「おじさん、大丈夫…?」 気を失っていたらしい。目の前に───おそらく子供、小学生ほどの男の子 …というのは片側が欠落しぼやける視界ではその程度の情報しか拾えなかったからだ。鈍痛に苛まれる頭部からの流血で目が開けない 「こんなところで何をしている…さっさと避難しろ」 ───愛媛迎撃戦・或いは防衛戦 そのワードが使命感と共に再三脳内に噴出したせいで余計に頭痛が増した気がした 首謀者ジェーン・ドゥにより巻き起こされた騒乱。今なお数多のデジモンとテイマーが上空より墜落する隕石を払い除けて人々を守っている……その最中、迎撃安全圏内を突破した隕石の破片を無理矢理切り捨てたものの落下に巻き込まれたらしく、デュランダモンごと倒壊した見知らぬビルの影へと叩き落とされたようだった パートナーの姿を探しながらも、最悪の寝起きに頭を無理矢理回しぶっきらぼうに人影へ吐き捨てる。だが少年は引くどころか前に出てしゃがみ込んできた 「もしかしてこの子?」 「…ッ、ズバモン…生きているか!」 「だ、大丈夫だよエータロー…」 「この子デジモンだよね。動いてるのは初めて見るや」 デジモンを目の当たりにして全く臆せず、むしろ好奇心のまなざしでズバモンを労わる少年。ふとナップサックを手繰り寄せその口を開き見せつける 「やはりデジタマ…君も選ばれし子供というわけか」 「もうすぐ生まれてくるはずなんだよ。ぼくのデジモンもキミみたいにかっこいいのかな」 「か、かっこいい!えへ、えへへぇ…照れちゃうなぁー」 やはり褒め殺しに弱いのはあのルドモンと一緒か。デレッデレではしゃぐズバモンを前に少年は頷く 「すごく楽しみなんだ」 「……そうか」 「───なのに…世界は、終わっちゃうの?」 居た堪れず目を逸らす 天まで登りこの世界を覆い尽くす…死のニオイと炎に滲む空 それは『赤い闇』───かつて僕が望んだ、全ての命を冒涜する終わりのカタチが其処に在った 「僕もこの子も、"はじめましても出来ないままさよなら"しなきゃいけないの……?」 「その必要はない」 即刻の否定。小さく「まるでデジャヴだな」と吐き捨て、脚を引きずるように前に出す。まだ動ける 「…あと5回は世界を救わなきゃならないからな。どうやら今日がその最初の1つだ」 「世界を救う…おじさんヒーローなの?」 「いや、僕たちは……こんなふざけた事態をどうにかする為に鉄砲玉として集められた有象無象の"大罪人"のひとりさ。だが」 絶望を叩きつけてやったはずなのに、命懸けで刃向かってきた愚か者に醜態を晒し叩き伏せられ堕ち果てたからこそ……その底にようやく見出せたものがある もう目を背くことなどできるはずもない 「あの世で約束をしてしまったからな…"ヒーロー"と」 「二度と、二度と逃げないと」 咆哮 まるでこちらの問いに応えたかのように木霊した息吹にいま一度空を見上げる 「───ブリウエルドラモン、か」 かつてこんな世界にさせるため《厄災の象徴》として利用した存在、それが今数多の命の盾となるべく───《厄災を討つ者》としてあの闇へ飛翔する あの男は今回も迷いなくそれを選んだのだろう…パートナーと共に ───ムカつくがそれは、僕などよりも遥かに優れたところだ そしてどこまでも『兄』の背を思い出させられる 「エータロー!」 「っ!」 「ボクらもなっちゃおうよ。今日は、今日だけはヒーローに…!」 「……ハァ、僕がそんなガラじゃないのはよくわかってるだろうズバモン」 やはりヒーローとはなんともむず痒い言葉だ。相容れられそうにない。だが 「…やる事に変わりは無いか」 行動で示すべき結果の行き着く先は、事情を何も知らぬ側から見れば案外そう変わりないのかもしれない 「とにかく君をどこかに避難させねばならないか…行くぞ」 建物の影を抜け国道沿いに出る 途端、地鳴り……打ち捨てられた車が徐々にひっくり返り、跳ね飛ばしながら有象無象のシルエットがこちらめがけ蠢き迫る 「…囲まれたか」 もはやこれらに構っているほどの時間も体力も惜しい。