──某所 『スプシ図書館』内 「あら、真菜ちゃん? あなた、まだ残ってたのね」  図書館の主人たる、空色の髪の女性──エンシェントモニタモンが、真菜にそう問いかける。 「すみません。一つ、聞きたいことがあって……あなたに聞くほどのことでもないとは思う、んですけど」 「あら、何かしら。海里くんの妹さんだし、少しくらいはサービスしてあげるわよ」 「その……これ、何だかわかりますか?」  真菜が懐から取り出したのは、鈍い輝きを放つ黄金色の金属片だった。少し前に立ち寄ったある場所で助けたデジモンからお礼にと渡されたものだ。  対して価値のない金属片なのだろう。どんな質問でもばっちこい、とばかりに待ち構えていたエンシェントモニタモンが、面食らったようにメットのモニター表示をぱちぱちと瞬かせた。 「……そんなことでいいの? 私、たいていのことには答えられるけど。私に質問する権利を、このかけらに使っていい? あなたがデジタルワールドに来ることになった理由、とか。聞かなくていいの?」 「? えっと……。はい。そういうのは、自分で探し当てないと意味がない気がする、というか」  真菜はといえば、そんなことは当然だと言わんばかりに首肯した。 「そう。ふふ、あなたも苦労しそうね、シードラモン?」  余計なお世話だ。 「さて、なら教えてあげましょうか。これは『デジブラス』ね。あなたたちの世界でいう、真鍮みたいな金属よ。これは……柔らかめで融点も低いし、武器とか防具、みたいな実用品にするには少し脆すぎるかしら」 「そうですか……」 「アクセサリーにでも加工するといいんじゃない? あなたのその髪飾りみたいな感じで、ね」 「……なるほど」  手の中でころころと金属片を転がす真菜。 「ありがとうございます。使い道は何となく思いつきました」 「そう。よかった。……でもこれだけじゃ中途半端ね……海里くんにどやされちゃう。だから、もう一つサービス」  ピロン、と真菜の腕にはめたバイタルブレスから聞きなれない音がする。 「これは……」 「金属加工の得意なデジモンのいる集落の座標よ。気になるなら、そこに行ってみるといいわ」 「わ、わざわざすみません」 「ところで、使い道ってどうするのかしら? 意中の人にプレゼントでも?」 「!? そ、それは……それは、教えません!」 「あらあら」 「とにかく、ありがとうございました!! 縁があったら、また!」  かくして、一足遅れて私たちも図書館をあとにした。  真菜の足取りは軽いとは言い難かったが、目的ができたのであればいいことだ。 「真菜、ところで、先ほどの話だが……」 「……。ひみつ」 「君、さっきからバイタルが乱れているじゃないか」 「秘密ったら、秘密! いいじゃん、シードラモンにはそのうちわかるんだから!」  *  でこぼこキャニオン某所 とある集落 「……エンシェントモニタモン、様が教えてくれたのは、ここだと思うんだけど……」 「なかなか、仰々しい場所だな」  いくつかの家らしい岩場があるのは、この辺りの集落の特徴なのだが……どうも、この場所は様子が少しおかしい。  集落の中央には巨大な……あれは、ウルカヌスモンだろうか? の石像が鎮座し、そしてその周辺では大きな鼻を持つ小柄で褐色のデジモン……グロットモンたちが、それぞれ思い思いの素材を加工していた。 「よお、おまえさん、人間かい? 珍しいね、こんなとこに」  金属を磨いていたグロットモンの一人が、こちらに気付いたようで気さくに声をかけてくる。 「えっと……はい。私たち、これの加工が得意なデジモンがいると聞いて」 「おーっ! こりゃデジブラスじゃねえか! 貴重なもんってわけじゃないが、この辺りじゃあんま取れねえデジジンクを使うからよ、なかなか見ねえんだよな。おまえさん、これちっとばかしわけちゃくれねえか? そうしてくれたらよ、これでなんでも好きなもん作ってやるよ 「ええ……? じゃあ、少しなら……」 「よしきた。おいらカヌチのグロットモンってんだ。あんたらは?」 「私はシードラモンだ。そしてこっちが」 「真菜、魚澄真菜です」 「シードラモンにマナだな! よしわかった、おいらの工房はこっちだ、ついてきな」  機嫌良さげに大股で歩くグロットモンの後ろをついて、岩石製(文字通り、岩石をくり抜いて作られているのだ)の建物に入る。工房というよりかは作業台を置いた家といった風合いの室内には、我々以外にもすでに一人デジモンがいた。 「おかえり、グロットモン……ん!? お客さん?」 「おうただいまシューモン、こいつらに4、5日くらい腕と作業台貸してやろうと思ってな。気にすんな、おまえはおまえのやりたいことやってりゃいいから」  グロットモンはそう言って豪快に笑うと、テキパキと道具を整え真菜を招いて椅子に座らせる。