「行って、メタリックドラモン!」 浮状希理江がその背で指さし、メタリックドラモンは大回廊を一直線に飛ぶ。 ふたりに向かって前方から白黒の触手と枯れ木のようなツルが無数に迫ってくる。 高速で避け、また道をふさぐものは『レーザーサーベル』で切り裂き進むメタリックドラモン。 しかし、目的のモノに近づくにつれ触手はさらに増える。避け続けるにも限界がある。 「くっ!ごめん」 急旋回し触手とツルを避けて後方へ飛ぶメタリックドラモン。 「戻ってメタリックドラモン!早く助けないと!」 「だけどこのままじゃ、僕はともかく希理江が危ないよ!」 「でもフリオ君が!」 ふたりの向かっていた先、そこには大回廊の道を塞ぐようにうずくまる、白黒の触手と混じり合う植物の身体を持つ巨大なトカゲがいた。 これこそがペタルドラモン・イーター、イータモンに襲われたフリオの成れの果てであった。 スプシ図書館。 裏十闘士の一人、エンシェントモニタモンの本拠地兼本体であり、ありとあらゆる情報が集まるとされる場所。 フリオは目的があってこの巨大な塔に来たわけではなかった。 デジタルメキシコのボスであり友人でもあるエストレヤが珍しく真剣な顔をして歩いていくのを見て不穏に感じ、こっそりと付いてきたのだ。 しかし見たこともない建物に思わず目を奪われている間に見失ってしまった。 中に入りその姿を探したフリオだったが、以前からの顔見知りである九亜アイナがハンバーガーを忙しそうに売っているのを見かけ、その手伝いを始めてしまったため、再びエストレヤを見つけるのは図書館に入ってからかなり時間が経ってからだった。 当のエストレヤは、憑き物が落ちたような、いつものからりとした様子だったのでフリオは安心していた。 周囲にビールのプラカップが散乱していたけれど。 エストレヤの代わりとしてビールを売って、また別のデスモンを連れた女性から背中にチラシを貼り付けられて。 仕事をし、代価をもらう。それはデジタルワールドにくる前は望んでもできなかったことだった。 それに夢中になっていたせいだったのだろうか。イータモンの接近に気づかなかったのは。 イータモンに気づいたときには、既に至近距離にいた。 咄嗟にスピリットエボリューションをしようとしたフリオだったが反応がない。 見るとイータモンはディースキャナーに接触しており、バーコードのようなものが浮き出ている。 そして、フリオは久しく感じていなかった強烈な"飢え"を感じたのだ。 あの状態のペタルドラモンになる、そう直感したフリオは自分を抑えようとする。 しかし、同時にこれまでのものとは違う、別の食欲が混じるのを感じた。 (ああ、こいつもなのか) それが目の前にいるイータモンのものであることに気づいたのが、フリオの最後の思考だった。 気を失い、光に包まれる。 そして、植物の身体と無機質な白と黒の身体に際限なく生え続けるツタと触手。 ペタルドラモンとイーターが混ざり合い、絡み合い、食らい合う。 ペタルドラモン・イーターが誕生した。 「……驚異的な再生能力だね、燃やすだけじゃあ追いつかない」 デーモンの傍らに立つツーサイドアップの少女、七津真がつぶやく。 触手とツルは近くに立つ彼女の前にも無数に迫ってきていたが、『フレイムインフェルノ』を乗り越えることはなかった。 だが、燃えてもその後から大量に迫り来る触手らはその業火をもってしても燃やし尽くせない物量であった。 「ふん、そもそもこのような大飯食らいの相手は我の仕事ではないのだ、やる気などさらさらないわ。『暴食』の同類ではないか、奴はどうした」 「出店を荒らしに行ってそのままだね」 「ならせめて主よ、怒りでも絞り出さぬか。ほれ、奴にこうして居座られればお目当ての記録を得ることは到底叶わんぞ」 「それは確かに見たいけど。まあデジセイバーは一通り見たし、それに今はイータモンが食べてしまったデータの復元方法の方が大事だよ」 上空を飛ぶヒポグリフォモンの姿を見て真は言う。 