温泉施設から恐竜博物館へは送迎バスが出ていた。 正確には、勝山駅から温泉施設を経由して恐竜博物館とスキー場までを往復するバスなので昨日乗ったものと同じなのだが。 途中、バスの中から秘密基地めいた銀の球体が森の中に見え、丘を登るとあちこちに恐竜を模した遊具やモニュメントが出現する。 ひまわりだけでなく、他の一行もなんとはなしにテンションが上がってきた。 「……ここが!」バスを降りたひまわりは、眼の前の銀の球体を見上げた。 森で下半分が隠れていると球体に見えたが、隠すものがなくなるとそれは卵型であるのがわかる。 入口に近づくとベンチの後ろにメガネを掛け白衣を着た恐竜の人形があった。恐竜博士とキャプションされている。 「ダー、写真撮ってー!」はしゃぐひまわりと撮影するキンダーハイモンを見ながら、 「なあアレって……」ベルゼブモンと 「どう見ても……」ほむらと 「アグモン博士、ですわね……」織姫は奇妙な既視感を覚えていた。 入場するとまずは長いエスカレーターで下へ下へと下りていった。その先はトンネル状の通路になっていた。 通路の左右には恐竜登場以前の生命の化石などが展示されていた。 それらの中にある一つの展示の前でひまわりは立ち止まり、他の者も足を止めた。 それはカブトガニと、その足跡と思しき大きなパネル状の化石だった。 カブトガニの周辺だけ足跡が乱雑で多くなっており、「死の舞踊」という名がキャプションされている。 「……歩いていて突然埋まったのか?」ベルゼブモンがそう口にするとひまわりが 「違う。」首を横に振った。 「よく見て。これ、足跡が盛り上がってるでしょ。つまりこれは下から見た状態の化石なんだよ。」 「下から、ということはこのカブトガニはひっくり返ってるという……変ですね?」織姫が何かに気づいた。 「うん、これはね?カブトガニがひっくり返ってもがき苦しみながら死んだ化石なんだよ。」 『……!』ひまわり以外の全員が言葉を失う。 「どうも脱皮に失敗したんじゃないかって推測らしいよ。」ひまわりがさらに補足する。 「……成程、それで『死の舞踊』ってワケか。」ベルゼブモンがそう言葉を発するまで数秒の時を要した。 「命っていうのは一生懸命生きて、やがて死ぬのが定めなのさ。それは誰も変わりはしないのさ。」 一言も発せられずにいるほむらからは、そう語るキンダーハイモンの表情は花弁に隠れて窺い知れなかった。 常設展示エリア、広大な空間に多数の恐竜骨格標本が展示されている日本一の、いや、世界でも屈指の恐竜展示室。 そこに入ったひまわりはまず止まり、ゆっくりと空間を見回し、やがて目を見開き口を半開きにして歩き出した。 「ちょっとヒマちゃん!一人で勝手に行かないで……ああもう!」キンダーハイモンの制止の声は耳に入らないようだ。 「私がついていきます。」織姫はそう言うとひまわりを追いかけた。 キンダーハイモンとベルゼブモン、そしてほむらは常設展示エリアの入口に取り残される形となった。 「あー、行っちゃった……。丁度いい、アタシもアンタとは少し話がしたかったんだ、出海、ほむらさん。」 キンダーハイモンのその言葉に、ぽかんとしていた二人は一斉に言葉の主のほうを見た。 「話……?」 「アンタさぁ、ヒマちゃんには何か秘密があるんじゃないか、って思ってるんじゃないかい?」 「!!」キンダーハイモンが横目で見ると、ほむらは明らかに驚いた顔をしていた。 意味がわからない、というものではなく、なぜ分かったのか、という表情だ。 「図星のようだね。ま、アタシもこう見えてデジ対なんでね。アンタの事情ってやつは知ってるのさ。」 正確にはデジ対のメンバーではなくデジ対の庁舎であるが、この場合は大した違いではない。 「こっちも事情が事情なんでね、応募者は追加の身辺調査したのさ。」知り合いの忍者がほむらの事情にがっつり関わっており、さして手間は掛からなかった。 「あの子は特に何かが仕掛けられてる訳でもない、ただDr.ポタラの娘のクローンであるというだけの、普通の女の子だよ。」 「そう……なの?」絞り出すようなほむらの声。 「発注仕様書、遺伝子構造、使用材料……どこを調べても、何らかの実験を行うための変更点が見つからなかったのさ。」 そう言いながらゆっくりと歩き出すキンダーハイモンに、二人も続いて歩き出す。 「かと言って十把一絡げな量産品でもない、特注の『普通の人間』……しかも費用はDr.ポタラの個人負担だ。」 「えっ待ってよ、それじゃあひまわりちゃんは……」 「アンタと同じだよ、出海ほむら。」ほむらのほうを黒い目が一瞥する。 