・01 行方不明の妹・津久井深夜を探してデジタルワールドにたどり着いた青年・祭後終は今日も今日とて道を歩いていた。 「なんにもなけりゃ明日には要塞の入り口は見えるはずだ」 「へっへっへ…腕がなるぜ!」 シュウがはじまりの街でアンコから貰ったディスクを炊飯器のような形の再生機に読み込ませると、小さな小屋が何もない所に現れた。 「アンコちゃんさんには足を向けて寝れないな…」 野宿覚悟で寝袋を持ってきたが、結局は一度も地面につけないまま小屋の中で使われている。 「今日はオレがベッドで寝る日だゼ〜」 「毎晩星が綺麗だな…ま、デジタルだからそうか」 ユキアグモンはニコニコしながら小屋に向かって歩き、シュウはなんとなく空を見上げた。 小屋は意外と快適で簡単なキッチンやテーブル、そして小さなベッドがある。 その上ではユキアグモンが既にいびきをかいて熟睡している。 「なんだこりゃ!朝こんなモンなかったろ」 「オマエが悪さしてた頃、盗んだ物の中に円盤みたいなやつがあっただろ。アレを使ったんだ」 シュウが寝袋の上にで目を閉じたようとした時、小屋の外にうるさい声と足音が聞こえた。 「んだよ戦車。じゃあ持ってくりゃ良かったじゃねーかよ」 「再生するための機械がいるんだ。それに、盗んだとわかっている物を勝手に使うのはよくないんだぞ」 一つは少女、一つは歳の行った男性のものだった。 シュウはユキアグモンを揺すって戦いの準備を始めるように言うと、ユキアグモンは口を腕で覆いながら頷いた。 「それに、わりと高いんだぞ?」 「…」 「あっ。おい、マモお前ロクでもないこと考えてるだろ」 マモと呼ばれた少女はニッと笑い、小屋の扉を強く二回ノックした。 「マモ、ノック二回はトイレだ」 「うるせ〜な〜」 マモが手に持つ棍棒をぐるぐると振り回して思い切り振りかぶろうとした時、小屋の扉が素直に開かれた。 シュウは扉の前にいたのが小学生くらいの少女だった事に驚く。 「おれはここら一帯を縄張りにしてるマモだ。おっさん誰だ?」 「俺は祭後終…」 「これ、おれに寄越せよ!」 マモはシュウの返事よりも早く棍棒で小屋の壁を三回叩きながらそう騒ぎだす。 可愛らしさと裏腹に僅かに筋肉質で薄汚れた格好から、万年帰宅部だった自分より遥かに荒事慣れしているとシュウは見抜いた。 彼女と戦うのはよくないと判断し、返答を考える。 「だめだ」 「ぶべっ!」 そのとき、横にいたモノクロモンがマモを小突くとブッ飛んだ彼女は木に激突した。 シュウは状況に困惑し、間抜けな声を上げる。 「…は?」 「悪かった。マモも反省している。こいつは本当は友達が欲しいんだ」 「おもってねー!」 彼女は木から滑り落ちるとモノクロモンの言葉に素早く反論する。 ・02 「妹を探しているのか」 「そうだゼ!オレたちはあそこにあるでーっかい要塞に向かってるんだゼ!」 なんだかんだで来客を小屋に招き入れたシュウとユキアグモンはデジタルワールドにいる理由を話し合っていた。 「でっかい要塞…なるほど旧D-ブリガードのか。最近怪しい奴等が出入りしてるらしいな」 「本当かモノクロモン?俺もその噂ははじまりの街で聞いたんだ」 「俺は戦車と呼ばれている。それでいい」 「なあなあアンタらもおれの仲間に入れてやるよ!」 マモは机の上に座ったまま、にひひと笑う。 シュウは彼女の笑顔を見てそのタフさに苦笑いしかけるが、すぐに顔を引き締める。 「危ないぞ。いいのか」 「ま、おれも怪しいヤツは手当たり次第ぶつかってかないとって感じだからな」 マモの口調は荒っぽいが、その目は強い光を放っておりシュウにとって少々眩し過ぎるようにも感じた。 苦労はしていそうだが、そのぶん自由…彼女をそう感じた。 「…いやちょっと待て。おれが仲間にしてやるんだから、危ないぞって言うのはおれじゃないのか?」 マモは「危ないぞ」の部分だけ声を低くしてカッコつけたように話す。 「それ俺の真似か?」 マモはコクンと頷き、ユキアグモンははははと笑った。 ・03 次の日、日が上るより早く歩きだしたシュウたちは要塞に近づいていた。 