援軍を望めないかと触った耳元からインカムの破片がノイズを散らして落下し転がった 万事休す 「間に合ったようだ。ガオモン!」 「ダブルバックハンド!」 ……が、背後からの声に飛び出した何かが敵の先陣を薙飛ばす。砂煙と風に煽られた火花に伏せた目を開けると、隣にその人物は手を差し伸べてきた 「援軍ですよ───Bootleg vaccineの秋月影太郎」 「何…?」 めもりの配信を見た野次馬が来たのか?しかしそんな視聴層には似つかわしく無いほど利発的な雰囲気を纏う外国人の男性 その男に相対するのはおそらく初めてだ 「ボクは"トーマ"。そうだな…しがない医者のひとりだ」 「医者か、本来ならば避難所で怪我人の治療にあたってくれと言いたいが…」 「だが"デジモンとの関わりはとても深い"。ゆえに訳あって君たちを手助けしてくれと依頼があった」 きな臭いと言えばそれまでだろう。だが影太郎を前にしてデジモンとの関わりを『とても深い』と言い切れる一般人はそう多くはないはずだ しかしその名がどこか引っ掛かる… 「単刀直入に言う、アナタはここにいるべきではない。ここはボクたちに任せていただきたい…ガオモン!」 「YESマスター!」 トーマという男の前に格闘家を装う青い人狼が降り立つ。おそらくこの聡明なデジモンが先の攻撃を繰り出した正体 「付近の敵影は」 「第二波が間も無く」 「そうか…この子の避難も急ぎたい。全力でいくぞ」 テイマーの合図に身構えるガオモン 影太郎も決意を改めBV戦闘服の外套を少年へ投げる 「その外套は防弾・防塵・対可燃性だ。その格好のまま彷徨かれるよりは何倍もいい、身につけておくんだ」 「うん。おじさんはいくんだね」 「ああ。…あの増援は頼まれてくれるんだな?」 影太郎がゆくべきは、この分厚い敵の群れを掻き分けた先にある。だがその物量差を鼻で笑うように一蹴し、 「任せてくれ」 トーマが一歩前へ出る 「マスター、ご命令を」 「彼の道を切り開くぞガオモン───チャージ・デジソウルバースト!」 「ガオモン進化───ミラージュガオガモン・バーストモード!」 男がフィンガースナップと共に蒼穹の色をもつデジソウルを破裂させ、まるで満月が大地に墜ちてきたかのような眩い月光…それを己が武器として振り翳し、猛る狼の戦士 ───ミラージュガオガモン・バーストモード 「バーストモード…!?」 以前研究中に何かの記録を見た時に目撃したバーストモードを発現させたデジモンとテイマーの記録…その中には"今は無き『とある組織』"の情報が断片として紛れ込んでいたことを思い出す 「まさか…」 「ゆけズバモン・Mr.秋月、この子と付近の避難所はこちらで守り抜く。君たちの使命を成すんだ!」 三日月の鉄鎚が殺到する敵意を瞬く間に薙ぎ払う。最小限の動作で敵の挙動・立ち回りを瞬時に分析し的確な対応…それは一朝一夕で成せる洗練さではない 疑問は尽きない。むしろ微かに好奇心が燻りはじめたまである 「感謝する」 が、それは今の自分がなすべき事ではない 少年と別れ、切り開かれた敵デジモンの雑踏を掻き分け、痛みを飲み込み徐々に加速していく足取り 空の彼方にひとつ、またひとつ…瞬きと流星が消えていく …アレが落ちればいったいどれほどの人が死ぬ?もはや二度と流れ星などというものにセンチメンタリズムを感じるという他人の意見には賛同できないなと、くだらない考えを拭い去り天を睨む 「お前はまだまだ死ぬんじゃない、自分で決めて罪を償うことにしたんだろう!ならばお前自身の命と、お前が奪い背負った大勢の命にハンパな責任を持つな!勤めを果たすまで…とことん生き抜け馬鹿者ォ!!」 ───あの世とこの世の狭間を彷徨い、兄に言い放たれた言葉を復唱する 「ああそうだ。人だろうとデジモンだろうと───こんな子供の石ころ遊び風情に誰の存在証明を否定させるものか」 その先に…ブリウエルドラモンの背を見据える 自分たちにあと僅かに残された力を振り絞って 「───デジソウルチャージ・オーバードライブ!」 