倒的な個の権能こそが魔族の持つ強みの一つであった。 (それがこのようなお下品な力で無ければ、私ももっと素直に喜べたのですけれどね……) と、自身の排泄物で作られた砦を複雑な面持ちで歩きながら、自身の功績を前にキャスリーンは思案していた。 四天王に授けられた策の三つは実行され、残るは彼女に渡された紙袋のみである。 開戦するまで開けるなという魔王からの伝言。それは即ちその紙袋の中身こそが戦闘に際した時の切り札である事を意味するものだとキャスリーンは理解していた。 (私の『アレ』に関わるものなのかしら……だとしたら使わずに済むのが一番良いのだけど……) 不安をよそに砦の建築は終わり、屋上で待つイグニスの元には四天王全員が揃い立っていた。 風魔法で声を拡散させ、フィンが開戦の合図を送る。 『僕らは魔王軍新四天王。難攻不落の人間軍の砦を落とすためこの地に集結した!』 「四天王だと!?もう倒されたはずじゃ……」 「いえ、各地で活動する新手の魔族が確認されています!おそらく奴らの事かと」 城塞内にざわめきが走る。 『あの山を見ろ。四天王ネーレイドとキャスリーンの力が蓄えられている。解放されたら君たちはひとたまりもない』 「確認しろ!魔術兵!」 「はい!た、確かです!あの山の向こうに巨大な魔力反応が!瘴気の土石流です!」 (私のウンコを脅しの道具に使うなんて……!恥ずかしくてたまりませんわ……) 密かに一人の乙女の羞恥心を踏みにじりながらも、フィンは続ける。 『これまでは砦を接収するための戦いだったから手加減していたが今はもう違う。僕らはこの地に新たな砦を築き上げた。本気を出せば君たちぐらい物のうちにも入らないってすぐにでも証明して見せよう』 『降参するなら今のうちだよ。十数える間に返答がなければ戦闘の意思ありと見做す』 「……人類のためにもここを明け渡すわけには行かん!全員、戦闘配置に付け!」 「「「了解です、将軍!」」」 土石流に備え城塞の下階は締め切られ、砲門が開かれるのが見えた。 「交渉不成立だね……。ネーレイド、攻撃開始だ」 「うん……。ふふっ、行け……キャシーと私の愛の結晶……♡」 「気持ち悪い事言わないで下さいまし……」 氷の壁は瞬時に溶解し、アルビオン城塞をおぞましい黄土色の土石流が襲う。 締め切った扉と防護魔術師の必死の抵抗が食い止めてはいるが、時間の問題だろう。 人類の勝利条件は脱出のリミットが迫る中、それよりも早く四天王を、急造の砦を打ち倒す事だ。 「怯むな!撃てぇーっ!全火力をあの砦に集中させろ!所詮ハリボテ、相手の戦力は多くないはずだ!」 将軍の鼓舞はこの厳しい条件の中最大限勝利を目指すための詭弁めいたものだったが、半分は正解であった。 砦そのものはキャスリーンの圧倒的な物質生成能力による強固なものだが、隠密行動のため戦力は最低限の四天王のみである。 イグニスとフィンが砲弾の権能で撃ち落としながら言う。 「おう!ネーレイドの攻撃だけじゃまだ時間がかかりそうだぜ!」 「キャスリーン!君も魔王様から策を授かっているのだろう!今がその時なんじゃないのかい!」 (そうでしたわ!はやくあの紙袋の中身を使わなければ!) キャスリーンが抱えていた紙袋を急いで開けると、魔法によって保温されていたのか中から立ち上るのはあたたかな湯気。 甘い香りと紫の皮、そして断面から覗く黄金色の輝きはそう、まさしく大量の「焼き芋」であった。 「どうしろって言うんですのぉぉぉーーーーー!!!」 「何だ、キャスリーン!早くしないとこっちも持たないぜ!」 「悔しいけど僕もギリギリだ……。何か反撃になりそうなものはあったのかい?」 はらり、と紙袋の底からメモ書きが剥がれ落ちた。 キャスリーンが急いで拾い上げるとそこにはただ一言『食べなさい』の文字。 (それは焼き芋なんだからそうでしょうけど……ええい!ままよ!ですわ!) 言われるがままに急いで食べるとなんとその焼き芋には魔力が込められておりキャスリーンの全身に力が漲る!そして─── ぶぎゅるるるるぐきゅぅぅぅ~~~~っ!!! (は、腹の具合が……ですわ……!) 強烈に腸の働きを活性化させた! 