死者蘇生という奇跡に縋った、あるいは利用しようと目をくらませた人間とデジモンたちの群れ。そして森を、少女を守るべくそれらに立ちはだかる者たち。 多くの血が流れ、森は燃え上がり、傷つかぬ者はいなかったその戦場にて東日蓮也とドラコモンは森の各地を駆け回っていた。その身を文字通り一つとし、かつてそれぞれの半身を失った戦場のように。 『クソ、あちこちから火が上がってるぞ!』 『消火ができる人たちに任せるしかない!俺たちは少しでも戦闘を止める!』 彼らが持つ進化体は全て強大な火の力を秘めている。それゆえに消火活動救助活動には向かず、戦闘の制止を繰り返していた。言葉で止まるのならばそれで良し。こちらの姿を見て撤退するのであればそれでもいい。究極体はそれだけで撤退を選ぶに足る存在だ。 先ほども、数名のデジモンとテイマーを森から退避させたばかりである。家族や友人にもう一度会いたいと願う気持ちは痛いほどによくわかったが、そのために他人を傷つけるというのは許容することができなかった。 『とりあえず、近くの戦いから『レンヤ!』…っ!』 周囲に気を配った瞬間、地上から放たれた二筋の光条。彼らを狙ったそれはギリギリのところで避けられはしたものの、究極体の力をもってして背筋が寒くなる威力を秘めていた。 さらに発射地点の付近から、複数の朱と紫の機竜―サイボーグ型完全体デジモンであるメガドラモンとギガドラモンが敵意を抱きながら迫ってきていた。 『いけるか、ドラコモン!?』 『もちろんだ!』 いきなりこちらを攻撃してきたということは、敵とみて間違いないだろう。こちらが邪魔になると判断し先んじて撃ち落としにきたのだと想像がつく。 このまま他の者たちにも攻撃を仕掛ける可能性が高い。となれば、戦う以外の選択肢は彼らの中には存在しなかった。 『やるぞ!』 ◇◇◇ 『ガイアトルネード!』 最後のギガドラモンを竜巻で吹き飛ばし、地へと降り立つエンシェントグレイモン。誤射の可能性を考えたため、下方向に炎を使った攻撃ができず少々苦戦したが、それでも完全体と究極体。危なげなく勝利を手にした。 『このあたりだったはずだけど…』 『どこにいるか分からないからな、気をつけろよ』 メガドラモンとギガドラモンとの戦闘中も地上からの砲撃が続いていた。ただその威力は恐ろしいものの発射間隔はそれなりに長く、発射地点が大きく動くこともなく。 そのため彼らは、射手は連射速度や機動力の高い相手ではないと当たりを付けて最後の発射地点へと降りてきたのだ。 そんなことを分析しつつあたりを見渡す彼らに、近づく影が三つ。 「久しぶりだな、東日蓮也」 『メグリさん…?』 ホエーモンとインセキモンを引き連れた幼い少女。彼女のことを蓮也は知っていた。藤堂メグリ。パートナーを失い、不死不変を求めた女性。 彼女と出会うのはこれで何度目だったか。デジタルワールドで数度、ドラコモンが死んだ後に数度。ドラコモンがいなくなった後は、似た経験したからか気にかけてくれていたと思う。最後に会ったのは彼女の悪事が露呈し、他のテイマーたちとその研究所へと突入した時。 同じ形の傷を持った仲間であった。想いを共有できる同士であった。だからこそどうやっても止まらないことも、必ず止めに来ることも分かっていた。そして… 『レオモン…すまない…』 その最後の言葉も、三人が消えていく姿もいまだに覚えている。今なお時折夢に見るほど、はっきりと。 『あなたは、あの時』 『…レンヤ!おい、レンヤ!』 『…どうした、ドラコモン?』 『知り合いか?』 一瞬ドラコモンと同じ世界からの来訪者を疑ったが反応を見るに違うらしい。つまり、目の前の彼女たちはこの世界の存在ということで。 「別世界のドラコモンだな?噂には聞いている。私は藤堂メグリ、蓮也の友人だ」 『なんだ、レンヤの友達だったか』 『…何が目的ですか?』 