0 はだかなんて恥ずかしい 衣を纏い、理性で包み、文化を学び、文明に染まらなければ、とても人ではいられない まっさらなんてなれないの 化粧で描き、石を括り、建前で覆い、虚飾を貼り付けなければ、とても外には出られない けれどもそれが私なの 誰かが見る私こそ、私の望む私なの 1 この世界は魔術がなくては立ち行かない。 かつては魔術無しで人々は生活していたらしいが、そんなことは俺の知ったことではない。 一度恩恵を受けてしまえば、便利さを味わってしまえば、それなしではいられない。 あるものを使わないなんて耐えられない。 けれど、魔術は全ての人間が平等に享受できるものでもなかった。 金が必要だった。 金さえあれば、魔術の才が無い俺みたいな人間でも外付けの魔道具で魔術を行使できる。そして俺には金がなく、金が無い人間が魔術を使いたければ手段は一つだ。 だから、そう、つまりなんというか。 俺は今、絶賛逃走中なのだった。 魔道具店の店先に陳列されてる魔導書を、バレないように掻っ攫って、何食わぬ顔で立ち去った。 コツはその場から離れたくても決して焦らず、歩むペースを変えないこと。すぐに駆け出しなんてしたら自分が泥棒だって自己紹介しているようなものだ。 だが、現場から離れてしまえばそれでおしまい。 それ以降姿形もわからない盗人一人捕まえるなんて不可能事で、今回も逃げおおせたと思って息を吐いた時だった。 「ねえ、貴方何してるの?」 後ろから声がした。 振り向くと、そこにいたのは幼い少女。 上等そうな白い布地を身に纏っていて、産まれてから一度も切ったことが無いのではないかというくらいに長い青色の髪には、ところどころ濃いピンクが混ざっていて、陽光を照らして輝いている。 俺よりも三つか四つは歳下だろうに、彼女は俺に怖気付くどころか、笑みさえ讃えてこちらをねめつける。 「何もしてねえよ、ガキが寄ってくんな」 一仕事終えたばかりなのに、こんな面倒そうな子供の相手をするなどごめんだった。 彼女が身につけている装飾品はどれも見たことが無いもので、そこらから拾ったなんて代物じゃない。 手の込んだ造形で、彼女がこんな街中の路地にふさわしくない金持ちなのは、火を見るより明らかだった。 「失礼ね、貴方もガキじゃないの」 幼い少女はぷくーっと頬を膨らませる。その素振りはどこかわざとらしくて、真っ当な幼子というには違和感がある。 こちらが訝しんでいると、少女は無視できない言葉を口にする。 「貴方今泥棒したでしょう」 背筋が泡立つ。 慌てて周囲を確認するが、わざわざハズレの方まで来ただけあって、人気は皆無。この場にいるのは意味不明な少女と俺の二人きりだった。 「…………お前、どこで見た」 「あら、本当にそうなのね。まあ十中八九そうだと思ってカマをかけたのだけど。ふーん」 白々しい。 おおかた俺が盗むのを発見したからそれをネタに強請ろうなんて腹か。 付き合ってられない。しょせん歳下の子供。本気で走ればついて来れるわけがない 「逃げない方がいいわよ」 意を決して走り出そうとすると、少女はいつ取り出したのか、手に持った紙をこちらに見せつける。 「"effigies"」 小さく呟きながらその紙を指で突くと、真っ白だった紙にじわじわと模様が浮かんでくる。 あっという間に描かれたそれは人の顔だった。 「俺の……顔……!?」 それもよりによって俺の似顔絵。ご丁寧にwanted!の文字まで書かれている。 「そ、貴方が逃げたらこれを町中にばら撒くわ。 「お前、魔術師なのか?」 こんな幼い少女が、片手間に行なった神秘に気圧される。 「んー……ちょっと定義が違うけど、そういう認識でいいわ」 「俺をどうしようってんだ」 突き出す気ならわざわざ会話なんてしなくても、それこそ人を連れてくれば一発だし、何よりも魔術師が俺を制圧できないはずがない。 