道を教えてくれる優しいデジモンたちもいたが、気性の荒いデジモンとの戦いもあった。 「オマエめっちゃ強いな〜」 「シュウのおっさんも中々やるじゃねぇの!?」 「いやなんで俺がお前を肩車してるんだよ…」 「おれがこの群れのリーダーだからな!高いところにいるのは当然よぉ!それにお前のユキアグモンが俺の席を占領してるからな」 「俺は誰のイスでもない」 ユキアグモンは戦車の上ではしゃぎながら硬い皮膚をぺちぺちと叩き、一方シュウはマモを肩車していた。 「妹…ミヨだっけ?見つかるといいな」 マモの言葉に「ああ」と下のシュウは呟き、彼女は少し間を開けてから口を開く。 「どんな子なんだ?」 「少し生意気だけど…まぁ、いい子だよ。苦労もしてる。絶対に俺が守らないといけない」 「家族な〜。あ、いや。じゃあその妹もおれが守ってやるか〜!」 マモは自分で口にした家族という言葉に一瞬だけ真顔になるものの、シュウの髪をボサボサにするように撫でて笑った。 シュウはマモの中で自分は完全に守られる側の存在として認識されているんだな…と思いつつ、彼女が見せた少しの空白に家族と何かがあったことを感じた。 だが、それを言葉にすることはせず穏やかに「ありがとな」とだけ返した。 「おいお前ら。この洞窟を越えると目的地だぞ」 戦車に言われると、シュウがマモを地面に下ろす。 洞窟は長く、辛気臭い空気が漂っていた。 「あー、諸君。ちょっと待て」 突然声をかけられたシュウは辺りを見回すが、声を発したらしい存在は見つからない。 マモの「上だ!」と言う声に吊られてシュウは見上げると洞窟の外壁から飛び出した木の上に白い服と青い髪の少年が座っていた。 「まぁ俺の話を聞いていけよ」 身構えるシュウとマモを前に少年は木から飛び降りようとする。 「…少し待て」 思っているより高いところまで登ってしまっていたことに気づいた少年はゆっくり、ゆっくりと降りはじめた。 「俺は青井ヨネ!話題騒然、新規気鋭のデジモンテイマーだぜ!」 「自分で言うのは中々だな…で、何が用だ?俺達は急いでるぞ」 戦車はヨネの名乗りに呆れながらさっさと用件を済ませるように急かした。 「オマエ達ってこの先の要塞に行くつもりだろ?やめときな」 ヨネから指差されたシュウは「それはどういう意味だ?」と訝しげな顔をする。 「あそこは俺でさえ攻略できなかったんだぜ?兄さんみたいな眠そうな顔したヤツと女の子には無理無理…」 「おっさんアイツぶっ飛ばしていいか?」 自分を子供扱いするヨネにマモは飛びかかろうとするのを戦車とシュウが二人がかりで制止する。 「大した自信で名乗った割にはみみっちいなぁオイ!」 「…だったら試すか?」 マモのタンカにピクッと反応したヨネは懐からデジヴァイスの一種、デジモンアクセルを取り出してグリップを強く押した。 【READY】 電子音と共にヨネの背後がバチバチと静電気を放出し、歪んだ空間はやがて渦となる。 その渦から這い出たのは5mほどの巨体と青い肌を持つ機械竜・メタルグレイモンViだった。 「ふふ。俺にはもう一匹完全体デジモンが控えている…」 シュウとマモはヨネの言葉に思わず身構える。 「だが、俺もソイツも要塞での戦いで少し疲れている。今回はサービスしてやるから感謝するんだな!」 「つまりワタクシは疲れても良い…ヨネ様はお優しいですコト」 「うるせー。さっさとやるぞ」 ヨネは呼び出されたメタルグレイモンViの皮肉を軽くいなすとデジヴァイスをシュウたちの方へ向ける。 「ナメられたままじゃいられねぇよな!シュウのおっさん!」 「血の気が多い奴等だ。仕方ねぇ行くぞ!」 ユキアグモンはシュウのデジヴァイス01から放たれた光を受け取ると全身を膨れ上がらせ、成熟期デジモン・ストライクドラモンへとパワーアップした。 三匹のデジモンが駆け出し、まずは戦車とメタルグレイモンViが正面からぶつかりあった。 力強い突進を受け止めて見せたメタルグレイモンViは、そのまま戦車を持ち上げる。 ストライクドラモンは跳躍すると持ち上げられた戦車を踏み台にして更に跳ねると、メタルグレイモンViの上空を取る。 