†暗黒の死皇帝†vsトップスへの反逆者 (豚公、路地裏で上裸の不審者に襲われる)




「ふっ…今日もまた、たくさん正義を執行してしまった…」


太陽が沈み始め、空が茜色に染まり始めた頃。一人の少年が、にやにやと口元を緩めながらカードショップからの帰り道を歩いていた。
一見すると普通の男子中学生に見えるが、彼こそはシュヴァイン・ヘルツォーク!闇に堕ちた暗黒決闘者でありながら、正義の心を持たない決闘者を己の正義によって裁く†暗黒の死皇帝†なのだ!
…といった内容の自分で考えた設定を周囲にアピールしているが、実際はただの中学生決闘者だった。本名は山本十一郎。


「でも結局、今日もあの忌々しいリトルナイトには拷問決闘できなかったな…何だよあの効果、マスカレーナもリトルナイトも卑怯な奴らめ。邪悪なリンクモンスターは、いつか絶対僕が裁いてやる…うへへ…」


自分のデッキのモンスターによって痛めつけられ、ボロボロになった美少女モンスターを思い浮かべて悦に浸っている彼は気が付いていなかった。妄想に夢中で道を間違えてしまった事…そして、自分の背後に怪しい影が迫っている事に。


「…ふひっ」


「うわ、何だあれ…仮面?コスプレか?」


「やば、なんかニヤけてるし絶対ヤバい人じゃん。近寄らないようにしよ…いや写真だけ撮っとこ」


妄想に夢中になっている男子中学生と、不気味な笑みを浮かべる怪しい影。通行人に避けられる二人が向かい合ったのは、人通りの無い薄暗い路地裏だった。


「…ん、あれ?もしかして僕、道間違えてた?」


歩き続ける事数分、顔を上げた十一郎はようやく自分が帰路を外れた事に気が付いた。スマホを取り出し場所を確認しようとするが、どうも電波が悪いようでマップアプリが使えない。
日が落ちてきたせいで辺りはどんどん暗くなってきており、どこからか吐息のような音も聞こえてくる。見覚えの無い景色と不気味な雰囲気のせいか、心が徐々に恐怖に包まれていく。


「ど、どうしよう…いや、そうだ!確かデュエルディスクには位置情報とかの機能があったはず!えっと、確かここをこうやって…」


『決闘を申し込まれました』


「うわぁっ!?…えっ、決闘の申請?こんな所で?」


静寂な空間に突然響いた電子音声に悲鳴を上げるが、その無いように少年は首を傾げた。これはデュエルディスクを使って決闘する時に流れる定型アナウンスであって、誰か決闘の相手がいないと流れないはずだった。つまり、この音声が聞こえたという事は…。


「くふっ…なあ少年、私と決闘しないか?」


「────────っ!?」


目の前に立っていた人影を見て、少年の喉から声にならない悲鳴が漏れた。自分しかいないと思っていた空間に他の誰かがいたという驚きに、陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと動かす事しかできなくなってしまう。


「…うん?おい、大丈夫か?」


「はっ…え、いや、大丈夫ですっ!な、何ですかぁっ!?」


「決闘を申し込んだだけなんだが…すまない、どうやら驚かしてしまったようだな。落ち着くまで待っておこう」


迫ってくる相手に怯えて後ずさるが、声をかけてきた相手はそれ以上近づいてこなかった。どうやら本当に決闘を申し込んで来ただけのようだ。
幽霊でも怖い人でもなくて良かった、と一先ず胸を撫で下ろし顔を上げる。そこにいたのはマントを上半身に羽織り、顔の上半分を覆うような仮面を身に着けた女性らしい人物だった。


(…いや、どう見てもめちゃくちゃ変な人だー!?)