何か意図がある。 「察しがいいわね。そう、少しだけ手伝って欲しいの。男手が必要でね」 俺の似顔絵が描かれた紙をいそいそと丸めながら少女は言う。 その顔には依然として、遊びを楽しむ子としての笑みがあって、俺はその誘いに乗ることしかできなかった。 2 「さて、話が決まったなら善は急がなきゃだけど、このままだと少し目立っちゃうわね」 少女がそう言いながら俺の胸に指を当てて、また何事か呟くと、全身に妙な違和感が走る。 「何だよこれ」 「隠形・認識遮断……もう少しわかりやすく言うとそうね、透明人間になれるってやつね」 「は?俺今透明になってんの?」 「周りからはそう見えるって話。見破ろうと思えば割と簡単なんだけど、まあ街中を歩く分にはこれで十分でしょう」 そうか、だから俺はこの少女が声をかけるまでまるで気づかなかったのか。 便利、という気持ちよりも妬ましい気持ちのほうが大きい。 この歳で片手間の様に神秘を振るえるなんて。 俺の心中をどこまで理解しているのか、少女は踵を返すと、街に向かって歩いていく。 一瞬逃げ出そうか迷ったが、似顔絵のことを思うと、結局その後についていくしかなかった。 「なあ、お前名前なんて言うんだよ」 自分よりも頭ふたつ分は小さい頭頂部に声をかける。 半分は暇つぶしで、半分は自分だけ一方的に情報を握られている事態に腹が立ったからだ。 「ん?ああ、今はヴェールで通してるわ」 「屋号ってことか?本名は?」 「あのねえ……魔術世界で本名を晒す奴がいたら、それはよっぽどの阿呆かお人よしよ。自分の首根っこ差し出している様なものだもの」 「ふーん」 よくわからないが、教えるつもりはないってことか。 「だから、貴方も名乗らなくていいわよ。そんな長い仕事じゃないから」 「はいはい」 言われなくても、そんなことをするつもりはなかった。名が弱点なのは何も魔術師に限った話じゃない。 街に着くと、なるほど、確かに俺は透明人間になっている様だった。 周囲の人間がまるで俺の方を見ない。俺はともかく、興味のある無しに関わらず、こんな目立つガキを一瞥もしないなんてそんなこと普通ならありえない。 幸い人が少ない時間帯だったから、こちらが前方を確認していれば誰かとぶつかるようなことは無かったが、それでも違和感は拭えなかった。 「前気をつけてねー」 ヴェールは普段から姿を隠しでもしているのか、慣れた様子でずんずん歩いていく。 そして、俺がスクロールを盗んだ店に近づくと、路地裏に向かって左折する。 「こっち、裏口から入るわよ」 少女は苦も無く狭い道に潜り込むが、俺は身体を横にしてギリギリ通れるかというところ。大人ならまず無理だろう。 ヴェールは少し進んでから、右手側の壁に手を触れる。 「"at my right hand michael"」 「!?」 するとヴェールはそのまま壁の中に潜るように消えてしまう。 傍目にはただの石壁でしかないものが、まるで存在しないかの様に。 「ほら、早くしないと閉じるわよ」 壁から腕だけが出て手招きしている姿は、そういう怪異にも見える。 おそるおそるヴェールが入っていったあたりの壁に手を伸ばすと、そこには全く抵抗がなく俺の身体は前に進んだ。 「ええい!」 意を決して、目を閉じて身体を突っ込ませるも、やはり身に衝撃は一切無い。 石壁を潜り抜ける、そういう表現が適切なのかはわからないが、とにかく俺は室内に入り込んだ。 「はい、いらっしゃいませ」 そこは眩しい空間だった。 外部から眺めた時よりも明らかに広く、そして高い部屋だった。 天井は日光もかくやというほど煌めいて、部屋全体に散りばめられた透明な石がその輝きを乱反射させている。 