ミケ——三毛田涼佳が県選手権のリンクに立つ前、彼女の心はすでに恐怖に蝕まれていた。
邸宅の庭で見つけた手紙、ポストに詰まった無数の殴り書き、リンクの外でちらつく人影——それらが単独のストーカーではなく、
彼女を追い詰める複数の執着者たちによるものだと気づき始めていた。
裕福な家庭で育ち、スケートの才能に輝くミケは、その純粋な魅力で知らぬ間に多くの病的な視線を引き寄せていた。
そして、その視線は彼女の日常を侵し、次の大会で頂点に達しようとしていた。

母ちゃんが気づいたのは、ミケがリンクに向かう朝にポストに溢れた手紙だった。
「ミケちゃん、昨日も最高だった」「俺のために跳んでくれ」「お前は俺の宝物だ」——異なる字跡で書かれたそれらは、複数の手による執念を示していた。
ネットの掲示板では、彼女の写真や動画が「至高の女神」として共有され、ストーカーたちはミケのスケジュールを割り出し、大会のチケットを買い占めていた。
彼女の私物を手に入れた者たちが自慢し合い、彼女を自分のものだと主張する声が闇の中で響き合っていた。

大会当日、ミケが会場に足を踏み入れた瞬間、彼女の体が凍りついた。観客席は、前かがみの男たちでぎっしりと埋め尽くされていた。
数百もの影が蠢き、双眼鏡を握る手、汗ばんだプログラムを握り潰す指、低いざわめきが会場を包んだ。彼らの目はギラつき、口元には抑えきれぬ笑みが浮かんでいた。
あの男——ミケのタオルを握り潰した男もその中にいたが、彼は群れの一人に過ぎなかった。ミケの視界が揺れ、彼女の膝が一瞬震えた。
「なんや…これ?」彼女の呟きは、誰にも届かず消えた。


リンクに立つ時、ミケの心は観客席の視線に飲み込まれていた。
あの男たちの視線が、彼女の腋、太もも、汗ばむ首筋を執拗に追い、彼女を剥き出しにする感覚が全身を包んだ。
「わし、跳べばええだけや」と自分に言い聞かせたが、猫耳ヘアピンが汗で重く感じられた。
母ちゃんの「涼佳、いつも通りやで」という声が遠くに響いたが、彼女の耳には届かなかった。

演技が始まったが、ミケの動きは硬かった。最初の2回転ルッツで、観客席のざわめきが耳に刺さり、彼女の体が硬直した。着氷が乱れ、膝がガクッと折れた。
スピンでは軸がずれてふらつき、彼女の足が氷に引っかかった。終盤の連続ジャンプでは、空中で観客席の前かがみの男たちを一瞬見てしまい、着氷が完全に崩れた。
彼女は氷に膝をつき、手を突いて立ち上がったが、その姿は弱々しく、汗が額から滴り落ちていた。「わし…ダメや…」彼女の心の中で声が響いた。

しかし、演技が終わり、ミケがリンクの中央で息を切らして頭を下げた瞬間、観客席が爆発した。会場が揺れ動くほどの拍手喝采が響き渡り、数百の前かがみの男たちが一斉に立ち上がった。
「ミケちゃん、最高だったよ!」「よかったね、素晴らしかったね!」「失敗しても可愛いよ!」——彼らの声が重なり合い、異常な熱狂が会場を包んだ。
男たちは笑顔で手を叩き、双眼鏡を握ったまま涙を流す者さえいた。彼女の転倒、彼女の失敗さえ、彼らにとっては愛おしい瞬間だった。
彼らの目はギラつき、口から溢れる称賛がねっとりと彼女に絡みついた。

ミケの体が震えた。
拍手が彼女を称えるものではなく、彼女を貪るものだと感じたからだ。
『メダリスト』の絵柄なら、ここで観客席のコマが不気味に描かれるだろう。
歪んだ顔で笑う男たち、汗と涙で濡れた目、拍手で赤くなった手が密集し、背景が暗く歪んで彼女を包囲する。
ミケのアップでは、瞳が縮こまり、口が小さく開き、汗が頬を伝う。猫耳が恐怖でピクピク震え、彼女の小さな体が巨大な観客席の熱狂に飲み込まれそうになる。

「涼佳!」母ちゃんがリンクサイドで叫んだが、ミケは動けなかった。
彼女の耳に響くのは、ストーカーたちの「大好きだよ」「ミケちゃん、俺たちのために頑張ったね」という異様な称賛だった。
彼女のスコアが発表され、圏外に沈んだが、観客席の熱狂は止まらなかった。
男たちは彼女の失敗を褒め尽くし、心から喜んでいるように見えたが、その笑顔は狂気に満ちていた。
ミケの心は恐怖で麻痺し、「わし、スケートしたかっただけやのに…」と呟く声が涙と共に零れた。

リンクを去る時、ミケは母ちゃんにすがりつき、「もう…跳べん」と震える声で呟いた。
彼女の背後で、ストーカーたちは拍手を続け、「次も見に行くからな」と囁き合った。
彼らの愛は、ミケを称えると見せかけて、彼女の純粋な夢を侵し、氷の上を悪夢の舞台に変えていた。
彼女のスケート人生は、異常な光景に飲み込まれ、次の大会へと暗い影を引きずっていくのだった。