私はその隣で机を覗き込んだ。 「よし、おまえさん持ってるデジブラス全部見せてみな。おっ結構持ってんな……端材かね、こりゃ。状態は悪くないむしろいいぐらいだけどよ」 「たくさんもらったので……それで、加工ってどうやるんですか?」  そう問われたグロットモンはそうだな、とプレート状のデジブラスを一つ摘み上げ、手に持っていた小刀でカンカンと表面に傷をつけ始めた。かと思えば、いつのまにか持ち物を小槌に切り替えて器用に叩き曲げていく。 「こういう感じだな。基本は彫る、叩いて曲げる。型に入れて叩きゃ型の形になるし、うまいこと彫れば自由に模様を入れられる。んで」  小刀と小槌が小気味良い音を立ててデジブラスに穴を穿ち変形させていくのがわかる。  それは瞬く間に六角形の穴と鉤爪を備えた、湾曲した板となった。 「こうすりゃ、ここに宝石とかはめたりできる。こんなふうにな」  緑に輝く宝石を最後に孔に嵌めると、グロットモンはそれを身につけて見せてくれた。どうやら腕輪らしいそれは、グロットモンの彫った模様と宝石が調和して、なるほどこれは美しく見える。 「へえー……」 「ほほう……」  感嘆の声を上げる我々をみて、グロットモンはくつくつと喉を鳴らして笑って、 「さて、何を作りたいんだ?」  と、真菜にそう問うた。 「……私は」  *  かん、かん、かつん、かつん。  叩けば板はゆっくりと歪曲し、彫れば板には模様が刻まれる。打てば響く、という言葉はこういう意味ではないとは思うが、素直なものを指す、という意味では同じ、だろう。  とにかく、この打てば響く金属が、真菜にとっては非常に好ましかった。 「……ねっ、ねえ。何、作ってるの?」 「あ……えっと。友達にあげるアクセサリー、かな」 「アクセサリー」  ふと、作業をひと段落して休憩中の真菜に、同じように工房で作業をしていたシューモンが声をかけてきた。 「あなたはここで何を?」 「わたし……わたしはね。グロットモンの、鍛治。好きで。だから、グロットモンの作ったもの、飾ったり、ケアしたりするもの。作ってる。剣ならグリップ……柄に革を巻いたり、鎧なら、留めるための、ベルトを作ったり」 「へえ……」  言われてみれば、金属加工は布や革と切り離せない要素も多い。お互いに必要なところを補っているなら、素敵な関係だ。真菜はそう思った。 「いいね、そういうの」 「うん」  沈黙。 「あぅ。えっと、その。わたし、も……あなたの、友達のために、何か作るって、いいと思う」 「…‥ふふっ。ありがとう」  ほんの短いやり取りではあるが、真菜は何だか嬉しくなっていた。  だれかを思いやるのは、素敵なことだ。  *  数日後。 「ううん……」  ひとまずできあがったのはいいものの、何だか物足りない。イヤーカフス、ピンズ、バングル、それから髪飾り。どれも、初めてにしては上手くできたと思う(グロットモンに頼んで、手伝ってもらったところも多いけど……)。  でも、何だかちょっと決定打、インパクト、アクセント。みたいなものが足りない。どうしたらいいだろうかとうんうん悩んでいると、か細い声が後ろから聞こえた。 「あ、あの。マナちゃん、ちょっと聞いて欲しくて」 「あ、うん。どうしたの、シューモン?」  シューモンは器用に飛び跳ねてひょいと作業机を覗き込むと、私の作ったアクセサリーをじっと眺めた。 「これ。グロットモンなら、多分……たぶんだけど、仕上げに、何か石を……はめると思う。……マナちゃんさえよかったら、仕上げ、手伝わせて欲しい」 「いいの?」 「うん。たしかこのあたりに、割れちゃったデジガーネットが……」  シューモンがごそごそと作業机の上を漁ると、赤い宝石がいくつか転がってきた。それは綺麗にカッティングされているものの、欠けたり、割れていたり、極端に小さかったりとさまざまだ。 「わたしが、練習で、磨いたやつ。これでよかったら、つけてあげる」 「……お願い!」 「えへ、まかせて。場所はどうしよっか?」 「じゃあ、一つ目は……」  * 「いろいろ、お世話になりました」 「いーってことよ、いろいろ新しいことも思いついたしな」 「えへへ……マナちゃんのごはん、おいしかった」  さらに二日後、完成したアクセサリーをラッピングまで終えた真菜はこの集落を発つことにした。打ち解けてきていたばかりに少しばかり名残惜しいが、あまり時間がないのも確かだ。 「マナちゃん、プレゼント喜んでもらえるといいね」 「おいらも上手くいくように祈っとくぜ。じゃあな嬢ちゃんたち、またなんかあったら来てくれよ!」 「はい、また!」 「縁があれば、また」  もう一度深く礼をして、集落に背を向ける。  DWに聖夜が訪れるのは、もうすぐだ。