「作った人間がFE社の技術者で、普通の人間とは作られ方が違うってだけの、もはやFE社とは無関係な、『ただの人間』さ。」 「ただの……人間……」 「アンタを調査した人が言ってたよ。『あの親子は普通の親子にならなくちゃいけないし、あの娘は人間として幸せにならなくちゃいけない』ってさ。」 その調査した人間が何者なのか、二人にはそれで察せられた。 「実を言うとアタシはさ、親元に帰れない子供と行き場のないデジモンを守るという目的で作られたデジモンでさ。」 三人は壁際、人の多くない休憩スペースへと近づいていく。 「誰かに望まれて生み出された、っていう点じゃアタシもヒマちゃんも、そしてアンタも何一つ変わらないのさ。」 「望まれて、生まれた……」 「だからさ、これはアタシの個人的なわがままと言うかお願いなんだけどさ。」 キンダーハイモンが立ち止まる。ほむらの方を向いて、その顔をじっと見上げる。 「あの子も、アンタも、幸せになって頂戴。それがアタシの幸せだからさ。」 「!!」 「…………まぁそのさ、辛くなったらいつでも豊洲においでよ。アタシはこれでも、帰る場所のない『子供』を守る寮母さんだからさ。」 「……うん、ありがとう。」俯くほむらの肩を、ベルゼブモンの大きな手が優しく叩いた。 「見てベガお姉ちゃん!ブラキオサウルス!おおきいねー!」目を輝かせて見上げるひまわり。 「嬉しそうですわねひまわりさん。」それを一歩後ろから眺めている織姫。 「……ベガお姉ちゃん、もしかしてあんまり楽しくない?」振り返りながらひまわりが言う。 「いいえ、別にそんな事ありませんわ。」即答する織姫だったが、 「ボーンフリーやアイゼンボーグに出てくるような恐竜じゃなくてちょっとがっかりしてる?」 ひまわりがそんな事を言うものだから、織姫は少し慌てたような反応をした。 「私だって恐竜の研究が進んであの時代と今とでは恐竜の復元が違うことは理解していますわ!」 「……そうだよね、四脚のはあんまり変わんないもんね。」もしかしたら揶揄われたのかしら?と織姫は思った。 もしそうなら、それは幼いながらもひまわりなりの気遣いなのだろう。 「……今日のお姉ちゃんのTシャツ、チタノザウルスだよね。」 「ええ、そうです。ひまわりさん、チタノザウルスはお好き、ですよね?」それは質問ではなく確認であり、返答は不要であった。 「……ベガお姉ちゃん、チタノザウルスの相方、っていうか、その時のゴジラの中の人、なんだけどね?」 「はい?」突然そう振られて織姫は意図が読めない。 「普段から子供が本気で怖がる演技をすることを考えてて、親戚の子供とかにも会うたびに怖がらせてたんだって。」 まあそういうこともあっただろう、と織姫は思った。 「そうしたら、その子供からすっかり避けられるようになっちゃったんだって。」 何を仰りたいのかしら?と訝しんだがそう尋ねることはせずに話を聞き続けた。 「他にもいろいろ大変な目に遭いながらもその人は怪獣の中に入り続けたんだって。」 「……クリエイターの苦悩、というものですかしらね?」 「それを聞いた時、この世に存在しないもの、自分の欲しいものを自分で作ろうとする人間ってすごいなって、ひまは思ったんだ。」 「……そうですね。」 「……あのね、ひまね、クローンなんだ。昔死んだ女の子の。」 「………伺って、います。」泣くでも笑うでもなく、すました顔のひまわりに、おなじようにすました顔で織姫が答える。 その辺りの事情はキンダーハイモンとのメールのやりとりの中で口外無用の重要事項として伝えられていた。 「ニセモノなんだ、ひまは。」 「!」どう返したらいいのか、織姫は咄嗟には言葉が出てこなかった。 「ひまね、その死んだ女の子のこと知らないし記憶とかもないし、作らせたパパもしらない。でも自分がクローンだってことはわかってるんだ。」 「……。」 「おそらく睡眠学習プログラムの影響らしいんだけど、ひまは最初から特撮映画が好きだったんだ。」 「そう、なんですか……。」 「だから特撮映画をいっぱい見たし、そういう本もいっぱい読んだんだ。そしたらある時気づいたんだ。」 「気づいたって、何にですか?」 「特撮って、存在しないニセモノをまるで存在するかのように作ることじゃないかなって。」 「!……それは、確かにそうです、けど。」ニセモノと断言されて、即座には首肯しかねる様子を見せる織姫。 「特撮で作られたものはニセモノかもしれないけど、作った人の心と、見た人が感じたものは、ニセモノなんかじゃないって。」 「そう!……そうですね!」やや食い気味に言う織姫の顔が少し明るくなる。 「だから、ひまの……『わたし』の命はニセモノかもしれないけど、だけど、」 そこでひまわりは織姫に向き直る。