─────────”忍者”による図書館襲撃の数日前。 楽音はただ歩き続けていた。 「あの…!待って…くだひゃい…らくねさ…ん」 「…付いてこないでよ。」 「どこ…行くんですか……エリザモン…もう…くたくた…」 「付いてこないでって言ってるでしょ!」 彼女は自分に付き纏うエリザモンを突き飛ばした。 「いたた…」 「……………もうわかったでしょ。私がどんなバケモノなのか。私は誰にだって平気で力を振える。私の邪魔をするなら誰であっても。」 「でも…エリザモンは…エリザモンは!放っておけないんです!」 その声を聞いて、楽音は振り返った。 「…ありがとう、エリザモン。」 彼女はエリザモンを持ち上げる。 「でも…これは私一人でやらないといけない事だから。ギリードゥモンのところに帰って。」 「でも…」 「大丈夫。私、また会いにいくから。」 「わかり…ました…。エリザモン帰ります。でもぜったい…またきてください」 彼女は嘘をついた。 また会いに行くつもりなどなかった。 ━━━━━━━━━ 私はただひたすらに歩き続けた。自分の中のスピリットが導く先へ。 やがて森がなくなり、荒野になった。 私がその建物を見つけたのは、ちょうど襲撃が始まる直前のことだった。 「はぁ…はぁ…」 胸が苦しい…息が詰まる。私がアルケニモンだった頃に、胸を突き刺されて死んだ時みたいだ。 「ハカイ…ハカイ…」 「あれって…」 影から現れた大量の黒いゴグマモンが、図書館に向かって攻撃を仕掛け始めている。 アイツらのことは知ってる。ネオデスモンの手下だ。やっぱりいるんだ…あそこに! 手が震えている。これが恐怖なのか、それとも喜びなのか、私にはわからなかった。 腕が熱い。左目が熱い。 震える手を押さえるように握りしめると、私の体は変異していく。 「私の仇…ネオデスモンを殺したら…次は…あの子の仇だ。」 私は自分の胸に爪を突き立てた。 ━━━━━━━━━ 「……それでは、インデックス614を開始しよう。本来ならば参加者間の自己紹介や作戦に関する質問を受け付けたいところだが…今は時間がない。今ここに集まってくれた者も、遠隔で私の話を聞いている者たちも、皆彼女のところへ向かってくれ。」 ユウのその言葉を聞き、参加者たちは店を出て各々楽音の元へと向かって行った。 「ここに電源はあるかな?」 「あ…はい、チドリちゃんから設備を借りて来たので…お役には立てるかと。」 アイナはユウを店舗の一角に誘導し、カオルとルクスモンもそれに続いた。 「さて…改めて、協力感謝するよ久亜くん。ノートPCが一台あればそこが僕の仕事場だ。ここから作戦の統括を行う。」 彼はPCを開くと、何かのプログラムを起動した。 「お父さんカッコつけてる…」 「まぁまぁ。教授は昔からそういうところ、ありますしね。」 「あの、質問があるんですけど…良いですか?」 「何かな久亜くん?」 アイナはそう切り出した。 「インデックス614って…どう言う意味なんですか?」 「あっそれ私も気になってた!」 カオルもその質問に同調する。 「あー…それね」 ユウはコードを打ち込みながら続ける。 「ネズミの相談って童話知ってるかい?」 「ネズミ…?」 「イソップ童話なんだけどね。ネズミたちが猫の首に鈴をつけようと相談するって話で、それにつけられてる整理番号が614番なんだ。」 「あ…そういえばその話、カオルに読んであげたことありますね。」 「そうだっけ?」 「首輪と腕輪…多少の違いはあれど、今回の作戦にも似たところがあるからね。」 まあ、その童話だと…誰も困難な役を引き受けないで結局猫に怯えたままネズミは暮らすんだけどね。とは、彼は言わなかった。 「そうだ久亜くん、店の外にコンテナがあるだろう?それを開けて来てくれないか?」 「え?わ…わかりました。」 アイナはユウの指示通り、店外に設置されていたコンテナを開ける。 「あっ!これってドローンじゃん!」 すると、そのコンテナから数十台ほどのドローンが空を駆け出した。 「ただのドローンじゃない。