基地の滑走路にほど近い山の中腹にある墓地。そこで一組の家族が墓参りをしていた。 三十歳ぐらいの夫婦とその子供二人は、隣り合う二つの墓を掃除して花を供えていた。 緑メッシュの父親と青っぽい髪の母親に、くっつくようにしている兄のほうが尋ねた。 「ねぇパパ、ママ、このおはかのひとのたちってだれなの?」 「……昔、パパとママがとてもお世話になった人たちなんだ。」 父親のほうが答える。母親の方はまだほとんど喋れない妹の方を抱きかかえている。 「だからお前の名前もこの人から貰ったんだよ、真弓。」そう言って父親は真弓と呼ばれた幼子の頭を撫でる。 「じゃあまつりのなまえもこのひとたちから?」 「そうよ。ママとパパはいろんなものをこの人たちから貰ってたの。……ようやく返すことができたの。」 そう言って母親は妹の頬を撫でる。撫でられたほうはきょとんとしている。 二つの墓石には『夏井家之墓』『海津家之墓』の墓碑銘、そしてそれぞれに親子三人の名が刻まれていた。 一家はデジタルゲートを通ってデジタルメキシコ付近の上空に出てきた。 プテラノモンとジェットレオモンで分担して4人を運び、一旦デジシコ入口近くの広場で着陸した。 広場に人影が見えたからだ。何か様子がおかしい。 「もし、そこの人、何かお困りで……!!」近寄って声を掛けた父親が絶句する。 「ああ、すいません。そこの人、デジシコという街はどちらの方向でしょうか?」 見た感じ六十近い褐色肌で禿頭の男性だった。かつては立派に整えられてたであろう口髭がしなだれている。 その目には光がなく視線も明後日の方向であり、おそらくは視力を失っていることが察せられた。 「ここでしばらく休んでいたら、方角がわからなくなってしまって。」 その顔と声に父親は覚えがあった。いや、忘れられるはずもない。 「ハグルモンも眠ってしまってわからないと……助けてはいただけないでしょうか?」 立ち上がる時に左足から機械の音がした。おそらくは数年前に開発され普及した義肢だろう。 見れば彼の右腕も袖から金属の光沢が見えていた。そちらも義手なのだろう。 しかしそうなるとおかしい、と父親は思い、即座に問うた。 「失礼ですが、あなたの目は『義眼』にされなかったのですか?」 デジメンタルを応用した義肢技術なら、視覚聴覚などの五感も取り戻せたはずだ。 しかし彼は機械式の義肢を使っている。義眼も使っていない。 「ああ、ケンタルモンの先生は使おうとしたけどできなかったと言ってました。」 その口調は弱々しく、傲慢さの欠片もない。父親の記憶にある『彼』とはまるで別人だ。 「なんでも、てろめあ?の異常とかで適合しなかったとか……すいません、なにせ儂は学がありませんで。」 「!!」その言葉を聞いた父親は驚愕に目を見開く。 「……もしかしてあなた、過去の記憶が?」 「おや、わかるのですか。ええ、実はここ数年の記憶しかありませんで、自分が何者か全くわからないのです。」 「……同期停止による、自己同一性と記憶の減衰か。」父親の表情が厳しくなった。 「ハグルモンがいるおかげでなんとか旅ができてます。本当にお恥ずかしい限りで……」 そう言って男性は力なく笑ったが、父親はとても笑える気分ではなかった。 「……そのハグルモンとはいつ頃から旅をしているのですか?」 「ああ、まだ一月も経っておりませんで。突然儂の前に現れて、儂を助けてくれると言って。」 その言葉にハグルモンが二人に近寄ってきた。 「デジシコに行けば儂みたいな人間でも安心して暮らせると聞きまして、ハグルモンと旅に出てここまで来たのですじゃ。」 「あ、ああ……そう、ですか。」父親はそう言うのがやっとだった。 「……ハグルモン、君はこのド……この人のパートナーなのかい?」 父親の質問にハグルモンは直接は答えなかった。 「ワタシハマダコイツニオンヲカエシキッテナイ!オンガエシヲハタス!」 「……!?」 「オンヲゼンブカエシタラ!ソレカラウラミヲハラスンダ!」 「!!」父親は息を呑んだ。 「イッパイ!ウラミヲイッパイ!ハラシテヤルンダ!マズハコイツカラ!」 「すいません、こいつはたまに訳のわからないことを言うのです。」申し訳無さそうに男性が言う。 「……いえ、気にしてません、大丈夫です。」父親は右手で額を抑え、左手で男性の手を取る。 「デジシコの、入口はあちらの方です。……ハグルモンがついてるなら、すぐに着くはずです。」 「おお、ありがとうございます!どこのどなたか存じませんが、この御恩はわすれません!」 そう言うと男性は示された方角へと歩き出した。それにハグルモンがついて行く。 「カイ、あの人……」男性の姿がすっかり見えなくなった頃、母親が父親に近寄ってきた。 「……アイ、ひまわりさんに連絡を。」父親は静かな声で言う。 「『オリジナル』が覚醒したかもしれない。」 「……うん、わかった。」母親は不安を噛み殺して返事をする。 「あれはもう……」子供を乗せたパートナーデジモン達のほうに向かおうとして、父親は男性が去った方を振り返る。 「……『彼』じゃないな。」