【ドラモンクロー】 ストライクドラモンは回転して勢いをつけると足の爪に炎を纏い、強烈な蹴りをメタルグレイモンViに直撃させる。 「へっ!ざまぁ味噌漬けよォ!」 ストライクドラモンの蹴りを食らい、思い切り姿勢を崩したメタルグレイモンViは戦車を離す。 マモの興奮を余所にメタルグレイモンViは易々と姿勢を立て直し、腕の鉄爪・トライデントアームを空中のストライクドラモンへと射出した。 「捕まえましたわ」 トライデントアームに握られたストライクドラモンは抵抗も虚しく地面に何度も叩きつけられると、そのまま地面を引き摺り回される。 メタルグレイモンViは勢いをつけて腕を振り抜き、ストライクドラモンを洞窟の壁に埋まる程の力で投げつけた。 「ストライクドラモン!」 シュウは飛ばされたストライクドラモンに駆け寄ろうとするが、そんな隙だらけの姿を見逃すヨネとメタルグレイモンViではなかった。 「メタルグレイモン!やれ!」 ヨネの命令を受けたメタルグレイモンViはその見た目以上の速度でストライクドラモンに迫ると、壁に張り付いた上から強烈な蹴りを放った。 「戦車!」 【ガーディタスク】 戦車は「わかっている!」と叫びとながらエネルギーを角の先端に集中させ、必殺の突進攻撃・ガーディタスクを放った。 メタルグレイモンViは戦車の突進を地に着けた片足に受けると顔を歪ませながら地面に倒れ込む。 押さえつけるモノが無くなったストライクドラモンは壁にめり込んだ身体に力を入れ、青い炎を全身から纏って飛び出した。 「ストライク…!」 倒れかけたメタルグレイモンViの背後に物凄い速度で回りこんだストライクドラモンは思い切りその背中にアッパーを放つ。 「ファングッ!」 【ストライクファング】 強烈な一撃がメタルグレイモンViの巨体を僅かに上空へ浮かばせると、ヨネは驚きの表情を浮かべる。 「マジかよ…!?」 空中で姿勢を整えながらトライデントアームを射出しようとするも、既にストライクドラモンの姿はない。 メタルグレイモンViがハッと背後を見た瞬間、炎をうねらせながら再び背後に現れたストライクドラモンは膝を打ち込んでメタルグレイモンViを地面に激突させた。 「だけど、もう逃げられねぇぞ!」 【ジガストーム】 ヨネがグリップを強く連続で握るとメタルグレイモンViから青白いオーラが溢れ、胸のハッチから瞬間的にチャージされた熱線が放たれた。 ストライクドラモンは叫びながら両腕にも青い炎を溜め込むとクロスさせて前方に振るった。 「ストライクファング・ブルーフレイムだああーーッ!!」 必殺技に必殺技を重ねて放たれた十字の焔は熱線と衝突し、空中で鍔迫り合いを始める。 ストライクドラモンは苦しみながらもその腕に力を込めてブルーフレイムに前進する力を注いでいく。 【メガナパーム】 「おれも混ぜろおおおっ!」 戦車が口から放った爆炎がジガストームの勢いを僅かに削ぐとそのまま空中で爆発した。 煙が晴れた所にいたのはメタルグレイモンViの腹の上で伸びたユキアグモンだった。 ・04 「ま。俺の仲間にしてやるという事だ!」 次の日、洞窟を先導するヨネは機嫌が良さそうに答えた。 「完全体使いは頼りになるな。ありがたい」 「二人は俺のサイドキック…ようは二番手として申し分ないからな〜はっはっは!」 「なんかコイツ調子いいな…一発シめるか?」 「じゃあ先ずはいつも調子に乗ってるマモからシめないとだな」 戦車はマモをぺしぺしと小突く。 「おいシュウのおっさん助けてくれよ」 マモはたじろぎながらシュウに助けを求める。 シュウはユキアグモンの方をチラッと見て「小学校かここは?」とため息をついた。 「なんで今オレのほう見たんだよ!?」 「なんでだろうな。それよりヨネくん、腹の方は大丈夫か?」 「あっ…おう!まかせとけ!」 ディスクから取り出した小屋で休憩を取った彼等だが、マモの出した肉はシュウと会う前にどこからか拾った肉だった。 腹は大丈夫なのかと心配するシュウにヨネは力の無い笑顔を見せたが、すぐに真面目な顔に変化する。 「ここを曲がったら要塞の裏口だ。