なぜ生きているのか問いただしたい気持ちを抑え、記憶よりも険の取れた表情で語り掛けてくる彼女に問いを投げかける。彼女たちも略奪目的でここに来ているのであれば、止めなければならない。もう一度戦うことになろうとも。 「そう悲壮な顔をするな」 「ワタクシたちも争いを止めに来たのです」 その言葉を聞いた時の感情を如何と表現したものか。困惑と心配と、僅かな怒りと喜び。なぜその行動に至ったのか、その戦力で大丈夫なのか。生きていたのは嬉しいが、それなら連絡の一つでも欲しかった。 彼女の今のパートナーはインセキモンとホエーモン。普段なら問題ないであろうが、この森の現状ではいくら戦力があっても心配になる。 「オレたちが止めに来たらダメか?」 「…レオモンが守った世界だからな。少なくとも今は事を起こすつもりはない」 こちらをまっすぐ見つめる彼女の瞳は、嘘をついているようには見えなかった。あるいは自分がそう思いたかっただけだろうか。どちらにせよ、断るという選択肢は既に存在しなかった。 『…わかりました、信用します。でも無理はしないでください』 「…ありがとう」 『それで、こちらに来た理由は…』 このタイミングで顔を見せに来たという事はないだろうし、自身の巨躯に気づかなかったということもないだろう。となれば理由は大方察しがつくが、一応聞いておく。 「おそらくはお前たちと同じだ。あの砲撃を止めに来たんだろう?」 『やっぱりそうですか』 あの形状の砲撃は以前見たことがある。二本同時に発射される強力なエネルギー砲。ましてや発射地点の周囲にメタルエンパイアがいたとなれば、その正体は二択に絞られた。かつて最強とも称された究極体、ムゲンドラモン。あるいはその強化型である― 『「カオスドラモン』」 重なった二人の声に答え合わせをするように、威圧感を纏いながらそのデジモンは姿を現した。究極体、マシーン型、ウィルス種。全身を深紅の重装甲で覆った、サイボーグ型やマシーン型デジモンの到達点の一つ。 《目標確認。殲滅開始》 眼前のデジモンと人間を、カオスドラモンは既に捉えていた。 「来るぞ!」 『はい!』 にらみ合った時間は一瞬。次の瞬間には開戦の火蓋が切られていた。先手を取ったのはカオスドラモン。爪を振り上げ、叩き潰そうと振り下ろそうとする。 エンシェントグレイモンがそこにぶつかり、そのままマウントを取ろうと組みつく。体格、馬力はともにおよそ互角。勢いよくぶつかりはしたものの押し込めたのは一瞬であり、すぐに膠着状態に陥るだろう。 「インセキモン!」 だが、それは彼らだけで戦っていた場合での話。メグリの指示が飛び、インセキモンが突撃。カオスドラモンの上腕部、装甲に覆われていない部分を殴りつける。 強固な鉱石で覆われた拳による一撃。レッドデジゾイド相手は無理でも、その隙間であればダメージを見込めると判断しての一撃であったが― 「…硬い!」 会心の攻撃であっても僅かに傷をつけるのみ。ダメージにはなるであろうが、パーツの破損となると幾度も攻撃を加える必要があるだろう。ただそれでも衝撃は通ったらしく、わずかながらカオスドラモンの態勢を崩すことに成功する。 そして、それを逃す彼らではない。弱まった片腕を中心に圧力を加え、そのまま押し倒す。勢いに乗り前足を頭部に叩きつけようとするが、カオスドラモンが腕の武装を展開する方が一瞬早い。その発射口をエンシェントグレイモンの頭部へと向ける。 そしてミサイルを発射しようとするものの、照準がホエーモンの水流によりずらされる。あらぬ方向へと発射されたそれは、空中で盛大に爆発した。 《……!》 カオスドラモンの頭部に強烈な一撃が叩き込まれる。続けてもう片足を叩きつけようとするが、そちらは胸部ハッチからのミサイルにより強制的に中断。さらに爆発により距離を取らされる。 お互いに距離を取り、一旦の仕切り直し。 「大丈夫か?」 『この位ならまだまだいけます!』 至近距離で攻撃を受けたにもかかわらず、付いた傷は重症には程遠い。