目尻には涙の乾いた跡が残る。 「わたしが生きてることと、わたしが感じたことは、ニセモノじゃないって!」両手を後ろで組んで前かがみになる。 「スーツアクターの人ががんばった事も、その親戚の子が本気で怖がったことも、どっちの気持ちもホンモノだったみたいに!」 上を向いて織姫を見る顔が、笑顔をしてみせる。 「それに気づかせてくれた特撮が、大好き!」 「……私も、大好きですよ、特撮。」織姫がそっと優しくひまわりをハグし、 「うん、知ってる!」ひまわりもそっと織姫を抱き返した。 それからしばらくして一行は合流し、館内をくまなく見学し、やや早めの昼食をミュージアムショップのレストランで摂った。 様々な恐竜イメージメニューやボルガライスを堪能した後はベルゼブモンを除く4人で化石研究体験に参加した。 帰りのバスの時間ギリギリまで恐竜博物館を満喫したひまわりとその御一行は夕方近くになって博物館を後にした。 帰りの電車は予約していたえちぜん鉄道の恐竜列車に乗り、そのまま福井からは北陸新幹線で東京まで一直線である。 それでも東京駅の到着は夜八時半近くになり、一日中ハイテンションではしゃいでたひまわりは軽井沢あたりですでに眠ってしまっていた。 「ヒマちゃん起きて、ヒマちゃん!」 「うー……」キンダーハイモンが起こしてもすぐに寝てしまう。完全に電池切れ状態である。 「しょうがねえ、俺がおぶって降ろすか。そんでタクシーでも捕まえて……」 ベルゼブモンにおんぶされたひまわりを連れて一行は東京駅で新幹線を降りた。 「連絡ついたわ。デジ対で残ってる人がいるから地下駐車場まで迎えに来るって。」 キンダーハイモンの言葉にほっと安堵する一行。 一行が八重洲地下駐車場まで下りてきて程なく、銀色のワンボックスカーが近づいてきた。 「お待たせ!」運転席から出てきたのはデジ対職員の詩虎ヨリオである。 「おう、ヒマは俺が預かるぜ!……って、アレ?」助手席から彼のパートナーのベルゼブモンが出てきた。 「おい、車から俺が出てきたぞ。」ひまわりを背負うベルゼブモンが目を丸くしている。 「あー、そういや聞いたな。付添人に俺以外のベルゼブモンがいるって。」 そう言うと車から出てきたベルゼブモンが右手を差し出す。 「デジ対のベルゼブモンだ。よろしくな、ベルゼブモンの……ライブモードだっけか?」 「おう、そのライブモードって奴だ。こっちこそよろしく。」左腕一本でひまわりを背負い直すと握手に応じた。 デジ対のベルゼブモンはライブモードのベルゼブモンからひまわりを受け取り、車のベンチシートに横たえた。 「ごめんねヒマちゃんがこんなんで。まだ今度改めてちゃんとお礼を言いに伺うわ。報酬の愛払いも兼ねてね?」 そう言うとキンダーハイモンは後部座席に乗り込んだ。 「それじゃまたねー!」窓から手を振るキンダーハイモンを、三人は見えなくなるまで手を振って見送った。 旅行から一週間ほどが経過した。 昨日キンダーハイモンとひまわりは織姫とほむらを訪ね、お礼を言って報酬を支払った。 ひまわりは織姫と、キンダーハイモンはほむらと個人的に交流を続けている。 ひまわりは特撮の話ができる相手ができたことがよっぽど嬉しかったようである。 そんな二人が食堂で昼食を摂っていると、ひまわりが口を開いた。 「あのねえ、ダー?」 「なあに、ヒマちゃん?」 「ダーちょっと恐竜型に進化してよ。」 (そッ……そう来たかァ〜〜〜ッッッ!)キンダーハイモンは心の中で叫んだ。 (続く) 【PR】 シンカンセンスゴイカタイアイス https://www.jrcp-shop.jp/shopbrand/icecream/ シンカンセンスゴイカタイアイス用スプーン https://www.jrcp-shop.jp/shopdetail/000000000205 JR名古屋駅で買った駅弁 https://www.obento-matsuura.co.jp/products/detail/66 https://cascade-tokai.com/ http://darumabento.shop-pro.jp/?pid=22626289 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c7607c1b46bee8688cd17232793fd8d6438a92c9 https://hitsumabushi.jp/jr-2 勝山市の温泉施設 https://mizubasyo.jp/ 福井県立恐竜博物館 https://www.dinosaur.pref.fukui.jp/