『雫〜!ライブの日、会場行けることになったよ〜!チケット、抑えといてくれてありがとね!』 「よかった…来れるかも、って聞いてすぐに牧野さん…マネージャーに頼んだから、安心」 仕事の合間、お姉ちゃんからの電話をもらって、ここ最近の心配事が無くなった。 あとは、レッスンの成果をしっかり出すだけ。 お姉ちゃんが来てくれるなら、今まで以上に頑張らないと。 『久しぶりの雫のパフォーマンス、楽しみにしてるからね』 「うん。私のこともだけど、みんなのこともちゃんと見てね」 『もちろん。客席からいっちばん大きな声で応援するから、カッコいいところ見せてね!』 「ん、わかった。がんばる!」 お姉ちゃんに…ううん、ファンのみんなにも、見てもらいたい。 今回のセトリも激アツ。大変だけど、その分やりがいもある。 最後までしっかり準備して、みんなをビックリさせたいな。 「…あ、ごめんお姉ちゃん。牧野さん…マネージャーが、呼んでる。休憩終わるみたい」 『あ〜ごめんね忙しいのに。ついつい話し込んじゃった。じゃあ、この後のお仕事も頑張ってね』 「うん、ありがとう。頑張ってくる。それじゃ、またライブの時に」 『うん。またね、雫』 電話を切ってスマホをロックしてから、私は牧野さんに駆け寄った。 「雫、そろそろ撮影の続きが始まるぞ。楽しそうに電話してたのに、すまないな」 「ううん、大丈夫。それより、その電話の相手。お姉ちゃん、次のライブに来てくれるって」 「ああ、秋宮もねさんか。チケットを抑えてくれって言ってたもんな」 ちゃんと覚えててくれた。 「うん。結構ギリギリになったけど、予定が空いたみたい。チケット、ありがとうございました」 「お安い御用だよ。しかし、『あの』秋宮もねさんが来るって思うと、身が引き締まるな…」 牧野さんがステージに立つわけじゃないのに。 でも、やっぱりそれだけ偉大なアイドルだったんだよね。それは、私にとってもすごく誇らしいこと。 「みんなでしっかり準備、しないとね」 「ああ、そうだな。…雫?何か難しい顔をしてるな」 「ええと、せっかくお姉ちゃんが来てくれるなら、何かこう、爪痕を残せないかなって」 「爪痕?うーん、パフォーマンス中に何か演出を入れてみるとか?」 演出。なるほど、それなら…。 「じゃあ、こんなのは、どうかな。耳、貸して」 私に合わせて屈んでくれた牧野さんに、思いついた事を伝えてみる。 「えっ…!?そ、それは確かに目立つだろうが…大丈夫なのか?色々と…」 「ん〜…私だけじゃできないことだから、相談してみる」 「そうだな…俺としては、全体の進行に影響が出ないなら構わないよ。後は雫次第だな」 「わかった。決まったら、報告します」 …あ、本格的に時間がまずいっぽい。スタッフさんが慌ててる。 「と、とりあえず今は撮影に集中しよう」 「ん、わかった。行ってきます」 牧野さんに手を振って、私は走って撮影に戻る。 帰ったら、あの子に相談してみよう。 ----- 「あれ、雫?こんなところでマンガ読んでるなんて珍しいわね」 「あ、琴乃ちゃん。うん、ちょっとね」 その日の夜。 寮のリビングで、私はその時を待った。 「…なんか、雫が読んでるマンガとしてはちょっと意外というか…そういうのが好きなの?」 私が持っているそのマンガのカバーが見えたのか、琴乃ちゃんはそう聞いてきた。 「嫌いじゃない、かな。昔、お父さんの本棚に入ってたのを読んだことがあって。  久しぶりに読みたくなって、優ちゃんに聞いたら持ってるって言われたから、借りてきた」 「そうなんだ。どういう話なの?」 「う〜ん、章ごとに結構変わるから、一言では説明しにくい…。今読んでるのは。不思議な呼吸の力で吸血鬼みたいな相手と戦う話?」 「あ。それ知ってるかも。刀持って戦うやつ!今は映画もやってるんだっけ」 惜しい、そっちじゃない。 「…それは、別の作品。こっちの方が古い」 「あ。そうなんだ。そっか、お父さんが読んでたって言ってたもんね」 大事なのは、そこじゃない。 私は意を決して、話を切り出すことにした。 