高解像度のカメラとスピーカー付きさ。」 「お父さん…どこでこんなの買って来たの…?」 「あー…確かどこかの会社のアイドル部門が使っていたものだよ。ライブ用らしいんだけど…それにしては妙に高性能なんだよね。」 「教授、接続は良好です。」 「映像…よし。」 彼のPCには、楽音の元に向かう面々の映像が表示されていた。 「マイクテスト…メルヴァモン、聞こえるかい?」 『なんだハカセか!?どこから話してる!?』 「よし…マイクも問題ないみたいだね。ドローンから君たちを見てるんだ。何かあればその場で僕に聞いてくれ。」 『わかったハカセ!』 「ふむ…そういえば…虚空蔵くんはどこにいるんだ…?」 ───────── 「止まれラクネ!」 図書館に向かう少女の前に、立ちはだかる者たち。 「この先に行かせるわけにはいかないの!」 そこには彼女がよく知った顔も、知らない顔もあった。 「ミネルちゃんに…雪奈ちゃん、それと…オオカミくん。みんな何しにきたの?」 「決まってるでしょ、止めに来たんだよ!エースケ!」 影からもう一人のパートナーを呼び出すシャドウヴォルフモン。 「そっか…みんな…邪魔しに来たんだね。」 楽音は姿勢を低くし、飛び掛からんと姿勢を整える。 「退け、お前ら…!私の邪魔を…復讐の邪魔をするな!!」 それは言葉より、なき声に近かった。 「言ったでしょ。その復讐はさせない。わたしたちで止めるって!」 「ヘクセブラウモン、超究極進化!ザウバーブラウモン!」 その進化と共に周囲の気温が下がり、二人の足元にうっすらと霜が降りる。 「カラテンモン、敵の軌道予測を皆に!長時間の連続使用は無理だが到着まで持たせるんだ!」 「アタシ達で押し留めるぞ!気合い入れろセツナ!みんなが到着するまで耐えるんだ!」 まず仕掛けたのはメルヴァモン。 「さっさと止め…あっ!」 彼女が飛びかかってくる前に楽音は跳躍し、振り切って図書館へ向かおうとする。 「エースケ!」 「数値変成〜光量最大〜殺傷力零〜閃光特化〜」 「そんな物喰らうか!」 シャドウマンタレイモンXのパラライズボムを蹴り返し、颯乃に当てる。 「ッ!目が!」 「颯乃ちゃん!」 雪奈がそちらに気を取られた隙を狙い、楽音はザウバーブラウモンに攻撃を仕掛ける。 「う゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」 「俺の氷が壊されている!?」 ザウバーブラウモンが生成した氷の壁をものともせず、それを破壊しながら迫る楽音。 「そんな…あの氷は不壊のはずじゃ…」 『…おそらくはスピリットの力だろう。』 困惑する雪奈に、シャドウエンシェントガルルモンが答えた。 「どういうこと、シャドウ?」 『彼女の体には死のスピリットの一部が入っている。不壊要素が付与されているオブジェクトを書き換え死亡扱いにし、結果的に破壊しているように見えるんだ。さすがエンシェントデスモンの力の一端だ…』 ━━━━━━━━━ 「さぁ、貴様も共に死へ…」 「んな技喰らうかよ!」 オニキスの拳を避け、カウンター気味にアッパーを喰らわせて一体撃破。 「コロス…殺す…!」 その隙を狙ったのか、今度は別の個体が突進を仕掛けてくる。 俺はそれをオリンピア改の刀身で受け止める。 「クソ!何体いるんだよこいつら!」 メルヴァモンを先に行かせたが、楽音のことが心配だ。さっさと始末して追いかけたいが…キリがない。 「大丈夫か!」 背後から迫っていたオニキスの一体を、誰かがデリートした。 「…黒い…オメガモン?」 「ボクだよボク!シュヴァルツ!ブリーフィングで会ったよね司!」 一緒にいるやつには見覚えがある。パートナーはオメガモンだったのか。 「助かる!こいつらの始末手伝ってくれ!…おっラァ!!」 ガードしていた相手を大剣ごと蹴り上げ、吹っ飛ばすと同時に構え直す。 再び向かってくるゴグマモンにタイミングを合わせ、地面に擦り付けながら斬り上げを放つ。 「そりゃあ!!」 そうして攻撃の勢いを相殺し、そのまま上空にカチ上げる。 