鎮守府の通路の奥まった倉庫の前、何気ない用事で訪れたそこに他の人影が途絶えた所で、大井の尻を手が撫でた。白い手袋をはめた手だ。  びくんと身体が跳ねる。手はスカート越しに、最初は指先で尻の形を這うように、そして段々と揉みしだくように力が入っていく。その度にまた小さく身体が跳ね続けた。  いつものことなのに─。  それなのに反応してしまう自分の身体が大井は嫌だった。  手は今度はスカートの下に入ってショーツに覆われた局部とそこからはみ出だ尻を直接触り始めた。また、最初は優しく這うように、そして段々強く。もう片手は太ももを撫でている。どんどん身体の反応は強くなってきた。ショーツのクロッチは湿り気を帯びている。何か言いたいが、あらぬ声が漏れそうで口を開けない。  5分ほどもそうしていただろうか。揉む手が離れ、今度は衣擦れの音がして手袋を外す気配がした。それは、ショーツの更に内側に手が入ってくる合図だった。  大井にとってそれがそれ迄以上に嫌だったのは、その手─自分の中に入ってくる、細く、白く、長い指が手袋から出てくる所を想像するだけで更に下半身の火照りが強くなってきている所だ。クロッチには最早染みが出来ているだろうことが感触でわかった。 「提督、そろそろいい加減に─」  自分の身体に反発するようにそこまで言った所で、大井の後ろのすこし上方から、女性にしては低めの声がした。 「『北上さん』」 「ッ──」  大井が再び黙ると、その手はやはり染みが出来ていたショーツの内側に入り、ゆっくり掻き回し始めた。これ迄以上に大井は声が開けなくなり、快感でぼんやりとしたその頭には、その女のニヤついた顔が想像された。  この提督が着任した時から嫌な予感がしていたのだ。  その日、整列した鎮守府の艦娘を前に演壇に立ったのは、容姿端麗と言っていい女性だった。  スラリとスレンダーな体型。175cmオーバーという長身(もっとも戦艦には余程大きいのがいるが)。顔は程よく顎の尖った輪郭に通った鼻筋、大きく弓なりになった細い眉毛に、切れ長の目には長い睫毛。髪型は所謂ツーブロックで、剃り上げた下半分に対して伸ばしたトップを長い前髪を残して後ろに流している。  着任の挨拶は、常に微笑みを絶やさず行われた。そして、大井にはそれが嫌なニヤつきにしか見えなかった。  その新提督が、いやに北上さんに近い。ことあるごとに話しかけ、ボディタッチも多い。段々エスカレートしてきている気もする。そして、その度に大井に一瞬ちらりと流し目をくれてくるのが不審だった。  何か意図があるのか。いや、なくてもいい。  そう思って、大井は提督室で二人きりの時に話を切り出した。 「北上さん、美人さんだから私も気になっちゃっててね」  提督はいつもの微笑んでいるような目と口元のまま、馴れ馴れしい口調で言った。 「だから筋は通しておこうと思って。ね、大井っち」 「どういう意味ですか」  大井が眉間を寄せてねめつける。 「私欲しいものは掴み取る主義なの。でも、先約がいるみたいだからって」 「じゃあ、やめて下さい」 「でも、大井っちは北上さんにこれまで以上の所にいける?」  痛い所だった。大井は今の距離感が壊れることを恐れている。 「それか─」  提督は微笑みを強くして、子供が楽しい思いつきを披露する時のように言った。 「大井っちが代わりになってくれる?」  そうして始まった関係だった。  最初は物陰で、制服の上から胸や尻を撫でられる程度だった。それが、制服の中になり、下着の中に入になり、同時に愛撫される身体の範囲も広がって行った。  そして、それを咄嗟に拒否できず流されてしまう程、提督の「技巧」は巧みだった。  そして今に至っている。  倉庫の扉、そこに大井は身を預け、いつの間にか前に回った提督が大井の股間で水音を鳴らしていふ。大井が絶頂にいたりそうになったその時、提督の左手が大井の右頬にあてがい、唇を近づけてきた。 「それっ、だけはっ」  大井はなけなしの力を奮って提督の顔をはね除けた。キスだけは、北上さんのもの。それが最後まで守っているただ一つのラインだ。  