「彼を人間に戻す方法を知ることができれば、それを活用して記録を返してもらう方法も分かりそうだから」 「やっぱり無理だよ弥生、ボクだけじゃ近寄れない」 ヒポグリフォモンが十字架のペンダントを付けた少女、東弥生の前に着陸し言う。 「じゃあ私が一緒に行って、デジソウルで目を覚まさせるしか…」 「ダメだよ、植物の方はともかく、イータモンの触手に触ってはダメだって聞いたろ?」 「でもそれじゃ私にできることは…!」 悔しそうに言う弥生。 「それならお願い、手伝って!」 そこにキングバーガモンとともに久亜アイナが現れる。 見ると周囲にキングバーガモンの『ザ・ワンパウンダー』により山と積まれたハンバーガーがあり、その物量か匂いに誘われたのか、周囲の触手はそこに引き寄せられていた。 「あの触手を他の所になんて行かせないために手伝って欲しいの!」 「わかりました!ヒポグリフォモン、あのバーガーを持って飛んで!触手をここまで誘い込むの!」 アイナは拳を握りしめる。 「うちの店員に誰かを食べさせたりなんかしないんだから! 食べるのはハンバーガーだけで良いのよ!」 「ねえ一華ちゃん、何か手はないかな? アルケアのときの種みたいにさ」 褐色の少年、シュヴァルツが傍らの少女、名張一華に語りかける。 「そう思ってアルケアちゃんのときのラフレシアのデジメンタルを試してみたんだけど」 一華が指さした箇所を見ると、ペタルドラモン・イーターの頭に種が植え付けられていた。 しかし生えてきた触手がすぐに張り付き、離れたときにはもうなくなっていた。 「あの旺盛な食欲で何を取り付けても食べられちゃう」 あの触手全部取り押さえればできるかもしれないけど、と一華は言う。 「ただ一つ救いなのは、あのイーターの触手は今もペタルドラモンの部分を食べようとしているの。これって完全に融合してないってことでしょ?何か手はあるはず」 「そっか。僕にできることがあったら言って。…あのときは手助けしてもらったからね。今度は僕が君を切り離す番だ」 「義理も人情もありゃァ、助けねェって選択肢はありませんや」 アスタモンが進化し、終焉の黒騎士、オメガモンズワルトが姿を見せる。 「このオメガソードに誓い、必ず救い出す!」 オメガモンズワルトの刃がツルをまとめて切り裂き、逃げるように遠くへ行こうとする触手をガルルキャノンが凍結させる。 回廊の向こう側はどうやら他のテイマーとデジモンが抑えているようだ。 ならこちら側は僕が、そう思った刹那、『オメガソード』がシュヴァルツの視界を遮り金属音が響く。 「ちっ、惜しかったか。ぎゃははは、助っ人参上ってね!」 軽薄な笑い声が響く。 オメガソードにはレイヴモンの『烏王丸』が突き付けられていた。 「害獣さん、こんなところにも来たのかい?」 斡旋屋、そう名乗り先ほどちょっかいをかけてきた男だった。 「おう、害獣仲間は助けないとなあ!」 「…今は暴走しているけど、そのデジモンはフリオ、人間だよ。害獣じゃない」 「そうかい、俺にはそうは見えないぜ」 心底愉快そうに笑う斡旋屋。 「それなら一緒に試してみないか?今からあいつをデリートしてさ、帰ってきたときに人間なのかイーター混じりのバケモノになってるのかさあ!」 「試す必要はないよ」 目の前のレイヴモンを切り裂いたオメガモンとシュヴァルツの前に、レイヴモンが二体、三体と姿を現していく。 レイヴモンを撃ち倒し、触手を切り裂き、巻き付いたツルを引きちぎる。 さしもの黒騎士と言えど、それらすべてへの対応は困難を極めた。 いや、黒騎士だから対応できているのだと言うべきか。 オメガモンズワルトがここで処理していなければ、既に幾十の触手とツルが後方へ向かい、他のテイマー達に襲いかかっているだろう。 「ヒュウ!もう7体目だぜ!