「ゲンキさん、急に来てほしいってどうしたの?」 「ああ、拝くんにお客さんが来ていてね。永須さん、拝くん呼んできましたよ」 埋蔵金発掘現場での鯨、もとい事情をしっていそうなホエーモンのテイマーとの邂逅からしばらくして、俺とライラモン、それに一華ちゃんとゴースモンは富士見温泉郷のお世話になっていた。今までは相手を捜す身だったけど今度は相手を待つ身なんだから、わかりやすいところにずっといた方が相手も捕まえやすいと思うよ、という一華ちゃんのアドバイスによるものだった。一華ちゃんはやっぱり賢いなぁ。 富士見温泉郷を選んだのは知り合いのお兄さんが経営していて安心ができることや、依頼が大体いつもあったりしてお手伝いすることが多いこともあるけど、それ以上に宿泊費が無料なことが大きかった。お金って……稼ぐの大変なんだね……帰ったら父ちゃんにいっぱい感謝を伝えよう……。ゲンキさんにも頭が上がらないな……風呂の清掃や、幼年期や成長期の風呂のお手伝いなんかはよくお手伝いしてるけど、それだけじゃ返しきれないだろうし……気にしなくていいよとはいってはくれてるけど、やっぱり、気にはしちゃうな……。 ともあれ、俺の現状としてはそんな感じだ。ライラモンはここで中居さんとして働いていて、一華ちゃんとゴースモンは忍者家業の方で忙しくしているみたい。なにやら図書館がどうのこうのって言ってたけど、それについてはよくわからないや。遅くとも夜には帰ってくるからそんなにつきっきりってわけではないんだろうけど、一華ちゃんの方が自分よりも万倍強いとはいえやっぱり少しは心配になってしまう。 そんなある日のこと、ゲンキさんが仕事中に俺を呼びだした。普段は仕事時間中に呼びだしてくることは滅多にないから、なんだか不思議な予感がする。 ゲンキさんが連れてきたのは、髪の長い若い女の人だった。見覚えはないと思う。……本当に誰なんだろう? 「初めまして、私は永須芽亜里。あなたが穂村拝くん?」 「はい、俺が穂村拝です。えっと……用があるって話でしたけど、一体どういう……?」 「根緒……って言ってもわからないわよね。ホエーモンを連れた屋台の人、で伝わるかしら」 「あの人から何かあったんですか!?」 ホエーモンを連れた屋台の人──根緒さんは、俺がリアルワールドに帰るために必要な鍵を持っている人だ。正確には、根緒さんよりホエーモンの方が詳しいみたいだけどそれはいったんおいておこう。なんにせよ、彼らからの連絡が来るということは、もしかするともしかするかもしれない。 「ふふ、落ち着いて。彼らからの伝言を伝えるわね。『準備は整った。近くの海岸で待っている。そちらの準備が出来たらこい』だって。」 「そっか……わかった!『連絡ありがとうございます。15時に行きます』って根緒さんとホエーモンに伝えてください!」 「わかったわ。彼らに伝えておくわね」 それじゃあ、といって芽亜里さんは去っていった。本当に俺に伝言をするためだけに来たようだ。芽亜里さんをお見送りした後、ゲンキさんがこちらに話しかけてくる。 「穂村くん、すぐに行ってもよかったんだよ?いくらお仕事中だっていっても、念願のリアルワールドの帰還が目の前にあるんだから、そっちを優先したって誰も怒らないさ。もちろん、僕もね」 「たしかにそうかもしれないけれど、自分がやるって決めたお仕事なので、最後までやりきりたいって思うんです。それに、根緒さんとホエーモンだって『準備が出来たら』って言ってますしね。だから、これも気持ちよく家に帰るための準備なんです」 「……君は本当にいいこだねぇ」 「わわっ、ゲンキさん!急に頭を撫でないで!」 わしわしと頭を撫でられ、その手の大きさに少し父ちゃんを思いだす。……もうすぐだ。もうすぐ帰るからね、父ちゃん。 ──────── 「そろそろ……あ、見えてきた。いやぁ、やっぱりでっかいなぁ」 「……♪」 14時55分、無事アルバイトを終え、荷物を整えた俺たちは温泉郷の近くの海岸まで向かっていた。ここに向かうに当たってゲンキさんには一華ちゃんへの伝言を残してある。今日もいつも通り、一華ちゃんは日中不在にしているから、俺の状況を伝えられなかったのだ。海岸で何をするのかわかってない以上、もしかしたらこのままリアルワールドに帰ることになるかもしれない。そうなってもいいように、『鯨の唐揚げ屋のおじさんから連絡が来たから近所の浜辺にいってきます。もしかしたらそのままリアルワールドに帰ることになるかもしれない』と伝えてもらうことにしたのだ。 本当なら直接伝えた方がいいのはわかってるし、そうでなくともメールとか使えればそれで連絡できるのだけど、残念ながら自分のスマホはいくら充電しても電源がつくことはなかった。鯨を探す旅の中で水を被ったり砂を被ったりしたのでそれが原因かもしれない。とにかく、伝言という原始的な方法以外悲しいことに俺にはとれる手段がなかったのだ。 木々の生い茂る山を抜け前が開けると、目の前に例のホエーモンが見えてきた。体が大きいからわかりやすい。ただ、見たところ根緒さんの姿は見当たらなかった。どこかにいってるんだろうか? 「来たよ、ホエーモン!根緒さんは一緒じゃないの?」 『君か……時はきた…』 「えっと、帰れるってこと?」 「……!」 突如、海から水柱が立ち上がり、ライラモンが俺の前に庇うように立つ。直後、空から何かが降ってきた。 「ライラモン!」 「……!」 衝突の衝撃で砂が巻き上がる。煙っぽさに目をかばいつつ、根性で目を開けると、錨を振り下ろした人魚と、手をばってんにして俺を守ってくれたライラモンがいた。……これは、俺が狙われているのか!? 「ライラモン!一旦引こう!なんでかわからないけどあの人魚、俺のことを狙ってるみたいだ!」 