ちょうどその時、通路の曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。 「提督~大井さん~どこにいるっぽい~?」 「ここだよ~!」  提督はよく通る声で言いながら、手早く右手をハンカチで拭いて手袋をはめ直していた。 「続きは後で、ね?」  提督は微笑んだまま耳打ちした。  大井は快感と達せなかった物足りなさで朦朧としながらも、なんとな夕立に連れられて提督と駆逐艦連中の相談に乗り、提督室に戻って来た。  それ迄週ごとに秘書艦を変えていた提督だったが、関係が出来てから隔週で大井が秘書艦を勤めている。  何か気付かれなかっただろうか。今更ながら心配になる。でも多分大丈夫だ。今迄もっと際どい所に来たこともある。それを隠すのも提督の手際のよさなのは腹が立つが─。  がちゃり。背後で提督が部屋の鍵を閉める音がした。それが意味することは一つだ。  しかし、提督はさっきが嘘のように指一本触ってこない。淡々と業務をこなしてゆく。大井もそれを手伝う形になる。だが、下半身で燻っている熱っぽい感じは一向に収まらず、むしろその熱量を増している。顔が火照って、ショーツが染みがどんどん広がっているのがわかった。海で戦う制服だけあって、制服のプリーツスカートを貫いてしまう心配がないのだけが救いだ。  もう我慢できない。そう思って、提督のデスクに行く。 「て、提督、さっきの続き…」 「続きって、何を?」  こ、こいつ…。  思わず提督を睨む。いっそ自分で済ませてしまおうか。いや、それが出来たら苦労しないのだ。 「ごめんごめん、大井っちったら寸止めされて興奮しちゃった?」  少しも済まなそうと思っていない顔で提督は言った。 「じゃあ、いつもの挨拶してよ」  一瞬の間。 「私が北上さんに手を出さない為にはどうすればいいんだっけ?」  提督は微笑みを─ニヤつきを崩さず畳みかけた。  大井はうつむいて一歩下がると、プリーツスカートをまくり上げて、うっすら生える陰毛が透けて見えるほど濡れそぼったショーツを提督に見せ、快感の気配と恥で上気した顔を床に向けたまま言った。 「わ、私は提督さんのモノです。メチャクチャにして下さい…」  提督は微笑みながら右手の手袋を外した。 ★★★★★  ある金曜日の夕刻近く、提督は大井の股ぐらに顔を突っ込んでいた。  大井は最早立っているのもやっとで壁にもたれかかっており、その上着の前合わせは開かれて乳房が露になっている。プリーツスカートはつけたままだが、たっぷり濡れたショーツは片足の足首に引っ掛かっているだけの状態だ。つまり、たっぷり時間をかけた愛撫の後なのである。  提督はその長い舌でまず大井の股間の突起を舐め回し、吸い、しゃぶった後、割れ目に舌を入れた。この提督、指も長いが舌も長い。大井の中の性感帯を一つ一つ的確に刺激しながらその舌は子宮口に届くのではと思われる程に感じられた。  長い愛撫で高ぶった後のこの強い刺激で朦朧とした頭で、ふと大井はたくしあげたスカートごしに提督の顔を見た。股ぐらに顔を突っ込んだ提督の顔の鼻先に、うっすら生えた自分の陰毛がかかっているのがなんだか恥ずかしくて目を逸らした。  今日は定型業務は早く終わってしまい急ぎの業務もないから事に及んでいたのだが─その点この提督は妙に真面目な所があった─そこで鍵をかけた提督室に強いノックがされた。 「はーい、ちょっと待ってー!」  提督は股ぐらから顔を離してそう答えると、手早く顔と右手を整えた。  一方大井は、最低でもブラをつけ、前を合わせて、ショーツを上げなければいけないのだが痺れた頭で上手くいかない。なんとかブラをつけた所で、提督がショーツを上げて前を合わせてやった。その間も、ノックの主とやりとりをして時間を稼いでいる。そこまでやって、最悪ブラはつけなくても良かったことに気づいた。  大井がやっとの所で体裁を整えると提督は鍵を開けた。 「ごめんごめん、機密文書関連の業務で、鍵をかけるのが決まりだからね」  提督はドアを開けながらノックの主を部屋に入れる。