触手でダメになった分も含めて二桁得点だ!」 「君のとこのレイヴモン、結局ペタルドラモンにも襲われてるけど何がしたいのさ」 「俺はこの害獣仲間の手助けに来たからな、栄養補給もその一環だ。尽くす男なのさ俺は、ぎゃははは!」 「それが遊び心ってやつ?」 「そうさ、そしてこういういたずらも大好きだぜ!」 オメガモンズワルトの両側から同時にレイヴモンが襲いかかる。 「甘い!」 グレイソードで左のレイヴモンを、ガルルキャノンで右のレイヴモンを倒すオメガモンズワルト。 「それで終わったと思っただろ?」 「追撃なんて想定のはん…!?」 後ろからの追撃を読んで振り向くシュヴァルツ。そこには確かに想定の通りレイヴモンがいた。 だが、そのレイヴモンは既に触手に纏わり付かれていた。 その状態で体当たりを行い、自分もろともオメガモンズワルトとシュヴァルツをイーターに食らわせる気なのだ。 「くっ!」 急いで離れようとするオメガモンだったが、左腕に引っ張るものを感じる。 見ると、切り裂いたはずのレイヴモンがデータと化しながらも、腕にしがみついていた。 このままでは避けきれない。 そうシュヴァルツが感じたそのとき。 「シュヴァルツ君!」 メタリックドラモンが高速で飛来し、オメガモンを後方から狙っていたレイヴモンを触手ごと『レーザーサーベル』で切り裂いた。 「ありがとう希理江ちゃん!」 「あのねシュヴァルツ君、フリオ君が!」 「わかってる、今一華ちゃんが元に戻す方法を探してる」 希理江に頷きかけるシュヴァルツ。 「だから一緒に戦ってくれるかい? 触手もツルも、ここから先へ行かせないために」 「うん。メタリックドラモン、お願い!」 「もちろんだ!」 「ぎゃは、いいねえ闘争の輪はどんどん広がっていくんだ!」 オメガモンズワルトと飛び回るメタリックドラモンをみて斡旋屋は笑みをこぼす。 また二体、三体とレイヴモンが湧き出ていた。 「真ちゃん!見つけた!」 「イチカっち触手には気をつけてって!」 デーモンと七津真のところへ、ゴースモンと名張一華が走ってくる。 「見つけられた。一華ちゃんはあの子を助けたいんだよね」 「それで真ちゃんの知識に確認してもらいたいこととか有ってきたの、助けてくれる?」 「私が知っていることならね。…デーモン、腰を据えて話したいからもうちょっとフレイムインフィルノの範囲を広げて」 「まったく手間のかかる主よ」 デーモンは腕を一降りし業火を広げる。 「ありがとう。それでね、まず前提なんだけど、イータモンのあの旺盛な食欲でもって食べてるのってなんだと思う?」 「何って…デジモンを狙うんだからデータだよね」 「そう、データ。まずそれがどんなデータかを確認することが先決だと思うの。そもそもイータモンは私たち人間も狙うじゃない?」 「デジタルワールドにいる状態なら、私たちも結局データじゃない?現実世界で人間を取り込んだ姿になったのもいたという情報はあるけど」 「そんなのもいるのね。でも、最初からデータ存在じゃない私たちは抵抗力はともかく、純粋にデータとして考えればデジモンよりも吸収しづらいはず。何かしらのデータ変換や、変換しきれない部分が生じると思うの」 「そうだね。…たしか、実際にイーターによって肉体と精神データが分離したという事例、いや症例かな、を読んだことあるよ」 「やっぱりそういうのがあるのね!…なら後はどういったデータにしているか。そういえば、私も一つ肉体と精神データが分離した例を知ってるわ。そのときは…そうか。デジコード」 一華の言葉に真がうなずく。 「なるほどね」 「デジコードはスピリット進化のメカニズムに使われている。つまりデジコード変換がしやすいのよ」 「つまり、イーターの変換がデジコード化であるとすれば」 「きっと、フリオ君が狙われたのもそのせいなんだわ」 もしかしたら、と一華は心の中で考える。 