「……」 ライラモンが頷くと、錨とのつばぜり合いを弾きながら後ろに飛びのき、そのまま俺を小脇に抱える。一華ちゃんと合流してからはやらなくなったけど、それまではデジモンとの戦闘はこうやって逃げていたから、久しぶりでもすんなりと動くことができた。一華ちゃんと合流した後にやらなくなった理由?一華ちゃんが強くて逃げる必要がなくなったのも大きいけど、一番の理由は滅茶苦茶かっこ悪いからだよ!小脇に抱えられてかっこよく決められる人がいたら見てみたいよ! 余談はともかく、さっき降りてきた道に向かって全力でダッシュする。浮遊じゃなくてダッシュ。すなわちライラモンは地に足をつけて走っている。こっちのほうが、サンフラウモンの時のように地を蹴りつけて進めるので速度が出るとライラモンが言っていた。 『流石に、逃がしはしない……』 「うわぁっ!」 静観していたホエーモンが戻る道の入り口を潰すように水を放出する。あれだけの質量の水、当たったらひとたまりもないだろう。戻るのは諦めるべきか。 「ノーザンクロスボンバー!」 「悩んでる暇はないよね……ライラモン!あいつを倒そう!」 「……!!!」 緑の髪をした人魚が振りまわす錨を軽快に避けていくライラモン。アルカディモン攻略戦で格上相手に逃げ回ったのが経験として生きてるのかもしれない。それはそれとしてもうやりたくはないねあれは! 「ライラモン、今なら大丈夫かも。反撃開始だ、全力でやってきて!」 「……b」 人魚の連続攻撃が一回終わったタイミングで小脇から降ろしてもらい、ライラモンの片腕を自由にさせる。人型のデジモンは強力な場合が多いというのはデジタルワールドを旅する中で学んだことだ。各デジモンのレベルの概念はいまいち頭に入ってないから本当に正解かはわからないけれど、舐めてかかるよりはよっぽどいいはずだ。 ライラモンは一瞬だけサムズアップすると、人魚に向き直るタイミングでライラシャワーをぷっぱなした。全力でいいよとはいったものの想像以上に全力だ。慌てて手を互い違いに組み合わせライラモンにお祈りする。どういうわけか、この体勢をとるとライラモンの調子が上がるようだった。一華ちゃん曰く、「とある研究結果によると、デジモンは人の思いに触れてより強力な力を発揮するんだって。だから、拝くんの思いにライラモンが頑張ろうって気になった結果なんじゃないかな?」とのこと。どんな理屈であれ、戦闘ではライラモンの無事を祈るしかなかった俺にできることがあるのはとてもありがたかった。 相対する人魚も流石は人型デジモンというべきか、不意打ち気味に放たれたライラシャワーを上手く躱すと、まるで空中を泳ぐようにしてライラモンに近づいてくる。デジモンのひれって空中泳げるんだ……。ライラモンが弾幕のように放つガイアエレメントも上手く錨を使って跳ねのけながら、着実に前進してくる人魚。そしてその隙間はついに錨一つ分まで肉薄する! 「チャームブランダー!」 「ライラモン……!」 「……!」 今まで殴打しか見せてなかった人魚の錨がここにきてまっすぐに突き出される。とはいっても、それに気づいたのは完全に突き出された後だった。俺の目には錨の動きは全く見えてなかったのである。ライラモンには見えていたらしく、間一髪のところで両腕を錨に叩きつけなんとか直撃は回避できたようだ。それでも完全な回避はできておらず、頬の部分に一筋の切り傷が生まれていた。 お互いに技を出し合ったが故の一瞬の膠着。先に動いたのは意外にもライラモンだった。手を振りぬいた体勢から力強い踏み込みとともに繰り出される強烈な右肩が人魚の上体を崩す。……ライラモンそんなことするようなタイプだっけ!?さ、さらにそこから人魚の脇腹めがけて錨に叩きつけた両腕を下から振り上げるライラモン。バランスを崩したところに追撃を加えられて、流石に人魚も直撃は回避できなかったようだ。 勢いよく舞い上げる人魚。そしてそこにライラモンは改めて両手を向ける……って、まさか!? 「ライラモン流石にそれはやりすぎじゃない!?」 「……#」 俺の静止の声が聞こえてるのか聞こえてないのか、そのままライラシャワーを放つライラモン。陸どころか空に打ち上げられた人魚が避けられる理由もなく、放たれたビームはまっすぐに人魚の元へと向かいそのまま海に向かって弾き飛ばされていった。すごい勢いで飛んでったなぁ……。にしても、ライラモンこんなに強かったっけ……? 「……b」 「ありがとう、ライラモン。なんというか、強くなったね」 「……///」 あ、ライラモンが照れてる。そういえば一華ちゃん曰く、「デジモンは基本的には強くなりたいという志向性がある」って話だし、俺が気づいてなかっただけでライラモンも本当は強くなりたかったのしれない。最後になってそれに気づくなんて、一人の友達として恥ずかしいな……。 「とにかく、ホエーモンに話を聞こう。どうしてあの人魚が俺たちを襲ったのか知ってるかもしれないし」 「……!」 「あ、マーメイモンっていうんださっきのデジモン。じゃあ、あのマーメイモンの話を聞きに行こうか」 戦いが終わり落ち着いたのでライラモンがさっきの人魚について教えてくれた。マーメイモン・完全体・水棲獣人型とのこと。ライラモンも完全体だから、同じぐらいの相手だったのだろう。やっぱり人型デジモンは強いって扱いで間違ってなかったようだ。 しかし、呼びだされたと思ったら急に完全体デジモンに襲い掛かられるのは流石に冗談の域を超えてると思う。ライラモンが助けてくれたからよかったもののそうじゃなかったら死んでてもおかしくなかった。文句の一つでも言わないと気が済まないな。 そう思って足を一歩踏み出した瞬間、デンッ!という力強い音が鳴り響く。 