一旦止まろう」 「そういやヨネはなんでここに用があんだよ」 「おっと、言い忘れてたな。俺は自分の世界と時間に帰るためのデジタルゲートを探してるんだ」 ヨネの言葉にシュウは眉を潜めた。 「異世界人は知り合いにいるからソコはわかる…だが、時間?」 「俺が自分で調べて勝手に妄想した話だ。話半分に聞けよ?」 ヨネは咳払いをすると先ずデジタルワールドは様々な並行世界とゲートで接続されており、そこから出るためのゲートも存在していると話した。 「だけどな、全部が元の世界や元の時間に戻れるようになってるワケじゃねーんだ」 「つまり適当なゲートを通過すると自分の世界に戻れたとしても、恐竜がいるような過去や車が飛んでるような未来に到着する可能性があるって事か」 「そういうこと。俺が行った世界は48都道府県だったぜ」 「なんだそりゃ…」 シュウとヨネの会話を聞いてるマモはつまらなさそうに騒ぎだす。 「だからー!なんで要塞のてっぺんを探してんだよ!」 「ああいう所にはなにか便利なモノがありそうだろ?」 ヨネはしたり顔をするが、少し間を置いて「それに…」と続ける。 「俺にはライバルがいるんだ。アイツには負けたままは嫌だからな」 「友達か。いいんじゃないか?」 「そ、そういうのじゃない!」 「へっ。最初からそう言えってんだ!行くぜ!」 照れ臭そうにしながら出されたヨネの答えに納得したマモはズンズンと突き進み、シュウたちは慌てそれを追いかけて要塞に侵入した。 それを監視カメラ越しに見つめる一体の大きな影…それは、黒い鎧と赤黒い翼を持った究極体デジモン・ブラックセラフィモンだった。 彼は振り向き「侵入者です」とよく通る声で一言そう告げる。 デジモンイレイザーと呼ばれた彼女は電子機器の光が照らす無限とも思えるほどに広い空間で口を歪めながら笑みを浮かべる。 「コレが件の面白そうなテイマーか」 監視映像のシュウたちは次々と雑兵となる成長期デジモンを撃破していく。 「ナナシを使えばいいんじゃないか?アレもそうしてほしくてわざわざ此方に送ったのだろう?」 「少々過剰に思えますが…いえ、貴女の意見は絶対でございます」 ブラックセラフィモンは恭しく一礼するとナナシの幽閉された部屋のロックを解除し、「行け」と命令した。 ナナシと呼ばれるフードの少年はフラフラと立ち上がり、なにかをぶつぶつと呟きながらゆっくりと歩き出す。 自身より遥かに大きな扉が重い音をたてながらゆっくりと開くと、彼は濁った目と共にその部屋を出た。 「…」 ナナシが部屋を出るとすぐ外にいたのは、彼を静かに注視する究極体デジモン・ダークナイトモンXだった。 彼らは”仕事仲間”であり、ダークナイトモンXはナナシが数日間幽閉されていた間もその場から一歩も動かずに待っていたのだろう。 そしてダークナイトモンXは虚ろな人形のようにナナシの背をゆっくり…ゆっくり…と追う。 静かな空間にはダークナイトモンXが歩みを進める度に鳴る鎧の擦れたカチカチという音と、自分の置かれた状況に嫌気がさしたナナシの舌打ちだけが響いていた。 ・05 「まだ上があるのかぁ…?」 「兄さんもう疲れたのか?」 「シュウのおっさんはだらしねぇなぁ」 階段の途中で完全にバテたシュウは座り込み、汗なのか鼻水なのかわからない液体で顔面を塗らしながら座り込んでいた。 「お、お前らな…俺は社会人なんだぞ?無限に遊んでるガキとは体力がもう違うの!」 「シュウは休みの日って大体部屋の隅で体育座りしながら寝てるもんなぁ」 「大人はな、色々あるの!老後とか年金問題とか親の介護とか…それを見ないフリする為に俺は寝てるの!」 「おれそういう話わかんねぇや。置いてっていいか?」 マモはそういいながらもう階段を上っており、ヨネもそれについていこうとする。 慌てて起き上がるシュウは年長の威厳も無いまま騒ぎながらゆっくりと階段を登り始めた。 「おぉい待て…見捨てるな…」 次の階についたシュウは倒れかけながら壁に手をついて辺りを見渡す。 そこは巨大な闘技場のようになっており、今までの階層と違う雰囲気に少し怯んだ。 