ホラー的な恐怖は消え去ったが、それとはまた異なる種類の恐怖が少年を襲った。幽霊の正体見たり枯れ尾花とは言うが、幽霊の正体が仮面を着けた不審者だったらそれはそれで怖いのだ。


「ご、ごめんなさい。僕もう家の門限が迫ってて、そろそろ帰らないといけないので…」


「そうなのか、なら決闘が終わった後で近くの駅まで私が案内しよう。道に迷っているんだろう?」


(何でそんな事まで分かるの…何この人、怖いよぉ…)


押しが強い不審者という今まで人生で会った事のない…いや、この街に住んでいたら不審者には割と遭遇するような…?とにかく、目の前の不審者に内心ガチビビリしている少年を見て、仮面の女は考え込むような様子を見せた。
そしてふと何かに気がついたような表情をすると、芝居がかった声と動きで目の前の少年に語りかけた。


「…ふむ、これはどうした事かな?この辺りから素晴らしい決闘の予感を感じたのだが…すまない、私の相手はどうやら君では無かったようだ」


「…むっ」


怯えていたはずの顔つきが、不満気な表情に変わる。面と向かって『すいません人違いでした、あなたより強い人と戦うつもりでした』と言われるなど、決闘者にとっては筆舌に尽くしがたい屈辱だ。そしてそんな侮辱を受けて黙っていられるほど、少年は大人でも臆病でも無かった。


「ああ、私とした事が!まさか相手を見誤り、ただの迷子の子供に決闘を迫ってしまうとは!
いやぁ、怖がらせてしまって申し訳無かった。さあ、大通りへ案内を…」


「違う!僕は…いや、我こそは暗黒の死皇帝、シュヴァイン・ヘルツォーク!暗黒決闘者として、挑まれた決闘から逃げたりなどしない!
我が配下の拷問魔獣でその仮面を暴き、穢れた魂に罰を与えてやる!名を名乗れ、仮面の決闘者よ!」


「ふふ、中々楽しめそうじゃないか…ならば私も、その問いに答えなければな」


『決闘申請、受諾完了。ソリッドビジョン、展開します』
 
向かい合った二人のデュエルディスクに8000という数字が刻まれる。それは決闘の申請が受け入れられた証であり、決闘の準備が整った合図。
お互いに手札を5枚引き、薄闇の中に立つ対戦相手を見つめる。誰も見ていない路地裏であっても、決闘者が二人揃えばそこが戦場だ。


「私は…自由だっ!!!」


ばさぁっ。
とさっ。
ぽよんっ♡
ぴかーっ。


「デュエ…え?」


「デュエルッ!」


『†暗黒の死皇帝† vs 【トップレス】。先行はプレイヤー【トップレス】、決闘スタート!』


デュエルディスクから流れた音声が、互いのプレイヤーネームと決闘の開始を宣言する。先行となったのは、マントを脱ぎ捨て上半身裸になった仮面の女───【トップレス】だった。
まずは様子見とばかりに《珠の御巫フゥリ》を召喚し、《御巫舞踊-迷わし鳥》を装備してフゥリの効果を発動する。


「い、いやいやいやいや!?!!?!?」


だが†暗黒の死皇帝†こと自称シュヴァイン・ヘルツォークは、相手の展開に目を向けず全力で対戦相手から目を逸らしていた。そんな様子を見たトップレスは、失望したような声色で対戦相手に問いかける。


「対戦相手の顔どころか、場さえ見ようとしないとは…先ほど切った啖呵はどうした、それでも決闘者か?」


「み、みっ、見れるかぁ!な、何でいきなりおっ…服、脱いだの!?だって見え、おっ、おっぱ、見えっ…!」


「くくっ、何故か…だと?決まっている、これはトップスからの脱却の証明、そして腐りきったセキュリティへの反抗の証だ!見ろ、私の胸に刻まれたこのマーカーを!」


「見れる訳ないじゃんッッッ!!!!!おっぱい見えちゃうでしょぉ!?!!?」


「何だと…?セキュリティの腐敗の証拠を見ようともしない、トップスは遂に子供までも腐り果てたのか!
ならば無理やりにでも聞かせてやる、あれは私がまだトップスで決闘者として───」