那智だった。 「集配で親展かつ急ぎとのものがありまして、私も中身は見ていませんが至急ご覧ぜよとのことです」  手に、封をされた紙束を持っている。と、那智の視界に大井が目に入る。 「なんだ大井、妙に放けて。まだ課業中だぞ」 「は、はい。そうですよね」  匂いでばれないだろうか。そんなことが頭をよぎる。 「いやいや、つい大井っちに力仕事頼んじゃってね。重い簿冊とか運ばしちゃったから」  提督にそう言われて那智が部屋を去った後、提督が封を上げると「あちゃー」と珍しく顔をしかめて言った。 「大井っち、本当に軍機案件がきちゃった。これ、ここで私しか扱えないから一人でやっちゃうね。定時も近いから、もう上がっていいよ」 「えっ」  生殺しである。しかも、提督は急な案件でそれも頭の外らしい。濡れたショーツの冷たさを感じながら提督室を出ると、背後で鍵の閉まる音がした。  その後、自室でショーツを履き変えると、食事をして入浴し、また自室に戻った。その全ての記憶が曖昧だ。  寮の部屋は北上さんとの二人部屋だが、今晩は北上さんは長期の遠征で留守にしている。  悶々とした気持ちが取れない。思わず、寝間着の下のショーツに手を触れる。入浴時に再び履き替えていたショーツが、もう濡れていた。  気づいた時には胸をはだけ、ショーツに手を入れていた。自分で自分の性感帯─のはずの場所を刺激するが、思うようにいかない。もどかしい。提督のあの長い指を、舌を思い浮かべると、少しだけ快感が増した気がした。  私、ここまであの女に仕立てあげられてるんだわ─。  そういう思いが浮かんだが、それを掻き消す余裕も最早なかった。  結局、自分の指では提督にされるようには達せられず、甘イきひ何度か繰り返しているうちに気がついたら眠りについていた。  翌朝目が覚めると身体の疼きは殆んど収まっていたが、ショーツとシーツがカピカピになっていた。出来るだけそれを見ないようにして、洗濯籠に入れる。あまり見ていると、それが自分があの女に「開発」され尽くした象徴に見えて─それにまた、身体の疼きがぶり返しそうで怖かった。  取り敢えず、土曜だ。来週は秘書艦勤務はない。北上さんも帰ってくる。少しはいい事があるはずだ。自分にそういい聞かせて大井は新しい1日を始めることにした。 ★★★★★  大井はブラの下にニップレスを着けている。  提督の熱心な「開発」の結果、先端がブラと擦れただけで注意力が落ちてくる事態になっているからだ。そこには純粋な刺激の他、その刺激からあの女の顔を思い出すストレスも含まれる。  ニップレスを着けて状況は大分改善された。それでも、入浴の際他の艦娘の目を盗んでニップレスを剥がす時は、やはりあと刺激と顔の想起がやってくるって来るのだけど。  そんなある日の夕刻。その週は大井は秘書艦ではなかったから少し油断していたのかもしれない。定時過ぎの薄暗い廊下。たまたま提督と二人きりになった。 「あ、そうだ大井っち」  提督がまた、思いつきを言うように言う。 「明日ノーブラで勤務してね。ちゃんと確かめるから」 「え?」  大井の言葉を無視して、提督は官舎へ去って行った。  大井はその晩中悩んだが、結局従うことにした。北上さんという弱味がある。  そして翌日、ノーブラで登庁し、業務をこなしながら大井は気が気ではなかった。  ばれていないだろうか。いや、制服の生地は厚いから大丈夫なはずだ。でも、感じてしまったらどうだろう?自分の先端は大きいみたいだし…いや、他人とまじまじと比べてみた訳ではないのだが。  そんな事を思いながらも、やはり擦れる。ブラより分厚い、制服の生地と。その時先端が感じるのはあの女に愛撫されてる時のような快感だけではない。僅かな痛みと痒みを伴うものだ。それが煩わしい。  それでも持ち前のポーカーフェイスでなんとかやっていた昼前、通路を胸の刺激を意識的に無視しつつ歩いていた時だ。別の部屋に簿冊を持っていった帰りで。手ぶらだった。後ろに気配がしたかと思うと大井の両脇から腕が伸びて、胸を揉んだ。 