フリオ君は過去に暴走していたときに食べたデジモンのエネルギーを蓄えていると聞く。 それらはスピリットとディースキャナーによって管理されているのであれば、それもデジコードとして格納されているのではないだろうか。 大量のデジコードに変換されたデータ。それはさぞかし、イータモンにとって御馳走に思えるのではないか。 「うん、イーターが主にデータをデジコードとして取り扱い、すべてをデジコード化してデータを吸収する、そういう仮説で検証しようか」 「ずいぶん悠長にしているが、我のことを忘れて居らぬか」 デーモンがため息をつく。 『フレイムインフェルノ』の壁は見事に触手もツルも防いでいたが、壁のないところからも時たま伸びてくるツルを防ぐために、デーモンは炎の壁とは別に炎を小出しにして二人を護っていた。 神経使うことしてるなーとゴースモンは思いながら、自分も守ってもらえるよう一華の近くに陣取る。 「ごめんね、もうちょっとだから。デジコード…デジコードね…ゴースモン何かない?」 「えー私?ほら、デジコードならペタルドラモンもイータモンもみんなデジコード化して分解すればいいんじゃない?」 「それはちょっと危なすぎるわよ!」 「そうだね。でも、そうだ、イータモンだけでもデジコード化するのはどうだろう」 真の意見に一華は目を輝かせる。 「そうか、フリオ君、ペタルドラモンだって十闘士としてデジコードスキャンが可能だわ。ならイータモンがデジコード化すれば逆に吸収し返すことも可能かも!」 「試してみる価値はある…かな? デジコード化できる人かデジモンといえば…」 『それなら、ボクの出番かな』 真のデジヴァイスから声が出る。 「ルーチェモン?」 『ボクの力でデジコード化は可能だよ。ただし、触手やツルなんてデジコード化してもたかがしれてるから、本体に近づく必要があるけれど』 「それなら、みんなで!」 一華はシュヴァルツに連絡を取る。 「楽しいねえ楽しいねえ、流石オメガモンだゴキゲンだねギャハハハハハ!」 「…キリがないや」 もはや数えるのもあきらめたシュヴァルツとオメガモンズワルトがまた一体レイヴモンを切り裂く。 「アレ、どうしようかな」 『ねえシュヴァルツ君! 作戦があるの、フリオ君のところまでの道を作ってくれる?』 そのときシュヴァルツのデジヴァイスから一華の声が聞こえた。 「わかった、10分ぐらい待ってくれる?邪魔者を蹴散らすから」 『わかった、準備しておくね』 「うん。…どうしようかオメガモン」 「いくらレイヴモンを倒しても切りがない以上、あの男を狙うしかあるまい」 「でも一応人間だからなあ…」 そのとき、デジヴァイスから別の声が聞こえてきた。 『じゃあ、それ私がします!』 (ちぃっと停滞してきたか?) 斡旋屋はオメガモンやメタリックドラモンを注視しつつ独りごちる。 一戦場に留まるのも手ではあるが、やはり闘争の混沌とはもっと滅茶苦茶で、多人数で、スプラッタでなければ。 このペタルドラモン・イーターを使えばより乱戦を広げられるかと思ったが、集まっている連中の力か思いの強さかで、存外抑えつけられている。 もう一押しして陣営を決壊させるか、もしくは河岸を変えるか。 そう考えた瞬間、オメガモンが自らに向かって襲来しているのに気づく。 「今度のダンスのお相手は俺をお望みかな?でもごめんね、これでもシャイな男なのさ」 レイヴモンを側面から当て、また捨て駒にしつつ逃げ回る。 オメガモンがそれらを斬り、撃ち払い、そしてメタリックドラモンがサポートする。 (このままじゃ逃げ切れないな) 先ほどと違ってオメガモンとメタリックドラモンの二体に狙われれば、流石に保たない。ならば。 「鬼さんこちら、手の鳴る方へっと」 斡旋屋はペタルドラモンの近くへ逃げ、触手とツルに紛れようとする。 (みんなで一緒に餌になるのも悪かねえなあ!) しかし、斡旋屋は気づく。触手とツルの密度が低くなっていることに。 