「知らないよそんな事、僕に言わないでよぉ…!」


目を力強く閉じて耳を塞いで、目の前の現実から全力で逃げようとするシュヴァイン・ヘルツォークこと山本十一郎。ちょっとむっつりで拗らせているが素直になれない年頃の少年にとって、意味不明な理論でヒートアップする胸丸出しの女性不審者はあまりにも劇物だった。いや、少年関係なく劇物ではあるのだが。


(み、見ちゃった…!おっぱい、本物のおっぱい…!
揺れ、揺れてたよね!?本当に揺れるんだ…というか結構大きかったような?しっかりとは見れなかったけど…えっ、今もあの人胸丸出しなの?おっぱい見れるの!?見れ…いやでも怖い!何なんだあの人!?めっちゃ怖いっ!でもおっぱいは見たい…っ!)


ぐるぐる、ぐるぐると少年の頭におっぱいが回る。丸出しのおっぱいだ。ハッキリとは見えなかったが確かに見えた、思い返してみよう。
あの女の人が私は自由だ!と叫んだ次の瞬間、上衣を空に向かって脱ぎ捨てた。空を舞った服はゆっくりと地上に舞い降りていき、軽い音を立てて地面に落ち…おっぱいが、弾んだ。そしてどこからか光が差してきて、ちらっと見えたピンク色の部分を覆い隠した。


「いや何の光っ!?」


「その時、私は理解したんだ…トップスから解放された私こそが、上衣を脱ぎ捨てた私こそが、真の意味で自由なのだと!
このマーカーはその証、二度と消えない屈辱と自由の刻印だ!さあ、その目に焼き付ける良い!ターンエンド!」


「えっ、あっ…ぼ、僕のターン…えっマーカー!?」


マーカー。それは治安維持機構であるセキュリティが、逮捕した犯罪者にレーザーで刻印する焼き印のようなもの。見るだけでその人物が犯罪者だと分かるようになるだけでなく、常にセキュリティが把握できるように位置情報を発信し続ける文字通りのマーキングでもある。
つまり、これを刻まれているのは基本的に危険人物だ。


(や、ヤバいじゃん!マーカーがあるって事は、この人本当に危ない人だ!一体何をしてセキュリティに捕まって…)


「どうした、お前のターンだぞ?それともまさか、1枚もカードを使わずサレンダーするのか?」


「…公然猥褻罪だろうなぁ」


殺人や強盗など色んな犯罪が頭によぎったが、その姿を見れば誰でも一目で罪状の想像がつく。脱いだのだ。それ以外感がられなかった。


(つまりこの女の人は…露出して決闘していたらセキュリティに捕まったから逆恨みしている、ヤバい露出狂だ…!)


ここに来て、少年はようやく覚悟を決めた。できるだけ早く決闘を終わらせて、この変態から全力で逃げるのだと。
それと、良く見たら相手の乳首を隠している謎の細い光はデュエルディスクから照射されているようだった。いつもはボロボロになった美少女モンスターの肌を隠してしまう忌々しいフィルター光線機能に、少年は心の底から感謝した。


「それでもできるだけ見ないようにしないと…僕のターン、《ホールディング・アームズ》を召喚!効果でフゥリの効果を無効に…あっ」


「フゥリの効果により、自分の場に装備カードが存在する限り私の御巫は対象にならない。よってホールディング・アームズの効果でフゥリは選べないが?」


「…やば、ミスった」


相手の顔と胸をできるだけ見ずに決闘するという縛りプレイ、必然的に盤面もまともに見る事もできていない。
その原因である対戦相手の露出女は、ニヤケ面を控えめにして少年の動きを見つめている。だが相変わらず胸は露出したままであり、地面に脱ぎ捨てられた上衣に目をくれる様子も無い。


