「はい、今日の講義はここまでです。次回までに復習をしっかりと行ってください」 「ありがとうございました」 「いつもすまないな、ミスティモン」 デジヴァイスが映し出す立体映像に向けて礼をする霜桐雪奈。その相手は鎧を纏った騎士といった風貌のデジモン、ミスティモンだ。 紆余曲折を経て魔術を覚えることになった雪奈は、ウィッチェルニーにある魔術学校で講師をしている彼からデジヴァイス越しの通信教育でその秘術を学んでいた。 穏やかな日差しの降り注ぐ木陰の下、持ち運びのできる小さな机に本を広げる姿はさながら青空教室だ。 「いえ、ブルコモンさんの頼みですから。それにしても人間がデジタルワールドの魔術を学ぼうとは……」 「やっぱり珍しいですか?」 「そうですね。デジタルワールドの魔術とは人間でいうところのプログラミングに近しいもの、というのは最初の授業で教えたと思います。高級プログラム言語による命令を書いて、デジタルワールドというコンピューターを動かす。これを我々は魔術と呼んでいます。人間は卓越したプログラマーのことを魔術師と呼んだそうですね。ですが、例えどれ程卓越したプログラマーであろうと人間はデジタルワールドで我々が扱うような魔術を行使できない。何故だかわかりますか?」 ミスティモンがこれまでの授業内容が身についているか確認するように雪奈に尋ねる。 雪奈も記憶にある教科書の内容を頼りに質問に答えた。 「ええっと、プログラムを入力しようにも入力画面を開けないから?」 「概ねその通りです。どれだけ美しいプログラムを書こうとコンピュータに入力しなければ実行できない。人間にはこの入力するためのフォーマットを開けないので魔術を行使できない。ですが……」 「わたしはそれを幸運のデジメンタルがやってくれていると……」 「そうです。かつてフォーチュンブラウモンがあなたを通じてデジタルワールドの基幹データというこの世界を構成するものに繋がった名残が、霜桐さんがデジタルワールドという入力フォーマットを開く道筋を残したと。あとはその基幹データにやりたいことを入力すれば、魔術を行使できる。恐らくはそういうことです」 「恐らくは、ですか……」 「私も前例がないのでこの仮説が正しいとは言い切れません。何分幸運のデジメンタルでなぜそんなことができたのかすらまだはっきりとはしていませんので。それに霜桐さんの魔術は我々がこれまで体系化してきたものとも些か異なっているようです。言語が違うのに通じているというか……曖昧な命令でもきちんと動作するというか……これもデジメンタルの作用でしょうか?興味は尽きません」 「……デジタルワールドって、住んでいるデジモンにも分からないことだらけなんですね」 「ははは。それは人間の世界も同じですよ。あなたたちも人体の謎や自然現象の全てを解明したわけではないのでしょう?」 「まあ、そう言われるとそうですね……」 「……さて、少しおしゃべりが長くなりました。質問があればいつでも連絡してください」 「はい。ありがとうございました」 映像が途切れる。凝り固まった身体を解そうと伸びをした雪奈は、そういえばと教科書をめくっている相棒に語り掛けた。 「ブルコモンってウィッチェルニーに行ったことあるの?」 「ん?どうした突然」 「何となく。ミスティモン先生がブルコモンにやたらと親身だったし、こうして教材を用意してくれてるし、わたしのためにわざわざ授業までしてくれてるし。これもブルコモンが頼んでくれたからだよね?」 「ああ。まあ昔少しな。おれ自身は行ったことはないとだけ言っておく」 「……それってわたしにも言えないこと?」 「いや、おれ自身にもあまり自覚がないというか……とにかく向こうにとっておれは特別らしい」 「ふーん……まあいいや。そろそろ出発しよ」 話を切り上げ、広げていた道具をデジヴァイスに格納する。旅をする上で役立つ機能を多数備えたこのデバイスのありがたみをしみじみと感じながら、次の行先となる方向を見据えた。 聞いた話によるとこの近くにはデジモンが集う小さな町があるらしく、今日はそこで宿泊する予定だ。 「また宿が埋まってなきゃいいけど……」 「なに、今更野宿など慣れたものだろう」 「そうだけど……お布団で寝られるならお布団で寝たいものなの」 ぶつぶつとぼやきながら歩を進める。日はまだ高いができるなら明るいうちに到着しておきたい。 しばらくすると小さな建物が並んでいる光景が見えてきた。どうやら目的地のようだ。 これまで歩き通しだった雪奈は安堵したように息を吐く。 