魔力の補充により急速に充填される「瘴土」と焼き芋によって発生した大量のガス、ただでさえ質量兵器級のキャスリーンの脱糞はもはや文字通りの大量殺戮兵器と化している事だろう。 そしてこの防戦一方で有効な攻撃手段のない戦力不足の砦、つまり魔王がこの戦場に寄越した攻城戦の主砲とは……。 (嫌嫌嫌イヤァァァッ!せめてそれだけは!乙女とか淑女とか以前に生物としてあるまじき行為ですわ!) けたたましく腹を鳴らしながらも、顔を青くして排泄を拒否するキャスリーン。 そんな彼女の手をそっと優しく取る者が居た。 「大丈夫、キャシー……。怖くないよ……。一緒に頑張ろう……」 それは戦火を前に怯えていると勘違いしたネーレイドだった。 ネーレイドは優しくキャスリーンのスカートをたくし上げ、丸出しの尻をアルビオン城塞に向けさせ腹をそっと撫でた。 「あふぅっ♡やめ、くすぐったいですわ……!そんな事したら、もう……!」 ブッッパァァァァァァァァァァァン!!!!!! キャスリーンの尻から放たれた巨岩は音の速度を超え、猛烈な勢いで空気と摩擦しながら白亜の城塞に迫る。 どすん、と重い音を立てて糞の弾頭は城壁にめり込み、その圧倒的な威力を示した。 みしり、と壁が軋み、ぱらぱらとひび割れから石くずが落ちる中に再度、いや、幾度となく着弾の衝撃が城塞を襲う。 ブブブブブブブブブブゥ!!!ブボボボボボボボボボリュゥゥゥ!!! 「あんっ♡ガスが凄まじくてっ♡出始めたらっ♡と、止まりませんわ~~~♡♡♡」 ネーレイドの濁流では無傷だった城塞の上層階にも当てずっぽうながら次第に被害は広がり、攻撃の緩んだ隙を見てイグニスとフィンも反撃を行う。 巨大な便塊は時に城壁を穿ち、時に迎撃され飛び散り、人類の隆盛を表していたかのような清浄な壁をおぞましい汚物色に染め上げる。 「やるじゃねえか!キャスリーン!俺も炎弾で加勢するぜ!」 「僕の風で弾道をサポートするよ!さあ、どんどん撃ってくれたまえ!」 「あはっ、あはははははは!!!」 (もうイヤッ!いっそ、殺してくださいまし~~~!) 「キャシー……楽しそう……ふふっ……」 圧倒的な質量攻撃の前に城壁はもはや崩壊寸前であった。 「何だ!一体何が起きている!」 「瘴土の塊です!おそらく土の四天王の仕業かと!」 「くっ……!土の四天王め!このような技を隠し持っていたとは!」 次第に劣勢へと傾く戦況に、将軍は決断を余儀なくされる。 指令室の壁にも、膨大な糞便の雨の影響でひび割れが広がりつつあった。 「これ以上は無駄か……!降参だ!白旗を上げろ!」 「砲撃、止めーっ!」 「おや、敵が白旗を上げたようだよ。」 「へっ!根性の無え奴らだぜ!」 「頑張ったね、キャシー……」 「お、おほほっ!どうやら私の力に恐れをなしたようですわねっ!」 ぐきゅるるるるるるる~~~…… (ま、まだ腹の具合が……ですわ) 四天王初の合同作戦は劇的な勝利を齎し、人類は最大の軍事拠点の一つを失う事となった。 なお人間軍の撤退を待ってからキャスリーンの残便の処理が行われ、かろうじて形を保っていた城塞は糞の山に沈んだという。 後にこの戦いは人類史において「アルビオンの瘴土災害」と記録され、四天王キャスリーンの名は天災そのものとして恐怖の象徴となった。 その「天災」がうら若き乙女の腸内から生み出された事など、知る者は誰もいない。 激闘!?キャスリーン対聖剣の勇者! 魔王軍四天王、瘴土のキャスリーン。その仕事はプロフェッショナルの誇りと、繊細な自己管理の上に成り立っている。 悪夢の合同作戦から数週間後、心穏やかなる日常を取り戻したキャスリーンの朝は一杯の白湯と栄養バランスの取れた食事から始まる。 特に食物繊維の量は多すぎず、少なすぎない、瘴土創生に適した分量を正確に摂取するよう心掛けていた。 アルビオンでの一件から食事による自身の排泄への影響を見直す事にしたキャスリーンは、一日でも早く大地の汚染作業が終わるように研究を重ねていたのだ。 初めは合同作戦の時と同様、焼き芋のやけ食いから手を付けてみたが、便秘によりむしろ効率は悪化。 