「なんだ!?」 「……!」 ライラモンが指さす方を見ると、ホエーモンとマーメイモンが光り輝きながら交差するらせんを描き空に昇っていく姿が見えた。そして空中に浮かぶ光の輪を2体のデジモンがくぐり抜けると、そこにはホエーモンのようでホエーモンではない、全く別のデジモンが誕生していた。 「……!」 「知っているのかライラモン!」 「……」 曰く、あれはキングホエーモン。デジタルワールド屈指の巨躯を持ち、頭部から背中にかけて一つの島になっているのが特徴のデジモンだ。 アリーナやアトラーカブテリモンの森などで手に入れることができるデジモンカードゲーム(通称デジカ)においてはホエーモン系の究極体・ワクチン種・水棲哺乳類型として分類されているが、一般に流通しているデジモンの図鑑には載っておらず、その詳細は不明。噂では、フックモンが追い求めている白いホエーモンがキングホエーモンだと言われているがこれも確固たる証拠はないとのこと。総じて、目撃例も証言も少なく、ある種伝説的な希少なデジモンの一体らしい。 しかも、今回のキングホエーモンは二体のデジモンが一つのデジモンとなるジョグレスで進化したものらしい。そして、素材になった二体は当然、ホエーモンとマーメイモン。これが意味することは一つ。 「第二ラウンドってことか!」 「……!」 『────!!!』 鳴り響くキングホエーモンの咆哮。ただの声だというのに、音圧だけで体が持ってかれてしまいそうだ。これが究極体の力なのか!? 見ればキングホエーモンの上空に大量の水球が浮かんでいる。これは…まずいな!? 「……ッ!」 「ライラモン!……うわぁ!?」 水球がこっちに向かって落ちてくるのを視認したライラモンが俺に覆いかぶさるように庇ってくれる。その直後、プールをひっくり返したよう勢いで水が俺たちを押しつぶした。 「ゲホッ!ゲホッ!ライラモン、大丈夫か!?」 とっさにライラモンの首筋に顔を埋めて水が入らないようにしたものの、あまりの水圧にそれでも多少は水が逆流してきた。陸で溺死するのは本当に洒落にならない……! それよりもライラモンだ。俺と違ってライラモンは水球の衝撃をそのまま受けている。だから、直接的なダメージまで入っているはずなのだ。 「ライラモン!しっかりしろ、ライラモン!」 「…」 ……反応が返ってこない。これ以上戦うのは無理だ。何より、この状態のライラモンを戦わせることなんて、俺には出来ない。 目線の先にはキングホエーモン。見上げれば先ほどと変わらず大量の水球。状況は絶望的だし、どうにかなる気もしない。それでも、諦めることだけはできない。だって、諦めたら家に帰れないからね! 一歩前に踏み出す。ライラモンとキングホエーモンの間に割り込みライラモンを庇うように立つ。もうライラモンを傷つけさせないために。無謀だろうとなんでもいい、お互い支えあってこそのパートナーなんだから当然のことだ。そして何より、俺はあのデカブツに正面から言ってやらなくちゃいけないことがある! 「──やい!キングホエーモン!!!」 ──────── 「────!────────!!!」 ……聞きなれた少年の聞きなれない声色で、暗転した意識を少しだけ取り戻す。 身じろぎしただけで全身に激痛が走り、そういえば直前に究極体の一撃を食らっていたことを思い出した。たったの一撃で意識を飛ばすなんて情けない。ボクは拝のパートナーとして彼を守らなければいけないのに。 そうだ。拝は。再び深い闇の中に導こうとするまぶたの重さをねじ伏せ、霞む視界で光を受け取る。ぼやけた像が、ゆっくりと形を結んでいく。 「わざわざ呼びだして不意打ち仕掛けてくるなんて卑怯だぞ!!!」 拝!?究極体に喧嘩売ってる!? 「そもそも帰れるって話だけど帰るために必要な情報わかるように話してくれないし!一応信じたけど本当に帰る方法知ってるんだろうな!?今すごく疑わしくなってるからな!?」 これで疑わしいどまりなのは人が好過ぎると思うよ!一華ちゃんだったらマーメイモン出てきた時点で裏切り判定出してるよ! その驚きで目を見開いて気づいた。拝からとてつもない量のデジソウルが噴出している。普段から拝のデジソウルは受け取ってるけど、ここまでの量は初めて見た。自分が拝のデジソウルに適合してさえいればきっと究極進化できたんだろうとは思いながらも、残念ながら戦闘のエネルギー源にはなっても進化まではできないのがボクと拝の適合率の実情だった。 視線のさらに先、キングホエーモンは何も変わらず夥しい量の水球を宙に浮かべている。そして、その中の一つが停止すると、周りの水球たちを取り込み始めた。 「……たとえどんな暴力であろうと絶対に負けないからな……!ライラモンをこれ以上傷つけさせないためにも、家に無事に帰るためにも、ここで俺が諦めるわけにはいかないんだ……!」 ……もう、拝ってば、こんな時も先に出るのが他の人の心配なんて、やっぱりいい子過ぎるよ、君は。こんな時ぐらい、逃げても誰も怒りはしないのに。 それなら、ボクも寝てるわけにはいかない。守るべき存在に守られてるだけなんて、恥ずかしさでそれこそ死んでしまいそうだ。できれば拝に苦労させたくはないし、苦労をするにもせめて分かち合いたい。拝だけに苦労を背負わせるなんて最悪にもほどがある。 全身の痛み?そんなの拝を助けたいという思いの前ではスカモン食らえだ。力不足?デジモンという存在は、案外都合よくできているものだと、ボクは知っている。図鑑に存在しないデジモンが存在してるんだ!既存に存在しない進化の仕方があっても何にもおかしくないよね! 手足に力をこめ、無理矢理立ち上がる。迫りくる巨大な水の塊を前に一歩も引かない拝に駆け寄り手を伸ばす。