「さぁ、召喚権は使ってしまったが次はどう来る?私は逃げも隠れもしな…うん?」


一方召喚されたホールディング・アームズといえば、軽やかに舞うフゥリの身体を捕らえらず焦ったように動き回っていた。しかしフゥリの霊力によって吹き飛ばされ、明後日の方向に飛んで行き…がちゃり、と別の獲物を捕らえた。捕らえてしまった。


「…えっ」


山本十一郎は見た。
普段は美少女モンスターを捕らえて拷問決闘の手助けをしてくれる、デッキの裏エースとも言えるホールディング・アームズが空をくるくると舞い…対戦相手の腕にハマり、しっかりと拘束したのを。
そしてホールディング・アームズに腕を縛り上げられたトップレスは、無理やり腕を開くように拘束され…自分の意思に反して、その豊かな胸を突き出していた。ぷるんっではなく、ぐい〜っ…♡だった。


「…ふ」


「ふ?」


「ふざけているのかあああああ!!!!!」


「ひぇぇぇぇぇごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!!!」


仮面越しでも分かるほど激昂したトップレスの怒号に、十一郎は心の底から恐怖した。実の母親にもこれほど本気で怒られた事は無い。ふざけた格好してるのはそっちじゃん…!と思いながらも、一刻も早くこの場から逃げ出す為に必死に手札を回した。


「《コーンフィールド コアトル》の効果発動《幻爪の王ガゼル》サーチしますごめんなさい!《合成獣融合》発動して手札のガゼルと《大翼のバフォメット》素材にして《幻獣王キマイラ》融合召喚!キマイラ効果とガゼル効果とバフォメット効果でコアトル蘇生《ミラーソードナイト》サーチハンデス予約しますごめんなさい!
それでえっとえっと…あああもう多分削り切れる!2枚目の合成獣融合で場のキマイラとコアトルと手札のミラーソードナイト素材に《幻想魔獣キマイラ》融合してフゥリを攻撃ぃぃぃ!!!」


もはや対戦相手も、相手の場すら見ずにエースを使って攻撃を仕掛ける。今すぐ決闘を止めたいならばサレンダーという手段もあるはずだが、パニックになった頭にそんな選択肢は浮かんでこなかった。
主に命じられるがまま、優雅に舞い踊る緑髪の獲物に襲い掛かる幻想魔獣キマイラ。獲物を甚振る為に幻想より産まれ落ちた魔獣は、初撃を躱されながらも悍ましい咆哮で獲物の力を奪う。その咆哮は巫女の操る風に乗り魔獣の主を傷つけるが、それすらも気にせずキマイラは動けなくなった獲物を睥睨する。殺しはしない、だが死んだ方がマシと思わせるような目に遭わせる。それが主より命じられた、唯一にして絶対なる存在意義なのだ。
だが主の命を削り取った風は、止まる事なく戦場に吹き続ける。次の瞬間、キマイラは実体を持たない九つの尾に囲まれている事に気が付いた。


「《御巫舞踊-迷わし鳥》の効果発動!自分の「御巫」モンスターが戦闘を行ったダメージステップ終了時、フィールドのカード1枚を手札に戻す!この効果により…」


「あ…」


見えていた効果を見落とすプレイミス、しかもこのターンで二度目。いや、《ガーディアン・キマイラ》を融合召喚して迷わし鳥を破壊しなかった事を含めればその程度では済まないかもしれない。
動揺、困惑、少しの興奮、恐怖、そして肝心な場面でのプレイミス。自分が原因で、勝利が目の前から遠ざかっていく。代わりに背後から迫ってくる敗北の恐怖に、限界を迎えていた心は囚われてしまった。
負けたらどうなるんだろう。何をされるか分からない。怖い。逃げたい。逃げられない。泣きたい。でもあの時みたいに泣いても、今度は誰も助けてくれない。


