(前回のあらすじ)一般テイマー映塚黒白とそのパートナーのソーラーモンは争いの痕の残る森で拾ったデジヴァイスによって記憶の世界に囚われてしまった 自己の記憶を改竄された彼らは東原佑(たすく)と言う名の少年と共に少年のかつてのパートナーであるヨウコモンを捜す旅をしていた そしてついに再会を果たした佑とヨウコモンであったが佑がヨウコモンにウイルスを注入したことによりヨウコモンは暴走し佑を攻撃してしまう 黒白はソーラーモンをガードロモン(金)に進化させ佑を救いに走り、ガードロモン(金)は暴走したヨウコモンを止めるために戦うのであった SceneKAIMAKU「Re:Beginning(後編)」 爆発音とヨウコモンの叫び、金属が叩かれる音が彼の耳に入ってくる。しかし彼は視線をそちらに向ける必要はない 彼らは互いを知っているからだ。今、彼が目を向けるべきは木の枝が腹部に刺さり血を流している少年であるからだ 「なんで、あんな事を…!!」 身体から抜けないように枝を折り、包帯で固定をする。 枝が抜けてしまえば大量出血が避けられないからだ。以前刺された経験から学んでおいた応急手当の実習が役に立っていた 「だって…デジモンが居るから…帰ったら父ちゃんと母ちゃんが毎日喧嘩するようになったんだろ!」 メチャクチャな理屈にもなっていない言い分だ。はっきり言ってしまえばただの逆恨みにすぎない だが少年の家庭がどうなったかは彼は理解できた。おそらく自分と同じような事が起きたのだろう 「喋っちゃダメだって!誰が吹き込んだそんな事…デジモンが、ましてヨウコモンが悪いわけじゃないことくらい本当はわかってるんだろ?」 主観的に数日の旅でしかなかったが、彼は少年が愚かではない事は理解していた。だが、愚かでなくとも人間は感情の行き場を求めてしまう 怒りや悲しみを向ける相手が居なければいけなかった。そうで無ければならなかった 「じゃあ…やっぱりオレが悪かったの…?ごぽっ…」 少年の口から黒い血が吐き出される。内臓が損傷したときに出る類いの血だ 彼に少年のすがるような視線が向けられる。意識が薄れてきているのだろう、目の焦点がブレつつある 少年の意識が途切れる前に彼は答えなければならなかった。少なくとも彼はそうせねばならないと思った 「それは…」 彼は言いよどんだ。その先は彼の今までを否定するに等しかったからだ あるいは、自分も少年も誤魔化せる言葉を言う事も出来たかもしれない しかし、彼はそれを選ばなかった。目の前の少年に嘘がつけるほど弱くは、あるいは強くはなかったから 「誰も…何も悪くないんだ…!!ただ、ただ間が悪かった。それだけなんだよ…っ!!」 血を吐くように、絞り出すように彼は彼自身が目を逸らしていた事実を少年に告げた 酷い脱力感が彼を襲う。それと同時に背後から何かが倒れ込む音がした 「…っガードロモン(金)!状況は!」 脱力感を振り払うように力を入れ背後を振り向くと、そこには倒れ伏したヨウコモンとそれを見下ろすガードロモン(金)が居た 激戦だったのだろう。ガードロモン(金)の装甲の焦げ痕と凹みが物語っている 「当機の攻撃でヨウコモンは沈黙したぞ。見える範囲の浸食範囲は消し飛ばした」 「よし、HPバー…ダメ…バイタルドリンク…ダメ…回復フロッピー…ダメ。なんでだ…」 黒い浸食の影響だろうか、回復アイテムがヨウコモンに効かない 「ガードロモン(金)退化!ソーラーモン!シャイニーリングで焼灼!!」 「クロシロー、いいんだな?シャイニーリング!!」 ソーラーモンより発射される高熱の歯車がヨウコモンの傷を焼き塞ぐ デジモンは厳密には生物ではない。だから焼灼に意味があるのか彼にもわかっていない だが彼は今できることを止めることはしない。それしか出来ないと知っているから 状況は最悪と言って良かった。少年は内臓を痛めており、長くは持たないだろう ヨウコモンも浸食が止まっただけで傷は治っていない どちらも彼らの手が出せる範囲を超えてしまっている。治療施設に運びプロに任せるしかない 「くそ…くそ…!!」 彼は強く求めた。少年とヨウコモンを早く、速く運べる力を その欲求に反応し、彼の携帯に仕込まれていたプログラムが稼働する SS式デジモン進化プログラム。理論上パートナーをあらゆるデジモンに進化/退化/スライド可能なプログラムである 稼働したプログラムは現在進化可能なデジモンの中から彼の願うに適うデジモンを検索し選択。ソーラーモンを進化させる 「クロシロー」「くそ…何か手は…ソーラーモンなにかアイデア…が」 彼の目の前にはソーラーモンから進化したジャザリッヒモンが佇んでいた 「クロシロー、当機なら間に合うかもしれない」 「ああ、急ごう」 彼は少年を背負いジャザリッヒモンに乗り、ジャザリッヒモンはヨウコモンを足で掴む そしてジャザリッヒモンは人里を目指し飛翔した それからどれくらいの時間がたっただろうか 彼らは黒い空を飛び続けていた。少年もヨウコモンももう彼らの元には居ない 治療施設に運べた気もするし、いつの間にか消えていた気もする とにかく、何もかも終った。それだけはハッキリと感じていた 「なあ、ジャザリッヒモン。