狂った世界の湖畔にて、何度目だか知れない目覚めを迎えた。 嫌悪感に吐き気が滲むのが分かりつつも、台本が擦り切れるまで繰り返されてきた導線をまた辿るしかない。 それ以外の選択肢は与えられていない。 アリスを喪い、不思議の国に叩き落され、ビーストに成り果てた邪竜狩りを屠り、そして… 図書室に現出した「奴」の顔を拝みに行く。 白い服、白い髪、白い耳。紅く光る目は、見る者をぎょっとさせるほどに鋭く。 そんな支配者の一柱は、厚顔無恥にも初対面を装って口を開いた。 「初めまして。私はノーデ。この図書室の司書を……きゃあっ!?」 なにが「初めまして」だ。この穢れた売女めが。 一向に光明を見いだせない無限のループ、その中で醸成されてきた苛立ちを抑えきれず、気色の悪い雌兎の座る椅子を蹴飛ばす。 無様に尻餅をついた女が、困惑の表情でこちらを見上げた。 「も…申し訳ございません、なにかお気に障るようなことでも…」 いきなりの暴挙にも関わらず、慇懃なままの女に更に憎しみが加速する。 気に障ることだと?それならお前の全てだ。この悪辣な世界の管理者でありながら、すべてを知っておきながら、味方ヅラして自分の魂に這入りこんできたお前の全てが。 「ぐぅっ…んむぅ!?」 胸ぐらを掴んで無理矢理立たせると、苦しげに身を捩らせる。 その様を見て少し溜飲を下げると同時、嗜虐心が鎌首をもたげた。そのまま壁に押し付け、乱暴に唇を奪う。 舌を差し入れ蹂躙すると、何を勘違いしたのか向こうからも舌を絡めてくる。まるで愛しあうかのようにキスを演出する女が、実に不愉快だった。 お前など愛してやるものか。 「ちゅぷ…れろぉっ…あっ……。」 絡めてくる舌に応えず、とっとと口を離す。 崩れ落ち、一瞬不満げな目でこちらを見上げるが、すぐに目を伏せて絶望の滲んだ声を上げた。 「……グリム様。覚えて…おいでなのですね。」 忘れられるものか。こちとらお前達の悪趣味な遊びに魂が軋むほど付き合わされたのだ。 今更脳みそを掻き回されたくらいで、ソウルに染み付いた恨みが晴れるわけ無いだろう。 「…私が憎いのですね。そうでしょう。貴方を騙し、利用したのですから…本来なら慕う権利すら私には…」 口では殊勝なことを言うものの、目を伏せて傷付いた雰囲気を醸し出す恥知らずな女に、更に苛立ちが募る。 ──憎いに決まっているだろう。出来るものならお前を引き裂き、踏み躙り、拷問と凌辱の限りを尽くしてその超然とした顔を歪ませてやりたいとすら思っているのに。 「…へ?そう…ですか…!」 ぴょこん、と白い耳が跳ねる。驚きの声の中に、微かに喜色が混じっていた。 先程までの沈痛な面持ちから一転、まるで愛の告白をされたかのように頬を染める女。 異形のバケモノだとは思っていたが、余りにも常軌を逸した変わりように流石にたじろぐ。 何だこの女は。 「ご存知の通り、私は卑賤で下劣な女です。貴方様を利用し尽くし、剰え愛を望む唾棄すべき者です。最早…貴方に触れられることすら拒絶されるものだと思っていたのですが…」 流れるように自分を貶しながら、白兎は少しずつ躙り寄ってくる。 悦びと期待に顔を綻ばせ、 下から這い上ってくる。 「貴方の怒りは、恨みは、憎しみは、至極真っ当なものです。貴方が受けた痛み、死、凌辱は畢竟、私に帰結するものでしょう。」 滔々と自らの罪を述べるものの、そこには罪悪感などかけらも感じられない。 爛々と輝く眼と荒くなった息は、この女の脳内が性の興奮に満ちていることを表していた。 「だから…そう、貴方の鬱憤が少しでも晴れるなら、そう望まれるのでしたら、このノーデをご随意に御使い下さい。貴方にはその権がある。罪には罰を、そのようにあるべきです。」 いつの間にか立ち上がったノーデが囁く。耳元から黒い穢れが侵食し、既にどす黒く汚れた魂に新たな黒を添加する。 美しい白い手が、自分の灰色の手と重なり、細い首元へと誘導する。 女の首を絞めるのが性癖だと、命を手中に収めるのが性癖だと、この支配者はどこで知ったのだろうか? そして、ノーデは再度口を開いた。