時に肉中心の食事、野菜中心の食事、果てはわざと下痢になってとにかく排泄量を増やす作戦まで取ってみたが、結局一番効率が良かったのは健康的なごく普通の食事だった。 (考えてみれば私の『アレ』は曲がりなりにも魔法なのですから、しっかり栄養を摂るのが一番って事ですわね……) 便秘やガスの症状が出るので影響はゼロではないのだろうが、結局はそういう事らしかった。 ただしその量は常識では考えられないほど大量で、それは健啖な魔族の中でも殊更強大な力を扱う四天王の片鱗でもある。 魔界中から厳選された肉と野菜(と言っても、つい最近まで狭い土地で細々暮らしていた魔族の産業は人類に比べてまだ未熟である)に、チーズと特製ドレッシングを挟んだシンプルなサンドイッチを10人前ペロリと平らげ、付け合わせにはボウル一杯の魔界イモのサラダとデザートに取れたて産地直送のオレンジを皮ごと20個ほど。 まさに超人的な量だが、大地を埋め尽くすほどの瘴土生産能力からすればちっぽけなものである。 この物理法則に真っ向から喧嘩を売るような魔族の神秘が解き明かされるのは、少なくとも数千年は先になることであろう。 胃が働きだしたのに影響されて、大腸が朝一番の排便を求めてぐぎゅるぐぎゅると音を立て始める。 (おっ♡来た来た来た♡本日も快調、快腸ですわ♡) 淑やかな足取りで執務室───特注の便器が備え付けられた奇妙な大広間へと向かう。 用を足す前にスイッチを押し、サイレンを鳴らす。 かつては乙女の排泄事情を大々的に知らせる恥じらいの証だったそれは、いつしか排泄の快楽を告げる乙女の福音となっていた。 デカ尻専用に誂えられた白磁の座に颯爽と跨り、深呼吸を一回。 腸内で一晩かけて練り上げられた黄金の奇跡が、今まさに放たれようとしていた。 ブリッ……! 小気味よい音と共に、頭蓋骨ほどはあろうかという巨大な糞の塊が顔を覗かせた。 魔族という人と似て非なる異形、魔法という神秘によってもたらされる、物理的な限界を超えているとしか言い表しようのない大脱糞の片鱗だ。 「さあ……今日もブリブリ行きますわよ!ふんッッ♡」 ブリブリブリブリブリュリュ!!!モリュモリュモリュモリュブチュチュッ!!! 適切な粘度、膨大な量、そしてかぐわしい香り、キャスリーンの目指すまさに最高と呼べる状態の脱糞だった。 黄土色の滝となって流れ落ちた瘴土は、不毛の大地をみるみるうちに肥沃な魔界の土へと変えていく。 ちっぽけな人類が成し遂げた束の間の征服を超越者たる魔族が一瞬によって塗り替える様は、一種芸術的ですらあった。 ブジュルルルルルルルッ!!!ドボボボボボボボボリュゥッ!!!ブリブリブリュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!! 「んふぅっ♡んっっっっ♡んあぁぁぁんっ♡」 止まることのない、汚染の奔流。 大地を覆う汚らわしき薄土はやがて丘に、そびえ立つ山にと成長して行く。 乙女の息み声と共に大地の姿を様変わりさせるその様子は、まさしく創生の秘術だ。 「ふぅ……♡今朝はこれぐらいにしておいて差し上げますわ!お昼の瘴土創生を楽しみにしておくことですわね!」 キャスリーンは便器の向こう、広大な大地に向かって高らかに勝ち誇るように宣言する。 一見すると程度の低い冗談のようなそれは、しかし絶大な力を以て災害級の影響をもたらす彼女にとっては事実に他ならなかった。 再びのサイレンの音と共に配下の魔族たちが膨大な瘴土の運搬と均しの作業を開始した。 こうしてキャスリーンは朝のルーティンを終え、正午、再びの汚染作業までの自由時間を迎える。 自由といっても近頃は専ら、出自によって後れを取る他四天王に追いつくための教養や戦闘訓練に励んでいた。 こうした勤勉さもまた、彼女が魔王から抜擢された所以であろう。 力んだ体をほぐすため軽く伸びをし、乙女の平和な日常が今日も繰り返される……はずだった。 (なんという強烈な瘴気……!剣が怯えている……これが魔王軍四天王……!) 柱の陰で機を伺い、キャスリーンを監視していたある人物。 単身魔王軍の砦に潜入し、幹部の暗殺を試みる者であった。 (落ち着け……相手は四天王一人、しかも能力を使い疲弊した状態だ。やるなら今しかない!) いつも以上の快便に浮足立った様子で執務室を後にしようとするキャスリーンの前で、突如扉が封印の魔法によって閉ざされた。 「我が名は”聖剣の勇者”レンハルト!大地を汚す悪しき魔族を打ち倒しに来た!覚悟しろ、土の四天王!」 まだ年若い、少年と呼んで差支えないほどの男が初々しい様子で剣を構え立ちふさがる。 傍らに打ち捨てられているのは今しがた扉に使用したであろう魔法のスクロール。 まったく愚かなものだ、隠密でここまで乗り込んで来れるなら正面から戦わずとも幾らでも暗殺の手段などあっただろうに。 正々堂々を気取っているのか知らないが、わざわざ持ち込んだ道具が戦いを邪魔されないためだけの物とは救世の勇者が聞いて呆れる。 ……と、平常であれば魔王軍四天王ともあろうもの考えて然るべきなのだが、あいにく彼女はそれどころではない非常事態だった。 「お、おーっほっほっほ!よくぞいらっしゃいましたわ(?)。えーっと、そう!私こそ四天王の一人、瘴土のキャスリーンですわーっ!」 (わ、私以外立ち入り禁止の執務室に侵入者ですの!?しかもこのタイミング……まさか、み、見られてしまいましたの……?) うら若き乙女の、尊厳の危機だったのである。 「ちなみになのだけれど、一体いつからいらしていたのかしらっ!?」 「……三日前だ。貴様の行動を監視し、一人になる隙を伺わせて貰った」 どうやら少年はかなりの実力者のようだった。 高い単独行動力と隠密力を持ち、手にしているのは微かに光を放つ聖剣、おそらくその作戦も未熟ながら自身で考えたものだろう。 彼が場数を踏み成長して行く事は、魔王軍にとって間違いなく脅威となる。 そんな若き勇者と相対する初の魔王軍幹部として、キャスリーンにとってもここが正念場であるはずなのだが───。 (み、三日も!?つまり昨日のあんなところや一昨日のこんなところまで……!?) 当然そんな事を考えている場合ではなかった。 彼女の言うあんなところやこんなところが何を意味するかは彼女の尊厳のためにもここではあえて伏せさせてもらおう。 「ず、ずいぶん根気強い方なんですのね!?じゃあ、えっと、私の監視をしてて、どうだったかしら……?」 「僕を挑発するつもりか?あいにくだが、その手には乗らない!」 「そうではなくて!私の、その……ああ、もう!ここで倒せば全部無かった事にできますわ!覚悟なさい!」 「望むところだ!」 人類の平和と乙女のプライドを掛けた戦いが、今幕を開けた。 キャスリーンが自棄気味に放ったのは魔力をそのまま撃ち出した初歩的な魔法弾の連撃。 「瘴土創生」の力によって土の四天王を任命されてはいるが、戦闘の技能に関しては属性魔法すら覚束ない初心者同然なのだ。 とはいえその破壊力は魔族最上位の魔力量に比例し、並大抵の人類にとっては一撃必殺の弾丸である。 レンハルトはそれを見事な剣捌きでいなした。 魔族の力を相殺する聖剣の特性を活かした無駄のない動きが、彼の練度の高さを物語っている。 力で圧倒されようとも、技量に関してはその限りではない。 キャスリーンの魔力が尽きるのが先か、レンハルトの集中力が途切れるのが先かがこの勝負の分かれ目となっていた。 「小癪な……!たかが人間の一匹ごとき、何で倒せないんですのぉー!?」 「どうした!そんな攻撃でやられるほど僕はヤワじゃないぞ!」 攻撃の隙を縫って近付き、レンハルトはキャスリーンに反撃を仕掛ける。 黄金色のドレスを光の刃が切り裂くが、強靭な魔族の皮膚には薄皮一枚傷を付ける程度だった。 キャスリーンも接近したレンハルトを迎撃するため、一手遅れて接近戦へと切り替える。 「このっ!離れなさい!ええいっ!あ、当たらないですわーっ!」 強力な魔力を纏った、けれども直線的で大振りな素人の拳。 レンハルトは即座に間合いを見切りその腕の範囲外に出る。 効果的だが小手先の時間稼ぎでしかないそれに、しかしキャスリーンは焦りを隠すことができない。 どうやら心理的にも、この戦いを制しているのは幼き少年勇者の方らしかった。 