シュウはマモとヨネを相手に悪態をつくが二人とも彼に気付かず苦い顔をするばかりで、いつのまにかリアライズしている戦車・メタルグレイモンViの二匹もその体を細かい傷だらけになっていた。 その前にいるのは5mほどの巨体を持ち、全身に緑色の結晶を持つ暗黒騎士・ダークトナイトモンXであった。 「来たかい兄さん…アイツが前に俺たちを倒したヤツだ」 「お前が聞いていた男か。眠そうで、頼りの無さそうな大人だな」 シュウは「よく言われる」と頭をかきながら苦笑いした。 「俺は祭後終。お前、名前はなんて言うんだ?」 「今は、ナナシ」 「まぁ今はそれでいいや」 「このやり取りも無駄だ。お前たちも、お前たちの大切な相棒をここで削除(デリート)してやる」 ナナシが鼻で笑うとダークトナイトモンXは手のひらから黒いエネルギー弾を放った。 「メタルグレイモン、避けろっ!」 【ギガシャドウリゾルブ】 連続で放たれる暗黒のエネルギーをメタルグレイモンViは全速力の飛行で避け、そのままダークトナイトモンXに突進した。 「数日前のお返しですわ!」 【メガトンパンチ】 「無駄…無駄だ」 振るわれた拳がダークトナイトモンXを捉える直前、彼は姿を消したと思う程に素早く背後に回り込んではメタルグレイモンViの背中に蹴りを入れた。 メタルグレイモンの体は空中から地面に叩きつけられ、辺りに地響きを起こす。 「ぐうっ!な…なんですの!?」 「力の差も理解できない…学習能力が無いヤツだ」 ナナシは小さな声でどうやっても敵わないこともある…と呟く。 「さ、俺達もいくか」 シュウから呼ばれたユキアグモンは「オウ!」と叫び、前進しながらデジヴァイス01から受けた光を纏う。 光の卵はふわりと浮かんで縦に一回転すると光が破裂し、ユキアグモンは成熟期デジモン・ストライクドラモンへと変身していた。 「おまたせ」 ストライクドラモンはメタルグレイモンViを追い越してダークトナイトモンXの方へ走り出す。 思い切り飛び上がってから放たれたストライクドラモンの蹴りを受け止めたダークトナイトモンXはその気迫だけで弾き返してしまう。 戦車に受け止められたストライクドラモンは地面に着地した。 「ストライクドラモン、究極体と正面から戦うのは危険だ」 「くっそ…どうすればいいんだ!?」 「…マモ」 「本気でブチ込むしかねーな!」 マモの言葉に頷いた戦車は光を放出し、爆発させるとその姿を完全体デジモン・タンクドラモンへと進化させた。 「うおおっ!進化できんンか!」 戦車は驚くストライクドラモンを他所に迫り来るダークトナイトモンXの槍をガッシリと脇で受け止め、その顔面を殴りつけた。 ダークナイトモンXは僅かに怯むが、あまりダメージは無いようで彼は平然としている。 「ち…!」 タンクドラモンは組み付いたままブラストガトリングを使って至近距離で連続射撃を始め、シュウの指示で飛び出したストライクドラモンがストライクファングでダークトナイトモンXの肘を攻撃した。 その衝撃でダークトナイトモンXは槍を手放し、その隙にタンクドラモンは槍を持ったまま後方へと退きながら射撃を継続する。 ダークナイトモンXはマントを翻して弾丸を避けようと飛び退くものの、着地地点にはメタルグレイモンViが放っていたオーヴァフレイムが待ち受けていた。 「足元がお留守ですことよ!」 爆発はダークナイトモンXを仰け反らせるが、足に力を入れてその姿勢を制御する。 「一撃与えただけで進歩したつもりか?」 ナナシはメタルグレイモンViを見てそんな感想を述べた。 「青いの、誰かを頼ったお前はむしろ弱くなった…無駄だったな」 ヨネはナナシの言葉に怯み言い淀んでしまうが、「違うな」とシュウの声が聞こえた。 「それは違うぜ、ナナシ」 シュウの言葉にナナシが彼を睨む。 「誰かに助けられる事は何も悪いことじゃない」 「弱者が集まってもそこにあるのは無意味な現実だ。お前も妹の事なんか忘れて惨めな余生を過ごせ」 「無駄、無駄、無駄…勝手に他人の限界を決めつけてんじゃねぇぞ」 シュウもナナシを睨み返すと、ヨネはその言葉に吹き出して笑い出した。 