───────── 「みんな来ないで…私を…見るなぁぁぁ!!!」 「ツカサ…今の…」 「ああ…アルケニモンと最後に戦った時に見せてた力だ…不味いぞ…」 悲鳴とも咆哮とも取れる声を上げながら火を吐く楽音。 「楽音ちゃん…あんなことも出来たんだ…」 「負の感情での強化、いや暴走か……すまないが多少手荒に止めさせてもらうぞ」 「セツナ、ハヤノ、多分もう余裕がない。ラクネが戻れなくなる前に…さっさと助けるぞ!」 「はい!」 雪奈と颯乃は共にインジェクターを取り出す。 「それ…いんじぇくた…やめて…こないで…!いヤ!やメテ!」 するとそれを見た楽音の様子は一変し、怯えると共に身体中がウネウネと盛り上がっては凹んでを繰り返し始める。 それはまるで、皮膚の下を何かが這い回るかのようだった。 『恐怖心…トラウマで変異が促進されているのか…?早く鎮静プログラムを投与してくれ!』 ユウのその考察は正しかった。 彼女の体内のデジコアは、またあの時のように、彼女の体をさらなる異形へと変容させようとしていた。 その様子を見て構えた一同に、楽音は糸を飛ばし貼り付ける。 「ツカサ!これって!」 彼女の糸は可燃性だ。火炎放射を併せて使うことで、その糸は導火線のように機能する。 「ヴ゛ァ゛ぁ゛ぁ゛ァ゛あ゛!゛!゛」 「俺はいい!みんなの糸を切れメルヴァモン!」 ひときわ楽音に近いところにいた司には、いち早く火炎が迫った。 「わかった!ストライクロール!」 メルヴァモンは大剣を振い、皆の糸を切る。 「シャッテン・シュペーアト!」「グレイソード!」 それに続いた者のおかげもあり、火だるまにされる者は出なかった。 「あれ化繊だったからな…よく燃えてんなぁ…」 一方で司はといえば、糸の付けられた服を脱ぐことで対処していた。 彼は上裸のまま、ポケットからインジェクターを取り出す。 「楽音!大人しくしててくれ…前よりも…手早く済ませる。」 「マエ…?なんのこと?オまえ…だれだ!」 「記憶まで…アタシだ!メルヴァ…ミネルちゃんだよ!わかんないのかよ!」 変容の影響か、彼女の記憶は混濁し始めていた。 「やっぱ力尽くしかない…か。」 司はミネルヴァモンのデジメモリを使い、盾とオリンピアを装備した。 「ジャマだジャマだジャマだ!」 彼は叫びながら向かってくる楽音を盾で受け止め、その隙にインジェクターを使おうとした。 しかしそれを察知したのか、楽音は盾ごと彼を思い切り蹴り飛ばした。 「デリート…デリート…!」 司が吹き飛ばされたその先に待ち受けていたのは、大量のゴグマモン(オニキス)だった。 ───────── ちょうどそれと同じ頃。死影軍、軍勢中央部。 「もう一度言う。今すぐに破壊しなさい。命令違反は契約解除です。」 「んじゃ契約解除で、ガキの癇癪みたいな命令付き合ってられねえ」「ガキはお断りだー!」 「はぁ。面倒な人間を引き当ててしまいましたね」 ネオデスモンは通信が途絶した後、そう呟いた。 「契約通り破壊活動に勤しんでいただかなければ…灰庭音糸はともかく…こちらのベルゼブモンの亜種も役に立つかどうか。」 資料データのホログラムをプヨモンに持たせたまま、彼は少し目を閉じた。 影となり、意識を戦場全体へと拡散させる。 ─────マズ…い…このままでは…死んで… (逃げるな。死ぬまで戦え!死んでも戦え!) 戦闘に敗北したのか、それとも怖気付いたのか。 ともかく、戦場から逃げ出そうとする自らの部下を察知しては、その度に影から死を求める感応波を飛ばして無理矢理戦わせる。 二つのスピリットの力を最大限に使用するこの行為は、彼が意識の集合体であるから可能なことだった。 通常の精神構造をしている存在であれば、その負荷に耐え切れず発狂してしまう。 「おや…何やら面白いことが…起きていますね。」 彼は気づいた。 この戦場の中で、最も強い殺意を持つ個に。 それが、自分へと向けられているものであることに。 ───────── 「まだいたのかアイツら…!俺たちで黒いのを引き離す!誰か楽音の方を頼む!」 「私たちに任せて!」 「頼んだぞセツナ!」 雪奈と颯乃に一旦楽音を任せ、彼らはオニキスたちの相手に専念することにしたようだ。 「さっきから何度も何度も…!」 「鬱陶しいんだよ!」 二人はいつものように剣を振うが、やはり敵が多い。 「全くだ!自分と似た見た目のやつがこんなにいるとうんざりするな!ガッガッガ!」 「本当、キリがありませんわね…!」 そこに優華子たちが加わったが、いつの間にかオニキスたちは周囲を囲んでいた。 「ボクたちでアイツらの動きを止める!その隙にまとめて倒して!「バッドメッセージ・プラス!」」 有無とツカイモンの攻撃で、オニキスの動きが止まる。 「おっしゃあ!ジャイアントグレイター!」「いくぞっ!マッドネスメリーゴーランドDX!」 そこに、デジモンたちの必殺技が炸裂した。 「こっちも行くか!」 「せっかくですし、合体技でもいかがですの?」 「良いな!その話乗った!」 司の持つ盾で打ち上げてもらい、優華子は上空から飛び蹴りを放つ…と言うように、なぜか人間までも必殺技を使っていた。 「我…われは…死ん…デモ…タタカう…!」 体が消滅しかけながらも、立ち上がるオニキス。 「もうアイツら心がない…バッドメッセージも通用しないよウム!」 ───────── 「ハッ!やあぁぁ!」 颯乃達の正確な刀さばきは、確実に楽音を捉えていた。 しかし斬り付け刀傷を作ったところで、すぐにそれは塞がっていた。 デジコアの侵食作用による身体変化、それを抑えるためバングルに内蔵された改変プログラム。 この二種が合わさることにより、変異中の楽音の体はある程度の傷であればすぐに元通りになる。 その上彼女は、特に双方の作用が強い左腕で刀を受けていた。 「いくらやってもダメか…オレの集中ももう限界だ…!」 カラテンモンがそう漏らした隙を狙い、楽音は火炎を放った。 「二人とも危ない!」 咄嗟に雪奈が氷壁で二人をカバーしたが、楽音の炎は氷を溶かすと言うよりも、氷を侵食していくように消滅させていった。 「氷がダメなら…これでどう!」 雪奈とザウバーブラウモンは共に魔法陣を展開し、そこから光の縄を伸ばした。 「アゥ…ぇ゛ェ゛ア゛ア゛!!」 縄は楽音の左腕に絡みつく。 「今だ!」 インジェクターを使おうと近付いてきた颯乃。 しかしそれは作動しなかった。先ほどの火炎で損傷してしまっていたのだ。 「放セ!」 楽音は光の縄に毒を吐き掛け溶解させて拘束から逃れると、オニキス達の方へと向かっていった。 ───────── 「オマエら…纏メテ…い゛な゛く゛な゛レ゛!゛!゛!゛」 消滅しながらも立ち上がったゴグマモン(オニキス達)に向かっていった楽音は、そう叫びながら左腕を振るった。 「何をしようとしているんですの…?」 すぐに周囲の空間にヒビが入り、デジタルゲートが開く。 そのゲートは通常のものと違い、付近の物を飲み込もうとしていた。 「ナニ…⁉︎タタカワずして…消エルわけにハッ…!」 なすすべもなくゲートに吸われていくオニキス達。 「マズい!みんな離れろ!」 メルヴァモンはその様子を見て、有無や優華子をメデュリアを使って遠くへ逃した。 「ヤバい…アタシも吸われっ…!」 「メルヴァモン!」 しかしそれが影響して逃げ遅れ、吸い込まれそうになる彼女を助けようと司は腕を掴んだ。 「司さん!」 シャドウヴォルフモンも司の腕を掴む。 「……離して良いぞ!愛狼っ!」 司は一瞬考えた後、そう叫んだ。 「アタシ達は平気だ!」 「…わかりました!」 彼は手を離した。 「ラクネを頼んだぞ!」 二人はそう言い残し、ゲートの向こうへと吸い込まれ消えていった。 ───────── 「頼まれました。楽音ちゃん!オレが相手だ!」 「ヵヵヵ…お前も邪魔ダ…!」 