かくなる上は、と焦りながらも思考を走らせるキャスリーンだがあいにくこの状況を打破する技など持ち合わせてはいない。 彼女に出来るのは感情に任せてその身体に込める魔力を強める事だけである。 定石で言えば相手にも有効打は無いのだからもっと長期的な戦いを視野に入れるべきなのだが、著しく傷ついた乙女のプライドがそれを許さなかった。 しかし偶然にもキャスリーンの全身を駆け巡る魔力は、彼女の持つ唯一の”技”を呼び起こした。 ぐきゅぅぅぅぅぅぅ~~~…… (しまった……!こんな時に限ってまた『アレ』がですわ……!) 戦場に似つかわしくない間の抜けた音が、高らかに響き渡る。 その音を合図に少年は警戒して更に距離を取り、乙女は硬直し顔を赤らめた。 「ば……馬鹿な……!まだ出るというのか……!?」 「うぅ……!し、失礼ね!今回はたまたまですわ!普段はこのようなこと……はうぅん……!」 きゅるるるるるるるぅぅ~~~…… 必死の言い訳すら許さず、膨大な質量は解放を求めてキャスリーンの臓腑を激しく刺激する。 余談だが、彼女の名誉のために言っておくとこのような事例は彼女にとっても全く初めての事なのである。 キャスリーンの「瘴土創生」は日常生活における魔力の代謝の副産物のようなもの、言わば魔力の残りカスだ。 その残りカスですら彼女を四天王の座にのし上げるほどなのだから末恐ろしい魔力保有量である……というのはさておき、つまり意図して「瘴土創生」を行うことも、それが可能であるともキャスリーンは認識すらしていなかったのだ。 それが今回、恥を隠すためのかつてない魔力濫用による激しい魔力の消費が代謝に近い働きをもたらしたことで通常とは異なる「瘴土創生」が行われたという事なのだ。 (まずいですわ……こんな早さでまた瘴土が出そうになるなんて……!どうしちゃったんですの、私のお腹……!) (まずいな……この至近距離で瘴土を放たれたらただでは済まされないぞ……!) 両者は互いに異なる危機感を持って様子を伺い合っている。 ただしそれは方や生命の危機、方や乙女の危機という釣り合いの取れないものであったが。 「て、提案なのだけれど、今日のところは見逃して差し上げますから、勝負の行方は一旦おあずけに致しませんこと!?」 (奴の方からなぜそのような提案を?何かあの能力には弱点があるのか……!) 「断る!」 レンハルトは単刀直入に言う。 勝負のペースこそ握ってはいたが有効打の無かったこれまでの状況に対し、相手は明らかに焦っている。 その理由はまだ分からないが、僅かでもチャンスがあるのなら見逃すわけにはいかない。 少年の持つ勇気が、逆に彼を奮い立たせていたのだ。 「どうした!瘴土の権能、使いたければ使うがいい!それとも僕が怖くて使うことができないのか!」 「う、うるさいですわねっ!言われなくても出してやりますわよ!うぅ~ん……!」 窮地に活路を見出すその精神に呼応するように聖剣は輝きを増していく。 若き勇者が、新たな力に目覚めようとしていた。 一方その頃───。 (ほ……本当に出してしまうんですの……?人前で、しかも可愛らしい少年の前で……むしろこんな少年にだったら見られても……っておバカ!彼は敵ですのよ!?いや、敵でなければ良いという訳でもなくて……!) キャスリーンも何かに目覚めそうになっていた。 踏ん張るような素振りこそ見せているものの、まだ思い切りがつかないのかその肛門は固く閉ざされたままである。 この調子では敵に尻を向けたまま盛大に隙を晒すばかりかと思われた、まさにその瞬間だった。 ブリュゥッ……モリュリュリュリュリュプスゥゥ~~~ッ…… (来る……!) (えっ……何でですの!?まだ私、踏ん張るフリしかしてませんのに……!?) それは先ほどキャスリーンが放ったふかふかとした健康な土ではなく水分を多く含んだ、いわば下痢だった。 普段であれば腸内での熟成によって完璧なコンディションに仕上げられるはずのそれが、限界まで腹の中を満たしている状態。 それはつまり、一瞬の油断も許さないお漏らしギリギリの状態という事である。 ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるるぅ~~~…… 「あっ……ま、不味いですわ……!ウ、ウンコが止まりませんわ~~~っ!?」 ブッバァァァァァァァァァァン!!!!!! 自覚した頃には、すでに手遅れであった。 キャスリーンに出来たのは少しでも汚物が服を汚さないようにスカートを捲り上げる程度、あとは荒れ狂う腸の成すままに濁流を吐き出すばかりだった。 「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」 (おそらく瘴土を放っている間、奴は無防備になる!その隙を狙えば……!) 果敢にも、そして無謀にも少年は本人ですら制御不能に陥った下痢糞の濁流に突っ込んでいく。 聖なる力で瘴土を切り払い、無防備なはずのキャスリーン本体を叩こうとするが……。 ブジュジュジュジュジュジュジュジュゥゥゥゥ~~~!!!ドッバァァァァァァァァァ!!! (勢いがどんどん強くなっている……!) これまで彼が観察してきた健康な「瘴土創生」とは違い、暴走した下痢便は波のない無秩序な奔流だった。 切り開いた瘴土の向こうから押し寄せる更なる瘴土の壁に絶体絶命かと思われたその時、聖剣の輝きが不思議な力を発揮した。 ギュオオオッ!!! (聖剣が……瘴土を吸い込んでいるのか……!) 聖剣が新たに覚醒したのは浄化の力、押し寄せる汚物の激流に立ち向かう心がそれを呼び起こしたのだ。 濁流に飲まれかけたレンハルトの体を聖なる光が包み込み、瘴土をかき消しながら何とか体勢を立て直す。 流れに押し出されながらも聖剣の作り出した隙間から飛び上がり、無防備なキャスリーンの背中に刃を向ける。 それにしても聖剣もまさか、勇者の身に迫った危機が乙女の大量の排泄物だとは夢にも思わない事だろう。 (行ける!もう少しだ!) 握る手に込めた祈りの力を強め、勝利の目前にまで迫ったレンハルトだが、もう一つの排泄物が彼を襲った。 ぶっっっっっすぅぅぅ~~~~~!!! 「うわぁッ!」 とめどなく生み出される水っぽい瘴土から発生したガス……キャスリーンのオナラがレンハルトを弾き飛ばしたのだ。 「あっ♡あはぁ~ん♡ガスが出てしまいましたわぁ~ん♡」 無論、排泄に夢中でキャスリーンは気付いてすらいない。 その背後でレンハルトは、壁際に溜まった汚物の山の中へと叩き込まれていた。 どちゅん、と気色の悪い音を立て頭から埋まったその周囲に、浄化の光によって少しずつ空間が生まれる。 「うっ……!瘴土が……鎧の隙間に……!口にも少し入ったかも……!」 聖剣の作り出す僅かな浄化の空間に体を押し当てるようにして身を清め、再び歩みを進めようとするレンハルトだが、ある違和感が彼を襲った。 空間が、少しずつ萎み始めている。 初めは恐れから来る勘違いかと思ったが、そうではない。 あまりに圧倒的な瘴気に、聖剣が限界を迎えつつあるのだ。 「う、うわぁぁぁぁっ!」 少年は瘴土に押し潰される恐怖で、光の弱まりつつある聖剣を手あたり次第に振り回す。 振り回した分だけほんの少し糞山の中の空間は広がるが、気付けば光は更に弱まりもはや糞の壁は目の前まで迫りつつあった。 濃厚な瘴気が少年の鼻腔を犯し、揺らぎ疲弊し切っていた意識を無残にも刈り取る。 瘴土の底で眠る少年の口元に聖剣は呼吸をするだけの最低限の空間を残して、光の縮小を止めた。 本体は糞に塗れながらも持ち主の命を守ろうとする、なんと健気な姿だろうか。 ブジュルルルルルルル……ブピッ……ブボジュッ……プスゥ…… 「はぁ……はぁ……何とか収まりましたわ……」 程無くしてキャスリーンの排泄も終わりを迎えた。 瘴土は広い執務室を悉く埋め尽くし、気付けば扉の封印すらも打ち破って廊下へとはみ出していた。 扉のあった場所を塞ぐ瘴土の山の向こうから、異変を察知した部下たちの声が聞こえる。 「い、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!見ないで下さいまし!私のお漏らしウンコ見ないでくださいましぃぃぃぃっ!」 