『うわー!こいつおっぱいデカい女のカード使ってやがる!エロだぜー!エロいちろーじゃん!』


『えっ…ち、違うよ!!ただ、この前パックから出たから…』


『はい今えっちって言ったー、お前はエロ確定!皆見ろよ、こいつエロカード使ってるぜ!』


『ホントだ、エロいカード使ってる!変態だ!』


『ぼ、ぼく、そんなつもりじゃ…う、うぅっ…』


『うわ、エロいちろーが泣いた!エロいのがバレて泣いてやがるぜー!えーろ、えーろ!』


『えーろ、えーろ!』


ぐるぐる、ぐるぐる。視界が回る。頭の中が回る。先生が来るまでの間、ずっとエロだと言われ続けた泣くほど怖くて恥ずかしくて惨めなあの日の記憶が。今の強くてカッコイイ僕になる前の、小学校の頃の弱いぼくがまた顔を覗かせて、また泣いてしまいそうになって…。


「諦めるのか?」


「…え?」


でも、馬鹿にはされなかった。


「決闘者であるなら、ライフが0になるまで勝負を諦めるな!私は迷わし鳥の効果で、ホールディング・アームズを手札に戻す!」


「…!?」


キマイラを取り囲んでいた霊尾が、金色の手枷の隙間に入り込み錠を見事に取り外す。捕らえる相手を間違えた拘束具は、再び吹き飛ばされて空をくるくると飛び…すぽり、と元の持ち主の手札にカードとして収まった。


「な、何で…今のはキマイラを戻した方が…」


「私は拘束されるのが嫌いだ、この胸のマーカーを刻まれた時を思い出して落ち着かない。
それに…プレイに正解など無い、それが決闘中なら尚更な。後悔や反省なら決闘が終わってから好きなだけして、そして次に活かせば良い。違うか?」


「…!なら、キマイラで効果が無効になったフゥリに攻撃!」


「というか、あの状態だとこれが使いたくても使えなかったんだよ…攻撃宣言前に罠発動、《御巫かみくらべ》!
効果により、幻想魔獣キマイラに《魔界の足枷》をデッキから装備する!」


再び咆哮と共に襲い掛かる恐怖の魔獣、その巨体が地に縫い付けられたように停止した。突然動かなくなった身体に困惑するキマイラに、フゥリが指を差して足枷の存在を教える。悔しそうに唸るキマイラを前にして、巫女としての力を奪われたフゥリは冷や汗を流しながらも胸を撫でおろした。


「そうだ、フゥリが装備魔法を付けてるなら罠をサーチしてるのは当たり前だった…それならどうやってもこのターンじゃ…」


「ガーディアン・キマイラを融合召喚していても、攻撃は通らずライフは削りきれなかった…そうだろう?」


にやり、と不敵な笑みを浮かべる不審者…いや、そこにいたのは一人の決闘者。仮面を着けて素顔を隠していても、トップスであった過去を捨てても、胸が丸出しであろうとも。その胸に宿る決闘者としての熱い魂は、今も消えずに残っている。
そしてそんな彼女にとって、決闘の対戦相手とは平等な存在だった。たとえ対戦相手がプレイミスをしていても、今にも泣きそうになっていても、その姿をバカにするなど決闘者としての誇りが許さない。そんな態度に、少年の心は少しだけ軽くなった。


「…メインフェイズ2。墓地の合成獣融合の効果発動、このカードを手札に加える。
カードを2枚伏せて、僕は…いや、我はターンエンド!」


「ふっ、良い顔になったな。分かるか少年よ、これこそ私の求める自由…」


「…」


「場所が何処であろうと!相手が誰であろうと!どんな者にも、チャンスは与えられるべきだ!
決闘の中で、諦めなければ勝ちの目は消えないように!こうして引いたカードを見るまで、何ができるか自分でも分からないように!産まれや立場などで、不当に奪われ笑われるなど…そんなの、絶対おかしい!私はそんなの認められない、それを受け入れるのがトップスなら私はトップスじゃなくて良い!」