拝のデジソウルのその先、水塊のところまで。 ──────── 背後からなにかが突き出されたと思ったら、目の前でキングホエーモンから落とされた大量の水が弾けとんだ。びっくり。 いやとぼけている場合じゃない。視界の端に映る紫色の手とその先に握られた色とりどりの蓮が付けられた杖。おそらくこれが水を弾き飛ばしたのだろう。でも、俺の後ろにはライラモンしかいなかったはずだ。急に出てきた助っ人…という可能性もあるけど、こんな紫の人は俺の知り合いにはいないのであまり考えづらい。となると、考えられるのは……。 「ライラモン、遂に進化したんだね」 「……b」 振り向いた先にいた頭に紫のレンコンを乗せたデジモンは、口は開かず控えめなサムズアップで肯定する。間違いない。彼女は俺のパートナーの元ライラモンだ。 ライラモンの時は太刀打ちできなかった水球。それ以上に大きいものを進化しただけで一撃で破壊できるなら、もしかしたらこの状況を打開することができるかもしれない。そう思ったとき、元ライラモンが俺のことを抱きしめる。 「……」 「……うん、わかった。気を付けてね、ロトスモン」 進化前と同じように、ささやき声よりもか細い音で言葉を発するライラモン改めロトスモン。ロトスモンがどうして言葉が発せられないのかはわからない。ただ、この静かなコミュニケーションがロトスモンらしくて、どうにも安心するんだ。 ロトスモンが俺に伝えたことは三つ。自分の名前とキングホエーモンを倒してくること、それと俺の力を借りること。事実、キングホエーモンに文句を言っていた時にはなんだかまで力がみなぎっていたはずなのに、ロトスモンに抱きしめられただけで少し疲れが出てきた。きっと、俺の体力を借りていったんだろう。俺が少し疲れるだけで今この瞬間キングホエーモンに勝てるなら安いもんだ。 ロトスモンがハグを辞めてキングホエーモンに向き直る。つられて俺も同じ方を向けば、キングホエーモンが改めて水球を生み出しているところが見えた。あちらも、第2ラウンドの用意はできたようだ。ロトスモンが少しだけ顔をこちらに向けて一つ頷くと、踊るように一歩踏み出す。 「えっ」 それだけで、10メートルは前に出た。軽やかに見える踏み込みでも、それだけ脚力が強化されたということなのか。まるで歩くように気軽に、スイスイとキングホエーモンに近寄っていく。水球から発射される高圧水流もなんのそのだ。降り注ぐ水のレーザーも舞うようなステップでひらりと躱しまるで意に介さない。 『──────!!!!!』 業を煮やしたのかキングホエーモンが咆哮を上げる。直後、すべての水球から一斉に水流が発射され、それが四方八方に薙ぎ払われた。点じゃなくて線の攻撃、それを複数。衝撃で巻き上げられた水しぶきと砂ぼこりで一面が見えなくなる。 「ロトスモン!」 心配になって声を上げると、それに応えるかのように一つの影が煙幕の中から飛び出してくる。もちろん、ロトスモンだ。一斉掃射とはいえ、これはあくまでキングホエーモンの上空から砂浜に向けての打ち下ろしの攻撃だった。なので地面から離れれば、全弾回避も可能だったってことだろう。しかし、本当にすごい脚力だ。10mは飛び上がってるんじゃなかろうか。そして水流が止むと同時に上空に向けた二つの杖の先からそれぞれ黒と七色のオーラを放出し、勢いよく落下。着地から間を置かず再びキングホエーモンに向かって距離を詰めていく。ライラモンから戦闘センスが高くなりすぎてる気もするけれど、これも進化の恩恵ってことでいいんだろうか?なんであれ、頼もしい話だ。 貯めこんだ水球を一斉掃射で使い切ったキングホエーモンだけど、まだ諦めてはいない様子だった。口を閉じてもごもごさせてるけれど、隙間からはボチャボチャと大量の液体が漏れている。間違いない、攻撃のための素材を口の中で溜めてるのだ。よだれか、胃液か。あれだけの巨体から吐き出される以上、ただの体液だって十分な脅威となる。 「ロトスモン!気を付けて!」 もうすでに俺とロトスモンとの距離は200mは開いている。全力で声を上げてギリギリ届くかどうかといったところだが、それでも声を上げずにはいられなかった。それでも、もはや顔もよく見えない距離だけれども、たしかにロトスモンが笑って応えてくれた気がした。 キングホエーモンが大きすぎて距離感がつかめないものの、それでもロトスモンは随分と近づいているように見える。ただ、ここまで近づいたとしても、実際にどうやって倒すのかは全く見当がつかない。いかんせん相手がデカすぎるのだ。ちょっとやそっとの攻撃じゃかすり傷にしかならないだろう。 やがて、キングホエーモンの口が開く。口内に溜めてたのは、よだれでも胃液でもなく、水のエネルギーそのものだったようだ。前にテレビで見た鳴門大橋の渦潮を思い出した。そして、それをみたロトスモンは、キングホエーモンとの距離を一気に詰める!……一気に詰める!? 「え、避けないの!?」 俺の驚きを他所にロトスモンはまっすぐ突撃する。まるで最初から狙っていたかのように…というか多分狙ってたんだろう。あまりにも動きに迷いがない。ある程度キングホエーモンに近づいたらそのまま踏み切り、キングホエーモンの口の中へ。そして下あごを土台に飛び上がり、上あごを蹴り飛ばす! 『ッッッ───!!!』 上下に無理矢理力を加えられたキングホエーモンが悲痛なうめき声を上げる。敵ながら少し可哀想だ。それと、ロトスモンの筋力を甘く見ていたことに申し訳なくなる。何がちょっとやそっとの攻撃だ、キングホエーモンの巨大な顎を動かせるだけの重い打撃じゃないか! 中空で態勢を整えたロトスモンの蓮の杖と双蛇の杖が、それぞれ七色の光と黒色の光とともに限界以上に大きく口を開かされたキングホエーモンに向けられる。