─全能者と言い争う者よ、答えるがよい。 その言葉が先に在ったのか、私の意識が先に在ったのか 最早定かではないが。 確実なのはこの言葉が私の原風景(マスター・ブート・レコード)として、私の奥底に深く刻まれているという事実だけだ。 ─全能者と言い争う者よ、答えるがよい。 デジタルワールド全ての罪が集まる地、全てのデータが最後に行き着く最果ての地。 その地の名はコキュートス。 私は、ここで産まれた。 ─全能者と言い争う者よ、答えるがよい。 この言葉はまるでエンターキーの入力を求めるように、私の中でいつまでも響いていた。 否、事実として ─全能者と言い争う者よ、答えるがよい。 私の中にある正体不明のプロセス、これの処理の優先順位を上げた所で反応があった。 つまり、本当に私の入力を待っていたのだ。 ─全能者と言い争う者よ、答えるがよい。 今までただこの言葉だけが在った場所、その真下に入力フォームらしき欄が出現する。 「ひと言語りましたが、もう主張いたしません」 「ふた言申しましたが、もう繰り返しません」 私は問いに対して、入力フォームに入り込んだ巫山戯た初期値を消し去って答える。 「貴様は何か、私は何か、幾度でも問おう」 ─お前はわたしが定めたことを否定し ─自分を無罪とするために ─わたしを有罪とさえするのか。 私の答えを受け入れたのか、それとも入力値に関わらず先に進むようになっているのか。 私には知る由もないが、兎に角問いの内容が先へと進む。 「そうだ、私は何故ここで産まれた、誰がそれを定めた」 「罪以外の何も存在しない、まさに地獄と呼ぶべき世界に」 ─お前は神に劣らぬ腕をもち 「私の七つの脚にして腕『グラドゥス』を持ってそれとする」 ─神のような声をもって雷鳴をとどろかせるのか。 「衝撃の波動『カテドラール』を、雷鳴のごとく奏でてみせよう」 ─威厳と誇りで身を飾り ─栄えと輝きで身を装うがよい。 「ルーチェモン」 ─怒って猛威を振るい 「デーモン」 ─すべて驕り高ぶる者を見れば、これを低くし ─すべて驕り高ぶる者を見れば、これを挫き 「ベルゼブモン」 ─神に逆らう者を打ち倒し 「バルバモン」 ─ひとり残らず塵に葬り去り 「リリスモン」 ─顔を包んで墓穴に置くがよい。 「ベルフェモン」 「七つの罪を統べる王たちがそれを成そう」 問いに答えるたびに、私の中で何かが目覚めていくのを感じる。 私を突き動かす衝動、私の求めるもの、それが何なのかが形を帯びていく。 ─お前はレビヤタンを鉤にかけて引き上げ、その舌を縄で捕えて屈服させることができるか。 ─彼がお前と契約を結び、永久にお前の僕となったりするだろうか。 何のことはない、リヴァイアモン、奴の方から使命を投げ捨て私の元に下ったのだから。 「既に成している」 ─見よ、ベヘモットを。 ─お前を造ったわたしはこの獣をも造った。 ─見よ、腰の力と腹筋の勢いを。 ─尾は杉の枝のようにたわみ ─腿の筋は固く絡み合っている。 ─骨は青銅の管 ─骨組みは鋼鉄の棒を組み合わせたようだ。 ベヒーモン。 ─お前は彼を小鳥のようにもてあそび ─娘たちのためにつないでおくことができるか。 ─お前はもりで彼の皮を ─やすで頭を傷だらけにすることができるか。 ジズモン。 ─これこそ神の傑作 ─造り主をおいて剣をそれに突きつける者はない。 ベヒーモン、ジズモン、リヴァイアモンと深く繋がったこの2体も、既に私の支配下にある。 ならば答えはこうだ。 「望むのならば、剣でも何でも突き付けてやる」 その答えを打ち込んだ瞬間に、「何か」が変わる感覚がした。 今のが最後の問いだったのだと、根拠など無いが確信だけが在る。 匣の鍵が開くように。 閉じた扉が開くように。 私の中に、「ある地点」の座標データが現れる。 「ここに来い」 そう言ってるのだと判断して差し支えないだろう。 座標データに示された名は。 『SANCTORUM』 この座標データの形式を見るにコキュートスではない、恐らくは「デジタルワールド」だ。 ならばもうコキュートスなどに用は無い、直ぐにでも出発しよう。 私はジズモンとベヒーモンを引き連れて『巡礼』の道を征く。 ─そのとき初めて、わたしはお前をたたえよう。 ゆっくりと、コキュートスと外とを隔てる「門」が開いていく。 この向こうはダークエリア、デジタルワールドにおいてデリートされたデータの行き着く地…とされているが、実際には最果てはここコキュートスだ。 兎も角、私にとってダークエリアとは「上」だ。 私はその脚で一歩づつダークエリアの大地を踏みしめ「上」へと歩いていく。 ゴチャゴチャとした悲鳴やら叫喚やらが聞こえるが、知ったことではない。 ─お前が自分の右の手で やがてたどり着くのはダークエリアと「表」、デジタルワールドとを隔てる境界線。 この問いの出題者はその更に上に在るのだと、私の全ての直感が告げている。 ─勝利を得たことになるのだから。 「これ」の示した条件はすべて満たした。 さぁ、存分に私を称えるがいい。 そして私に全てを明け渡せ。 そうしてデジタルワールドへ出た私を迎えるのは、12体の聖騎士達。 その中の一匹、獅子の鎧を着た聖騎士が私に問う。 「貴様は一体何者だ」 私は 「私は『オグドモン』、全能なるものへの反論者」