自分の心に残った最後の枷を外し…自らに慈悲をかけさせないために。 自分に、遠慮なく罰を与えさせるために。 「グリム様。」 「なぜ。」 「躊躇なされるのですか?」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 「…ふーっ♡ふーっ♡んぅ…っ♡」 性欲に溺れると…より詳細には女を無理やり犯そうとすると…いつの間にか意識が飛ぶということは経験的に知っていたが、眼前に広がる惨状は、無意識の自分が齎したとは信じがたいほどに酷いものだった。 静けさがそのまま形を成したような図書室は、台風でも来たかのように荒れ果てていた。 棚が倒れ、本が散乱し、赤や白や透明の液体がそこらに飛び散っている。 「きゅうっ♡ふーっ♡…」 その台風の目に、白兎がいた……より正確には、全裸で土下座を敢行していた。 昂奮で息を荒げ、絶頂の余波で痙攣しているにも関わらず、教科書通りの綺麗な土下座である。 「グリム様ぁ…♡」 近づいた自分の気配を察したのか、ノーデは面を伏せたまま媚びた声を挙げる。 よく見るといつも抱いてきた『綺麗な』身体からは程遠い。 全身に痣や古い血の痕が散見され、それらを覆い隠すくらいの白濁がこびり付いていた。 これは全て他ならぬ自分のやった事だと頭では理解しつつも、不思議と罪悪感は抱かなかった。 いや、待て、そもそもが。 なぜ罪悪感を抱く必要がある?これは罪に対する罰だ。自分に与えられた正当な復讐権を行使しているだけに過ぎない。 「んぎゅうっ♡♡♡♡イっ♡ぐぅぅっ♡♡♡♡」 ガン!と白い頭を踏みつけてやると、ぶしゅっと潮を吹き出す。そのままグリグリと靴裏の泥を擦り付けると、踏み躙る度に女が絶頂した。 まるで潮を吹き出す玩具のようだ。そこまで考えて、いつの間にか自分が笑みを浮かべていることに気づいた。 ──顔を上げろ 「は、はいぃ…♡♡♡」 予想通り顔も酷いものだった。白濁の痕は最早無い部分を探すのにも苦労するほどで、かつての怜悧さなどどこにも感じられない。 そんな顔を、女はにへら、と歪めた。 「次はどんな趣向で致しましょうか?私を犯されますか?痛めつけられますか?それとも殺し…がふっ!?んぶぅっ♡♡♡」 とりあえず、首を絞めて持ち上げる。頸動脈ではなく、喉笛を握り込むくらいの力で圧をかけると、女はまた潮を吹いた。 机に押し付け、挿入し、膣中を抉る。肉棒で感じる断続的な痙攣が、絶頂によるものか、酸欠によるものかなどというのは些末な問題だった。 それからは、ただ、ひたすらにノーデを凌辱し続けた。 「ぴょんっ♡ぴょんっ♡おちんぽっ♡おちんぽくださいぃっ♡♡のーでのにくべんきあなにおちんぽつっこんでっ♡ごりゅごりゅえぐってほしいんですぅっ♡♡」 娼婦の服をはだけ、両手を頭の後ろに組み、脚を目一杯開いた蹲踞の姿勢で兎が跳ねる。 1時間ほどお預けにしただけでこの有様だ。無様さに憐憫すら覚える。 どう苦しめてやろうか、どう尊厳を破壊してやろうかと考えぬき…図書室の外の世界など、とうに忘れてしまった 拷問の限りを尽くし、凌辱に全身全霊を捧げ、新たな殺害方法を思いつく度に実行し、そして………… 唐突に、エンディングがやってきた。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 図書室の夢から嬌声が絶えることはない。 そこに正気はなく、愛はかけらもなく、男が女に地獄の責め苦をただ与え続けているのみである。 男は憎悪と嗜虐を以て女を凌辱し。 女は傷付き、死に、また復活しては無節操に孕み、産み捨ててはまた男に媚びを振りまく。 管理者としての仕事も、母としての責務も、全ては投げ捨てられた。 異形の児らは演者に配置されず、処理されもせず、所在無く繁殖場に放って置かれた。 図書室の夢が血と精液と愛液で溢れた時と、繁殖場が隙間もないほどに異形で埋め尽くされた時と。 劇の進行を危ぶんだ舞台装置が、大規模な巻き戻しを決定した時は、偶然にもほぼ同時だった。 【Neglect END】