「それ、俺のライバルも似たこと言ってたぜ」 「おいおい…パクりかよシュウのおっさん」 「んなわけあるか!」 「シュウ、それより勝算はあるのか」 高いところから聞こえる戦車の声にシュウは顔を見上げるとしたり顔を見せた。 「ならば我も力を貸そう」 ヨネのデジモンアクセルが独りでに光るとアトラーカブテリモンがその姿を現した。 「急に出るなよ!ビックリすんだろ!いや、それよりもう大丈夫なのか」 「メタルグレイモンがここまで戦ったのだ。我も休む訳には行くまいて」 「もう少し早く出てきて下さると助かったんですけど?」 「オイオイ!完全体がいち、に、さん!いっぱいだゼ!」 「ありがとな。じゃ、行こうか」 アトラーカブテリモンBの出現にストライクドラモンは指を折りながら騒ぎ出し、シュウはデジヴァイス01に指示を入力すると全員にアップリンクした。 「おバカですわね」 「よく言われるよ」 メタルグレイモンViはその指示にため息をつく横で、アトラーカブテリモンBは前屈姿勢になり今すぐにでも突撃する状態だ。 「主人をバカにされたのだ。これくらいはして当然であろう」 「案外騎士サマは血気盛んですわね」 「来い。絶望させてやる」 メタルグレイモンViとアトラーカブテリモンBは同時に突進し、ダークトナイトモンXに向かって激突した。 ダークトナイトモンXは押し返そうとするが、僅かに手こずる様子を見せる。 ナナシは舌打ちしながら飛び上がるように指示するが、眼前にストライクドラモンが現れると強力な体当たりを食らわせる。 【ストライクファング】 しかしダークトナイトモンXにストライクドラモン渾身の一撃は通用せず、頭突きで吹き飛ばされてしまう。 「がっ!」 「無駄だッ!成熟期程度に引けを取る究極体などいない!」 ナナシが唾を飛ばす程に叫ぶも、シュウは何の反応も示さない。 瞬間、ダークトナイトモンXの腹を自身の槍・ヴォルテックスピアが貫いていた。 「よっしゃーーッ!!」 「─!」 ついに、一瞬、だが確実に呻き声を上げたダークトナイトモンXを前に勝鬨を上げるのはタンクドラモンに跨がったマモだ。 彼女はガッツポーズを取り、バンバンとタンクドラモンの頭を叩く。 先程のヴォルテックスピアはタンクドラモンが投げたものであり、ストライクドラモンの突撃は視界を塞ぐための行動だった。 「調子に乗るなーーーーッ!」 ナナシの叫びに答え、ダークトナイトモンXは全身から放つ気迫で組み付く2体の完全体デジモンを吹き飛ばす。 ダークトナイトモンXはデータを滴らせながら胸から槍を無理矢理引き抜くとタンクドラモン目掛て投げ返す。 「我が誇りに賭けてそれはさせぬ─!」 【ワイルドスクラッチ】 だが、その直前に再び食らい付いたアトラーカブテリモンBが角で放った攻撃がダークトナイトモンXの腕を逸らす。 「無駄な抵抗をッ!」 ダークトナイトモンXはアトラーカブテリモンBを殴り飛ばすと全身の結晶体を鈍く光らせてから腕をクロスさせて構える。 【クルーエルトルネード】 四人のデジヴァイスから激しい警告音声が鳴り、槍が竜巻を纏う。 凄まじい威力を伴ったソレは余波にカスっただけのタンクドラモンをも引っくり返すと要塞の壁に大きな穴を開いた。 離れた所にいる四人のテイマーたちは、ピリピリとしたエネルギーの圧を感じ取る。 シュウ、マモ、ヨネの三人は体の痛みに思わず不快な表情を浮かべるが、ナナシは至って普通の顔でいた。 「現実だ…現実って感じがようやくしてきたよ」 しかし、シュウの不思議な発言に対して眉をひそめる。 当のシュウははっきりとした顔で楽しそうに笑っていた。 「ミヨが俺の現実だ。絶対に連れて帰る」 「わけのわからない事を…」 「お前を倒すって事だよ」 【アースパワー】 【バスターダイブ】 アトラーカブテリモンBは着地と同時に自身の周囲に岩型のエネルギー体を纏わせると、堅牢さを増した上で渾身の体当たりをしかけた。 ストライクドラモンも絶叫と共に変異種防壁(イリーガルプロテクト)を展開しながらストライクファングで突撃し、バスターダイブで片足立ちになったダークトナイトモンXの足へ刺さるようにぶつかった。 