「はあ……着いた。早くお風呂入りたい……」 「待て雪奈。何か様子がおかしい……」 「……えっ?何……これ……?」 近づくとまるで嵐が過ぎ去ったかのように建物がいくつも倒壊している様子が見て取れた。 町に漂う異様な雰囲気にブルコモンが身構える。辺りを忙しなく行き交うデジモンたちはまるで何かから逃げる準備をしているようだ。雪奈も不審に思ったのか、道を急ぐツノモンに声を掛けた。 「ねえ、何かあったの?」 「ニンゲンさん来てる!みんな帰ってきた!ケガしてる!」 「ええ!?」 いまいち要領を得ないが、何か大変なことが起きていることだけは理解できた。 雪奈とブルコモンはデジモンたちが行き交う流れを頼りに町の中心に向かう。 そこには大勢のデジモンに囲まれた一人の少女がいた。目を引く金髪と特徴的な義足。何よりその顔には見覚えがあった。 「織姫さん!?どうしたんですかそのケガ!?」 「ああ……ツナちゃんか……カッコ悪いところ見られちまったな……」 「そんなこと言ってる場合ですか!早く手当てしないと!」 少女、千年桜織姫は負傷した腹部を押さえ苦しそうに呻く。そんな彼女の様子を周囲のデジモンたちは心配そうに見つめていた。 雪奈は手早くデジヴァイスから医療キットを取り出すと簡単な治療を施す。ひとまず命に別状はなさそうだ。 周囲のデジモンの様子と織姫の負傷にただならぬものを感じた雪奈は彼女に問いかける。 「あの、何かあったんですか?」 「私から説明します」 名乗り出たのはこの町を纏めている獣人型デジモンのハヌモンだった。 彼曰く、この町は小さいながら慎ましく平和にデジモンたちが集まり、寄り添って暮らしていた。しかし最近になってこの近くにネオデスジェネラルの一人、日竜将軍の拠点が出現した。 彼らは町に攻め入ると物資を略奪し、目についたデジモンやデジタマを連れ去り、日竜軍の兵隊として改造したり、反抗的、あるいは兵隊としての素質がないものを殺し、拠点拡張の材料として利用しているのだという。 一息のうちに壊滅させなかったのは、恐らくこの町の噂を広め、事情を聞いた反デジモンイレイザー陣営をおびき寄せるための罠として利用するつもりらしい。 「そこにたまたま私様が通りかかったんだ。日竜将軍なら従叔母様や私様が何体も倒したし、今回もいっちょやってやるかと攻め入ったんだが……今度のやつはちょっと一筋縄じゃいかねえ……デジモンイレイザーめ、今回は本気モードらしいな……」 「織姫さんはよくやってくれました。自らが傷つきながらも、攫われたものたちを連れ戻してくれたのです。ですがこのままでは奴らはまた攻め入ってきます。今度こそこの町を滅ぼすために。その前に我々はこの町を離れるつもりです……皆がバラバラになるのは悲しいことですが……」 「そんな……」 聞いた話に雪奈が歯噛みする。周囲にいるデジモンは幼年期や成長期が多く、町を離れて生きていけるとは思えない。もしも日竜軍の追手に追いつかれたり、狂暴なデジモンに遭遇したらひとたまりもない。 そんな雪奈に織姫が声をかけた。 「なあツナちゃん。私様の代わりに日竜将軍をぶっ倒してくれないか?」 「えっ!?そんなこと言われても……織姫さんでも無理だったのにわたしたちだけじゃ……せめて良子ちゃんや颯乃ちゃんも呼ばないと……」 「今ここにいないやつに縋ってもしょうがないだろ。呼んでもそいつらが来る前にこの町は壊滅させられちまう。大丈夫だって。もう隠れてるだけのウジウジツナちゃんじゃないんだろ?」 織姫は雪奈が魔術を覚えたことを知っている。効果があったかは不明だが特訓にも付き合ってくれた。織姫の傷つきながらも力強い目がまっすぐ雪奈に向けられる。 周囲を見回す。いくつもの目が不安そうにこちらを見つめていた。皆この町を離れたくないという気持ちがありありと伝わってくる。 最後にパ―トナーを見る。恐らく一番命を張らなければいけないのは彼だ。しかしこの小さな竜は臆することなく雪奈の言葉を待っていた。自分が行くと言えば相棒は全力でそれに応えてくれる。否、仮に自分が行かないと言っても、このお人よしは一人でも行くと言い出すだろう。そんなことはさせられない。雪奈は深く息を吐き出し、自分の両頬を叩くと覚悟を決めた眼差しで織姫を見つめ返した。 「……分かりました。やってみます。わたしとブルコモンでこの町を守ります」 俯いていた周囲のデジモンたちの顔が僅かに晴れる。正直勝てるかは分からない。しかしこのまま町のみんなが悲しい思いをすることが雪奈には耐えられなかった。 