上空を見ると、そこには別働隊、ヒポグリフォモンが飛び回っていた。 その軌跡に合わせて大量のハンバーガーが降り、触手たちはそれらに引き寄せられていた。 奇妙な風景に寸の間目を奪われる。 そして、自分の真上にバーガーよりも大きい何かが振ってきているのに気づく。 「ずっと自分で殴れなくて!もどかしかった分!ぶっ飛ばして差し上げますわ!」 弥生の煌々と光り輝くデジソウルに包まれた拳が斡旋屋のボディにめり込む。 「ごへぇっ!?」 斡旋屋は図書館の奥へと一直線に吹っ飛んでいき…そして見えなくなった。 「…弥生ちゃん、あれ」 「やってやりましたわ!」 すっきりした、そういう顔で弥生ちゃんはシュヴァルツに拳を振り上げてみせた。 「…アレだし問題はないよね、うん。じゃあフリオのところへ行こうか!」 シュヴァルツは気を取り直す。 「行くよ、メタリックドラモン、ヒポグリフォモン、私たちが先に行こう」 「うん、行こうキリエ!」 「バーガーもまだあるよ弥生!」 メタリックドラモンとヒポグリフォモンが回廊の上の方を高速で飛び回る。 近くのツルを切り刻み、またバーガーや自らでもって触手たちを引き寄せ、地上の仲間の道を作る。 「キングバーガモン!最後の一稼ぎだよ!」 「うん、『ザ・ワンパウンダー』!」 そして回廊の向こうでは、アイナとキングバーガモンが力を振り絞ってバーガーの山を作り、触手たちを引き寄せる。 「今かな?」 彼らの行動によって触手とツルの密度が減った地面付近の状況を見てシュヴァルツが言う。 「ああ、我が道を切り開こう!」 オメガモンズワルトが地面すれすれを飛び、残った触手たちを切っていく。 そしてその後ろからルーチェモンフォールダウンモードが悠々と追走する。 「ハハハ、ロイヤルナイツが舗装した道を行くのは気分がいいなあ!」 「そういう作戦だから良いけどさ」 オメガモンの背でため息をつくシュヴァルツ。 その間にオメガモンとルーチェモンがペタルドラモン・イーターの目の前まで来ていた。 「じゃあ頼むよ!」 「無論だ」 目の前の自分たちに向かって生えてくる触手を切り裂くオメガモンの後ろからルーチェモンが飛び上がる。 「我が磨き上げられた拳を受けてみるがよい!『デッド・オア・アライブ』」 「聖」と「魔」の光球を握りしめた拳を白と黒のイーターの部分に叩き付ける。 その衝撃はペタルドラモンの身体を震わせ、そしてイーターの表面からデジコードの輪が表出する。 「やったわ!これで後はフリオ君が吸収し返せれば…」 一華はガッツポーズをする。 しかし、ペタルドラモンが一向にデジコードを吸収しない。 イーターの部分に噛みついていた頭も、デジコードを吸い込んでいくような気配はない。 「どうして…」 もしかして。一華は考える。 ペタルドラモン・イーターはあの姿、ペタルドラモンにイーターが絡みついた姿だった。 けれど、過去のイーターは人間に取り付いたとき、人間を取り込んだ形になっていたらしい。 なら、取り付いたときに既にフリオ君の姿じゃなかった?それとも、何かしら別の不具合、例えば制御するディースキャナーの方の故障も同時に発生していた? 「どうする?たぶんルーチェモンならあのままイーターのデジコードをスキャンしてしまうことも可能だとは思うけど」 「ううん、それじゃフリオ君のデータまで取り込んでしまう可能性がある。やっぱりフリオ君自身が吸収してくれなきゃ」 一華は真の提案に首を振る。少なくともイーターの浸食は止まったのだ。フリオが正気に戻る可能性はある。 「お願いフリオ君目覚めて…!」 ペタルドラモンは依然、動かないままだった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 図書館の外。 「もしかして、この姿なら行ける?」 「どうしたクロシロー」 「うんちょっとソーラーモン来て。