駆け付けた部下たちが見たのは執務室から廊下までを埋め尽くす夥しい量の瘴土の山と、そこから辛うじて突き出た聖剣の柄、そして執務室に入る部下を止めようとするキャスリーンの姿だった。 部下たちは単身で勇者を仕留めたというのに一体何が不満なのかと疑問に思いながら、その圧倒的な姿と山盛りの瘴土を土の四天王の武勲として尾鰭を付けていつまでも語り継いだという。 勝利の果てに 天井から吊られた大きなシャンデリアには星空のような明かりが灯り、磨き上げられた大理石の床は水面のようにそれを反射する。 長テーブルに置かれたのはローストされた豚の丸焼きに宝石のように輝く果実の盛り合わせ、その他見たこともないような様々な料理が端から端までを埋め尽くしていた。 列席しているのは魔王城勤めのエリートや魔界貴族など錚々たる面々。 皆、上機嫌で酒を飲みかわし、彼らの成し遂げた快挙を祝っている。 「偉大なるキャスリーン様に、乾杯!」「「「乾杯!」」」 そう、魔王軍四天王が、人類の希望たる「勇者」の一人を捕らえたのだ。 しかしキャスリーン本人は、パーティー会場の隅のほうで複雑そうな表情でそれを見つめるばかり。 (私のウンコがこんな大事になるなんて……全く世も末ですわね……) 彼女の権能は尻から出る土作りの魔法、「瘴土創生」。 その様相はまさに脱糞そのものであり、専ら彼女の悩みの種となっていたのだ。 しかも最近覚醒した任意での「瘴土創生」、名付けて「真・瘴土創生」に至っては腸内で熟成されないために下痢そのものの見た目というお下品さ。 魔王軍幹部に抜擢されるほどの魔力の持ち主である事に異存は無いとはいえ、立場に相応しい振る舞いを身に着けようとする彼女にとって自身の能力がその最大の壁となっているのだった。 壇上では魔芸人が煌びやかな魔法で場を沸かせるのが見えた。 (私も早く、他の魔法が使えるようにならないといけませんわね……!) この半ば屈辱ですらある祝賀会を糧に、乙女は新たに決意を深める。 最近は事あるごとに彼女の自尊心だけを傷付けていた魔王軍の催しだが、今回は彼女にとっても良い影響を残すことになりそうだという、その矢先であった。 『続いては、キャスリーン様による権能の披露です!キャスリーン様、壇上にお上がりください!』 (えっ!?そ、そんなの聞いていないですわ~!) 慌てて首を振るキャスリーン。 しかも、壇上から呼びかけるのは司会者ばかりでなくなんと我らが主君、魔王までもがそこに居たのだ。 「どうした、キャスリーンよ。遠慮することはない、今日の主役は其方なのだぞ」 (うっ……!魔王様のお声かけを無視するわけには行きませんわよね……) 渋々ながら歩みを進めるキャスリーン。 それを見た魔王は満足そうに頷き、何らかの魔法の詠唱を始めた。 (それにしても、こんな所で私の『アレ』を披露するなんて……本当に大丈夫なんですの……?) 羞恥に顔を赤くしたキャスリーンが壇上にたどり着く頃、魔王の詠唱によってそこにはゲートが開かれていた。 魔族の中でも上位数名しか使えないという高難易度魔法、物質転移の魔法だった。 ゲートの先には魔界の荒野が広がっている。 「さあ、キャスリーン。其方の権能でこの大地に豊穣をもたらす姿、存分に見せつけるがよい。」 「お、お言葉ですけど魔王様。私、お出かけの前には『瘴土創生』は出し切るようにしているのですわ。急に出せと言われても、困ってしまいます……」 「ハハハ、何を申すか。其方の先の戦いでの活躍、我も聞き及んでおる。見せるのは新たに目覚めた『真・瘴土創生』の方だ」 (ううん……どうにも、逃げ切れませんわね……) 万が一にでも、と言い訳を紡ぐキャスリーンだが、どうやらこの状況はそれを許してはくれないようだった。 しかも周囲から向けられるのは期待に満ちた目。 たとえ無理だと言っても出ないものを無理やり絞り出させられるのは火を見るよりも明らかだ。 観念したキャスリーンがスカートを捲り上げ、ノーパンデカ尻をゲートに向けて露出する。 「おお……!あれがキャスリーン様が勇者を倒したと言う伝説の……!」 「なんと神々しいお姿……噂に聞いた通りよ……!」 尻をさらけ出したというのに観衆からはにわかに歓声が上がり始める。 