「そうこなくっちゃな……頼んだぜ、ツナちゃんが最後の希望だ……それとちょっと耳貸してくれ」 織姫がちょいちょいと指で雪奈を呼び寄せる。顔を近づけた雪奈にひそひそと耳打ちをすると、雪奈は渋い顔をしつつ、嫌々ながら頷くのだった。 ―――――――――――――― 「ねえブルコモン……あんなこと言って出てきたはいいんだけどさ、勝てると思う?」 「以前のおれたちなら難しかっただろうな。だが今は違う!頼んだぞ雪奈!」 ぎゅっとブルコモンが拳を握る。二人は日竜将軍の拠点が見える位置で岩陰に隠れて様子をうかがっていた。 周囲に広がる荒野の真ん中にいかにも悪の拠点ですといった面持ちの施設があるのが見て取れる。上空には黒い雲が広がり、時折雷鳴が轟いていた。 その周囲には話に聞いていた日竜軍の配下のデジモンが控えていた。 数にしておよそ数百。内訳もアルゴモンやアイズモンを始めとした邪悪な力を持つデジモンや、完全体、究極体が複数確認されており、この軍団相手に一組で挑むのははっきり言って自殺行為にも等しい。 よくここから囚われたデジモンたちを救出できたものだと雪奈は改めて織姫に驚愕した。 「それでどうしよう?何か作戦とかある?」 「ひとまず人質を奪還できたのは幸運だった。周りの被害を気にせず戦える。あとは物の数ではない。そのまま日竜将軍に肉薄し撃破する」 「それって作戦なの?出て行ってとにかく倒すだけじゃん……どこから来るのよその自信……」 「無論雪奈が隣にいてくれるからだ。おれと雪奈の魔術が合わされば、勝てない敵など存在しない」 臆面もなくこういうことを言える相棒に雪奈の胸の内がむず痒くなる。根拠などないのに何故かできるんじゃないかと信じてしまいそうになる。まだまだ未熟な魔術だというのに、それでも頼りにしていると言ってくれるパートナーの期待に応えたい。そんな思いが雪奈の不安を吹き飛ばした。 その時、拠点から地響きが起こる。見上げるほど巨大な扉がゆっくりと開かれ、日竜軍のデジモンたちが頭を垂れた。 やがて扉が開かれる。その奥から姿を現したのは2頭の竜が絡み合ったような姿の巨大なデジモン、日竜将軍ズィードクズルーモンだ。 ズィードクズルーモンは控えていた部下たちを一瞥すると、苛立ち混じりに口を開いた。 「あの捕虜を奪った忌々しい小娘はどうなった?」 「はっ。おそらくはあの町に逃れたものかと。これより討伐隊を編成し追撃に向かう予定で……」 「そんなことを聞いているのではない!」 ズィードクズルーモンの傍に控え報告を行っていたグラビモンを巨大な腕で掴んだ。 バキバキと全身の骨を砕かれるような嫌な音が響き渡るが、それを聞いている日竜軍はみなニヤニヤと笑っている。 「我が聞きたいのはあの小娘を細切れにして無様な死体を晒したという報告だけだ!それ以外聞くつもりはない!」 「お、お許しください日竜将ぐ……ぎゃああああああああああ!!!」 掴まれていたグラビモンが悲鳴と共に握りつぶされる。巨大な指の隙間からかつて命だった肉の塊が零れ落ちた。 日竜将軍は濡れた手の水滴を払うように手を振ると配下のデジモンたちに向けて宣言する。 「まあいい。他の将軍が招集の連絡を怠ったことで暴れる機会を逃していたところだ。我自ら出る!あの小娘を匿う町諸共焼き尽くしてくれる!全軍出撃!!」 「おお!将軍自ら!」 「あの町は塵一つ残らないぜ!」 「ヒャッハー!!虐殺だあー!!」 ズィードクズルーモンの言葉に日竜軍が湧きたつ。まるでこれから起こる惨劇を望んでいるかのように。 雪奈たちは信じられないものを見たように震えていた。 「ひどい……仲間があんなことになったのに……」 「あれがネオデスジェネラルだ。デジタルワールドに混乱と破壊を齎す者たち。おれたちで止めなければならない」 「うん……!」 震える膝に力を入れ、デジヴァイスを握りしめる。勝てるかどうかではない。勝たなければ大勢のデジモンが死ぬ。そんなことはさせない。 決意を胸に秘めた一人の少女と一体のデジモンが、邪悪な軍団の前に姿を晒した。 「……ほう、あの町の噂を聞きつけて罠にかかった獲物が来たようだな。しかし一組だけか?」 「貴様らなどおれたちだけで十分だ!」 ブルコモンの啖呵にその場にいた日竜軍が声を上げて嘲笑した。 ズィードクズルーモンは視線だけで敵を殺せそうな威圧感を以って二人を見下ろす。 (怖い……でもみんなだってこんな思いで戦ってきたんだ……わたしだって、もう今までのわたしじゃない……!) 己を鼓舞してズィードクズルーモンを見返す。 みんなと並んで戦うと願ったのは他ならぬ自分だ。