「うん、ちゃんとノーブラだね」  無論提督だ。  胴体と乳房の付け根、その下側から先端へ、下半球をなぞるような揉み方。なるほどブラがあったら出来ない揉み方だ。 「ちゃんと言い付けを守って、偉いね」  提督はいつもの微笑でそう言うと、頭をポンポンと撫でて去って行った。  一瞬の出来事であった。  だけども、少なくとも大井の今日1日には大きな意味をもつ瞬間でもあった。  やはり業務をこなしながらも、それまで以上に自分の身体の感覚から意識を離せない。  胸が熱い。あの女は先端には触らなかった。ただ、触られた乳房の下半球が熱を持ち、またそれがどんどん増している。そして、それと繋がることで先端が擦れる不快感がまた違う意味も持ってきていた。  ─じれったい。  その感情が持つ熱が、下半身にも伝播していく。時間が立つとともに股間の割れ目が湿り気を、濡れ気を帯びていくのがわかる。  それが最高潮に達したのが、定時のチャイムが鳴った時。大井が不自然でない程度に急いで席を立つと、提督室へ急いだ。  あの女、急ぎの業務がなければ秘書艦は先に帰しているはずだ。まだ残っていれば、一人。  果たして、提督室にはまだ「在室」の札がかかっていた。  形ばかりのノックをすると、提督室に押し入るように入った。提督の他に誰もいないことを確認し、後ろ手に鍵をかけて、提督のデスクの前に進んだ。それを提督は慌てるでもなくいつもの顔で眺めている。それがまた憎らしかった。 「これっ…どうにかしてよ…!」  提督を睨みつけながら、胸をはだけ、スカートをたくし上げ、先端が立った乳房と濡れたショーツを見せつけるようにする。 「来ると思ってたよ」  提督は大井の言葉に答えずに言うと、椅子から立ち上がってゆっくりと前まで来る。 「大丈夫、すぐ楽にしてあげるから」  そう言うと昼過ぎとは逆に、正面から胸に手をかける。やはり付け根の下端。大井の豊かな乳房だと、手を差し込む形になる。 「数えるよ、4…5…」  何を、とは言わなかった。ただ、数字が進むのと同時に指は先端の方向へ進み、込められる力も強くなっている。 「3…2…1」  大井の心と身体は来る快感に備え、目を瞑った。 「…0」  その数字を聞いただけで、大井の割れ目は軽く水分を吹いた。  だが、その刺激は来なかった。 大井が目を開けると、提督はやはりいつもの微笑み─ニヤけ顔で、その両側にパーの形に開いた両手を見せていた。 「ごめんごめん、あんまり必死な大井っちが可愛かったから意地悪しちゃった」  そう言うと、提督の口角がほんの気持ち、いつもより上がった気がした。 「さっきのは嘘。今日はたっぷり可愛がってあげる。胸だけで沢山イこうね」  そう言っている最中に、不意打ち気味に大井の先端を摘まむ。大井の身体がのけ反った。  そうして、今晩も大井は蕩けていった─。  余談だが、翌日提督は時間管理担当の妙高に、夜遅くまで提督室に電気がついていたのに時間外勤務の記載が無いのは何故か、と問われていた。いやぁ、あれは私用で残っていただけだから…と提督は釈明していたが、それを横で聞いていた大井は(普段は課業時間中に私を弄ぶくせに、何考えてるんだか…)と内心思っていた。  なお、提督は管理職なので時間外勤務をしても手当は出ない。 ★★★★★ 幕間  提督との関係が始まってから、ショーツと回転がいやに早い…。 それが大井の頭を悩ませる提督とのもうひとつの側面であった。  勿論原因は一重にあの女が着衣プレイをいやに好み─そして一度行為が始まれば服を脱ぐ余裕を与えないほどの手管であることだ。  対応策、なし。  その現実が否応なしに突き付けられる。  いや、本当にこれは切実な問題なのだ。あの女が本格的な行為に及び出して少しした頃、ショーツの手持ちが無くなりかけた。このままだとプレイの一環でもないのにノーパンで業務、悪くしたら戦闘になる。いや、プレイの一環ならいいとかそういう訳ではないが。とにかく、昔は絶対買わないと決めていた酒保の官給品の下着を買いに走る羽目になった。 