…ごめんね、結愛ちゃん。一つやり残したことがあって。その…必ず、必ずすぐ戻ってくるから!本当にごめん!」 精神データのみ、半デジタル存在と化した黒白が近くの木の影に向かう。 そこには、こっそり彼らを見つめるスプシモンがいた。 「ごめんね、通らせてもらうよ」 スプシモン。彼らはみな端末によってスプレッドシート、つまりはスプシ図書館に、そしてそれを通して他のスプシモンとつながっている。 今の黒白には、そのラインを見ることができていた。 これをたどれば目的の場所に、スプシモンを通して行くことができる。 そう直感的に理解した黒白はスプシモンが手に持っていた端末にアクセスし、スプシ図書館へと飛んでいく。 その姿をとある世界ではこう呼ぶという。 『コネクトジャンプ』と。 「なんか久しぶりだね、フリオくん」 目当てのスプシモンを探していくつかの経路をたどった先、白と黒の螺旋に囲まれた世界でフリオを見つける。 「クロシロ、さん…」 「もしかしてこれ、俺いらなかったね?もう剥がれてない?」 周りを見回す黒白。白と黒の螺旋にはところどころに亀裂が発生していた。 「なら、他になにか問題とかある?俺とソーラーモンにできそうなことなら言ってもらえれば」 「クロシロー、ディースキャナーも大丈夫そうだぞ」 イータモンの襲撃で異常を見せていたディースキャナーも、イーターの部分のデジコード化により影響力がなくなったおかげか、通常と変わらない様子だった。 フリオはふたりに向かって言う。 「被害はそこまでなかったけど、また暴走なんてして帰ってもいいのかどうか」 「…なるほど、直接つながってるから言語関係ないのか」 「何どうでもいいことに納得してるんだクロシロー」 ソーラーモンが肩をすくめる。 「つい…。いいもなにも、みんなそのためにいろいろやってたんだ、待ってるよ。…待ってる人がいるなら早く帰った方がいい」 俺は昔、それができなかったけどね、と黒白は続ける。 「それにほら、君のボスが来たみたいだよ」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「何してるのさ、フリオ」 大回廊に響く声に、その場にいた全員が振り向く。 そこにいたのは、デジタルメキシコのボス、エストレヤだった。 その手にはビールのカップ、その後ろにはトラロックモンがいる。 「まったく面倒ごとが終わったと思ったら」 彼女はそのままペタルドラモン・イーターへ向かって歩いていく。 その歩みは自分の数十倍の大きさのデジモンに近づいているにも関わらず、恐れも何もない、淡々とした普段と変わらないものであった。 一歩一歩近づいてくるエストレヤにむしろペタルドラモン・イーターの方が本能的な危機を感じたのかデジコード化されず残るいくつかの触手が迫るが、トラロックモンの伸ばす草やツルがそれらを取り押さえていく。 その歩みは止まらず、その瞳はペタルドラモンを見つめ続けていた。 「ほら、よくわからないけど、デジシコに帰るよ!」 その言葉に反応するかのように、ツルが身体の周りに纏わり付いたイーターの部分に絡みつき、デジコードに沿っていく。 デジコードがペタルドラモンの口の中へ吸い込まれていく。 「あ、ついでに。真ちゃんは知ってるだろうけど、しばらく俺会えなくなるかもしれないから、みんなにはよろしく言ってもらえるとありがたいかな。特に希理江ちゃんとか心配しそうだからさ」 そんな言葉を最後に黒白はいなくなり、同時にフリオの意識も薄れゆく。 そして再び気づいたときには。 フリオは図書館の大回廊、ペタルドラモン・イーターがいた場所に倒れ込んでいた。 「フリオ君!」という、助けてくれた、待っていてくれた仲間達の声が聞こえる。 フリオはよろよろと立ち上がり、「Ya volví」とつぶやく。 「それじゃ私にしかわからないでしょ。…おかえり」 エストレヤが笑って返した。