誰が相手だろうと怖気づくわけにはいかない。 「ほう、随分と咆えたものだな?我をデジモンイレイザー様が最も寵愛するネオデスジェネラルの日竜将軍、ズィードクズルーモンと知っての物言いか?」 「知ってるよ!だから倒しに来たのよ!」 「はっ!寝言は寝て言え!我を倒すだと?ニンゲンのガキとデジモン一匹で何ができる?誰でもいい!こいつらを排除しろ!」 ズィードクズルーモンの言葉に日竜軍が一斉に臨戦態勢を取る。 やはり一人と一体で挑むような戦力ではない。しかし―― このパートナーとなら、苦楽を共にし歩んできた相棒となら、この絶望的な状況をなんとかできると、そう確信していた。 デジヴァイスが光を放ち、光球に包まれる。冷気が集まり杖を形成する。 それを手にした雪奈の衣装が再構成され、普段身に着けているパーカーが深い青を湛えた魔術衣装へと変化した。 世界が広がる。デジタルワールドを構成する0と1の集まり、そこに雪奈の意識が潜り込み、接続した。肩にかかる銀髪の毛先が白く光り輝き、魔術を使用するための準備が整ったことを知られる。 変化した衣装のスカートに目を落とす。薄い青の布地に入れられた恋人を思わせる桔梗色のライン。デザインした愉快な女神様の計らいに感謝しながら、雪奈は恋人の顔を思い浮かべ己を鼓舞した。 (颯乃ちゃん……わたし、頑張る……!) 「いくぞ雪奈!」 「うん!ブルコモン!」 雪奈の脳裏に入力画面のようなUIが浮かぶ。これが魔術を行使するための鍵だ。そこにコマンドを書き込む。 入力 対象:ブルコモン 指令:超究極進化 実行 雪奈の足元が光を放ち、魔法陣が浮かび上がる。その場にいた日竜軍の誰もが眩さで目を覆った。 進化の光がデジヴァイスの杖から放たれる。 それはブルコモンの身体を包み込み、氷の小竜の姿を変貌させた。 本来ならヘクセブラウモンへと進化させる光。 しかしデジヴァイスが本来持つ進化の力、それに加えて魔術によるもう一つの進化の道筋。 二つの力による進化は、氷の小竜に更なる高みへと至る力を与えた。 「ブルコモン、超究極進化!!――ザウバーブラウモン!!!」 そこにいたのは氷の鎧を身に纏った騎士だった。両肩の竜の顎と翻る外套。より煌びやかとなった氷の鎧。そして全身から放たれる凍てついた波動が、ここにいるすべてのデジモンを全身から発せられる冷気で震えあがらせた。 ―――――――――――― (終わったな……) 遥か遠方。この光景を遠見の魔術で見ていた元水竜軍のソーサリモンが述懐する。 あれこそウィッチェルニーに古くから伝わる伝説。かつてデジタルワールドに訪れた氷河期を氷の魔術によって救い、ウィッチェルニーに渡ったというヘクセブラウモン。 ヘクセブラウモンはまだ魔術が未発達だった古代ウィッチェルニーに氷の魔術を教え、メディーバルデュークモンと共にウィッチェルニーを外敵から守ったとされている。つまりこのデジタルワールドにおいて彼以上に氷の魔術に精通した者はいない。 あのブルコモンはかのヘクセブラウモンの転生体だ。まさしく伝説の再来、否、超越と言ってもいい。伝説にはなく今ここにあるもの、人間のパートナーの存在。それが彼を伝説をも超える力を付けさせた。 彼の魔術の前では太陽すら凍り付く。もはや日竜軍の結末は火を見るよりも明らかだった。 ――――――――――――― ザウバーブラウモンが雪奈に向けて手をかざす。身体に力が溢れ、思考がより鮮明に、より早く回転するようになり、ザウバーブラウモンの力が流れ込んでくる感覚がする。パートナーの使用する魔術を道筋に、普段より強力な魔術を行使できる。強化魔術をかけられた雪奈が、その効果を伴って魔術を行使する。 入力 対象:ザウバーブラウモン 指令:能力強化 実行 今度はこちらから強化魔術をかける。二人の繋がりがより強くなった感覚がした。身に纏う冷気がより一層周囲の温度を下げる。辺りに雪の結晶が舞い踊る。準備は整った。 「我が氷の前には太陽すら凍てつく!極寒の凍土に眠れ、悪しき者たちよ!」 「さあ、ショータイムだよ!……やっぱりこれ恥ずかしいよ織姫さん……」 織姫からの頼みは果たしたとばかりに恥ずかしさで若干紅潮した顔を引き締め敵を見据える。ザウバーブラウモンが杖を構える。 一瞬の後、彼の姿が軍団のど真ん中に出現した。全く予備動作のない高速移動。転移魔術による瞬間移動である。 反応できたのは日竜軍の中でも特に優れた実力を持つ一部の者だけだ。しかし彼らですら、敵が軍団の中心に出現したと認識する以上のことはできなかった。 『サモンアイスエイジ!!』 