「お気に入りのショーツの傷みも早いしぃ~…」  結果、大井の下着類の在庫は他の艦娘より有意に多くなった。それ自体はまだいい。よくないが。  最悪の事態は、同室であり最愛の人である北上さんに不審に思われ、引いては提督との関係を感づかれることなのだ。  なのだが…。 「大井っち最近おばちゃんみたいなズロース履くこと増えたよね~」  酒保の下着を指して、屈託なくけらけら笑う北上さんを見てると杞憂なんだろうなと思わされる。だが当然別種の負の感情も湧いてきて、それを向けるべき提督には現状かなわない。その現実がまた、大井をげんなりさせるのだった。 ★★★★★  妙な週だった。  提督との関係が始まって半年がたつ。この間繁忙期以外は、隔週で訪れる大井が秘書艦を勤める週はほぼ毎日、そうでなくとも週に一、二度は蕩けさせられた。それも、最近になるほどその快感の深さも、範囲も大きくなっているのだ。今週も秘書艦を勤める週、またあれが始まるのか…そう思っていた、それが。  ─何もない。  提督は殆んど指一本触れて来ない。他の艦娘に対するのと同様─そう、他の艦娘に対してはそうなのだ─紳士淑女然とした対応をしてくる。  触れたのは、階段を降りようとした時に手すり代わりに手を差し出された時のみ。  こういう仕草がキザに映らないのが得だよな。と思った。駆逐艦連中がキャーキャー言っているのも少しだけ分かる気がする。  「そういう行為」が一切ないまま平日が終わりかけて、大井は安心とともに様々な感情が湧いた。疑念、不安、当惑、そして何より一番不愉快なのは自分自身の身体が不満を感じていることだ。提督を求めているのである。  今まで行為の途中で止められ、それが身体を昂らせたことは何度もあった。だが今回はまるっきり何もないのだ。それなのに。下半身の高まりは日を追うごとに強くなっていく。  そして、大井は慣れない酒を飲んだ。那智や隼鷹に心配されるような飲み方をしても(酒量はそんなに多くはなかったが)、彼女の頭は晴れる所か深い淀みに沈んでいった。  飽きられたのか?じゃあ自分はこの疼きをどうすればいい?いや、それより心配すべきは北上さんなのでは?自分は北上さんの代わりに身体を差し出しているのだから─そもそも北上さんと自分がもっと深い仲になっていたら提督との関係も違っていたのでは?しかしそれは─。  そういう答えのない問いが頭の中で幾度となく浮かんでは消えながらぐるぐると螺旋を描いて彼女の思考を沈めていく。やがてそれらは言葉という形を失い、ただ思考力の麻痺と未だ昂る身体と、そして最悪の気分という結果が残しただけだった。  送っていくという皆の誘いを強く断り大井の足が向かったのは、寮とは反対側の、鎮守府敷地内の大型倉庫群だった。  ここには夜、まず人は来ない。思考ではない何かが彼女にそう判断させた。  倉庫の間の闇に入ってショーツの間をまさぐる。冷たいほど濡れていた。そのまま、何も考えず突起と割れ目を掻き回す。しかし、もとより拙い指使いの上、指先も下半身もアルコールで神経が鈍磨している。身体の求める快感は得られず却って昂りがますばかり。知らずに歯を食い縛り、涙が流れていた。  と、肩に手が置かれた。意外ではあったが、驚きはしなかった。こういう時来る女は決まっている。 「探したよ、大井っち」  女性にしては低めの声で言った。 「私の寝室、行こうか」  提督の官舎は、鎮守府敷地内の瓦拭きの木造平屋の一軒家。普段は鳳翔が世話をしているが今は酔っ払いどもの相手をしていて不在だ。  そこに提督は大井を半分担ぐ形で肩を抱いて連れて来た。靴も脱がしてやり、寝室の布団に寝かせ、今度は服を脱がせる。  大井は抵抗しなかった。ただ、(珍しい─)そう思った。こいつはいつも着衣で行為に及ぶ。  ただ、大井を全裸にした後提督自信が服を脱ぎ始めたのは流石に内心驚きだった。提督が右手袋以外を脱ぐのは─というより、この提督が秋口に就任したこともあり、顔面と右手以外の素肌を見るのは初めてだった。  そして、二人とも全裸になった。大井は、綺麗な身体だ、と思った。提督は大井ほど肉はついていないが、すらりとしなやかな身体だった。