ここはデジタルワールドのどこかにあるという大図書館。そこに千明 遥希の姿はあった。 寝袋に包まってすぅすぅと寝息を立てている。ここに居れば想い人がやって来ると信じ、図書館内での生活を始めてからかれこれ数日が経つ。 しばらくして目を覚ました遥希は寝袋から上半身を起こした。黒いブラトップにドルフィンパンツという出で立ちだ。まだ寝ぼけているのか、虚ろな目でぽけーっとしている。 大きな欠伸をした遥希は徐ろに寝袋の中を漁り出したかと思うと潜り込ませていた三下 慎平のテイぐるみを取り出し、それをギュッと抱き締めた。 抱き締めたまま暫しの時が流れると、今度はテイぐるみを抱えたまま寝袋の中に潜り込んだ。寝袋の中で暴れ出したのか、物凄い勢いで荒ぶる寝袋。 一頻り暴れ回った後、遥希は何事も無かったかの様に寝袋から出ると脇に置いてあったボストンバッグから洗顔料と化粧水、歯ブラシを取り出して館内の洗面所に向かった。 友人である千年桜 織姫とデジタルワールドでばったり出会って以降、物資の調達が非常に楽になった。彼女はデジタルゲートを自由に開く事が可能であり、曰くこの程度のこと姉様は造作も無くやってのけているのだから同じ血が流れている私様にできない道理は無いとの事らしい。理屈はよくわからないが、それで実際できているのだから何も言う事は無い。 歯磨きとスキンケアを済ませた遥希は鏡と睨めっこをした後、髪を結い始めた。今日は神田 颯乃を彷彿とさせるポニーテールだ。 「よし!」 鏡の前でぞいのポーズを決め、荷物を置いてある場所へと戻る遥希。 寝袋とテイぐるみを鞄の中へしまうと同時にキャンプ用の調理器具一式を取り出し朝食の準備に取り掛かる。 「あ、スプシモンさん!おはようございます!」 クッカーの中に水とトマトジュースを注ぐ最中、近くに居たスプシモンに気付き声を掛けた。 「え?今日もインスタントのラーメンなのかって? はい!そりゃもう、私の想い人の好物ですよ?好きな人とは好きなものも共有したいですからね〜」 話しながら水とトマトジュースが入ったクッカーを火にかけ沸騰するのを待つ。 「街に命を吹き込むように〜 夜が明けてゆく〜」 湯が沸くのを待っている間、手持ち無沙汰になったのか歌い出す遥希。 スプシモンの亜種であるドキュメモンが保有している情報によると千明 遥希の歌唱力は並程度との事。なのだが特撮ソングを歌った時に限り、その歌唱力は爆上がりするのだという…。現にその歌声にスプシモンも思わず聴き入ってしまっている。 「輝くオーブを手にして〜」 そうこうしている内に湯が沸いた様だ。水とトマトジュースを混ぜた出汁がクッカーの中でグツグツと煮えている。 遥希は取り出したチキンラーメンの袋を開封し、クッカーの中へと放り込んだ。 「これであとは2分煮込めば完成!…なのですが私は硬めが好きなので1分40秒ほどで…食べてる途中で軟らかくなりますしね。スプシモンさんも食べます?」 スプシモンが首を縦に振ったので鞄の中から新たにお椀と割り箸を取り出す遥希。 時間が来たのか遥希のスマホのアラームがけたたましく鳴る。 火を止め、仕上げに粉チーズと黒胡椒をまぶして完成だ。 「出来ましたっ!結構美味しそうに仕上がったんじゃないですか?」 遥希はスマホで写真を取った後、お椀に半分ほどよそって割り箸と共にスプシモンに渡した。 「どうぞスプシモンさん!熱いので気を付けて召し上がって下さいね。……では、いただきますっ!」 割り箸を割って合掌し、いよいよ実食。ふーふーと箸で掬い上げた麺を冷まし二人同時に勢いよく啜る。 「っ!!…これ、凄く美味しくないですか!?私がトマト好きってのもあるかもしれませんが、かなり美味しく出来たんじゃないかと…!これならシンさんも気に入ってくれますよね!?ね!?」 鬼気迫る勢いで尋ねる遥希に気圧されながらもスプシモンは何度も首を縦に振り頷く。 「あ、それと気付いてくれました?今日は颯乃さん風なポニーテールにしてみたんですよ〜。教科書通りの大和撫子って感じの美人さん!颯乃さんの鍛錬に付き添っている時のシンさん……たま〜に颯乃さんと良い雰囲気になったりする事もあるそうで……ひょっとするとシンさんポニテが好きなのかなって!あぁでも大和撫子属性を持った子が好みって可能性も……なら姫カットってのもありだったかもしれませんね。よし!これで次に会う時の髪型も決まりました!」 ひたすら早口で喋る遥希。それに対しスプシモンは早く食べないとラーメンが伸びるぞ言いたげに遥希の食器を指差す。 「おっと、いけない。そうでした。」 指摘された遥希は残りの麺を食べスープも飲み干し完食。手を合わせ「ごちそうさまでした」と一言告げた。 食後、スプシモンは持参したビニール袋に割り箸を捨て、クッカーとお椀を洗うべくシンクがあるであろう場所へと向かう。食事を分けて貰ったお礼にという事らしい。 「すみません。いつもありがとうございます、スプシモンさん!」 遥希がスプシモンを見送った後、別のスプシモンがやって来て何か言いたげに両手をパタパタしている。 「え!?シンさんが図書館に!?こうしちゃいられません!!」 鞄からお気に入りのチャメゴンパーカーを取り出し勢いよく被る様にして着る。遥希の体格を考えればややオーバーサイズなパーカーで一見履いていない様にも見える。 「ごめんなさい、スプシモンさん。少しの間だけ私の荷物預かっていて下さい!」 私物をスプシモンに預け遥希は走り出した。 ディースキャナーを握りしめ、高らかに叫ぶ遥希。 「フェアリモンさん!」 走る遥希の隣にフェアリモンが出現し、併走する様に飛行する。 「シューツモンさん!」 続けて遥希を挟んでフェアリモンの反対側にシューツモンが出現。フェアリモン同様、横並びになって宙を舞う。 「風の力、お借りします!!ダブルスピリットエボリューション!!」 両サイドを飛んでいた風の闘士達が重なる様に遥希と一体化し、遥希はジェットシルフィーモンへと進化。伝説をも超えたとされる力をその身に宿した彼女は力強く地面を蹴り、空高く飛び立って行った。