その瞬間、一帯が氷に覆われた。不毛の荒野も、異様を誇る拠点も、数百に及ぶ日竜軍のデジモンたちも、黒い雲に覆われた空ですら凍り付き、強烈な吹雪が辺りに吹き荒れる。 突如放たれた極寒の波動を逃れたのはズィードクズルーモンを始めとした一部のデジモンのみである。その者たちも身体の一部を氷で覆われ、満足に動くことが敵わなかった。 「はあ!!」 氷結の魔術騎士は手を緩めない。空に舞い上がり、天に杖を掲げた。 宙に氷の武器が形成される。剣、槍、槌、盾、弓、棍棒、弩、刀。およそあらゆる武器と呼べる存在が氷で再現され、空を覆いつくした。 『アヴァランチブリザード!!』 それは正に氷の武器による雪崩だった。回避する隙間もなく数千億という武器が、圧倒的な質量となって一斉に降り注ぐ。 僅かな生き残りも降り注ぐ武器の雪崩を前に一体、また一体と倒れていく。しかしそれを黙って見ている日竜軍ではない。 辛うじて身体の一部を凍結から逃れたアルゴモン究極体が凍り付いた足を強引に捩じ切り、口部に光を集中させ降り注ぐ雪崩と相対する。 『テラバイトディザスター!!』 入力 対象:アルゴモン 指令:空中浮遊 実行 「グオ!?ナンダ!?」 アルゴモンが無数の光線を打ちだそうとした瞬間、身体が突如として浮遊感に襲われる。まるで無重力に囚われたようだった。身体の自由が利かずに天地が逆転する。そのため武器の雪崩に打ちだされるはずだった光線が明後日の方向を穿った。 迎撃に失敗したアルゴモンに雪崩が殺到する。日竜軍随一を誇る巨体すら飲み込む物量が全身を抉り、氷の大地に突き刺さる。やがてそこに残っていたのは、墓標のように地面に突き立った武器たちだけだった。 「ええい何をやっている!まずガキを狙え!」 日竜将軍が声を荒げて部下に命令を飛ばす。 飛び出してきたのは他のデジモンの影に隠れ、幸運にも凍結を免れたアイズモンやサウンドバードモンたちである。 数体のデジモンが宙に浮かぶ雪奈に襲い掛かる。これまでならパートナーが守りに戻らなくてはならない状況だが、今は違う。既にそこにいるのは隠れてパートナーに守られているだけの少女ではなかった。 入力 対象:術者を中心に半径50m 指令:速度鈍化 実行 「氷結結界!」 「キピッ!?」 「カ、カラダガオモイ!?」 身体を構成するデータに過負荷をかけられ、羽ばたく翼が凍り付いたように重くなる。突撃する速度は子供が投げたボールにすら劣るほどに鈍くなり、雪奈は悠々と距離を取る。 「ニゲルナ!……ギギ、ガガガ!?」 追いかけるアイズモンたちがサモンアイスエイジにより発生した冷気に晒される。やがて全身が凍り付き、力なく地に落ちていった。 「やった!」 自分一人でも敵に対処できたことに小さくガッツポーズする。しかしまだ油断はしない。 未だ敵と対峙しているパートナーを見据える。 一方のザウバーブラウモンは一体のデジモンと対峙していた。 右腕の黒い槍と左腕の赤い大砲、全身に無数の目を備えた闇の化身、日竜将軍の副将アバドモンコアだ。 極寒の波動を全身に受け、至る所が凍り付きながらも目の前の氷の魔術師を撃ち滅ぼすために左腕の大砲からエネルギー弾を撃ちだした。ザウバーブラウモンの姿がエネルギーの奔流に飲まれる。それだけに留まらず、着弾したエネルギー波が大爆発を引き起こし、凍り付いた日竜軍ごと氷の大地を抉った。これを受けて無事でいられるデジモンはいないだろう。 しかし照射が終わると、アバドモンの眼前には氷の魔術師の姿があった。転移魔術による瞬間移動だ。 ザウバーブラウモンは右手に氷剣を握り、射撃の反動で動けないアバドモンに振り下ろす。 右腕の槍で受け止めたアバドモンが氷の大地に叩きつけられた。ザウバーブラウモンは背後に控えさせた氷の武器を射出する。吹雪の如く降り注ぐそれらを、アバドモンは全身の目から発した光線で消し飛ばした。 大地に倒れたまま再び大砲が照射される。ザウバーブラウモンは不壊の術をかけた氷塊で防いだ。 「なるほど、一筋縄ではいかなそうだ」 「ザウバーブラウモン!」 「ああ!」 雪奈の呼びかけにザウバーブラウモンが応える。二人の間に言葉はいらない。何をすべきかは心で理解している。 「はあ!」 二人が杖を掲げ、魔術を行使する。ザウバーブラウモンが2体に増えた。それが4体になり、8体になり、16体になり、やがて無数のザウバーブラウモンが空を覆った。 各々が様々な氷の武器を手にアバドモンに斬りかかる。 大地を蹴りあげ飛び上がったアバドモンが天を覆う軍団を迎え撃つ。