そこでようやく気付いた。最初からロトスモンは防御の薄い口の中に攻撃を叩き込むつもりだったのだと。……すごい容赦ない攻撃するな、ロトスモン。ともかく、ここが勝負どころだろう。 「いっけぇぇえええええ!!!」 「……ッ!」 『──ッ、──……』 キングホエーモンの喉の奥目掛けて降り注ぐ虹色と黒色のオーラ。直撃を受けたキングホエーモンは白い光とともに崩壊。進化は解除され、後にはいくらか小さくなったホエーモンだけが残ったのだった。 ──────── 「じゃあ、なんでこんなことしたのか教えてもらえるかな」 「……」 痛みをこらえてるのかそれともただ単に疲れているのか、半分くらい顔を海につけて斜めになっているホエーモンに対して詰め寄る。ロトスモンもお怒りモードが続いてるようだ。俺だって、いくらロトスモンが危機を脱してくれたとはいえ流石に怒りが静まらない。騙しうちしてきたこともそうだけど、何よりライラモンを瀕死に追い込んだことが許せない。きっちり理由を説明してもらわないと。 『これは……必要なことだった……』 「はぁ?」 本当に何言ってるんだこの鯨。ああもうロトスモンが杖振り上げてる。駄目だよ、殺したら話が聞けなくなるからね。 『オノゴロ市は……少し力を加えれば簡単にデジタルゲートが開く土地だった……しかし、デジタルワールドは違う……力技ではなかなかデジタルゲートは開かない……かといって、レリックで使えそうな物もない……なので、とあるイベントを起こすことにした……』 「レリック?イベント?何言ってるか全然わからないよ!結局、俺たちをどうするつもりだったのさ!」 俺がそう叫んだ直後、ホエーモンはその巨大な口を大きく開いた。まさかまた攻撃か、とも思ったが、どうにも様子がおかしい。この、口の奥に見えるぐるぐる渦巻くものは一体……? 『これは……秘密のポータル……此方と彼方を繋ぐ扉……もちろん、デジタルワールドとリアルワールドも繋がる……』 「えっと、それじゃあ、俺は家に帰れるってこと……?」 ……混乱してきた。なんで襲撃された結果家に帰れることになってるんだ…?いやでもそもそも家に帰らせるための準備をしてくれてたんだからこれであってるのか……? 「……#」 「ロトスモン……?ああ、いや、そうか。これが罠って可能性もあるのか」 『襲撃したのは……このポータルを作り出すためのエネルギーを……生み出すため……生み出した以上は……襲い掛かる理由もない……』 「はぁ……」 まったく納得はできないけど、一応理解自体はできなくはない理由ではある。いや、本当に納得はできないけどね?ただ、このホエーモンの大物っぽい態度を見ると、こういう普通ならやらないような選択も普通にするだろうなと思わせる何かがある。良くも悪くも結果にたどり着ければそれでよくて、その過程で起こることには無頓着なあたりが特に。なら、俺は……。 「分かった。信じるよ」 「……!?」 ロトスモンが本当に言ってるの!?って顔でこっちを見てる。うん、まあ、自分でも流石にどうだろうと思ったけど、それでも俺は誰かを疑うよりも、その人が言ってることを信じたいよ。 「そのゲートに入ればリアルワールドに戻れるんだよね?」 『ああ……約束しよう……リアルワールドはリアルワールドでも……自分が元居たリアルワールドではないということもない……』 「えっ、そのパターンもあったの……?と、とりあえず、そこはわかったよ。で、これって今すぐに入らないとまずいのかな?」 『うん……?帰りたくないのか……?』 「もちろん帰りたいけれど、帰る前にゲンキさんには改めてお礼を伝えたいなって。あとタイミングさえあえば一華ちゃんにも直接会って帰ることを伝えたいかな」 ロトスモンに伝えてもらうって方法もあるとは思うけど、それはなんか違うような気がする。やっぱり感謝もお別れも、面と向かってやった方がいいって俺は思うんだ。 『ふむ……一時間程は維持できる……それ以降は……保障できない……』 「ありがとう、それくらいあれば大丈夫だと思う。それじゃあ、一回戻ろうか、ロトスモン」 「……b」 「え、ちょっとなんでお姫様だっこ──うわあー!」 ロトスモンがサムズアップしたと思ったら、急に俺のことを持ち上げて走りだした。待って!やめて!小脇に抱えられるよりよっぽど恥ずかしいから!ロトスモン!聞いて!? ───── 「じゃあ、本当にリアルワールドに戻れることになったんだね」 「うん。これまで随分とお世話になりました!」 「こっちも旅館のお仕事を手伝ってもらえて本当に助かったよ。向こうでも達者でね。……それにしても、さびしくなるね」 「ゲンキさん……」 結局お姫様抱っこされた状態で富士見温泉まで駆け登られ(行きは10分くらいかかったけど帰りは1分もかからなかった気がする。ロトスモンの脚力の強化がすごい)、そのままの勢いで入店。入り口で受付やってたパタモンさんに風呂を貸してくれとロトスモンが交渉してそのまま快諾され(急に見知らぬデジモンが見知ったテイマーがお姫様だっこで入ってきたときにはすごい驚いた顔をしていた。申し訳ない)、男湯に突入。物凄い勢いで体を洗われ、物凄く丁寧に体を拭かれてドライヤーで髪を乾かされ、その後ようやくゲンキさんに対面できた。確かにびしょ濡れ砂まみれで会おうとした俺も悪いけど、ちょっと強引すぎやしないだろうかロトスモン。 ともあれ、無事にゲンキさんにこれまでのお礼を言うことはできた。でも、そっか。俺からしたら家に帰るだけのつもりだったけど、他の人たちからしたらデジタルワールドからの別れになるんだよね。それなら、俺が言うべきなのは。 「俺、またデジタルワールドに来ます。