絶対に洗脳されている。  そうでなければ説明がつかない。  悶々としながら撃ったマジックミサイルは、大きく的を外し、遥か彼方の資材を破壊した。 「もうっ!」  舌打ちして、再度呪文を唱える。初歩的な魔術なのに、なんでこんなにうまく行かないの。苛立ちで集中できていないのが、自分でもはっきりと分かる。射出された魔力は拡散し、的に到達する前に破裂した。  ああ、魔術学校では一度もこんなことにならなかったのに。私はもう一度呪文を…… 「待ちなさい」  静かで穏やかな声。胃の奥がきゅっとなる。見られていたのか。今の無様な様子を。 「むやみに撃ってはいけない。失敗の理由を考えなければ」  センノウン様がゆっくりと歩み寄ってきて、私の隣に立つ。それだけで肌がじりじりしてきて、私はさり気なく距離を取った。こんなに彼を意識してしまうのは、洗脳のせいだ。そうに決まっている。彼の手が的に向けられる。 「的との距離を意識して、魔力の量を調節する。少なすぎてもよくないが、無駄に多くしてもいけない。多すぎる魔力は拡散を招く。見ていなさい」  掌が光を放つ。マジックミサイルは、誤りなく的を撃ち抜いた。 「やってみてくれ」  促されて再び放ったマジックミサイルは、あさっての方向に飛んだ。理論はわかっているのだ。実践できないだけで。 「そうだな……私の手に触れてくれないか」  センノウン様は、再び的に向けて、腕を構える。私はその腕に触れるのをためらい、無言で再度促されて、渋々手を当てた。金属に似た、冷たい質感の肌。その腕の中、水が流れるように、魔力が動くのをはっきりと感じる。 「魔力の動きがわかるだろう。体の外に出てからも、このままの動きをすると考えるんだ。的との距離、魔力の損失を考えて、放出量をイメージし……真っ直ぐに撃ち出す」  腕にぐっと力が入る。魔力が一瞬凝集し、次の瞬間射出された。魔力は一切の無駄なく、マジックミサイルに変換され、歪みなく直進して的を撃ち抜く。 「すごい……」 「すごくはない、簡単だ。君にもできる。ほら、もう一度」  的に向けて、真っ直ぐ手を突き出す。魔力の流れをイメージする。 「手ではなく的を見る。もう少し上を狙って。そう、その位置だ」  私の放ったマジックミサイルは、真っ直ぐに飛び、的を撃ち抜いた。センノウン様と同じように。 「ほらできた。私のようにはできないとは、最初から思わなかっただろう?」  そういえば。振り向いて、私は彼の顔をまともに見つめてしまった。頬が熱くなる。 「君には才能がある。知識も能力もね。足りないのは経験だけだ」  センノウン様は満足げに頷き、私を褒めた。頬の熱が、頬から顔全体、首へと回りはじめた。私はセンノウン様、いやセンノウンを睨みつける。 「ありがとうございましたッ!」  声に棘が混じるのを自覚する。絶対に洗脳なんかされない。されてなるものか。 「それ以来、部下に嫌われているんだ……」  センノウンは長く溜息をついた。 「そうですか、それは大変ですね……」  センノウンの悩み相談は、今回も長かった。そして、その話を真剣に聞いているのは、今回もチャリオットホイールのみだった。 「イーヤンてめえ共食いしてんじゃねえよ!さっきからムシャムシャムシャムシャ、一人で食いやがってよお」 「はーーー?共食いとか差別的発言ですよね?通報窓口に訴えますが?僕はデモスピが槍食べてても、全然気にしないけどね?」 「意味のわかんねえこと言ってんじゃねえ!寄越せってんだバカヤロー」 「やめろいい大人が。もう一皿頼め」  すっかり酔いが回っているデモンスピアーとイーヤン・ハーレンティは、唐揚げを奪い合って喧嘩を始め、イェリモック・エロシュタインがそれを仲裁する。チャリオットホイールが小言を言った。 「おまえたち、少しは真面目に聞いたらどうだ」 「あーね」  デモンスピアーは机に肘をつき、略奪した唐揚げを行儀悪く齧った。 「部下とかケツに」 「もう話すな。私が間違っていた」 「それは部下との相性だろう。申し訳ないが、私にはなんとも……」 「合わないことってありますし、しょうがないですよ。