本人が語る通り戦闘には問題ないだろう。しかしそれは敵方も同じようで。カオスドラモンは頭部を僅かに凹ませはしたものの、動きが止まる気配はない。 「…らちが明かんな」 ため息を漏らしながらそう独り言ちるメグリ。その言葉に疑問符を浮かべた3人(4人)に、端的に説明する。 「私たちが止めるべき相手はコイツだけじゃない」 彼女の言葉を裏付けるように、離れた戦場から雷鳴と巨大な何かがぶつかるような音が響く。今この瞬間、自分たちがカオスドラモンと戦っている間にも、この森では他の戦いがいくつも起こっているのだ。 「蓮也、奥の手があるだろう。使え」 『いや、あれは周りが…』 「大丈夫だ。信用するんだろう?」 メグリの提案に難色を示す蓮也であったが、一度信用すると言った手前そう言われると何も返せない。 『やろう、ドラコモン』 『いいのか?』 『…メグリさんは、信用できる人だ』 「少なくともこういう時は」という言葉を飲み込んだ蓮也に、「後で聞かせてくれ」という言葉を無言で返すドラコモン。かくしてエンシェントグレイモンは、今一度カオスドラモンに意識を向けた。 前傾姿勢を取り、背負った二本の砲門をこちらに向けるカオスドラモン。彼最大の必殺技であるハイパームゲンキャノンの発射体勢だ。直撃すれば完全体のインセキモンやホエーモンはおろか、究極体であるエンシェントグレイモンも危ういだろう。 止めるべくエンシェントグレイモンが駆け出すが、彼らの速度と攻撃力では発射妨害は不可能。カオスドラモンはそう判断を下した。 『エンシェントグレイモン、進化――』 蓮也とドラコモンの声に合わせ、エンシェントグレイモンがその姿を深紅に染める。全身はより巨大に、翼は炎に変じ、凄まじい熱波が周囲を襲った。 一歩、右翼を刃、左翼を鞘へと変形させる。二歩、刃を鞘に納め、そのまま鞘を爆発。ブースターのように使いカオスドラモンに急接近。 『クリムゾンモード!』 そして三歩目を彼らが踏む時、カオスドラモンは中心のデジコアごと溶断されていた。 『メグリさん!』 すぐさまクリムゾンモードを解除しながら叫ぶ蓮也。その声には焦りが多分に含まれている。クリムゾンモードは存在するだけでとてつもない熱気を放つ。攻撃した箇所はおろか、付近の木材が触れずとも燃え上がるほどに。 この一瞬で周囲は、火の海へと変貌しかけていた。 「インセキモン!」 「コズモフラッシュ!」 メグリの指示を受け、インセキモンが発火地点の周囲を囲うように隕石を降らせる。これにより火が燃え広がることはなくなった。 「ホエーモン!」 「タイダルウェーブ!」 続いてホエーモンが津波を引き起こし、中の火を消火していく。 『あっちょっ中にまだオレたちが』 ドラコモンが焦った声をあげ、エンシェントグレイモンが慌てて飛び出てくる。そのまま空中を軽く飛ぶと、メグリたちの近くに着地した。 「大丈夫だと言っただろう?」 『はい、疑って申し訳ないです…』 「その態度は当然だ、気にするな」 素直に頭を下げる蓮也を笑って許すメグリ。エンシェントグレイモンが人間の少女に頭を下げる絵面は、はたから見れば中々にシュールなものであった。 『それで、次なんですが…』 共に動くか、それともバラバラに動くか。そう聞こうとした瞬間、再び雷鳴が周囲に響き渡る。見上げれば空には暴れまわる青龍と、それを止めるべく戦う白虎をはじめとしたデジモンとテイマーたちの姿。 『レンヤ!』 『すいませんメグリさん!』 すぐさま戦意を漲らせ、飛行の準備を整えるエンシェントグレイモン。 「分かってる、こっちは大丈夫だから行ってこい」 『…はい、気を付けて!』 積もる話はあるといえ、今その時間がある訳でもなく。名残惜しさに後ろ髪を引かれながらも、竜は戦場へと羽ばたいていった。 「さて、私たちも行こうか」 「おう!」 「はい」 その姿を見送った彼女たちもまた、新たな戦場へと去っていった。