その反動でストライクドラモンはユキアグモンに退化してしまうものの、完全に姿勢を崩したダークトナイトモンXは先程の大穴から外へ追放される。 「戦車ァーーーッ!」 「任された!」 【ストライバ−キャノン】 戦車はその主砲を大穴に向けると爆音と共に発射し、要塞の外にいるダークトナイトモンXを狙い撃つ。 だが、その核弾頭に匹敵する主砲の威力でさえダークトナイトモンXが放つ闇の気迫で押さえ込まれてしまう。 その様子を空中に表示されたディスプレイで観測したナナシは勝ち誇る。 「いつまでも無駄な抵抗を!」 「それはどうかな」 「あまりお上品じゃありませんケド…私達は勝ちたいのですわ」 エネルギーの放出で生まれた隙に上空から飛来したメタルグレイモンViが文字通り食らい付き、腹の穴から漏れるエネルギーの流体を次々と吸収しだす。 一転焦るナナシを前にシュウとマモはヨネの名前を呼んだ。 ヨネはグリップを強く握ると三人の力強い想いを乗せるように一度、二度、三度と押した。 そして側面に自身の手のひらを叩きつけると笑顔で叫ぶ。 「俺たちなら何処までだっていけるさ!」 メタルグレイモンViの内部から溢れた光が弾けると、まるでダークトナイトモンXから力を奪い取ったかのように黒光りする鎧を纏った姿を現した。 【究極体:ガイオウモン】 ・06 「ヨネくんと戦った時にマモと戦車がやった足元への攻撃を参考にさせてもらったぜ」 「おいやっぱりパクりじゃねーか!」 したり顔のシュウにマモは遠くから叫ぶが、ナナシとヨネの耳には入っていない。 「これが俺達の成長だぁ!」 「どうとでも言え…お前の全てを無駄にしてやる!!」 ガイオウモンとダークトナイトモンXは要塞の壁に足を突き、滑り落ちながら戦闘を開始した。 遠隔操作で槍を引き寄せたダークトナイトモンXはガイオウモンの二刀流を受け止めて格闘戦に突入する。 究極体同士の武器が激突する度に周囲の時空は歪んで所々にゲートを生んでいくが、蓄積したダメージを持ってして漸く対等といった様子だ。 やがて二匹の究極体は偵察機であるカーゴドラモンを蹴って大きく飛び上がると闘技場まで一気に戻ってきた。 着地の風圧に目を細めるシュウ達を前に再び二匹は武器を切り結び、辺りにバラまかれる真空波がヨネの髪止めを切り裂いた。 「兄さん、マモ!先に行ってくれ」 ヨネの言葉に二人と二匹は階段を目指するが、その先から2mは優に越す鉄の塊のような筋肉を持つ大男が現れた。 「苦戦しているようじゃねぇか?ナナシさんよ」 「なぜここにいる…ゲオルグ・D・クルーガー」 「出向だよ。ま、社会人経験の無い小僧にはわからんか」 その男は指をボキボキと鳴らしながら嘲笑の笑みを浮かべる。 その時タンクドラモンの履帯が切れ、ユキアグモンは思い切り吹き飛ばされた。 シュウが名前を呼ぶよりも早く、ユキアグモンはゲオルグに頭をキャッチされてしまう。 彼はもがくユキアグモンをじっと見つめると壁に叩きつけてから放り捨てた。 「攻撃を寸で回避したタンクドラモンは見込み大アリだ」 【完全体:ソルガルモン】 シュウのデジヴァイス01から電子音が鳴ると、ゲオルグの背後に2m程の完全体デジモン・ソルガルモンが瞬間移動と思える程の速度で姿を現した。 炎を吹き出す鎧に身を包み両目に傷を受けたその姿は、究極体にも匹敵するプレッシャーを放っていた。 息切れを起こした戦車はその姿を成熟期・モノクロモンへと戻してしまう。 「だがコイツはなんだ?時令のヤツに一泡吹かせたと聞いた時は数年振りに心からスカっとしたモンだが…才能が感じられん!」 腹を蹴りつけられて足元へ転がったユキアグモンを受け止めたシュウはゲオルグを睨む。 「FE社の関係者か」 「よろしく。そしてさよならだ」 ソルガルモンはシュウ達の高空を取るとレンチのような槍・ヴァナルガンドを振り下ろした。 その時、ダークトナイトモンXの槍がそれを受け止めていた。 「コイツは俺が倒す。コイツだけはな」 「俺様を止める気か?」 「あら。