右手の槍を突き出し先頭を行く一体に突き刺した。 その瞬間、ザウバーブラウモンの姿が破裂し、強烈な冷気が全身を襲う。右腕の槍が凍り付き機能を停止した。 無数の軍団の正体こそ、雪奈の生み出した分身にザウバーブラウモンによる氷結魔術を仕込んだトラップだ。これだけの数に仕込めたのは二人の共同作業によるものである。 うかつに攻撃すると全身を凍らされると判断したアバドモンの動きが鈍る。近接戦は不利と判断。身体を半分以上凍らされつつも、まだ無事な目から光線を照射しながら軍団に背を向け距離を取る。 「逃がさん!」 アバドモンの進行方向に軍団が転移する。光線は不壊の氷によって阻まれ、軍団の数は一向に減じていない。 自身の不利を悟ったアバドモンが破れかぶれに左腕の大砲を連射する。しかし分身体は氷の防壁を張りながら包囲を狭め、蜂球のように取り囲んだ。 分身体が一斉に炸裂する。逃げ場のない冷気がアバドモンの全身に浴びせられ、氷漬けとなって動きを停止した。 「役立たず共が!なぜガキとデジモン一匹始末できない!まあいい、軍団など他の将軍どもから徴用すればいくらでも作り直せる!まずは貴様らを始末してくれる!」 日竜軍を全滅させられ苛立ったズィードクズルーモンが咆える。大気が震え大地が罅割れた。 しかしそれで怯む二人ではない。杖を構え、しっかりと敵を見据える。そこには戦闘前の不安や怖気は感じられなかった。 「あとは親玉だけ!」 「ああ、いくぞ雪奈!」 ズィードクズルーモンの周囲に複数の巨大な火球が生み出される。一発で並のデジモンなら蒸発してしまうほどの熱量だ。それが一斉にザウバーブラウモンに向けて撃ちだされた。 「ふん!」 しかし氷の杖をかざすだけで火球がみるみるうちに凍っていく。圧倒的熱量をものともせず、火球が氷の塊となって地に落ちていった。 ザウバーブラウモンの凍結とは熱量の変化によって凍らせているのではない。凍れという命令を発した魔術によるものである。そこに対象が何であるかは問題ではない。彼の魔術の前には地獄の業火も極寒の氷も等しく氷漬けにされるのだ。 「おのれ小癪な!」 ズィードクズルーモンの巨大な腕が振りかざされる。だが転移魔術で躱され空を切った。 その腕に氷の武器の雪崩が殺到する。しかし巨体のみならず、圧倒的な防御力を誇る日竜将軍の身体に刃を通すことができず、刃の雪崩が弾かれていった。 再び振りかざされる腕を空間ごと凍結させることで押し留め、手にした剣で斬りかかるが、それも弾かれてしまう。 このままではジリ貧と感じたザウバーブラウモンは再び転移で距離を取った。 「どうする雪奈?あれを凍らせるには大技が必要だ」 「じゃあ時間を稼がないとだね。おっきい相手にはおっきいので行こう!」 「そうだな!よし!」 雪奈の言葉に合点がいったザウバーブラウモンが杖をかざした。無数の氷の武器が一か所に集まる。 武器たちは分解され、巨大な一本の剣へと再構築されていく。 雪奈も杖を構え、魔術を起動しパートナーの補助に入る。 入力 対象:ザウバーブラウモン 指令:魔術処理速度向上 実行 雪奈の補助を受け、剣の構築速度が目に見えて早まる。本来なら時間がかかるはずの大規模魔術がほんの数秒で完了し、そこには全長1kmにもおよぶ巨大な大剣が生み出された。 「行け!」 大剣が弓から放たれた矢の如く射出される。そのあまりに巨大な質量と音すら超越する速度は純粋な衝撃だけで凄まじい威力を伴っていた。 「ぬおおおおおおお!!」 大剣がズィードクズルーモンに突き立つ。その切っ先は巨体を貫いて尚止まることはない。山のような身体が背後の拠点へと叩きつけられ、その身体を縫い付けられる。 「グオオオオオオオ!!」 ズィードクズルーモンが大剣から逃れようと苦悶の声を上げながらもがく。しかしいくら刃を殴りつけようと罅すら入らない。不壊の魔術を施された刀身は日竜将軍の膂力を以ってしても砕くことができなかった。 「今だ!」 「フィナーレだ!」 ザウバーブラウモンが魔法陣を展開する。氷の魔術の最奥、究極奥義を放つためのコードが組まれる。 サモンアイスエイジで吹き荒れていた吹雪が渦を巻き、暴風が辺り一帯を覆った。 ズィードクズルーモンが瞠目する。あれを喰らえば流石の自分もひとたまりもない。剣から抜け出すよりも先にあれを止めなければならない。 「認めん!認めんぞ貴様らの存在なぞ!貴様らなど初めから存在していなかったのだ!!我の前から消え失せろ!!『アンリミテッドタイムデストロイヤー!!!』」 ズィードクズルーモンの頭上の時空間に穴が開く。