場に残っていたフゥリが、最後の力を振り絞って《御巫の水舞踏》を舞い始めた。足枷の呪いにより地を這いつくばる幻想魔獣は、それをじっと見守る。やがて獲物だった少女が鏡像と一つとなり、剣を持った別の御巫と入れ替わるのを見て…獲物を逃した時とは異なる、名残惜しそうな吐息を漏らした。自由なその姿を羨望するかのように。
墓地のミラーソードナイトに効果が防がれた《剣の御巫ハレ》と、手札から特殊召喚された《キリビ・レディ》がリンク素材となり、《聖騎士の追想 イゾルデ》が場に現れる。金の髪のイゾルデと白い髪のイゾルデが共に祈ると、《焔聖騎士-ローラン》が手札へと駆け付け…そして4本の剣が墓地へと送られた直後、気が付けばそこには《鉄の騎士 ギア・フリード》がいた。


「ギア・フリード?何でそのカードが…」


「このカードは私の相棒…そしてかつての私自身でもある。
自分を取り巻く環境という鋼鉄の鎧、それは私自身を守る為では無く縛り付ける為にあった…」


また始まった、と思った少年は自身を守る2枚の伏せカードに目を向けた。ここまで使わずにいたのは、展開ではなく攻撃を止める為。次のターンを想定した切り返しの布石だ。
その為に直接的に使えるのは、2枚の内…。


「そちらか」


「…ッ!?」


「忠告しておこう、決闘の中では相手だけではなく自分の動きにも気を配る事だ。墓地の迷わし鳥の効果でハレを蘇生!そしてイゾルデとハレをリンク素材に、《トロイメア・ユニコーン》をリンク召喚!手札を捨てる事で、少年が目を向けたそちらの伏せカードをデッキに戻す!」


(《拷問車輪》を除去された…!)


一瞬の油断をついて、攻撃を防ぐ罠を見抜き打ち抜くプレイング。その目的は攻撃を確実に通し、ライフを削る為に他ならない。
ぞくり、と背筋に冷たい感覚が走る。決闘者としての第六感が感じたのは、自分を追い詰めるエースカードの降臨。ギア・フリードをわざわざ出した以上、何が出てくるかは明確だった。


「見よ少年、これが私の新たな切り札…そして、生まれ変わった私の姿だ!魔法カード発動!《拘束解除》ォッ!!!」


膝をついた鉄の騎士から、がしゃがしゃと音を立てて鎧が外れていく。最後に、叫び声と共に顔に纏っていた鎧が吹き飛び…剣聖が、姿を現した。
使い手と同じく…いや、それ以上に大事な所を隠していない、その立ち姿。勇ましく、気高く、自分を恥じる素振りなど一切無い。トップスどころか全てを曝け出してなお平然と佇むその姿を見て、少年は思った。


「行くぞ、《剣聖-ネイキッド・ギア・フリード》!私たちの自由を見せつけてやろう!」


この人決闘者としては凄そうだけど、露出狂である事には変わらないんだよな…と。


(なんか流されそうになったけど、この人ずっとおっぱい丸出しだし、エースに至っては全裸だし…いや、この際それはどうでも良い!このターンを凌ぐ事に集中を…)


「ハァッ、ハァッ…!見ろ、私は、私たちは自由だ!何にも縛られないこの姿こそ自由の証明!
はぁっ…んっ♡」


「なんかえっちな声出すのやめろよぉ!」


さっきはちょっとカッコ良く見えたが、その間もずっとおっぱいはぷるぷる揺れていた。身体を激しく動かして語るほど、割と大きいその胸は存在感を発揮し続けた。
そしてでっかいおっぱいに加えてでっかいちんちんが追加された事で、十一郎はもう色々どうでも良くなっていった。何がエロだぜー!だ、いきなりおっぱい出す女の人の方がどう考えてもエロだろ!バカにするのはこのおっぱいを見てからにしろ!


