戦場騎士入院する 621 ナイト…ナイト…!  朧げな記憶の中で何かが誰かの名前を呼んでいる。名前を聞くたびにあまり見えない左眼がズキズキと痛む。なんだお前は、誰を呼んでいるんだ。時間が経つにつれ痛みが広がっていき遂には頭まで痛み出す。   ナイト!ダメだ! 「ゔ…あ"…」 逃げろ!!! 「あ"ぁ"あ!!……はっ!」   ベッドから跳ね起きた騎士(ないと)は汗を拭い大きく息を吸うとそのまま後ろに倒れ込んだ。繰り返し見る夢は不明瞭で断片でしかないが騎士の精神を削るには十分すぎる内容だ。荒くなる息をなんとか鎮めているとぴょこりと黄色い体をしたデジモンが騎士の顔を心配そうに覗き込んだ。 「ナイトだいじょうぶ?」 「はっ…はぁ…サクモン大丈夫だ。ごめんな起こしちゃったよな」 「ナイトずっとうなされてた…」 「ん…まぁいつもの事だから気にすんな」  ぴょこぴょこと跳ねるサクモンを撫でつつ騎士は窓の外を見る。まだ朝日が昇るには時間がかかりそうな暗さだ、真っ白なシーツに身を預け二度寝するのも良いが何だか目が覚めてしまった。  現在騎士はケンタル医院に入院していた。はじまりの街で病院に行った結果左眼や体の傷を見て即入院のお達しを貰いあれよあれよという間に病室に担ぎ込まれてしまったのだ。もう傷は塞がってると思うが正しい処置を受けた訳ではなかったから正直助かった。 「うーん…二度寝って気分じゃないしどうするかな」 「さんぽ!あるこーナイト」 「散歩か…勝手に病室抜けると怒られそうだがまぁトイレとか言えばいいか」  騎士ははしゃぐサクモンを抱え机に置いていたディーアークを手に取りこっそりと病室から抜け出した。  真夜中の病院、静かな廊下に仄かな蛍光灯が何だか不気味さに拍車をかける。 「さて、何処に行こうか…」  ぺたぺたと騎士の足音だけが響く。サクモンは騎士の腕の中でふんふんと楽しげに揺れている。行く当てもなく病院内を歩く、包帯で片目を塞がれているからか少し歩きにくい気もするが騎士の足取りは軽い。日中は色々なデジモンや人の気配がして気の休まらない時間が続いていたが今は何の気配もなく少しだけ安心する。 「ナイトー」 「どうしたサクモン」 「お空みたいー」 「えっ空…空かぁ…屋上開いてるかな」  階段を上がり屋上のドアに手をかける。ドアノブを回すとガチャリと鈍い音がして扉が開いた。風が吹き込みふわりと騎士の病院着を揺らした。 「開いてる…」 「やった!ナイトはやく!」 「はいはい」  素早く身を滑らせ騎士は屋上に足を踏み入れた。ぐるりと設置されたフェンスと長椅子が置いてあるだけのシンプルな屋上だ。サクモンは騎士の腕から飛び出しぴょんぴょんと飛び跳ねている。 「はしゃぎすぎて落ちるなよ」 「はぁい!」 「はぁ……」  騎士は長椅子に座り空を見上げる。記憶を失い顔と体に大きな怪我を負ってからデジタルワールドを彷徨っていた事もあり騎士は疲れていた。何もわからずただデジモンへの恐怖だけが身を包んでいた日々をデジタマを抱えて何とかやり過ごしていたが体を蝕む痛みと記憶がない不安は思っていたよりも騎士を弱らせていたのだ。 「これから俺どうしたらいいんだろう…」  なぜデジタルワールドにいるのか、なぜ記憶を失ってしまったのか、なぜデジモンに対して恐怖してしまうのか。今の騎士にはわからない事しかない。 「ナイトあれなに?」 「ん?えっとたしかクリスマス?の準備だって言ってたっけ」 「クリスマス?」 「なんかこの時期にやるイベントでみんなで集まって髭の生えた爺さんからプレゼントを貰うらしい」 「なにそれ」 「さあ?」  病院で聞いた情報では"クリスマス"とやらはそういったイベントらしい。サクモンは遠くの街のイルミネーションがキラキラと輝くの見つめていたがはらはらと落ちてくる雪に驚いたのか騎士の元に戻り頭に乗ってきたので少し体を起こしてバランスを取る。 「サクモンもナイトもプレゼントもらえる?」 「……わからない。プレゼントはいい子しかもらえないから」 「サクモンもナイトもいい子だよ?」 「それはどうかな」 「んー?」  産まれたばかりのサクモンは確かにいい子かもしれないが、騎士は自分がいい子だとは思えなかった。"いい子"ならきっと今こんな事にはなってないだろう。包帯の下でズキリと痛む左目を押さえる。忘れるなと誰かが言ってるみたいだ。 「まぁでも俺はプレゼントはもう貰ってるからいらないよ」 「えー!ナイトずるいぞ!いつのまに!」 「教えない」 「ずるいー!ずるい!サクモンもほーしーいー!」  ぷうぷうと怒るプレゼント(サクモン)をなでて騎士は病室に戻るため立ち上がった。雪も降り出したしこれ以上は流石にサクモンも騎士も風邪を引いてしまう。サクモンへのプレゼントは退院した後にでも買ってやれば満足するだろう。 「病室を抜け出して深夜徘徊とは見過ごせないな」 「ミ"!!!」 「あ、ナイトきぜつした」 屋上の扉を開けた先にいたケンタルモンにびっくりした騎士の意識はそこで途切れてしまった。