僕もチコ君とはダメですし」  センノウンは再び溜息をついた。関係改善の糸口はなし。だが愚痴を吐き出したことで、多少なりとも気持ちが晴れたのか、センノウンは来た時より少し軽い足取りで席を立つ。 「おっ、もう帰られるんで?」 「明日も仕事があるんでね、早めに失礼させていただく。今日は付き合わせてしまって申し訳なかった」  センノウンの背を見送りながら、チャリオットホイールが同僚たちに苦言を呈する。 「おまえたち、なんでそう不真面目なんだ」 「つってもよお」  デモンスピアーは、槍術じみた鋭い箸さばきで、イーヤンの箸をブロックしながら答える。 「チンポで口塞げ以外に言うことあるか?あんなもん」  一転、なんとも言えない顔になるチャリオットホイール。 「いやまあ……うーん……」 「だろォがよ。カマトトぶりやがって」  イーヤンが疾風の如く箸を突き出し、唐揚げを一つ奪い取った。 「でもあの人が一々口塞いでたら、チンポ何本あっても足りないじゃん」 「あのおっさんモテやがんのな。何なんだ一体」 「デモスピもモテてんじゃん、ギン君に」 「ぶっとばすぞ」  下ネタの応酬の間、イェリモックは一心不乱に鍋をつついていた。彼の負傷の詳細については、軍内に周知されていない。 「やはり、かの方の人徳でしょうな」  サー・ヴォーリの発言に、場は突然シンとした。全員が手を止めて彼を見つめる。 「このヴォーリも、部下との信頼関係にかけては、多少自信がありますぞ」  ぎこちない間があった。彼の度重なるバックレについては、場の誰も証拠を掴んでいない。しかし場の全員が、絶対こいつは何かやらかしているという、揺るぎない確信を持っている。誰こいつ呼んだの? 「……いやでも、モテなくてもいいよ僕は。パンチラさえあれば」 「あー出やがった、またそれか?いい大人がパンツパンツって、異常性癖だろ」 「チラリズムの美がわかんないかなあ。僕に言わせりゃ、ハダカで喜ぶなんて素人だね」 「素人で構わねえよ。何だよパンチラの玄人って」  イーヤンとデモンスピアーの下らない会話を聞き、イェリモックは、何やら感極まった様子で頷く。 「その感覚はよくわかる。美しい肢体は眺めるだけでいい。実際に触れられずとも構わない」 「ほらあ」  同意を得て得意げなイーヤン。チャリオットホイールが、不審そうな顔をする。 「……パンツ……?ただの布じゃないか?」 「そっか……チャリオット、裸だもんね……スカート穿いてみない?」 「やめろ妙なもん想像させんな……本当に妙なもんじゃねえか?お前これでいいのか?」 「いいかっていうと、全然良くはないね。見たくもない。……でもパンチラの可能性は、どんな形でも多い方がいいし……僕が気づいていないだけで、実際に見てみたらすごくいいものの可能性もなくはないし……」 「美しき方を目にする喜びは、何物にも勝る……」  何やら苦しみ始めるイーヤン。デモンスピアーはその様子を白い目で眺め、チャリオットホイールはなおもキョトンとしている。イェリモックは遠い目をして、何か考えているようだった。 「然り、然り。未だ見ぬ数多くの美に出会うことこそ、人生の喜びですな」  サー・ヴォーリの発言に、再び場はシンとした。なんで参加してるんだこいつ? 「センノウン様、おはようございます」 「ああ、おはよう……」  センノウン様は挨拶の後に、また溜息をつかれた。今日もお疲れのご様子。疲れた姿も素敵ですけれど、センノウン様、お可哀そうに。センノウン様の価値がわかっていない、愚かな魔術師なんかに振り回されて……  くそっ、またあの女か。センノウン様に不潔な眼差しを向けるんじゃない。戦場に出もしないお前に、センノウン様が釣り合うはずがないじゃないか……  魔族共め、騒がしい貴様らにセンノウン様の何がわかるというのだ。かの方を理解しているのは、日々センノウン様を見つめる私だけだ。役にも立たぬ観葉植物の鉢に、一杯の水を注いでくださる優しき手こそ、センノウン様の本質……  センノウン自身は知らぬことだが、彼はこうして、日々あらゆる方向からの、よくない眼差しを一身に受けているのだった。不幸な男なのである。