「どうなってんだこれ……」 めまいがする。こんな煌びやかな世界は見たたことがない。 なぜこれがあんな小汚い壁の中にあるのだ。 「感動していただいて結構なことね。魔術師の工房に入れるなんて、本来なら泣いて喜んでもなお足りないくらいなんだから」 ヴェールは得意げに鼻を鳴らす。 「じゃっ、早速だけど仕事してもらおうかしらね」 「……俺に何させようってんだ」 「そんな構えなくてへーきへーき。ちょっと精液が欲しいだけだから」 「…………は?」 もしかしたら、こいつも年相応の可愛げというものがあるのかもしれない。 そんな風に思った俺の思いはすぐさま打ち砕かれた。 「貴方どんな子が好み?活発な子?優しい子?大人っぽい子?」 ヴェールはゴソゴソと部屋の隅から何やら道具らしきモノを取り出している。 「お前今なんて言った?」 「え?だから、精液、スペルマよ。女所帯だからちょっとばかり手が遠くてねえ。ちっちゃい子もいるし店のイメージ的にもあんま表立って集めらんないし」 聞き間違いでは無かったらしい。 「な、なんでそんなものが必要なんだよ」 「魔術師……というか魔女の薬学には結構欠かせないものなのよ。生命の象徴、流転の触媒、発生の大元。そういうのに使うの」 「わけわかんねえ!」 「わかんなくていいわよ、こっちでやらせてもらうわ。手順が大切なの」 ヴェールがそう言うと、急に身体が重くなる。 「おまっ!何した!」 「喚かないの。ちょっとばかり操作権をジャックしただけ。ほら、あの台の上登って」 ヴェールが部屋の中央あたりにある円筒状の物体を指差すと、俺の身体はなんの命令も無しに歩き出して、自動的にその台のよじ登ってしまった。 「もっかい聞くけどどの子がいいかしら?好みくらいは反映させてあげる」 先ほど引っ張り出した杖を手に、中空に文字を描くヴェール。 すると、紫髪をした女の姿が浮かび上がる。 「まずエーデル。店先で受付してるから、貴方も見たことあるんじゃないかしら。人一倍オシャレで、うちの服は大体この子が作ってるのよ」 「ジェニー。心配しない様に言っておくけど、これはあくまでビジョンよ。本人たちは今もお店で……なんか……してると思うわ。多分」 「次はシュミッタ。年頃が近いし、明るい子だから、なかなか楽しい行為になるかもしれないわね。もしかして知り合いだったりするかしら?そうなると逆に気まずいかもしれないわね」 「そしてハイネ。一番男受けするタイプの子だと思うけどどうかしら。おっぱいが大きくて、スタイルが良くて、キリッとしてるけど押されると弱い。腕も一級品なのに、えらぶらず尽くしてくれる健気な子。ちなみに処女よ」 次々と増えていく像たちは皆タイプの違う美女で、間抜けにも口をパクパクさせてしまう。 「うーん……ハイネが一番反応がいいかしら?やっぱ男の子っておっぱい好きね。それじゃ、"formare"」 ヴェールが杖をさらに振ると、ハイネと呼ばれた女性以外の像が全て消える。 その代わり、一人残ったハイネは先までの半透明な様子とは違い、人間と遜色無いような姿を持った。 近寄られたハイネに頬を撫でられる。 「やっ、やめろ!」 「そんなこと言っても身体は正直ね〜」 その場にいるとしか思えないほどにリアルなビジョンは、確かに俺の触覚を刺激して、漂う女の匂いが鼻腔をくすぐる。 腰を屈めたハイネはちょうど豊満な胸が俺の頭の高さに来て、目を離せなくなる。 頬を撫でていたはずの手はいつのまにか身体を降り、股間にまで達していた。 細長い指が、反応した俺の怒張を優しく撫ぜると、電気が走った様に身体が震えてしまう。 身体の自由などないのに脊髄反射だけは据え置きなのだ。 俺が悶えてる間に、ハイネは地面に膝を立てて、俺のズボンを引き摺り下ろした。 