一体なぜ彼女の行為が下品なものとして人々の目には映らないのか、それは神のみぞ知る謎であった。 キャスリーンは全身に魔力を込め、ゆっくりと片手で腹をさする。 公衆の面前で行われる脱糞推進マッサージだった。 目を閉じ、集中している様子を出そうとしているが、その顔は耳の先まで羞恥で赤く染まっている。 きゅるるるるるぅぅ~~~~…… どよめきながら見守る観衆の耳にも届くほどの、盛大な腹の音。 『真・瘴土創生』の準備が整った合図だ。 目を見開き、魔王に向けて本当に大丈夫なのかと不安気な瞳でアイコンタクトを図る。 魔王は当然だと言わんばかりにゆっくりと頷き、限界を迎えたキャスリーンは脱糞を開始した。 ブジュジュジュジュジュジュジュリュゥッ!!!ブバァァァァァァァァァァン!!!!!! ゲートの向こうに広がっていた荒野が、瞬く間に肥沃な土に覆われていく。 観衆はそれを見て激しく歓喜の声を上げる。 ただ一人、それを好ましく思っていなかったはずのキャスリーンだが……。 (あふぅん♡何ですの、この感覚♡人前に脱糞姿を晒すなんて、恥ずかしくて堪らなかったはずなのにぃ♡なんだかとっても、気持ち良いですわ~~~♡) ついに溢れる羞恥心はその堰を超え、新たなステージへと踏み出しつつあった。 快楽は魔力の流れを促進し、腸の中に更なる新鮮な瘴土を生み出し続ける。 モリュリュリュリュリュリュリュリュッ!!!ドチュチュチュチュチュブリュゥゥゥッ!!! 「これが『真・瘴土創生』……!なんと芳醇な瘴気の香りだ……!」 「どんどん勢いが増しているぞ!キャスリーン様の魔力は底無しだ!」 壇上にて規格外の大脱糞を行う乙女と、それを持て囃す狂った観衆。 永遠に続くかと思われた狂気の宴は、思わぬ所から綻び始めた。 みしり、と音を立てゲートが歪みを生じさせる。 あまりに膨大な質量の転移に、魔力の供給が追い付かなくなっているのだ。 「キャスリーンよ……我はそろそろ限界かもしれぬ……」 「んふぅん♡えっ!?ま、まだほんのちょっぴりしか、はぁん♡だ、出しておりませんのに!?うぅんっ♡」 先ほどとは違う赤みを帯びていた頬を青ざめさせながら、キャスリーンは答えた。 任意で発動できるようになったとはいえ、腸に溜まった瘴土を出し切るまで彼女の権能は止まらない。 急に限界などと言われても、すぐに肛門を閉じられるわけではないのだ。 「も……もう少し我慢してくださいまし!あとちょっとで、あふぅ♡キリの良いところですから!」 魔力を抑え、一刻も早く残便を処理しようと排泄を早めるキャスリーン。 だが、それがいけなかった。 不安定になったゲートに、急激に増加した負荷。 ぱりん、とガラス細工が壊れるような軽い音を立てゲートは無残にも崩れ去った。 「まずいですわーっ!?皆様、避難してくださいましーっ!!!」 行き場を失った大量の軟便は、壇上からパーティー会場に津波のように溢れ出る。 圧倒的な質量が、人を、テーブルを、その上にあった絢爛な料理すらも呑み込んで行く。 ブリュリュリュリュリュリュリュリュ……ぶっふぅぅぅぅぅぅ~~~…… 巨竜のため息のようなガス漏れを最後に、ようやくキャスリーンの脱糞は終わりを迎える。 瘴土の中からは列席者たちが次々と顔を出し、全く凄まじいものだと談笑を始める。 汚物の直撃を食らった山盛りの瘴土に包まれた魔王も部下の手によって何とか掘り出され、豪快に笑って見せる。 「ワハハハハハ!余の力をも上回るとは!全く素晴らしき権能の力よ!キャスリーン、褒めて遣わすぞ!」 「お、おーっほっほっほ!これが私の新たなる力、『真・瘴土創生』でしてよーっ!」 会場は大いに沸き、思わぬアクシデントは四天王の力をより強大に誇示する形となって終わった。 ただ一人その元凶、キャスリーンはというと……。 (やっぱりどう見てもただの大脱糞じゃありませんこと!?こんなの、絶ッッ対におかしいですわ~~~!?) また羞恥と屈辱に打ち震えているのだった。 そんな彼女の様子に反比例するように、民衆はその力に畏敬の念を示し続ける。 どうやら彼女の受難は、まだまだこれからも続きそうだった。