「むーん……暇だあ」 ある日の昼下がり。FE社のカフェラウンジの一席で、オディール・オクトアハトは一人項垂れていた。 今日はオフの日だというのに、いつも構ってくれる戌井や龍泉は出払っている。パートナーのスワンモンも調整だとかで一人行ってしまった。 クローンたる彼女の実年齢は1歳程度。幾ら16歳相当の肉体、知識を持つとはいえ、未だ人生経験に乏しい子供同然である。 やることのなくなった今、彼女は退屈を持て余していた。 「君、ちょっといいかしら?」 驚いて振り返ると、そこには赤い髪を後ろで纏めたパンツスタイルの女性が一人。 「はは……驚かせてごめんね?ちょっと席が埋まってて、隣に座ってもいいかな?」 小さく頷くと、その女性は軽く礼をした後荷物を置いた。紅茶と……動画を映したスマホだろうか。静かにコップをすすりながら、画面を注視している。 はじめは彼女を警戒していたオディールだが、やがて退屈が勝ったのだろう。次第に身体を寄せ、こっそりとスマホを覗き込んでいた。 ……それはどうやら特撮ドラマのようだった。赤と銀の巨人が、これまた巨大な獣と死闘を演じている。 飛び交う光、砕け散る街々。その圧倒的な迫力に、彼女は釘付けになっていた。 「……あなた、興味あるの?」 気づかれた。のぞき見の後ろめたさと、女ながら男子の見るようなものに目移りした気恥ずかしさ。寿命が縮むような思いだった。 「ふふふ、恥ずかしがることないのよ。現にいい大人の私だって楽しんで見てるんだからね」 「は、はあ……」 「じゃ、こういうのはどうかしら」 彼女は微笑むと、イヤホンをオディールの耳に詰め込み別の動画を再生する。 オディールにとって、終わりのない退屈から救い出された、清々しい気持ちだった。 やがて時間は過ぎ、ようやくオディールに迎えが現れる。しかし、彼女にはまだ未練があるようだった。 「あの……こういうの、もっと見れるんですか」 「勿論よ!……じゃあ、今度会った時に見せてあげましょうか」 「……はい!」 晴れやかな笑みで、彼女はラウンジを後にした。 「あら、貴方は……」「あの……来ちゃいました」 社員寮の一室、オディールはあの赤い髪のOLを訪ねていた。もう、昼時の僅かな時間では我慢できない。 「珍しいね〜。ユーコのお友達なんてさ〜」 彼女のパートナーと思わしきジャザモンに出迎えられ、恐る恐る部屋へと足を踏みいれる。 そこにはあの時見せてもらったような、特撮モノと思わしきDVD、BDが所狭しと並んでいた。 「これ……全部お姉さんのものなんですか?」「ふふ、当然よ」 サラッと帰ってきた言葉に、ただただ彼女は圧倒されている。さながら、そこは小さな宇宙に感じられた。 「せっかく来てくれたんだし……ここにあるもの、なんでも見ていいわよ?」 「えっ!?……じゃあ、これは?」 唐突な提案に戸惑った彼女は、目についたBDを指差す。亀のような怪獣が、鳥のようなもう一体の怪獣を追いすがっていた。 「大怪獣空中決戦ね!それはとっても面白いわよ。というわけでジャザモン、お願いね」「はいは〜い」 彼女の号令と共に、ジャザモンがディスクを読み取っていく。胸の水晶体が閃くと、暗くなった部屋の壁に映像が映し出された。 それは、非常に充実した一時間半であった。 「お姉さん、また来ちゃいました!」「あらあら、もうすっかり常連ねえ」 あの日以来、オディールは暇ができると度々彼女の部屋に赴いている。 いつものようにDVDを探している中……棚の奥に、DVDとは違う何かを見つけた。 「……何これ?ミュータント・ハント?」 その刹那、OLの表情が凍る。が、未知の物体に目を奪われたオディールは気づかなかった。 「あの……これ、何なんですか?」 「……そ、それはね。ビデオテープって言うの。DVDが出る前はそれで映画を見ていたのよ」「へえー……」 慌てて取り繕うOLの横で、少女は取り出したカセットを不思議そうに眺めている。 その時、OLの内なる何かが告げた。この子……できる! 「……気になるなら、ちょっと見てみる?」「いいんですか!?」───その時、彼女たちの歯車が狂った。 一時間ちょっとが過ぎた。「ふふ、どうだった?」 オディールは戦慄していた。なんなんだこの映画。あまりにも粗雑すぎる。 隣のOLはこれを嬉々として楽しんでいる。……これを?こんなものを? 余りにも胡乱な代物。こんなものは私の求めていたものではない。 しかし、感想を求めるOLは期待したような顔でこちらを見つめていた。 「えーと……すごかった、です……。衝撃的というか、その……斬新というか……」「でしょでしょ!」 精一杯取り繕った表現である。あくまで自分から見たいと言い出したもの、何よりここで正直に話したらこの関係は終わるかもしれない。 彼女に、真実を告げる勇気はなかった。 あれから数日、再びオディールはOLの部屋にいた。 OLは前と変わらず、楽しそうに特撮の話をしてくれている。……あの体験は白昼夢だったのだろうか。 オディールが安堵の表情を浮かべた、その時だった。 「というわけで、さあオディ子ちゃん!楽しいVHSの旅に出かけましょう!」 「……お姉さん?」 「今日私が勧めるのは『超高層ハンティング』!夢枕獏の短編を円谷特撮にも関わるスタッフが映像化したサイキックアクションよ!」 「お姉さん!?」 「正味30ページ程の短編からここまで膨らませたのにも驚くけど、何より凄いのは名優堀内正美扮する首だけ生身の四つ足サイボーグ!こんなの一度見たら絶対忘れられないわ!」 「ちょっと!?お姉さんどうしたの!?ねえ!?おかしいよ!?」 「と言うわけで、レッツ再生!」 ───全てが始まった。