愛狼は影を伝って飛びかかってきた楽音の背後を取り、インジェクターを使おうとした。 しかし、実際は背後を取ることすらできなかった。 「こっちが見えてる!?」 『どうやら影の中すらあの左目で見通せるようだな。どうするアロー?』 「…だったら両方から攻める!」 愛刀を構えると共に、彼はインジェクターを影に落とした。 「ヒゅぁぁ゛ァ゛ぁ゛…!゛!゛」 またしても彼の斬撃を刀を左腕に突き刺す形で受け止め、そのまま押し倒すように馬乗りになり何度も彼の顔を殴りつける楽音。 「あっ!うっ!─────っ!エースケ今だ!」 「静脈注射〜即時効果〜!」 愛狼が影にインジェクターを落としたのは、シャドウマンタレイモンXにそれを渡すためだったのだ。 「─────!」 楽音は咄嗟に上体を逸らし、それを避けた。 ぐさり。 「あっ」 「えっ…これオレに刺さっても大丈夫なやつ!?」 「誤射謝罪…ほんとごめんアロー…」 『一応…大丈夫なはずだが…リアルワールドに戻ったら病院を紹介しよう…」 申し訳なさそうな声が、ドローンから響いた。 ───────── 予想外のハプニングに固まった愛狼達を尻目に、楽音は図書館へと向かおうとしていた。 もう、なんのためにそこに向かおうとしているのか彼女にはわからない。 それでも彼女は止まらなかった。混濁する意識の中、目的を見失った復讐心が、ただ楽音を仇の元へと導いていた。 「はぁぁぁッ!!」 彼女の進む先に、シュヴァルツが立ちはだかる。 「避けて…刺す!基本だよねっ!」 彼はナイフを持つようにインジェクターを持ち、彼女の大ぶりな左腕の攻撃を避けつつ隙を窺っていた。 しかし彼は一つ過ちを犯していた。彼女との戦いを”対人戦闘”と捉えていたことだ。 何度目かのシュヴァルツの突き刺しを避けた後、彼女は彼のインジェクターに糸を吐き、即座に火炎を放った。 「あっつ!」 彼は思わずインジェクターから手を離した。 彼の手から離れたそれは、あっという間に溶解した。 ───────── 「いくら隙をついたところで…すぐに察知されてしまうようですわね…背後を取ることが出来れば楽音さんを拘束できますのに…!」 少し遠くからその様子を見ていた優華子は、そう悔しそうに呟いた。 『だったら僕に一つ考えがあるよ。』 攻めあぐねる彼女に、ユウが一つ作戦を提案した。 『愛狼くん、君確か影のスピリットを使ってたよね?』 「え?そうだけど…」 『だったら、ネオデスモンのように影を使って虚空蔵くんを楽音ちゃんの所まで飛ばせばいい。』 「うーん…シャドウ、そんなのできる?」 『善処しよう。マントの影へ入るんだ。』 ───────── 「大丈夫かシュヴァルツ」 「ボクは平気!でもインジェクターが…」 「仕方ない。次は私が相手になろう!」 ズワルトはブレードを楽音に向ける。 「邪魔しナいデって…言ってルのニ!」 振り下ろされたオメガブレードを左手でなんとか受け止めた楽音に、ガルルキャノンの砲撃が直撃する。 『おいおい…流石に今のはやりすぎなんじゃないかなズワルトくん?」 「問題ない、威力は十分に抑えてある。」 ドローンのスピーカー越しに口を出すユウに、オメガモンズワルトは冷静に返す。 実際楽音は軽く吹き飛ばされた程度で、地面に爪を立てて制動をかけ止まっていた。 「邪゛魔゛す゛ル゛ナ゛ぁ゛ァ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!゛!゛」 楽音は咆哮混じりにそう叫び、地面を殴りズワルトに急接近した。 ガルルキャノンがまたしても何発か放たれたが、彼女は糸を利用しそれを巧みに避ける。 「喰゛ラ゛エ゛ぇ゛ェ゛ェ゛!゛!゛」 楽音の火炎放射。それは決して強力な一撃ではなかったにしろ、オメガモンズワルトを防御姿勢にさせるには十分だった。 そこへさらに、左腕のパンチが追い打ちで放たれる。 「くっ…!流石に一撃が重いな…」 その時だった。 