あれを開くことで過去を書き換え、相手を抹消する日竜将軍の奥義が今まさに発動されようとし―― 「……何故だ!何故過去を変えられん!!」 技の起動自体はしている。今この瞬間も過去を書き換えるための時空の穴は開き続けている。しかし過去に影響を与えるにはあまりにも小さい。普段なら既に穴が開き切るはずなのに。 「そうか貴様の仕業かニンゲンの小娘!!我の技を邪魔しているというのか!!!」 憤怒に染まった目が雪奈を捉える。ズィードクズルーモンが想像した通り、過去の書き換えという大技を妨害しているのは雪奈の魔術だ。 普段の雪奈の魔術では超究極体にも匹敵するズィードクズルーモンの技に介入するなど不可能だ。しかし今は違う。隣に立つ最高峰の魔術師の強化魔術による底上げ、何より二人の繋がりが、過去の改ざんという大技すら遅延させることができたのだ。 魔法陣が光り輝く。準備は整った。魔法騎士が最後のコードを打ち込み、最強の氷魔術が発動した。 『アブソリュートグレイシャー!!!』 魔法陣から放たれた極寒の吹雪が、絶対零度すら下回る凍気が日竜将軍に襲い掛かる。 「グオオオオオオオ!!凍る!!我が凍るだと!?いや違う!!これは『氷へと変えられている!!?』」 凍気を受けた身体の構成要素が氷へと書き換えられていく。 今までの凍結とは違う。対象がどれほど優れた防御力を誇ろうと、どのような無効化能力を有していようと、デジタルワールドにいる限りこの魔術から逃れられるものは存在しない。この魔術はデジタルワールドという0と1の集合体に対する命令、世界を書き換えるという魔術の最奥、対象を氷へと変換するという絶対的法則の追加である。 指先から徐々に感覚が削られていく。身体を動かすための指令が途切れていく。氷となった身体は身じろぎを試みることすらできなくなっていく。 開きかけていた時空の穴は閉じ、火球を吐き出して抵抗することすらもはや敵わなかった。 「やめろ!!貴様ら、ネオデスジェネラルを敵に回す気か!?我にこのような所業など、他の将軍が黙ってはいないぞ!!」 「無論だ!デジモンたちを、人間たちを傷つける存在は俺たちが倒す!!」 「そういうこと!だからまずはあなたからだよ!」 命乞いも空しく全身に氷化が広がり続ける。大剣を通じて突き立てられた建物にも氷化が広がり、既に凍り付いたそれを完全なる氷へと変えられていく。 もはやズィードクズルーモンに逃れる術はなかった。 「おのれ!!このようなガキ共にぃ!!!グオオオォォォォォォォォォォ……!!!!」 断末魔を上げながらズィードクズルーモンの身体が氷へと変えられていく。 その声が途切れた時には、そこにはかつての日竜将軍を模った氷像のみが残されていた。 「……終わったぁ。勝ったぁ……」 緊張がほどけ、雪奈が地面へとへたり込んだ。 隣に立つザウバーブラウモンの身体が光に包まれ、その姿が小さくなっていく。 雪奈の腕に抱かれ、その姿は氷の嘴を持つ幼少期デジモン、ヒヤリモンへと退化していた。 吹雪いていた雪風は止み、凍り付いた大地も凍結を維持できなくなり元の荒野へと戻っていく。 凍らされた日竜軍のデジモンは全てデジタマへと戻り、辺り一面に散乱する。 日竜将軍を模った氷像、それが突き立ったかつて拠点だったものは粉々に砕け散り、氷の破片も地面へと溶けて消えていった。 そこには日竜将軍もその拠点も、痕跡すら存在しなかった。 「ふう……さすがにつかれたぞ、せつな……」 「わたしも……しばらく動きたくないや……ねえ、わたしちゃんと戦えてた?」 「もちろんだ。りっぱだったぞ。だからいっただろう?いまのおれたちならだいじょうぶだと」 「そっか……えへへ、よかった……ありがとう、おつかれさま。ヒヤリモン……」 達成感と喜びに顔が綻む。一緒に並んで戦えたこと、自分の力がパートナーの助けになれたことの実感がようやく湧いてきた。 疲労感が全身を支配し、瞼が重くなる。 残った力で勝利報告と迎えに来てもらうよう織姫に連絡を入れ、穏やかな日差しが降り注ぐ大地で二人は微睡みに身を任せ寝息を立てるのだった。 ―――――――――――――― 「ありがとうございました。霜桐さん、織姫さん。町のデジモンたちを代表してお礼を言います」 町に戻った雪奈たちにハヌモンが礼を述べる。 織姫の傷も雪奈の回復魔術である程度塞がり、すっかりいつもの調子を取り戻していた。 「なっ?私様の言ったとおりだっただろ?ツナちゃんはやればできるんだって!」 「あはは……ありがとうございます。