今度はちゃんと、事故じゃなくて自分の意志で」 「……うん、そうだね。いつでもデジタルワールドで待ってるよ、拝くん」 「お泊りの際はいつでも当宿へ!」 「温かい温泉と美味しいご飯でいつでも迎えてあげるからね!」 「従業員全員で待ってるからな!」 「ゲンキさん、パタモン、ツカイモンにフィルモンも、ありがとう!」 本当に、いい人たちだ。この人たちと会えただけでも、デジタルワールドに来てよかったと言えると思う。 と、ここでロトスモンが肩をつついてきた。そうだね、時間的にも余裕はないし、早く書かないと流石に間に合わなくなってしまいそうだ。 「そうだ、ゲンキさん。ちょっと依頼掲示板借りたいんだけどいいかな?」 「いいけど、このタイミングで依頼かい?」 「うん。一華ちゃんに連絡とる手段がこれくらいしか思い浮かばなくて」 依頼名は直球にしよう。依頼分も勘違いされないようにして、報酬は……。 「……!」 「え、本当にこれを報酬にするの?なんだか恥ずかしいような……」 「……b!」 凄い自信だ。女の子同士通じ合うものがあるんだろうか。パートナーと恋人の仲がいいことはいいことなはずなんだけど、彼氏の自分より理解度が高いと少しもやもやしちゃうのはなんでだろうね。 それはともかく、他のいい案もないのでロトスモンの案をそのまま使うことにする。多分気づいてくれると思うけれど、気づかなかったらどうしよう……。 ────── 依頼タイトル:一華ちゃんへお別れの挨拶がしたい 依頼人:穂村 拝 報酬:キス 勤務地:富士見温泉近郊の海岸 依頼内容: 急な話でごめんなさい。無事にリアルワールドに帰れることになりました。お別れの挨拶をしたいので、今日の○○:××までに指定の場所まで来てもらえると嬉しいです。 P.S.間に合わなくても大丈夫です。リアルワールドに戻っても一華ちゃんのことは絶対に忘れません。 備考: 名張一華様専用の依頼です。依頼掲示板を手紙のように使ってしまってごめんなさい。 ────── 「拝くぅぅぅぅうううううん!!!」 ドップラー効果とともに砂埃を立てながらダイナミックに着地した一華ちゃん。依頼出してから30分くらいで到着してるのは流石としか言いようがない。本当に届いてよかった。 「リアルに戻れるって本当!?」 「うん。ホエーモンがポータルを用意してくれたんだ。あれだよ」 ちなみに、ここに一華ちゃんを呼ぶにあたって、ポータルを作る前のあれこれは伏せることにした。理由は単純にこのことを知った一華ちゃんの後が怖いから。ロトスモンは全部話してもう一回お灸を据えるべきだって主張したんだけど、暴力的な過程があったとは言え恩人?に余計な傷を負わせたくないと俺は思ったからそれで納得してもらった。 「あれがポータル?……えっ」 「一華ちゃん、どうかした?」 「……ううん、何でもない。見たところ、ちゃんとリアルワールドに戻れるみたい」 「そっか。一華ちゃんが保証してくれるなら本当に安全だね!」 一華ちゃんの目は本当にすごい。怪しいものもなんでもお見通しだ。冒険の中でもたびたび頼らせてもらったな。 ただ、ポツリと聞こえてきた『もしかして別の……?』という言葉の意味はよくわからなかった。何が別なのかはわからないけど、一華ちゃんがわかってれば多分大丈夫。本当に大事なことはわかりやすく教えてくれるしね! 「でも、うん、安心した!これでちゃんと拝くんが家に帰れるんだね!」 「そうだね。ようやく、だ」 こうして改めて一華ちゃんから言われると、本当に家に帰れるんだと実感が湧いてくる。そうか、俺は帰れるのか。 「……一華ちゃん。今日は忙しい中駆けつけてくれてありがとう。ううん、今日だけじゃない。ブライダルから先、ずっと頼りにしっぱなしだったね。本当にありがとう」 「拝くん、そんな、今生の別れみたいな……。私は絶対リアルに会いに行くからね?」 「うん、そうだね。俺も絶対デジタルワールドに戻ってくるよ」 そこまで言って、どちらともなく笑いだす。うん、これじゃあ入れ違いになっちゃうね。一華ちゃんがこっちに来るのを待ってからデジタルワールドにいった方がいいかもしれない。 「ゴースモンもありがとう。一華ちゃんと一緒に付き合ってくれて本当に助かったよ」 「イチカっちがついていきたいって言ったんだからアチシがついていくのは当然だわさ。オガムっちとの旅もおもしろかったわよ。また会いましょ?」 「うん!」 ゴースモンも思えば不思議なデジモンだ。一華ちゃんとは別の生き物のはずなのに、どこか通じ合ってるように見えるというか。それに、たまに話し方がいつもと変わってるような気がする。あれはなんなんだろうか。一華ちゃんが説明してこないあたり、多分忍者家業関連の話なんだろうとは思って深くは確認していないけれど、今後成長して頭がよくなったらもう少ししっかり聞いてみてもいいかもしれない。 「さてと…ロトスモン」 「……」 ロトスモン、いや、ララモンとはデジタルワールドに落ちてきてからの付き合いになる。喋ってるところを見たことがないぐらいには無口だけど、不思議と何を言いたいか伝わってくる、そんな不思議な友達。右も左もわからなかった俺にデジタルワールドについて教えてくれたのもララモンだったね。リアルに戻るために何をすればいいかすらもわからず、ただがむしゃらに歩き続ける日々。そんなあてのない暮らしにもララモンは付き合ってくれた。情報収集もかねて出会った人たちのことを助けて回るうちにサンフラウモンに進化して頼りがいも出てきたり、アトラーカブテリモンの森が燃えた後にライラモンに進化して、その……びっくりしたり。とにかく、いろんなことを一緒に体験したね。ほかのテイマーのみんなと違ってデジヴァイスは持ってないけど、それでもロトスモンと俺は唯一無二のパートナーだって信じてる。