「あの…琴乃ちゃんは、ライブの準備、順調?」 「え?うん、まあ特に問題は無いかな。レッスンの調子もいいし、みんなで仕上げていく段階ね」 さすが、月ストのセンター。言葉も表情も、自信たっぷり。 「雫の方は、何か心配なの?」 「えっと、そういうわけじゃない。ただ、ちょっと思うところがあって。  親戚のお姉ちゃんが、今度のライブを見に来てくれるから…例の新曲の時に、ちょっとしたパフォーマンスをしたい」 「パフォーマンス?それって、どんな?」 「…琴乃ちゃん」 「え。な、何…?」 私の真剣な声に、琴乃ちゃんはちょっと驚いたように身を引いた。 それでも、ちゃんと言わないと。 「私の…ギターになってください!」 「…は?」 怒っているわけではなさそう。これは多分、困惑。 「ギターはわかる。『なる』って何…?どういうことなの…?」 「ええと、最初は思いつきだったんだけど…このマンガの中に、こういうシーンがある…」 私はそのページを開いて、琴乃ちゃんに見せた。 敵のボスキャラが、主人公の師匠の脚を使ってギターの真似をする、そんなシーン。 「…何これ」 「何、と言われると私も困る…脚ギター?」 「何でこれをチョイスしたのよ…」 ぱっと浮かんでしまったんだから、仕方ない。 「ん?待って。ギターに『なる』って、そういうこと!?」 「そういうこと」 「ええ…なんで私が…?」 あ、すごいドン引きされてる。うう、でも挫けない…。 「琴乃ちゃんと言えば、綺麗な黒髪と、美脚!ファンの間でも、大人気!みんな見たい!私も見たい!」 「いや、そんな力説されても…。褒められてるのよね?これ…」 褒めてます。すごく。 「ダメ…?」 「うっ…そんな顔されたら、断りにくいんだけど…」 この流れ、行ける!? 「ちょっと待ったー!!!」 「だ、誰!?」 その時、物陰から現れたのは… 「「渚(ちゃん)!」」 いつからそこにいたのだろう。渚ちゃんは琴乃ちゃんの前に立って、仁王立ち。 「最初は微笑ましく見てたけど、琴乃ちゃんの脚がかかっているとなれば放ってはおけないよ、雫ちゃん!」 「な、渚…そんな真剣な顔する場面じゃない気がするんだけど…」 「ううん、ここは譲れない。私だって琴乃ちゃんの脚をそんなじっくり触ったことないのに!  どうしても琴乃ちゃんの脚に触るというなら、私を倒してからだよ!ううん、勝って私が琴乃ちゃんの脚を触るんだから!」 「渚!?」 「本音が出てる…」 くっ、このままじゃ、せっかくの案が…。いや、待って。こういう時は、逆転の発想。 「なら、渚ちゃんも一緒にやる?」 「…ほほう?」 「あっさり懐柔されたー!?」 ショックを受けてる琴乃ちゃんをよそに、私と渚ちゃんはがっちりと握手。これで私達は、同士。 …その後、騒ぎを聞きつけてきた沙季ちゃんからひとしきり怒られたけど、どうにか計画は実行に移されることになった。 琴乃ちゃんの脚に賭けて、絶対に成功させてみせる…! ----- 「魚ーーーーー!!!」 ライブ当日。 月のテンペスト、サニーピースの合同ライブは素晴らしい出来だった。 私は関係者席から雫やあの子の仲間たちの頑張る姿を目に焼き付けて…ほんの少しだけ、ステージへの憧れを思い出しそうになってしまった。 もう全部やり切っんだと、頭では理解しているつもりなんだけどな…。いいステージを観ていると、どうしても湧き上がってきてしまう。 …おっと、余計な事を考えてた。今はこのライブを全力で楽しまないとね。 ステージ上では、雫が琴乃ちゃんの脚をギターに見立てたパフォーマンスをしている。 新曲初披露ということで上がった会場のテンションがさらに上がっていくのを、私も感じる。 きっと、雫が自分なりに考えて盛り上げようとしてくれてるんだろう。 自信が無かったあの子が、こんなに前向きに頑張れるようになったんだな…。それはきっと、一緒にいるみんなのおかげ。 顔を真っ赤にして恥ずかしがっている琴乃ちゃんには、ちょっと申し訳ないけど…。 『今』を全力で楽しむ雫に向けて、私は今日一番の声援を送った。 雫、頑張れ! 終わり。