「ズバモン進化ーっ!」 「飛べデュランダモン!」 …… 「───ブリウエルドラモン、ブラストスマッシュだ!」 「ウォオオオオオオオ!!」 視界に捉えた盾の炎竜が己が身ごと紅蓮で焼き尽くしながら弾丸と化す。全力のデジソウルを蓄え通常の何倍ものデータ質量を得たことで隕石への真っ向からの吶喊においても打ち砕いてみせた だがそれでもなお補いきれないあまりに大きな質量差を末端まで砕き切れず、破片が背後に溢れたのだ 「しまっ…!」 「ツヴァングレンツェ!!」 金色の閃光 粉微塵と返した破片の向こうへ嫌味な声を投げつける 「相変わらず詰めが甘いな鉄塚クロウ」 「い、生きてやがったか影太郎ォ!」 ブリウエルドラモンと肩を並べ、さらに高度を上げ……間もなく正面に相対するは天を覆う悪意の奔流 「バーストモードは」 「もってあと2.3秒」 「十分だ、この位置からなら連鎖的に隕石を破砕できる」 「小難しい命令すんじゃねーよ!」 「チッ…黙って目の前の隕石に全力を叩き込め、タイミングを合わせろ!」 「ンだよ、ハナからそう言いやがれってんだ!」 呉越同舟などと宣おうと、この状況下でもやはりコイツとは馬が合わないらしい …だが、それで世界を救う確率が1%でも上がるのならば安上がりだ 重力に引かれ動き出す隕石へ羽ばたく 「この命をかけてでも」 「俺たちの魂をかけてでも」 未来を照らすため 二つの光が交錯する …… 「……っ? ここは」 デュランダモンの肩ではない しかし上空に放り出されたのでもない ましてやあの世などとは言うまい 「白い…騎士?」 「うおっ何だこりゃあ!?」 傍らに視線を結ぶ未知の存在。その双肩にて2人は目を見開く 「デュランダモンの進化……デジソウルバースト…いや違う、このデジソウルは僕たちのものだけではない…?」 「オイ、あの盾…ブリウエルドラモンか!?」 「何?まさか…デュランダモンの剣、だと!」 動揺と困惑。其れはデュランダモンの進化でもなく、ブリウエルドラモンでもない───まるでこの存在がクロウと影太郎のパートナー……剣と盾の一対のLegend-Armsを武具として携え佇んでいるようだった そして一つの仮説が過ぎる 「───Legend-Arms同士のジョグレス体か!?」 先の一瞬で何が起こったのか…それは皆の眼前に降り掛かったあの巨石たちが塵芥と化したモノが地表に燃え尽きてゆく様が語っていた しかし災禍は止むことを知らず再び暗黒の彼方より五月雨となり出ずる 「来るぞ影太郎!」 「チィッ!」 「───"無駄だ"」 白騎士の声がした 瞬間、デュランダモンの聖剣が一文字に切り払われ…金色の剣圧が彼方を断滅 葬り去る 「い…一撃であの数を斬り払った!?」 「まだだ、あれだけの隕石を薙げば破片が…!」 こちらの訴えに白騎士が盾を身構える───瞬間、ブリウエルドラモンの盾に漆黒の光が漏れ"騎士の輝きが反転する" 「"黒く"変わった!?」 「───"《ブリウエルガーダー》"」 今度は黒騎士の声に紫光が瞬き、竜の顎を模した3つの大楯を翼の如く翻す それぞれが黒騎士を中心に散り、流星群をまるで児戯のごとく迎え撃った光の巨壁が明滅……その一切を叩き伏せ、反射した 「う、うおおおおーーーー!?」 「なんということだ…」 『すげぇ…これどうなってんだオレたち!?』 『ボクたちにあんなチカラがあったなんて…』 「えっ、ルドモンかその声!」 「ズバモンも意識があるのか」 『うん、けど"ここに居る"のはボクらだけじゃないみたいだ」 「───"これは我々だけではない。数多の人々の願い…デジソウル、命の輝きが我の未知なる力を呼び覚ました"」 頭の中に語りかける静かな、しかし雄々しい声色 「だ、誰だお前!」 「ルドモン…ズバモンでもないだと?」 「───"……我が名はラグナロード"」 「───"今ここに、汝らに応え救滅を済さん"」