「…いや、なんか他の人に見られるのもそれはそれで嫌なような」


「ふぅっ…ならばここからは一気に行くぞ!私は《天子の指輪》をネイキッドギアフリードに装備!」


「やばっ…伏せていた2枚目の合成獣融合発動!幻想魔獣キマイラと手札のホールディング・アームズを素材に、《捕食植物ドラゴスタペリア》を融合召喚!」


「躱したか…だが、ネイキッドギアフリードの効果発動!ドラゴスタペリアを破壊する!」


「ドラゴスタペリアの効果で、ネイキッドギアフリードに捕食カウンターを置いて効果を無効にする!これでエースモンスターの効果は封じ…」


「効果は無効にされても、攻撃は封じられていない!ライフを2000払って《サイコ・ブレイド》を装備し、バトルフェイズ!ネイキッドギアフリードでドラゴスタペリアに攻撃!サイコエンジェスラッシュ!」


「攻撃力4600…!?ぐぅぅぅっ!」


「更にユニコーンでダイレクトアタック!そして私はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」


それは、余りにも目まぐるしい攻防だった。
剣聖が金色の指輪を嵌めようとした瞬間、足枷で動けないキマイラと千年眼の手枷が植物に呑み込まれた。そして現れた食人植物の華竜に、剣聖は果敢にも立ち向かっていく。華竜が吐き出した粘液を浴びた剣聖の力は妨げられるが、その身に宿した剣技は失われない!主の命を代償にした剣を振りかざし、目にも止まらぬ一太刀で悍ましい怪植物を切り伏せて見せた!


「手札は1ターン目の無茶な融合が祟って0、虎の子の融合モンスターも戦闘で破壊された。どうする、少年?先ほどよりも絶望的な状況だが、今度こそ諦めてサレンダーするか?」


「…しない!僕は…いや、我は決闘者!その魂がある限り、我がシモベの魔獣たちは何度でも蘇る!
ターンが変わる前に、墓地の《幻獣王キマイラ》を除外し効果発動!再び我の元に現れよ!《幻想魔獣キマイラ》!」


「ほう…効果を無効にするホールディング・アームズではなく、キマイラを復活させるとは。エース対決という訳か」


「ふっふっふっ…それはどうかな?」


「それにコーンフィールドコアトルがいる以上、私は迂闊にネイキッドギアフリードの効果は使えない…。温存していたのは次のターンの為の布石か。
だが私にはまだ伏せカードも手札もある、1枚のドローで突破できるかな?」


(えっ一瞬で僕の狙いバレた?というかバレてた?)


ダラダラと冷や汗をかきながらも、取り合えずデッキに手をかける。
相手の場には、エースである《剣聖-ネイキッド・ギア・フリード》。《天子の指輪》と《サイコ・ブレイド》を装備しており、攻撃力4600で魔法を無効にする怪物だ。更におまけのユニコーンに加え、手札にはイゾルデでサーチしていた《焔聖騎士-ローラン》が残っている。フリーチェーンで装備し、ネイキッドギアフリードの破壊効果を発動してくるだろう。
その隙をついて、場にキマイラがいれば使えるコーンフィールド コアトルの墓地効果でネイキッドギアフリードの強制効果を無効にし破壊しようとしていた…が、その目論見もバレていた。
対戦相手があれだけのプレイミスをしても、全く油断をしていない。やはりふざけた見た目に反して、かなりの実力者なのは間違い無かった。