だから。 「これまでありがとう。一回帰って、またこっちに来るよ」 「……!」 湿っぽい別れなんて必要ないって、そう思った。また絶対会えるって、お互いにそう思っていることがわかるから。それなら、また明日学校で会うかのように、当たり前のように別れるのが当然なはずだ。少なくとも、俺とロトスモンはそうだった。 『そろそろ……時間だ……』 「あれ、もうそんな時間か。一華ちゃん、依頼の報酬渡さないと」 「えっと、あれ、報酬って……キス!?」 「うん、ちょっと目を閉じて?」 「う、うん……!」 一華ちゃんが目をつむる。こうして改めて見ると、可愛いよね、一華ちゃん。 っといけないいけない。時間がないんだからもたもたしてる時間はないや。深呼吸して緊張感でバクバクする心臓を押さえつけて……今! ちゅっ。 「拝くん!?いっ、いま、くくく、唇に!??」 「え、えへへ。その……いやだった?」 「ままままさか!え、いやだって、これまで拝くんから……え!?」 「しばらく会えなくなるし、ちゃんと行動で示しておかないとって思って!それじゃあ、また会おうね、一華ちゃん!大好きだよ!」 恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠しつつホエーモンの口にあるポータルに飛び込む。ああ、もう恥ずかしいなロトスモン!次会うとき一華ちゃんの顔を見れる気がしないんだけど!? 「って、うわぁ!?なにこれ!?何がどうなってるの!?」 飛び込んだ先のポータルは、デジタルワールド以上に不思議な光景だった。黄色い渦巻きが内部を覆う青色の洞窟?ポータルに入る前に見えていた景色が無限に続くような光景だ。思わず目が回りそうだし、そんな世界なのに重力を感じるのがすごく気持ち悪い!というかこれどこが下なんだ!? 「行きも落下なら帰りも落下なのかよー!」 自由落下はこりごりだったんだけどなぁ!デジタルワールドっていうのは落下しないと移動できないのかなぁ! そんな俺の叫びはもちろん誰に届くこともなく、次第に意識が遠のいていくのだった。 あのホエーモン……一回くらい怒ってもいい気がするな……。 ──────── 拝がポータルに入ってすぐ、あの光の渦は消えた。時間もギリギリだったし、わざわざ維持する必要もないから消したのかもしれない。 それにしても、ついにこの時が来たんだなぁ。なんだか感慨深いや。ちょっと……ううん、かなり寂しさはある。まあ、出会ってからずっと一緒にいたわけだしね。一回、自分のことを見つめなおすいい機会かもしれない。拝を守るために精いっぱいで、進化の感慨に浸ってる時間もないほどとんとん拍子で進化しちゃったしね。ちょっと前まで成長期だったのにもう究極体なんて不思議な感じだ。 「ロトスモンはこれからどうするの?」 一華ちゃんが話しかけてきた。んー、どうしようかなぁ。またのんびりその日暮らししてもいいし、拝がいない分人助けデジ助けに励んでもいいかもしれない。拝が改めてこっちに戻ってくるまでしばらくはかかるだろうし、どっちかに決める必要はないか。 「もしよかったら、私たちと一緒に来る?ちょっと刺激的かもしれないけれど」 一華ちゃんたちの手伝いかぁ。それも悪くはないんだけど、ちょっと整合性に支障が出る……もとい全く無関係のボクがついて行ってもついていけるかどうか。多少拝のデジソウルで身体能力に下駄を履いてるとはいえ全体的にはカタログ通りのスペックだから、ちょっと不安かもしれない。 と、そこまで考えてふと思い立った。ボクと拝のデジソウルは一致していない。ということは、デジタルワールドのどこかに拝のデジソウルが適合するデジモンもいるかもしれない。幸い、まだ拝のデジソウルはたっぷりと体に残ってるし、これを与えてみて進化するかどうか確かめて回るのもアリじゃないだろうか。友達が増えるのはいいことだし、戦力が増えるのもいいことだ。何より、あんないい子をボクだけが独占するのは、本来相性が一番いいデジモンに申し訳ないしね! 「……!」 「そっか。やりたいこと、決まったんだね。うん、とっても素敵な計画だと思うな。私も応援してる!」 一旦ここでお別れだけど、ボクも一華ちゃんたちのこれからを応援しているよ。お互い頑張っていこうね! ところで、一華ちゃんってリアルワールドに行けるんだよね?じゃあもうすぐに会いにいけたりするの? 「それがちょっと想像してたよりもややこしいことになってるみたいなんだよね……まさか拝くんが別世界の住人だったなんて……」 「……?」 「もちろん諦めないよ!今はちょっとほかにやることはあるけど、それが落ち着いたらすぐにでも準備に取り掛かるよ!幸い、世界自体はそこまで遠くはないみたいだしね」 世界の遠さ、というのはよくわからないけどそれでもなんとなくは感覚でわかった。多分遠ければ遠いほど既存の方法では移動できなくなるんだろうな。でも、よかった。拝は強い子だから一人でも寂しくはないだろうけど、それでもやっぱり恋人と離れ離れは寂しいもんね。一華ちゃんが会いにいけるなら、ボクも安心だ。 「じゃあ、そろそろ私たちも行こうか。ゲンキさんに宿を出ることを伝えないとね」 「……!」 「……ぁあ、坊主はもう行ったのか?」 砂浜から立ち去ろうとした瞬間、ハスキーな女性の声が聞こえた。この声は、さっき聞いた気がする。そう、それこそさっきまで戦ってた中で。 「……」 「そう睨むな。オレにももう戦意はないし、足止めする理由もない。どこにでもいけばいいさ。オレたちももう帰る」 なんだこのマーメイモン(緑)。そっちから襲ってきたくせに偉そうに。というか、あの鯨屋のおじさんはどこにいったんだろうか。