その身体は布団の上の大井に覆い被さり─文字通り肌を重ねた。  そのまま、提督は自身の全身で大井の全身を愛撫し、攻めた。温かさと、密着感。汗も、涙も、愛液も、その他の全ての体液が二人の間を埋めて滑らかに動かす潤滑油になった。その結果もたらされる快感は、アルコールで鈍磨した身体にも鮮烈で、今までの行為のどれより広く、深かった。 (私、もうこの女なしに生きていられない身体なんだ─)  自然とそう思う。  大井が何度目かの、そして一番高い絶頂に達した時、提督は深いキスをした。そして、大井もそれを受け入れた。 (北上さんの為に取っておいたキス─)  ただそういう思いが浮かび、そしてその他の全ての意識とともに沈んで行った。大井は、ある種の多幸感に包まれていた。 ★★★★★ 幕間 「あの一週間、なんで手を出さなかったの?」  大井は後になって提督に聞いたことがある。自分を落とす為、そんな答えを期待している。最早そういう思考回路になってしまっていた。 「いや、なんとなくそういう気分じゃなかっただけだけど」  提督は顔色一つ変えず、しれっと言った。 (こ、こいつ…)  やはり大井は提督ことがどこか好きになりきれない。 ★★★★★  大井と提督が直接肌を重ねてから少し経ったころ。  あれから時々提督は提督の官舎、或いは提督室からドアで繋がっているベッドの置いてある休憩室で事に及ぶことが多くなった。それでも着衣でのことが多かったが、剥かれることも度々ある。だが提督が再び脱ぐことは殆んどない─そんなある日のこと。  その日は全裸で、いつも通り快楽の波に呑まれて脱力し切っていた大井は、布団の上でうつぶせで息を切らしていた。  いつもと違う場所に、異物を感じた。「前」ではなく「後」の穴に。 「そこッ…は…ッ」  言い切れない内に、ローションにまみれた提督の中指が中に入っていく。 「おっ案外すんなり入るね~。意外と遊んでた?」 「何を…ッ」  指の感触が抜けた後、今度はまた違うモノが入った。固くて冷たい。 「ちゃんと準備してきたんだから~」  笑いながら言う提督の手にあるものは、浣腸だった。  大井が抵抗し切れぬまま内容物を全て注入されると、激しい便意。なけなしの力を振り絞ってトイレに立つ。提督もそれとなく手伝ってくれる。流石にそちらの趣味はないらしい。或いは布団が汚れるのが嫌なだけかもしれないが。  そして大井はへたり込むように便座に座り、一連の動作を終え、ここのトイレが洋式であることに心から感謝した。ありがとう、誰か知らないが鎮守府のトイレの設計者。  大井は暫くそこで脱力したあと、方々の体で布団に戻った。そこに提督がいるとわかっていても、全裸では他にどこにも行けない。ようやく布団にたどり着くと、また身体を休めるようにへばりこんだ。またしても、うつぶせで。 「こればっかりは裸じゃないと難しいもんね~」  そう言って提督はいつもの如く、微笑のまま、大井の豊かな尻肉を左右に掻き分けて、後ろの穴に口をつけた。 「なッ」  そこまでするか─。それが素直な気持ちだった。あそこを舐めるのも変わらないと言われればそうだが。  提督の長い舌は、入り口(本来出口だが)の周りを一頻りねぶると、中に入っていき、大井の弱い所を敏感に探り当てては責めた。 その度、脱力しきったはずの肢体の筋肉に電気的な痙攣が走り、口からは甘い声が漏れた。  そこで提督が顔を外すと、次は指。掌全体にたっぷりローションをまぶすと、長い指から挿し込んで行く。  前の穴とはまた違う、身体に響くような快感─。大井の前の割れ目はいつの間にか潤い、今や愛液を盛んに吐き出していた。 「初めてで二本指入るなんて大井っち凄いよ~。しかもちゃんと感じてるし。お尻の才能あるよ~」  提督がそうのたまう。  そんな才能要らない─心底そう思ったが、最早それを言葉にする余力は残っていなかった。その後前後両方の穴を責められた大井に寮に戻る力は残っていなかった。  こうして大井の、性感帯と書いて弱点と読む身体の部位がまた一つ増えた。  