スナック感覚で日竜将軍を殺害したり、平行世界の自分を食ってみたり…名家千本桜家の令嬢の気紛れは今に始まった事ではない。 此度もそんな気紛れに振り回される事になる犠牲者がまた一人…… 「何しやがる!放せ!」 ネオデビモンに頭を鷲掴みにされ、千本桜 冥梨栖の前に突き出されたのは成長期の爬虫類型デジモン、ラショウモン。 U池がこの幽霊お嬢様のテリトリーである事も露知らず、傍を通り掛かった人間を襲っていたらしい。畔でティータイムと洒落込んでいた冥梨栖は静かにネオデビモンへと視線を向けた。 「見てわからないのかしら?私は今お茶の時間でとても忙しいんですの。放っておきなさい、そんな小者」 「ですがおひいさま…!」 「……二度は言いませんわよ」 冥梨栖はティーカップをソーサーに置き、嗜める様に言い放つ。一見すると物越し柔らかに話している様に見えるが、その瞳には明らかに怒りや不快感といった感情が入り混じっている。 「…はっ!」 憤慨する主に気圧されたネオデビモンは大人しく引き下がり、捕らえていたラショウモンを解放した。 次の瞬間、自由の身になったラショウモンが冥梨栖へと切っ先を向けた。 「この場で俺を自由にするとかお前バカか!?その髪、俺が貰って行く!!」 しかしラショウモンの切っ先は冥梨栖の身体をすり抜け空を切り、勢い余ったラショウモンは地面に激突してしまった。 「痛て…」 「そこのあなた」 ぶつけた鼻先を擦りながら起き上がるラショウモンに冥梨栖が迫る。終わった__ラショウモンは自らの死を悟った。だが冥梨栖から返って来た言葉は意外なものであった。 「たった今見てましたわよね?あなたよりもずっと格上の存在であるネオデビモンが私に慄き引き下がる様を……それでいて尚私に歯向かおうとするその心意気、とても気に入りましたわ。あなたの気骨に免じて見逃してあげても宜しくてよ。」 「けっ…何様のつもりだよ」 身体に着いた砂埃を払いながらラショウモンは立ち上がる。 「お嬢様、ですわ!」 「お、おう……」 「ところであなた、人間の髪を集めていますのよね?それでしたら私について来なさいな。髪を切り落とすのにおあつらえ向きな方のところへ案内して差し上げますわ。」 _________________ そうして冥梨栖がラショウモンを連れ訪れた場所は『あわせみそ通り』なる名の商店街にある豆腐屋であった。 「何だよここ。豆腐屋じゃないか…」 「えぇ、豆腐屋ですわ。少し待っていて下さいませ。奴はすぐにやって来る筈ですわ。」 冥梨栖の予測した通り、一人の男が客としてやって来た。 ロン毛にグラサン、ピッチリスーツを身に纏い上からマントを羽織っているといった出で立ちだ。ロン毛を見るに冥梨栖の言う奴とは恐らくこの男の事だろう。 冥梨栖はすぅーっと地面をスライドする様に男の側まで駆け寄った。 「もし?そこのデジモンイレイザーさん。」 「何だ?貴様。何故俺がデジモンイレイザーだという事を知ってい…!?」 次の瞬間、冥梨栖は手元に召喚した巨大な斧__恐らく配下として従えていたボルトモンのものであろう__を振るい、一刀のもと、男の首を両断した。 切り落とされた首はドサリと地に落ち、残った身体は切断面から噴水の如く血が噴き出し力無く崩れ落ちた。 「さ、人間の髪ですわ。どうぞ、遠慮なさらず。」 辺り一面に転がっているさっさまでデジモンイレイザーだったものからラショウモンへと視線を移し、髪を回収する様に促す冥梨栖。 ラショウモンは目の前で起きた出来事が呑み込めずただ戸惑った。だがここで妙な動きを見せれば次にこうなるのは十中八九自分だ…ラショウモンは言われるがままデジモンイレイザーの生首を拾い上げ、その髪を回収した。 