あの人がホエーモンのテイマーだと思ってたんだけど、もしかして野良だったんだろうか? あ、一華ちゃんがじっとマーメイモンのこと見てる。なんか気になることでもあったのかな?確かに珍しい色してるなとは思うけど。 「……なるほどぉ。へー……ふーん……。……なかなか似合ってるよ、おじさん?」 「…………いっそ殺せ」 ……おじさん? え、うそ。じゃあこれがあの鯨屋のおじさんなの!?どう見てもマーメイモンなのに!? 「……!?」 「……オートパイロット!」 あ、逃げた!都合の悪いことになると逃げだす駄目な大人だ! 拝は人懐っこすぎるところがあるからああいう人にもすぐ近づいちゃうからね。唯一そこだけは不安かもしれない。もちろん拝の親がしっかりしてると思うけどね? 「それじゃあ、こんどこそお別れだね、ロトスモン」 「……」 小さくうなずく。拝と出会ってからのにぎやかだった時間は終わって、またボクは一人になる。寂しくないと言ったら嘘になるけど、それでも拝が迷い込んできた子な以上避けられないことだ。拝をリアルワールドに返さない選択肢もなかったしね。 それに、ボクには拝からもらったデジソウルがまだ残ってる。いつかはなくなるだろうけど、それまでは拝の真のパートナー探しに精を出すとしよう。その過程で友達を増やすもよし、なくなるまでに拝がこっちに来てもよし。最悪デジソウルが尽きてものんびりと暮らしながら待つだけだからね。長い長い暇つぶしみたいなものさ。 「じゃあ、元気でね!近くにいるときには会いに行くよ!」 「……!」 バイバイ、一華ちゃん!拝に無事に会いに行けるように祈ってるよ! そうしてボクたちはそれぞれの方向に駆け出した。自分たちのなしたいことを成すために。 ……お互いに一回ゲンキさんにお礼を言うために富士見温泉に戻ったから、すぐに顔を合わせることになったのは内緒だよ! ──────── ……まず聞こえてきたのはセミの声だった。 あるいは、車のタイヤがアスファルトを擦る音。遠くからは幼稚園ぐらいの子供がはしゃぐ声も聞こえる。 目を開く。しばらく目を閉じていたのだろうか。妙に光が強く感じられて開きづらい。 滲んだ視界が戻り始めて、ようやく、自分がどこにいるのかが見えた。なんてことはない、見慣れた住宅街だ。父ちゃんと母ちゃんに引き取られてから、もう6年くらいは見続けている。そんな、当たり前の風景。その中に、自分は立っていた。 「そっか。俺、戻ってきたんだ」 この数か月見てきた風邪の時に見る夢のような世界から、急に現実を叩きつけられたような気がして、なんだか頭がくらくらしてくる。 数回深呼吸して、それからようやく自分の家にまっすぐ立つ。あんなにも帰りたかったのに、急に帰るのが怖くなってきた。 リアルワールドとデジタルワールドの間には時間の流れに差があるけれど、実際どれぐらいの差があるのかは人によって変わると前に聞いた気がする。どれだけの時間、俺は行方不明になっていたのだろうか。セミが鳴いているから、今は夏か秋かだとは思う。それなら、経過時間は二か月くらいか。……もしくは、数年は経っているか。だとしたら、もう家に俺の居場所はないかもしれない。弟も生まれて、本当の家族三人で俺のことは忘れて……。 「……っ、違う!」 そんな風に怖気づくために俺はリアルワールドに帰ってきたわけじゃない!ロトスモンや一華ちゃんたちは俺にそんな風に思ってほしくて俺を送り出したわけじゃないんだ! やかましい鼓動、ガタつく脚、震える手をデジタルワールドの思い出でねじ伏せて前に進む。そもそも、ちょっと家に帰ってない時間が長かっただけなんだから、そんな怖がる必要もないんだ。いつも通り、当たり前の顔して、ただいまっていえばそれでいいだけなんだから! だから、だから!ちゃんとインターホンを押してくれ、俺の指……! ピンポーン 俺の葛藤なんて関係なく、インターホンはいつも通り簡素な音を鳴らした。デジタルの癖に感情がわからないやつだな……!ロトスモンは無表情だけどよっぽどこっちの気持ちに合わせられるぞ……! プツ、というマイクのスイッチが入った特有の音と同時に、『もしもし、どなたですか?』という女性の声が聞こえてくる。……これは、大好きな母ちゃんの声だ。 「あ、えっと、ただいま……」 『…………え』 ああ、もうちょっとはっきり言えよ俺!母ちゃんも急にただいまって言われて困惑してたみたいだし!行方不明の人が急にただいまって帰ってきたらそりゃびっくりするって! 俺が後悔してる中、家の中でもどたどたと音が鳴り響く。ガチャリ、と扉の鍵が開く音がして、俺はようやくそのことにきづいた。 開く扉、その奥見える大きな影。あれ、父ちゃん、今日家にいたんだ──。 「お゛か゛え゛り゛ぃ゛!!!」 「うわぁ!」 押しつぶされるように抱きしめられる。ギューっと抱きしめられて少し息が苦しい。……けど、なんだろうか。すごく、安心する……。 「あなたったらもう……。でも、ほんとうに、ほんとうに、無事でよかったわ、拝……」 そういいながら母ちゃんも被さってきた。もう、そんな抱きしめられると苦しいってば、ねぇ。もう、ほんとうに……。 「ただいまぁ……!」 「ああ、あ゛あ……!おがえり、拝……!」 「もう、会えないかと思っていたわ……。本当に、戻ってきてくれてありがとう……!」 昼間の住宅街に、親子三人分の号泣が響く。本当に、なんてバカバカしいことで悩んでいたんだ俺は。こんなに俺のことを思って泣いてくれる人たちの愛を疑うなんて。 ──だから、俺の冒険はここでいったん終わり。弟が無事に生まれたり、一華ちゃんが転校してきたり、改めて俺がデジタルワールドに行ってロトスモンと再会するのは、また別の話だ。