織姫さんが攫われたデジモンたちを助けてくれたので、周りを気にせず戦えました」 「こっちこそ、ツナちゃんが来てくれなかったらどうなってたことか。礼を言う。それで?あの台詞はちゃんと言ってくれたか?決まってただろ?」 「言いましたけど……やっぱり恥ずかしいですよああいうの……」 「え〜!?かっこいいじゃん決め台詞!」 「……そんなことより、町はこれからどうするんですか?」 「あ、話逸らすな!」 雪奈の問いにハヌモンが辺りを見回す。彼の周囲にはかつて日竜軍だったデジモンのデジタマが運び込まれていた。 「このデジタマ達の面倒を見ます。また悪事に手を染めないよう私たちで育て、そして共に町を立て直します。帰ってこられなかったデジモンもいて人手も足りないことですしね」 「…………」 帰ってこられなかった。その言葉に雪奈の表情が曇る。 織姫も全員を助けられたわけではない。彼女がこの町に来た時点で既に犠牲になったデジモンたちもいた。そのことを思うと胸が苦しくなる。 「気にすんなツナちゃん。どんなヒーローだって全員を助けることなんてできないんだ。例えフィクションの中でもな。見えないところで助けられないやつは絶対に出る。だから、せめて手の届く範囲のやつは全力で助けるんだ。それがヒーローってもんだろ?」 「……はい。わたしはヒーローなんて言えるほどかっこよくですけど、それでも手の届く範囲の人たちを助けたい。魔術を覚えて、少しは遠くまで手を伸ばせるようになったかな?」 「応!ツナちゃんなら私様よりも遠くまで手を伸ばせるさ!それでも届かなかったら、他のやつらと手を繋げ。そうすりゃどこまでも遠くまで手を伸ばせる。あー、なんかオーズ見たくなってきた。ツナちゃんも一緒に見ようぜ!」 「ええと、また今度で……」 「えぇー?」 織姫の言葉に気分が少し軽くなった。犠牲になったデジモンたちのことを忘れてはいけないが、この町には未来がある。何もできなかったはずの自分が、魔術という力を手にして守った未来が。 その未来に目を向け、これからのことを考えていこうと、そう思った。 「それじゃ、私様は行くけどツナちゃんはどうする?」 「もう少しここにいます。ヒヤリモンのままじゃ動けないですし、その間町の復興をお手伝いします」 「何から何まで申し訳ない。滞在していただいてる間、できる限りのおもてなしをします」 「いえ、いいですよそんな無理しなくても……」 「そっか……それでは、またどこかでお会いいたしましょう。ごきげんよう」 お嬢様モードになった織姫が恭しく礼をし、町を後にした。 相変わらずの変わり身に未だ慣れないながら、去っていく背中に町の住民たちと雪奈は手を振って見送るのだった。 ―――――――――――――― 「さて、まず何から始めよっか……?」 「とりあえずねどこのかくほだな。ぶじだったたてものにとめてもらおう」 「そうだね。はぁ……久々にお布団で寝られる……」 「そのためにはぶじなふとんをさがさないとだな」 「うぅ、やっぱりそうだよね……どこかにあるといいけど……」 休息にはもうひと頑張りしないといけないと気が重くなる雪奈。 ひとまず寝袋よりマシな寝具を探そうとしたその時、デジヴァイスから通話を知らせる着信音が響いた。 通知には知らない番号が表示されているが、この番号に迷惑電話をかけてくる相手などいないので不思議に思いつつも通話を繋ぐ。 「誰だろう?もしもし、霜桐です」 「霜桐さん?私、神月カオルといいます。楽音お姉ちゃんのことで聞きたいことがあって……」 「楽音ちゃん?楽音ちゃんがどうしたの?」 何故だか胸騒ぎがした。南雲楽音とは面識がある。 以前雪奈の悩みに相談に来てくれたことがあったが、その時何だか様子がおかしかったことがずっと気がかりだった。 「楽音お姉ちゃん、ずっと家に帰ってきてなくて……雪奈さんが最近会っていたことを知ったのでこうして連絡しました。あの、楽音お姉ちゃんがどこに行ったのか心当たりはありませんか?」 カオルの言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。 楽音がいなくなった。その言葉が頭の中で何度も反響する。そのきっかけに雪奈は心当たりがあった。 自分が力なんて求めたから?望まぬ力に振り回される楽音の言葉を素直に受け取らなかったから?頭の中がそんな考えに支配されていた。 (わたしのせい……?) そして、神月ユウがインデックス614と名付けた作戦、南雲楽音の救出作戦へと参加することになる。 運命の地、スプシ図書館に向かうのはそう遠くない日のことだった。