「おー、歳のくらいにしては立派ね」 ヴェールはわざとらしく口に手を当ててヘラヘラとしている。 逸物はみっともなく反り上がっていて、鼓動に合わせて鶏のように上下している。 もがこうとしても手足は不思議な力で拘束されていて、その場で身をよじることしかできない。 「ハイネのおっぱい見て興奮しちゃったかしら?なんて、聞くまでもないわね。こんなに勃起しちゃってるんだもの。かわいそうだしそろそろ触ってあげようかしらね。えいっ、"exclamatio"!」 ヴェールの声に合わせてハイネがペニスを手で掴む。 ひんやりとした感触が股間を襲い、不意打ちじみた衝撃に頭が真っ白になる。 何よりも、顔が近い。 胸を寄せられた時も興奮してしまったが、これはある意味でそれ以上に刺激が強かった。 街を歩いていたらまず何人も振り返り、スラムになんて行けば数歩歩くだけでレイプされそうなとんでもない美人が、こちらの顔をじっと見つめてくるのだ。 蒼い瞳は吸い込まれそうなほどに深く、目を逸らさなければ悩殺されるとわかっているのに離せない。 『しーこしーこしーこ』 突如耳元で声が響く。透き通る、淫靡な声。 ビジョンと言われていたはずのハイネが喋ったのだ。 「私は光が本業だけれど、音の操作もできないってわけじゃないのよねー」 『気持ちいいですか?私のおてておまんこ。ほら、指で輪っか作ってシコシコ、シコシコ』 ハイネの言葉と動きは連動していて、先ほどよりも淫欲への没入が深くなる。 手足の拘束はそのままに、いつの間にか腰の拘束が緩まされていることすら、俺にとってはどうでもよくなっていた。 『おてておまんこにパンパン♡してみましょうね。上手ですよ♡そのままパンパン♡パンパン♡頑張るほど気持ちいいですよ♡』 促されるがままに腰が動き、情けなく舌を出して快楽を欲する道具と化しているというのに、もう抵抗する気力が湧かない。 しなだれかかってくるハイネの身体は柔らかく、いやがおうにもその服の中身を想像させられてしまう。 『私の服の下が気になります?男の子だもんね。いいよ、好きに見て』 ハイネはペニスをしごきながら、もう片方の手で器用に服を脱ぎ始まる。 胸を締め付けていたベルトが外れると、水風船のように媚肉が震える。ずりおろすように布を下げれば、瑞々しい果実があまりに簡単に晒された。 『どうですか?私の92cmのGカップ♡ここでは2番目に大きいんですよ♡ジェニーには負けますけどね』 桃色の突起から目が離せない。 なけなしの理性はとうに焼け、すでに腰を振って射精を求めるだけの猿には、告げられた情報を的確に処理する機能すら与えられない。 『それと、さっきヴェールから紹介がありましたけれど、私、処女♡なんです♡。"本当"の私は男の子のおちんぽなんて見たことないし、彼氏も、デートも経験もない未通女なんです♡でも、"この"私はあなたのためのシコシコオナホ♡あなたが望むなら、おててだけじゃなくって、お口も、おっぱいも、おまんこも、精液トイレにしちゃっていいんですよ♡』 空っぽの頭に甘い声が届く。射精感は極大に高まり、全身の感触が股間にだけ集中しているかのような錯覚に襲われる。 『イっていいですよ♡』 わずかに残った自制心はその言葉で砕かれた。 びゅっっっっっ!!!!!!びゅるるるるるる!!!!!!!!!! 到達。解放。終結。 絶頂は経験したことのない大きさと長さで、目で見ずとも自分が多量の精液を放出していることがわかる。 肉体の全部が流動体になるかのような脱力の中で、ただ悦楽だけが身を包んでいた。 「はい、おつかれ様。予想以上の集まりで何よりねー。これなら二つ……鮮度の良いうちなら三つくらいホムンクルスが作れるかしらね?」 ヴェールはどうやったのか中空の精液を綿飴のように絡め取り、手持ちの瓶の中に詰めていく。 