私達とも踊って下さらないと困りますわ」 ソルガルモンは槍を振り払って再び構えるとダークトナイトモンXと対峙すると、二者の間にガイオウモンが割り込んでそれぞれの刃先を向ける。 三つ巴の戦いが始まろうとした時、その中心点に一人の少女と数匹のデジモンが現れた。 「陰謀揺らす血染めの羽衣…闇夜の支配者、月の刃ニョイハゴロモン。参上」 「刹那の一刀・永久の終焉…零度の体現、水の刃オキグルモン。氷来」 「纏う鎧は夜明けの黒雲、振るう刃は中夜の白光…恐慌の創造主、金の刃ファーヴニモン。ここに」 三匹のデジモンはそれぞれにガイオウモン達を睨み、その圧だけで交戦の継続を躊躇わせた。 「さ、そこまででいいだろう」 「…嫌な奴等を連れてきやがった」 「社長はお前に従えと言っていた。口惜しいが止まってやる」 その少女を見たナナシとゲオルグは嫌そうな顔をしながら顔を背けるが、少女はそんな二人を気にも留めずシュウの前にゆっくりと寄る。 「いきなりここに来る度胸は認めてあげるよ。だが実力が足りなかったね」 「…お前は、まさか」 「デジモンイレイザー」 「話は早い。ミヨを返せ」 「いいよ」 ユキアグモンは驚きながら「お、おい!こいついいヤツなんじゃないか?」と慌て出す。 「そ。僕はいいヤツだ…だからゲームをして君が勝てば条件を呑んでやろう」 「ゲームだと?」 「簡単な事さ。ここにイレイザータワー…君達が要塞と呼ぶここの鍵がある」 イレイザーはどこからか引き寄せた飛来ソレを握り、力を入れると五つに分解してしまった。 背後に大陸の地図が表示されるとデジモンイレイザーは話を続ける。 「この大陸には僕の作り出した前線基地(イレイザーベース)が幾つかあってね…そこにこのタグを一つずつ配置する」 「全て集めればまたココには入れる…そういう事か?」 「デジモンイレイザー!コイツらを逃がすと言うのか!?」 ナナシの声にデジモンイレイザーは「あぁ」と軽く答えた。 「これなら彼がここに戻ってきた頃には君も満足する実力に成長しているんじゃないかな?ゲオルグ」 「ふん。生きていればだがな」 突如、槍を振り下ろしたソルカルモンを前に思わず構えるガイオウモン達だったがその標的は彼等の予想とは違った者を狙っていた。 「─つまらん。興が削がれた」 その槍を受け止めたゲオルグは退屈そうに欠伸をすると階段の奥に消えて行き、ソルガルモンは舌打ちをすると現れた時と同じく瞬間移動の如き早さでその場を去った。 「最後に。君がタグを集める間にも僕はこの大陸の支配を続ける。急ぎなよ」 彼女が指を鳴らすと空気は処理落ちしたかのようにカクつき、背後の三匹と共に姿を消した。 「二人とも…ここは、撤退だ」 「兄さん…いいのか?」 「ソレはおっさんが一番…いや、そりゃそうか」 「…消えろ」 ナナシのその言葉よりも早くガイオウモンが地面に爆炎を放ち、その煙が消えると三人と三匹は撤退した後であった。 一人残されたナナシは魂の無い甲冑を見上げ、先程僅かに聞こえた彼の呻き声を何度も脳内で繰り返した。 (あの声はハックモンだった気がする…いや、そんな筈は無い) ソレだけはないんだ…そう小さく呟くと彼等もゆっくりとその場から立ち去った。 ・07 「─ここでお別れか?」 三人のテイマーは三つに別れた道の真ん中で別れを惜しむように話込んでいた。 シュウはミヨを救うためのタグ集め、マモは因縁の相手を探す旅の続き、ヨネはゲートを探しつつの武者修行…互いに掲げた目標を応援しあった。 「お前達、いつかミヨと会えたら仲良くしてくれよな」 「あぁ!またいつかなっ!」 マモは戦車から降りるとヨネ、ユキアグモン、シュウと次々に拳を突き合わせるて明るく笑った。 メタルグレイモンViとアトラーカブテリモンもデジモンアクセルの画面越しに手を振っている。 二人がそれぞれの道を歩き出し、背中が見えなくなるとシュウはユキアグモンに声をかけた。 「さて…俺達も行くか」 「メタルグレイモン、かっこよかったな〜」 「はは。なってみるか?」 気楽な会話をする一人と一匹にまだ多くの戦いと多くの出会いが待っている事を知る由も無かった。タグはあと五つ。 おわり