「ガルルキャノン!」 カチ上がったゴグマモンに黒いオメガモンがトドメを刺し、もう一体撃破。 「よし!残りもさっさと片付けて楽音を助けに行くぞ!お前名前は!」 「私の名はオメガモンズワルトだ。」 「よし…行くぞシュヴァルツ!ズワルト!」 俺たちはゴグマモンの山へ突っ込んで行った。 ━━━━━━━━━ 一方その頃、虚空蔵優華子は… 「えっと…ここはー…どこ…ですの…?」 「優華子ちゃん今どこ?もう始まってるよ!」 「……わかりませんわ〜…」 「目印になるようなものとか…何か見えない!?」 「えっと…この辺りで見えるのは…大量の黒いゴグマモンぐらいですわねっ!」 有無の誘導があるものの、彼女が楽音の元へ着くには…もう少し時間がかかりそうである。 ━━━━━━━━━ 「愛狼、私に合わせてくれるか?」 「わかった、行こう颯乃さん!」 二人はタイミングを合わせ、楽音に斬り掛かった。 「あうっ…ゔ!あぁぁ!!!」 彼女はあえてそれを避けず、二人の刀をわざと自らの手に突き刺して奪い、引き抜いて遠くへ投げ捨てた。 シャドウヴォルフモンは影から刀を呼び出そうとしたが、楽音はその前に二人を糸で拘束した。 「私の邪魔をしないで。私を放っておいてよ。」 「放っておけるか!ナイトストーカー!」 メルヴァモンは、メデュリアを楽音の左腕に噛みつかせた。 「ラクネ…!止まってくれ…とまれぇぇぇ!!!」 「今だ!レヴィテーション!」 雪奈の魔術により、地面に魔法陣が現れると共に、楽音の体が宙に浮き始める。 「そんな物効かない!」 楽音は地面に向かって糸を吐き、それを支えにして全身を回転させ、その勢いを利用してメルヴァモンを振り回した 「うわあぁぁ!!?みんなっ!アタシを避けてくれぇぇぇ!!」 楽音はメルヴァモンを雪奈に向け投げつけ、魔術を解除した。 「いったった…あっ!?大丈夫かセツナ!?」 「う…うん…なんとか…メルヴァモンは?」 「アタシはこれぐらい擦り傷だ!」 なんとか防御魔法が間に合ったようで、二者共に少し怪我をする程度で済んでいた。 「……まだやるの?私には勝てないよ。」 「勝ちたいんじゃないの…!私たちは…楽音ちゃんを助けたいの!」 「助ける?だったら私にかまわないでよ。また何かを失うぐらいなら…私は一人のままでいい。」 彼女はただ孤独に、復讐を成し遂げんと再び図書館へ向かおうとした。 「待って!!」 雪奈が叫ぶと共に彼女の髪が青く発光し、楽音の足元全体が急速に凍りつき始める。 「体がっ…!うごか…ない…!」 楽音は先ほどのように氷を破壊しようとしていたが、自らにまとわりつく氷に爪による攻撃を加えがたいようで、足止めとしての効果は高いようだった。 「おいメルヴァモン!大丈夫かー!」 「ツカサ!やっと来たのか!」 「こっちだって大変だったんだよ!めちゃくちゃあいつら数多いしさ…あの二人に助けてもらってようやくなんとかしたんだよ。」 オリンピア改をメルヴァモンに渡しながら、司は自分と共にやって来たズワルト達を指し示す。 「やっと見つけましたわ…まだ始まったばかりのようですわね…!」 「ようやく連れて来れたよー…」 なんとか優華子も有無と共に楽音の元に辿り着けたようだ。 「みんな…見てる…私を…」 彼女の脳内に、ある記憶がフラッシュバックする。 仲間たちを喰らい、破壊の限りを尽くすアルケニモンへ向けられた恐怖の目。 家族を喰われ、ドクグモンの養分にされたデジモンたちが向ける怒りの目。 楽音を助けようと集まった皆の視線とそれらの区別がつかないほどに、楽音の精神は汚染され、そして憔悴していた。 「みんな来ないで…私を…見るなぁぁぁ!!!」 その叫びと共に彼女の口から、火焔が吐き出される。 「ツカサ…今の…」 「ああ…アルケニモンと最後に戦った時に見せてた力だ…不味いぞ…」 二人とアルケニモンが最後に戦った時。 ドレスかのように糸を纏ったアルケニモンは、口から炎を吐く様子を見せていた。 楽音がその技を扱っているという現状は、デジコアの侵蝕がさらに高まったことを意味していた。