ハイネは射精が終わると同時に役目を終えたとばかりに霧消して、この場にはただ荒く息をあげる俺と、満足げなヴェールしかいなかった。 「ハイネはよかったでしょう?オートマチックに喋らせてみたから本当のあの子はあんなに淫乱じゃないのだけれど、まあ本人に内緒ならいいわよね。あなたも興奮して……って、え?あなた……泣いてる?」 情けなかった。 年若い童女に弄ばれ、男としての欲情を操作され、虚空に向かって放精したのが情けなくてしかたなかった。 自尊心がズタボロにされ、張っていた去勢は剥がされ、ただ欲に忠実なだけの無力なガキが俺だった。 涙は不随意に頬を辿り、それがまた惨めでさらに嗚咽をあげる。 「あー…………そっかあ……そういやまだ子供かあ…………大人気なかったわね…………冷静に考えたらバリバリの性犯罪者ね私…………」 ヴェールが呟く言葉は耳に入らない。己が恥ずかしい気持ちで胸が埋まっている。 「うーん…………しょうがないわね。ほーらもうめそめそしない!男の子でしょ!」 顔に柔らかい布が押し当てられるとぐりぐりと擦り付けられる。 ヴェールが俺の顔を拭いているのだ。 「いい!ふゃめろ!さわんな!」 「叫ぶ元気はあるじゃないの。ちょっと人より早く経験しただけなんだから!こんなの犬に噛まれたようなものと思いなさい」 それが男に言う言葉なのかよ。 涙でくしゃくしゃになった俺の顔は、力強い掃除でさらにぐしゃぐしゃになったが、それでもヴェールに文句を言っている内に涙は止まってしまった。 「はいカッコ良くなった!」 ヴェールは年寄りのように俺を慰める。 慰められてることくらいわかる。俺はどうにもそれが気恥ずかしくて、そっぽを向く。 「終わったんなら帰してくれよ。もうこれで契約はおしまいだろ」 できる限り横柄に言い放つ。こんなところとっととおさらばだ。 「そうねえ……。じゃあはい、お土産あげるわ」 差し出されたのは、俺が盗んだスクロールだった。 「は?」 思わず間抜けな声をあげる俺を、ヴェールは愉快そうな、それでいてどこか申し訳なさそうに見下ろす。 座っている俺と立っている彼女にそう身長差は無いというのに。 「まあアレよ。おつり?みたいな?ちょーっとおイタの割に徴収しすぎたかなー?って。見たところ魔術の才能が無いでもないみたいだし、しっかり読み込めばそれなりに使えるはずよ。わかんないことがあったらお店に来なさいな。『宝石の賢者に呼ばれて来た』って言えば私に繋いでくれるから。それが嫌なら……うーん……魔導都市は遠いし……魔道具の割引くらいはしてあげるわ」 あれよあれよと捲し立てられて頭がパンクしそうになる。 「つまり、貰っていい……ってことか?」 「そう言ってるじゃない。要らないならいいわよ」 「いる!絶対いる!」 慌ててヴェールの手元からスクロールをひったくると、すぐに服を着て懐にしまう。心変わりする前にここを去らなければ。 「おお……そう……まっ、気が向いたらまた『仕事』回してあげるわ。そしたら追加の…………」 「二度とごめんだ!」 俺は捨て台詞を吐いてその場を後にしようとするが、出口が見つからずたたらを踏む。 一面壁だけで、どこにも外への道が存在しない。 「私が開けないと出られないわよ。入って来た時と同じ……"Basem"」 呟きと共に穴が一つ空く。 勢いよく出ようと思っていたのに気勢を削がれた俺は、もう一度振り向いてヴェールを見る。 「?」 小さく首を傾げる少女は確かに幼子に見えるのに、それでいて明らかに俺よりも。 被りを振る。そんなことどうでもいい。 「じゃあな」 「はい、さよなら」 とりあえず、別れの挨拶だけは交しておこう、 もしまた会った時、ネチネチ言われちゃたまらない。