「あらあら…少々おいたが過ぎましてよ!」 楽音がズワルトに気を取られている隙に優華子は彼女の背後の影から現れ、ガッチリと楽音を羽交い締めにした。 「はっ…な…!せぇェェ!!!!!」 優華子の羽交い締めから逃れようと楽音はもがく。 左腕で優華子の腕を掴み、爪を喰い込ませながらジリジリと腕を剥がし始めた。 「逃し…ませんわ…よ…!!」 そう言いつつも、彼女が楽音に力負けしているのは事実だった。 「肉体強化…!頑張って…優華子ちゃん!」 目を橙色に光らせた雪奈の魔術により、優華子の肉体は普段の数倍の力を発揮できるようになっていた。 「ありがたいですわ…!力が…漲ってきましたわぁぁぁ!!!」 バルクアップした筋肉により、袖が裂け始めていた。 「離せ!離せ離セハナセ!@!!¡©ƒ!!」 腕力で勝てなくなった楽音は、それでも拘束から逃れようと暴れ踠き、頭を振り回す。 頭突きを繰り返す音が、骨が砕ける音が、ガツガツと鳴り響く。 その抵抗によって、優華子が持っていたインジェクターは破壊されていた。 「皆…さん…!今の…うちに…!!」 ちょうどその時、二人の頭上にデジタルゲートが開いた。 「ちょうどいいタイミングみたいだな!左腕はアタシ達に任せろ!」 「司さん!」 「戻ってくるっつったろ!」 彼らは楽音の左腕を掴み、さらにミミックモンのデジメモリを使用して自らを地面に固定した。 「今度は絶対に離すもんか!」 「私も加勢しよう。早くインジェクターを!」 右腕をオメガモンズワルトが抑え、楽音はいよいよ身動きを取れなくなってきていた。 「打つ手が減っちゃうけど…今はこれしかない!エースケ!楽音ちゃんに巻きついて!」 「合点承知〜拘束万全〜」 シャドウマンタレイモンXに指示を出し、自身もマントを利用して足元の抵抗を吸収するシャドウヴォルフモン。 「楽音ちゃん、少し痛いけど我慢してね…」 彼女だけを狙ったピンポイントな浮遊魔術によって軽く浮かび上がった体を周囲の土塊を操って優華子の体ごと拘束、さらにその上から凍結を加える。 多重に魔術を使用したことにより、雪奈の髪は複数色に光り輝いていた。 「やめろ!やめて…!ハナして!!やだ!!もうイヤ!!!」 「…みんな目を瞑って!」 雪奈は彼女の目の前で閃光を炸裂させ、彼女の視界を奪おうとする。 「来ルな…来なイで…!こッチ二こナいで!」 しかし、楽音は変わらずにインジェクターに怯え、拒もうとし続けた。 ───────── 「興味深いな…あれだけの光度の閃光を目の前で炸裂させられれば、普通は視力を一時的に失うはず…何か別の感覚を…?」 モニターを見ながら、ユウは呟いた。 「ちょっとお父さん!早くこれ届けないと!」 カオルは新たなバングルを指差しながら、焦ったように父親の肩を叩く。 「ああ、わかっている。カオル、デジヴァイスを貸してくれ。」 「わかった…何するの?」 「見ていなさい。昔のようにやってみようか、ルクスモン。」 カオルのデジヴァイスバーストを構え、ユウはルクスモンに声をかけた。 「はい、教授。」 「デジソウル、フルチャージ!」 「ルクスモン進化!ホーリーエンジェモン!」 輝く8枚の翼を持つ天使、ホーリーエンジェモン。 「うわぁ〜…なんか久しぶり〜…」 カオルにはルクスモンをホーリーエンジェモンに進化させることができない。 とはいえ、長く共に過ごしたその姿は、彼女にとって思い出深いものだったのだ。 「デジヴァイスバングルを頼んだよ。外し方はわかってるね?」 「もちろんです教授。では、行って参ります。」 ───────── 「……ごめんね!」 楽音の左腕に、沈静化プログラムが打ち込まれる。 「ウぁ…く…!からダ…ウご…!ア゛ァ゛っ゛!」 痛みによるものなのだろうか。 彼女のあげる声は大きく、そして抵抗も未だ大きかった。 それは、まだ沈静化プログラムの効き目が薄いことを示していた。