その少し後。 「大井っち、性感帯増える度に記念日にしない?今日だったらアナル記念日とか─」 「最ッ低ー!!」 ★★★★★  ある日、大井は空母加賀の居室(空母の居室は個室だ)に呼ばれた。  大井と加賀は、妙にウマが合い、恋愛話をよくする。大井は北上への、加賀は赤城への愛を叫び、上手くいかぬのを嘆き、或いは進展を喜び合う仲だ。最近はあまり話をしてなかったが─でも勝手知ってる仲だ。きっと良い話だろう。赤城さんと進展があったのかもしれない、高い紅茶を持って行こうか─そんな感じで加賀の居室を訪れた大井であったが、扉の前の加賀はそんな雰囲気ではなかった。どこか思いつめたような、覚悟しているような、そんな表情である。 (何かあったの─)  内心警戒しつつ、居室に入り、ベッドに腰かける。 「他の人に聞かれたくないからここに呼んだのだけど」  そう前置きをする加賀。 「な、なんの話…?」 「あなたの話よ、大井」  話を返される。 「あなたと、提督の話」  大井の顔の血の気が引き、背中には汗が浮いた。 「率直に言うわ。私見てしまったのよ。その…あなたと提督がしてる所」 「そ、それは、いつ、どこで…?」  呂律が回らず、上手く話せない。 「一昨日の三時頃かしら…本庁舎の三回の奥の倉庫の脇、奥まってる所あるでしょう…あそこ」  うん、確かにいた。その時間、あの場所に。 「ちちち、因みに何してた?」 「なんて言うのかしら…簡単に言えば、あなたのスカートの中に提督が顔を突っ込むような…」  うん、確かにそれした。正確にはされてた。 「何かの間違いとも思ったのだけど…」  加賀は戸惑うように言葉を探りながら言う。 「その反応を見る限り…」 「ええと、い、色々事情がありましてネ?」  片言になっている。  同時に、油断していたか─との気持ちもあった。今まで誰かに見つからなかったのがおかしかったのだ。いや、見て言ってないだけかも。心臓が速くなる。 「そうよね、事情なしにあなたがそんなことする訳ないわ」 「う、うん」  でも加賀さんなら─そう思った。自分と提督の関係を受け入れてくれるのではないかという淡い期待。 「無理に話さなくてもいいけれど─」 「大丈夫、話すわ」  一旦、肝を据える。そして、最大限提督に好意的に聞こえるよう、今までのあらましを話した。提督のことはやはり好きにはなれないが、最早情のようなものが湧いていた。  しかし、見る見る内に加賀の顔は曇り、次第に険しくなる。 「なるほど、ね」 「そ、そうなんですヨー」  私普段どんな口調で話してたっけ。再びわからなくなった。  それでもなんとか場を取り繕おうとした所で、加賀に押し倒された。 「え?」  訳がわからない。  加賀は大井に伝えていないことが二つあった。一つは、度重ねて恋愛話をするうちに大井に赤城に対するのと同じ感情を抱くようになったこと。もう一つは、提督との現場を目撃した時、提督が加賀に気付き、スカートの間から目配せをして来たこと。自分が大井に対して抱いている感情を知っていて挑発している─加賀はそう受け取っていた。 「ちょ、待って、本当に」 「忘れさせてあげるわ、あんな女のことなんか─」  そこまで言って、大井の目が潤んでいることに気づいた。加賀は慌てて身体をあげる。 「いいの、大丈夫、加賀さんが怒るのも当然よね、でも…」  一旦息を継いでから、続けた。 「北上さんの他に、体を重ねる人を増やしたくないの…」  それで精一杯だった。  加賀は黙って大井の上からどき、起き上がる大井の手を取った。 「ごめんなさい。あなたと提督のことは誰にも言わないわ」  ポツリと言う。 「ありがとう」  ポツリと返す。 「これからも加賀さんには友達でいて欲しい─」  大井はそれだけ続けると、気まずそうに部屋を出て行った。  加賀の頭の中は嵐の様に荒れ狂ってまとまらずにいた。大井と提督の関係。自分がここまで大井を想っていたこと。それを大井に拒否されたこと。そして何より─今の状況にひどく興奮していること。  加賀はその晩、初めて大井を想って自らを慰めた。 ★★★★★