「…それでも!僕はもう負けない、泣いたりしない!ここまで来たら、この決闘から逃げ出したりなんてするもんか…!」


「ふふ…そうだ、その調子だ!決闘こそ互いの闘志をぶつけ合う、この世でもっとも自由な場!さあ少年よ、今こそ私のように、何にも縛られず己の本能を解放してみせろ!」


「己の本能…?」


「そうだ!心の奥底に隠した本音、日々への鬱憤不満!あるはずだ、誰にでも自由に話す事はできない本音が…それを解放してこそ、本当の意味で自由になれる!」


「何にも縛られず、隠した本音を叫ぶ…己の、本能のままに…」


瞬間、少年は人生のほぼ全てを振り返っていた。それはただの幻覚、もしくは決闘の興奮が導いた一種の走馬灯だったのかもしれない。
ただ、一つだけ。中学生になるよりもずっと前、同級生たちにからかわれるよりも少し前。自分のお小遣いで買ったバックから《神樹のパラディオン》が出た時に最初に思ったこと。今まで忘れていた…いや、目を背けていた自分の心の原風景。
その時、自分が思ったのは。混じりっ気の無い、心の奥底から溢れ出た本音は…!


「…い」


「何?」


「…っぱ…みたい…」


「すまない、もう少し大きい声で…」


「おっきい!おっぱい!!!揉んでみたいっ!!!!!」


「ふぇっ!?」


その日、少年は初めて目の前の不審者に打ち勝った。
顔を真っ赤にして、最初はか細い声で、しかし最後は求められたから自分が出せる限りの最大の声量で。自分にとっての原初の願いを全力で吐露する事で、実は自分から露出するばかりで受けに回った事が無かったこの女を圧倒し始めたのたま。


「わ、悪いかっ!エロで悪いかよっ!僕だって、僕だって…本当はおっぱい好きに決まってるじゃん!男なんだからさぁ!」


「ちょ、ちょっと待って欲しい。てっきり私はこう、君は普段から世間に抑圧されているのかと…」


「されてるよっ!辞書見ながらカッコイイ言葉探したのに、豚公なんてあだ名付けられたしっ!女の子のカード見る度に、本当は自分で使ってみたいって思うし!今日は特に最悪で、迷った挙句こんな意味不明な決闘する事になったしぃ!!!」


全力で思いの丈を吐き出す目の前の少年に、圧倒されるがままの露出狂不審者ことトップレス。
これまでは自ら喜んで胸を見せつけていた彼女であったが、エロに正直になった少年にガン見されると恥ずかしそうに腕で胸を隠した。
その様子を少年は更にヒートアップした。逆ギレ…いや、一周回ってもはや正当ギレかもしれない。


「必死に見ないようにしてたけど、本当はじっくり見てみたいし、触ってみたい…そういう感じにおっぱいが好きで、何が悪いんだよっ!僕のターン、ドロー!」


「わ、悪くは…うん、別に悪い訳では無いと思う、ぞ?」


「なら!僕がここからこの決闘に勝ったら、おっぱい触らせてくださいっっっ!!!」


「!!?!?!?!!?!?」


全力で頭を下げる少年…いや、エロガキに硬直するトップレス。自分から見せつけるのには慣れていても、相手から胸を触らせて欲しいと迫られた経験は人生でこれが初めてだった。そりゃそうだ。


「ロ、ローランの効果を発動!自身をネイキッドギアフリードに装備し、ネイキッドギアフリードの効果で幻想魔獣キマイラを…」


「墓地のコーンフィールドコアトルの効果発動!このカードを除外して、自分フィールドのカードを対象とする効果を無効・破壊っ!」


「あぁっ!?こ、このままだと本当に、揉まれっ…いや、勝てば良い!勝てば良いだけだ、それもまた自由…!」


「ここまで来たらもうヤケだっ!人生初めてのおっぱい揉んでやる…!絶対に勝つ!!!」


先ほどのお返しとでも言うように、相手の動揺を誘ってプレイングの隙をつく少年。エロに反抗する心から自由になったその姿は、奇しくもトップスを脱ぎ捨てた対戦相手と似通っていた。
脱衣の自由と、巨乳好きの自由の戦い。どちらが勝とうと何も産まず、どちらが負けようと何かを失う。ヒートアップしていく決闘は、お互いの顔の熱も際限なく高めていった。


二人の決闘の行く末は、誰も知らない。