「私はお豆腐を買って参りますので少々お待ちを…」 手元の斧をどこかへとしまった冥梨栖は豆腐屋の店主と思しき初老の男性に声を掛ける。 「おじ様、お豆腐一つ下さいな」 「あいよ。いつもありがとね。しっかし冥梨栖嬢ちゃんの腕白さは昔から変わんねぇな〜」 「いつまでも夢見る少女の心を忘れないのが私ですわ!」 店主は豆腐を水の中から掬い上げて専用の容器に入れ手際良くラッピング。それをビニール袋の中に入れて冥梨栖に手渡した。同時に冥梨栖は豆腐を受け取りつつお代を渡す。 「ではごきげんよう、おじ様」 「おう、またな〜」 ラショウモンはまたも唖然とした。何の躊躇も無く人の首を刎ねた冥梨栖は勿論の事、あの豆腐屋のおっさんは何なんだ?目の前で凄惨な事が起きたのに何故その主犯と談笑なんてしていられるんだ?… ラショウモンは人間という生き物の事がわからなくなったが、疑問に思った事を挙げていても切りが無い。一先ず冥梨栖が次なる目的地へ向け歩き出したので、ラショウモンもそれに続く事にした。 _________________ 次に冥梨栖一行が訪れたのは、『優雅堂』と書かれた看板が立てられた大衆食堂だった。同時に扉には『Closed』と書かれた札も掛けられている。 「閉まってますわね…。家族でどこかへ遊びに行っているのかしら?…申し訳ありませんが少しの間お豆腐を持っていて下さいませ」 冥梨栖は豆腐をラショウモンに渡すと、扉をすり抜け店の中へと入って行った。 ガチャッ 扉の向こうから音がする。冥梨栖が内側から鍵を開けたのだ。 「さ、どうぞ中へ」 扉が開き店内へと案内されるラショウモン。 買った豆腐で料理を作るから待ってるよう言われたので仕方なく座って待つ事にした。 しばらくするとバターが焼ける様な香ばしい匂いと共に冥梨栖がやって来た。 手に持っている鉄板プレートの上では飴色ソースの掛かった豆腐がジュウジュウと音を立てながら焼けている。 「ガリバタソースで食べる豆腐ステーキですわ!どうぞ召し上がって下さいな」 目の前に置かれた豆腐ステーキが放つ匂いの誘惑に負けてしまいそうになるも冥梨栖の意図がわからない以上ラショウモンは決して警戒を解こうとはしなかった。 「毒なんて入っていませんわよ。私がその気になればその様な事はせずともあなたを殺せる事くらいもうお気付きでしょう?それに、料理に毒を盛るなど食に対する冒涜!決してやってはならない事ですわ。何があろうと、絶対に……!」 ここまで自信満々に言われてしまっては流石に食べないわけにはいかない。ラショウモンは恐る恐る豆腐ステーキを口の中へ運んだ。 「……!?」 豆腐ステーキを食べた瞬間、ラショウモンの目の色が変わった。冥梨栖の出した料理が好感触であった事が一目でわかる。夢中になって二口目、三口目と口の中へ運ぶラショウモン。 あっという間に全てを平らげてしまったが、何やら満足とはいかない様子。 足りないのだ。ラショウモンはもっと寄越せとばかりに身を乗り出し冥梨栖に迫った。 「えぇ、おかわりならいくらでも作って差し上げますわ。 あなたが私の軍門に降ると言うのであれば…」 それが狙いだったのかとラショウモンは気付かされた。 冥梨栖の意図など何て事はない単なる餌付けだったのだ。 「私に歯向かおうとするその心意気、とても気に入りましたわ。」…確かに冥梨栖は始めにそう言っていた。 こいつが気に入った。だから欲しい。ただそれだけでしかない。 だが良質な髪と食事を用意して貰えるというのもまた事実だ。ならば思う存分利用してやろう…ラショウモンはそう心に決めた。この冥梨栖という女は自分のそういった姿勢を褒め称えたのだから…