平介が”そいつ”にあったのはただの偶然だった。    大学からの帰り道、夕暮れの道を一人とぼとぼと歩いていた時のことだ。  ひらりと頭の上になんかが降りてきた。はてと頭のそれをつかむと、白い布切れだ。まだ乾ききっていない、わずかな湿り気がある。  ちょうどマンションの真下であることから、おそらくは風にでも吹き飛ばされた洗濯物であろうと判断する。  もしかしたら困った人が顔を出しているかもしれない。そう思って見上げたのが運の尽き。  マンションと道路とを隔てるフェンスに、それはいた。    体格のいい、黒いコート。胸元は大きく開いていて、タートルネックのインナーが見えている。平介二人分はありそうな胸板やエリの立ったコートはなかなか見栄えがする。するのだが、それ以前にもっと目を引くものがある。嫌がおうにも目にはいるのは、その頭にかぶったトランクスだ。青と水色のストライプ。ちょっとレトロなデザイン。別に対して珍しいとは思わない。あるべき場所にあるのであれば、だが。  柔らかい布であるべきそのトランクスは、なぜかピンと足を通すべき二つの穴が直立している。しかもよく見れば、トランクスにも英語が書かれている。本来の用途からすれば天地逆になっているべきその文字が、謎の怪人がかぶったままで読める向きになっている。そのためにわざわざ用意したことになる。かぶるためのトランクスを。  おまけに言えば、怪人の傍らには漫画かアニメのマスコットじみた2頭身の少女。片手には平介ほどもある大剣を木の枝か何かみたいに軽々とぶら下げている。間違いなくデジモンだろう。  その怪人が、平介に向かって手を出している。それは自分のものであると、体全体で主張するかのようだ。 「……これ、おめの落どす物何だが?」 「ハンカチだ。」    正直に言えばかかわりたくはないし、さっさとこの場から離れたい。都会は変わった趣味であろうと受け入れる懐の深さがあると聞いてはいたが、平介にはとてもじゃないが受け入れられそうにない。  ハンカチ。なんとなく、手元の布切れの手触りが気になって、思わず手元を見てしまう。  白いレースが華やかなハンカチ──、ではない。下着である。それも女性のものだ。 「うわっ! え、なして?!」    放り出すわけにもいかず、さりとて持ち続けるのも恥ずかしい。思わず体から離すように上に腕を伸ばしたその瞬間、黒い影となった怪人が平介の手の内から下着をするりと抜き取っていく。 「確かに。」    そう一言だけ残して、巨大な剣とおさげをぶら下げた少女と共に塀の上、道ならぬ道を駆けて行ってしまう。  通報するべきか、それとも見なかったことにすべきか。都会の闇というものを初めて目の当たりにした平介としては、気が気でない。もしかしてあんなのばかりなのだろうか。  結局通報したが、話を聞いてくれたお巡りさんがとても親身になって変態は一握りだと説明してくれたので、都会を誤解せずに済んだのだった。  終わり