「んん…さっぱりした!とても上手かったぞオガム、今日は話し相手になってくれて有り難う」 「そ、そう?それなら良かったよ…はは…」 脱衣場で感謝を伝えるデジモンを前に俺はぎこちなく愛想笑いする。 温泉でデジモンを洗ってやる仕事を何度かやって慣れたけど、それはいかにも子供っぽいデジモン達ばかりだった。 だけど、今日来たのはいつもと雰囲気が違う、何というか…偉そうな…すごく、大人って感じのデジモンがやってきた。 他の子どもデジモンと似たような姿なのに、大人みたいな喋り方をするから何だか緊張してしまう。 洗っている間、訊かれるままに色々と答えた…気がする。正直、緊張してたせいか何を言ったかあんまり覚えてない。 デジタルワールドでの旅のこと、出会った人のこと、俺のこと…とにかく色々。 それをそのデジモンは「うんうん、そうか、それは良かった」と、何故だか嬉しそうに聞いていた…気がする。 「せっかくだ、ご褒美をあげよう、スマホを出しなさい」 「こう…?こっち来てからずっと圏外だけど…」 「問題無いさ…ほら、データが入っただろう?」 言われるままにスマホを取り出すとちょっと威厳ある雰囲気のデジモンが爪の先でチョンと触れ、スマホの通知音が鳴りダウンロード完了を示すポップアップが二つ表示される。 「本当だ…これは?」 「一つはデジモンの【退化】を促すデータだ、どうしても戦いたくないデジモンと出会った時に使うと良い」 「戦いたくないデジモンを…退化…?」 「そうだな…例えば、悪い奴に無理矢理改造されて戦わされてる個体とかだな…一時しのぎ程度にしかならないかもしれないが、そこから救えるかは状況次第だな。  それでも力ずくでデジタマに還すよりは気が楽だろう、デジタマと違って話を聞ける状態だから大事な情報を得られる事も有るかもしれないしな」 「そうなんだ…それじゃ、もう一つは?」 「うーん…ちょっと分からんな…」 「えっ…今くれたのに!?」 「あ、いや今のは言い方が悪かったな…落ち着いて聞いてくれ」 「もう…ちゃんとしてよね」 何だか楽しそうに笑うデジモンが歩き出したのに合わせてついて行く。 この方向は宿の正面入口へ続く廊下だ、そろそろ帰るらしい。 「申し訳無い…どう言ったものか…そうだな、デジモンは進化してあらゆる姿になるだろう?」 「それはまぁ…確かに何度も見たから知ってるけど…」 「うむ…“それ”はな、私がオガムを守りたい・力になりたいという想いを込めた私の一部だ。  だから、その時が来て“それ”がどういう進化をするのかは今の私には分からないんだ」 「その時…っていうと、どんな?」 詳しくは分からないけど、目の前のデジモンは自分の一部を分け与えてくれたらしい。それなのに本人にも分からないときた。 キョトンとする俺に構わず、そいつは喋り続ける。 「オガムが絶対に負けたくないと思った時…どうしても悪い奴と戦わないといけなくなった時…きっと“その私”は力を貸すだろう  私はそういうお節介な奴なんだ。それが君のパートナーを強くするのか、君自身が使う何かになるのかは今の私には想像も出来ないがね  まぁ、ちょっとしたお守りだと思っていれば良いよ。ほら、よく言うだろ?『備え有れば嬉しいな』って」 「それを言うなら『備え有れば患いなし』じゃないの?」 「おっ、凄いなぁオガム!でも、どっちも似たような意味じゃないか?」 子供扱いしてるんだか何なんだか…調子狂うなぁもう… 「何だかよく分からないけど…ありがとう…あんたは正義の味方って事で良いの?」 「どうだろうな、あいつなら喜んで頷いただろうが…強いて言うなら『日常を脅かすような悪の敵』かな?」 「…?」 「まだ分からんか…だが、いつかオガムにも分かる日が来るさ」 「うーん…よく分からないけど、覚えとくよ…それで、これはどうやって使うの?」 あんまり納得出来ないことばかりだけど、たぶん一番大事なことを質問する。うん、俺は冷静だ。偉いぞ。 「そうだな…もし、オガムが『こいつとは戦いたくない』とか『こいつには負けたくない!』と思うような相手と出会った時にだな…」 「出会った時に…?」 「全力で格好つけろ!」 「カッコつける!…って、何でさ!?」 ボタンを押すとかじゃないのかよ!?思わず大きな声を出しちゃったけど、彼?彼女?は驚くどころかクスクス笑いながら説明を続ける。 色々と考えながら話していて気付くのが遅れたけど、いつの間にか宿のエントランスに着いていた。見送りはここまでだ。 「ハッタリをきかせるのも案外大事だぞ?デジモンってやつは結構単純でな、応援されたり何かを守りたいって思うと凄く力が出るんだ」 「…」 俺は黙って頷く。 デジモンを応援する人が、デジモンの盾になろうとする人が、色々な人が奇跡を起こすのを確かに見てきた。 「特にオガムみたいな子どもが勇気を振り絞る姿は大きな刺激になって限界以上に力が出る…全てのデジモンがそうとは限らんが…少なくとも“ソレ”はそういう奴だ。  だから、ここぞという時は本気で叫んで思いっ切り格好つけろ。そうすればきっと応えるはずだ」 言いたい事だけ言って、不思議な雰囲気のデジモンは去って行った。 人間が登れるように均された坂を駆け下りてそいつが俺の視界から消えた後、とても大きなデジモンが飛び立つのが見えた。 それは少しの間空中に留まって振り向いてから俺の事を見て、ありがとうと言われた、そんな気がした。もしかしたら違うかもしれない。 そいつの名前は俺は知らなかったけど、何故だか目を離せなくて、ライラモンが心配そうに覗き込むまでじっとその方向を眺めていた。