俺は今まで何をしていたんだろうね?」 「クロシロー」 「俺はずっと自分に都合のいい怒りに逃げてただけだったんじゃないかな」 「クロシロー」 「前になんて一歩も進めて無かったんじゃないかなはは、笑える」 「クロシロー、当機は」 「なんかな…凄く、疲れた」 そう言って彼はジャザリッヒモンの背の上で座り込み何も見えない空を仰いだ その時、ふとかすかに清涼感のある匂いが彼の鼻腔をくすぐった 「元気がないぞ、青少年!」両肩をバシンと叩かれる 「えっ?えっ?誰?」 彼は振り向こうとしたが強い力で肩を押さえられ振り向けない。なんとか首だけ回すと肩越しに警察官のものらしき服装がちらりと見えた 「本官の事は気にするな。通りすがりのお巡りさんだと思えばいい」 不審な事この上ないが、何故かバンダナの友人の姿が頭をかすめ疑う気持ちが雲散霧消した 「ええ…お巡りさんがこんな所でなにを…?」 「なに、困ってる青少年を助けるのは本官の仕事だからね」 「いや別に困っては……いったぁ!」 背中を強く、強く叩かれた 「ここで休むにはまだまだ早い。生きて、頑張れ」 その言葉と共に、遠くから光が生まれ近づいてくる。きっとあれが出口だろう。それと同時に背後の気配が遠ざかっていく 振り向くと顔はよく見えないがラフな格好をしたお巡りさんとちょんまげ頭のデジモンが手を振っているように見えた 「あの…!」 「クロシロー、行くぞ」 何か言おうとして、そのまま光の中に突入し、彼の意識はそこで途切れた 「――郎。叩くとき少し私怨がなかったか?」 「……いや?そんなことないよ?」 「んん……?んん!?」 目が覚めると視界から青空がぐんぐん遠ざかっていた。要は高高度から自由落下しているのだ 「クロシロー、目が覚めたか」 彼は何故自分がスカイダイビングしているのかまるで理解できなかった しかし、目の前のジャザリッヒモンがソーラーモンが進化したものである事は何故かすぐに理解した 「なんでお前もダイビングしてるの!?」 「クロシロー、それは当機も今覚醒したからだが?」 「それを聞いたんじゃないんだよなあ…と、とにかく着陸しよう着陸!」 そして慌ててジャザリッヒモンにしがみつき、ジャザリッヒモンは落下しただろう地点にゆっくりと着地した そこは、デジモンが暴れ回でもしたのか何本かの木が折れ、多量の古びて黒ずんだ血痕が広がっていた そう、あのデジヴァイスを拾った場所だ。そう確信したとき彼は拾った後からスカイダイブまでの記憶が無い事に気がついた 「ジャザリッヒモン、なんで空に居たか覚えてる?」 「いやクロシローが何か拾った後から先ほどまでの記憶は当機には無いな」 そんな話をしながら無意識に握られていた手を開くと完全に壊れ砕けたデジヴァイスがそこにあった 「これは…ん?」 ふと違和感を感じ、胸ポケットを探るといざという時のために持っていたデジアサガオが役目を終えたかのように枯れていた そして風が吹き、デジヴァイスも、デジアサガオもその手から風に飛ばされ、空の中に溶けて消えた 「さて…いつまでもここに居てもしょうがないか。そろそろ行こ…あれ?雨降ってきたか?」 彼は空を見上げるが快晴で雨の降る気配など全くない 「クロシロー、なんで泣いてる?」 その言葉に彼は自分の頬を撫でるとなるほど、確かに自分は泣いているらしいと気がついた 「ええ…なんで…?」 疑問と同時に彼の胸には悲しさとも虚しさとも後悔とも判別しがたい感情が溢れてくる 「いや…本当になんだこれ…」 ただ分かることは、あれほど消えなかった己への怒りが明確に薄れていた 「悪い…ちょっと落ち着くまでむこう向いててくれないかな…ちょっとハズいわ…」 「オーケー、当機は待機している」 ジャザリッヒモンに感謝しつつ、彼は理解しがたい自分の心情を推し量り冷静になろうとする だが、何故か推し量る前から決して後ろ向きなだけではない何かが残されている事を確信していた ――これからのち彼、映塚黒白は今まで目を逸らしていたモノから否応なく対峙することになる 自分を焼き、しかし守ってくれていた怒りの炎は今はもうその役割を果たさないのだから 無自覚の逃避を失った彼とソーラーモンがどこへ向かうのか、今は誰にもわからなかった                                       終わり …… ……… ………… …………… その日、彼はいつもの両親が言い争う夢を見なかった どこかの縁日だろうか、祭の喧噪の中見知らぬ夫婦が自分に笑いかけている 「タスク、かき氷は美味いか?」「相変わらずレモン味が好きねえ」 「冷たくて美味しい!あっ花火が始まったよ!」 「あらあら、転ばないように気をつけなさい」「ははは、楽しいか?タスク」 「うん!父ちゃん母ちゃん、大好き!」 場面が切り替る。デジタルワールドの夜空の下、ヨウコモンが必死に自分を慰めようとしている 「う…ぐすっ…父ちゃん…母ちゃん…」 「タスク~。ほ、ほらレモン食べるか?」「うぅ…酸っぱいよぉ…」 「あわわ…え、えーっと…ほ、焔玉!!ど、どうだ花火みたいだろ」 「……わぁ。すっげぇ…」 「タスク、もう大丈夫か?」 「ヨウコモン、大好き!」