・01 「は…?」 夜も見えてきた電気街、路上に向けられたテレビの画面に映された二つのニュース番組に一人の青年は唖然としていた。 彼の名前は祭後終─デジタルワールドから帰還したデジモンテイマーだ。 『─先日ミュージシャンの猪狩トーヤさん(33)が行方不明となっており…同署が誘拐事件と失踪の両面から─』 『─○日午前2時ごろに✕市の市道で発生したひき逃げ事件の…大場悼さん(26)が車両に400メートルひきずられ…皮膚がえぐれる大けがを負いながら…死亡を確認され…』 「イガリ…トーヤ…?」 テレビに映された行方不明者の顔は自身がデジタルワールドで対立した派手な桃色に染められた髪を持つ男のモノであった。 今や瓦礫の下であろう彼とテレビに大きく表示された名前は別人のソレであった。 『俺様は当然プロゲーマーになった…だが、テメェの名前もハンドルネームもそこには無かった!』 その男は自らの持つ様々な戦績表を空中へ表示するとそう叫んだ。 格闘ゲーム、パズル、TPS…そのどれにも書かれた”オオバイタム”という文字列が彼の名前であろうとシュウは推測した。 しかし、戦いの真っ只中においてなんの価値も無い相手の都合や名前などとうでもいい事でしかなかった。 だが、もう一つのニュースは卒業写真に写る黒髪で小太りの男性をオオバイタムだと告げていた。 なにがなんだかわからないが、猪狩トーヤと大場悼という二人の成人男性が姿を消したことだけは確かであった。 焦りながらその場を立ち去るシュウを物陰から謎の二人組が見つめていた。 「へぇ。アレがイレイザーサマがご熱心な男…祭後終」 「準備は済んでいる。遊び過ぎるなよ」 闇に溶けるように去る黒いフードの男にヒラヒラと手を振った少女は赤色のメガネを直し、タブレットを触りながらシュウの背中を追いかけて行った。 ・02 「いいかユキアグモン。もう少ししたらこの下にバタフラモンが飛んで来る」 あれから数時間経った夜、迷いデジモンを観測したシュウはビルの屋上でユキアグモンに指示をアップリンクしていた。 赤外線を受け取ったユキアグモンは強く頷いてビルの屋上から飛び下りるとギューンという音と共に光の卵に包まれる。 ソレを破裂させてストライクドラモンへと進化した彼は町中に光線を放つバタフラモンの不意をつく形で背中に強力な蹴りを叩きつけた。 強い衝撃を受けたバタフラモンは窓ガラスを突き破ってビル内の小会議室に転がり込んだ。 これに対し、ストライクドラモンはキックの反動で向かい側のビルの壁に飛びつくと爪を立ててその体を固定。 今度はガコッという壁を蹴り砕く音と共に大きく跳躍して窓ガラスに二つ目の穴を開けながらバタフラモンのいる小会議室に侵入した。 ストライクドラモンの格闘攻撃をバタフラモンは羽ばたいて回避しようとするが、室内という狭所では自由な飛行もままならない。 そのままストライクドラモンが放った拳は見事にバタフラモンの顔面を捉え、気絶させた。 ストライクドラモンはバタフラモンを抱えると会議室の壁を蹴り壊しながら階段を見つけると一気に飛び上がってシュウの待つ屋上まで戻ってきた。 「よし、おつかれだな。ストライクドラモン」 ストライクドラモンがバタフラモンを床に降ろすと彼はすぐに退化してユキアグモンに戻った。 シュウがゴーグルを装着してバタフラモンをデジタルワールドへ帰還させるための歪みを探そうとした時、バタフラモンが突如発光して爆発を起こした。 「はい。爆破確認〜っと」 屋上の一つ下の階には先程の少女が爆風の命中を観測すると綺麗な顔を歪ませてニヤついていた。 「メグ。今回はどう遊ぶつもりだ」 タブレットに潜む鋼鉄赤機龍・カオスドラモンにメグと呼ばれた少女は「あれ?言ってなかった?」とすっとぼけながら階段を上りだした。 「ぐっ…シュウ!」 ユキアグモンが起き上がって相棒を確認するが、傷は一つもなかった。 バタフラモンの残留データを鼻で読み取ったユキアグモンは過去の戦闘データから周囲に爆発として拡散したモノがバタフラモンの必殺技・スウィートフェロモン─幻覚プログラムの一種であることを認識した。 「ユキアグモンくんこんばんは~。そこのお兄さんは暫く起きないんじゃないかしら」 メグに声をかけられたユキアグモンは振り向きながら立ち上がると怒りに燃えた目で叫んだ。 「オマエがコイツを仕組んだんだな!?」 「そ。お兄さんは幸せな幻に閉じ込められてるの。彼が戻ってこれるかどうかワタシと賭けでもしない?」 メグはユキアグモンに向けて満面の笑みで手を差し出すが、彼は差し出された即座に手を払いのけるとニヤリと笑った。 「へっ。じゃあオレの勝ちだ」 「キミ面白いよ…でもね、バタフラモン爆弾が一つとは誰も言っていないよね」 メグは変わらない笑顔のままタブレットをトントンとつつくと大量の爆発音が地上から鳴り響いた。 ユキアグモンは慌てて周囲を見渡すと様々な場所で黄色い光が点滅している。 「この子はちょっと大きすぎてね。リアライズする場を整えてあげるだけでも大変なんだ」 地面に大きな歪みが現れると空気を押し上げる重い音と共に巨大な赤色の塔が地面から姿を覗かせる。 「こいつは…ムゲンドラモン!?」 「え〜?そんなモンと一緒にされちゃ泣いちゃうわよ?この子はカオスドラモン…ワタシの仕事仲間」 メグがそう言うとカオスドラモンはリアライズを完了させてビルと並び立ち、その威圧的な目線をユキアグモンに向けた。 「近くの人達はみーんな寝ちゃったからこの子が出てきてもそこまで問題はないでしょ?ま、アホなケーサツもウザいホードウも近寄れないようにはされてるけどね」 「そんな事のためにバタフラモン達の命を爆弾にしやがって!許さねぇぞ!」 「えっなにバタフラモンの事なんか気にしてるワケ?デジモンなんて所詮はデータ…勝つか負けるかの二進数でしょ?」 メグの本気で理解できないモノを見て気味悪がる顔にユキアグモンは怒りを露にするが、カオスドラモンの放つ雰囲気に飛びかかることを躊躇う。 「流石に超究極体とされることもあるカオスドラモンには勝てると思ってないようね…だから賭けで対応してあげるって言ったの」 メグはクスクス笑いながら何かの時間が表示されたタブレットをユキアグモンに見せた。 「この数字は一時間のカウントダウン…お兄さんが起きるまで一時間毎にどこかへハイパームゲンキャノンを撃ち込むわ」 あまりに理不尽な挑戦状を突き付けられたユキアグモンは歯を食いしばった。 メグは何人が消えるかな?と楽しそうに小躍りしている。 「─残念だったな。答えはゼロだぜ」 ・03 「おいシュウ。起きろよ」 シュウが寝ぼけたまま目を擦るとそこは電車の中だった。 「ん…タカアキか?」 タカアキと呼ばれた青年はシュウの方を見て笑うと「降りるんだよ」と背中をぺしぺし叩いて先に電車を降りて行く。 シュウが遅れて電車から降りるとそこには大量の人、人、そして人だった。 「やっぱ祝日の都心に来るのは止めた方がよかったかなぁ〜?」 「お前…」 タカアキはへらりと笑って誤魔化しながら目的の店までお構いなしに人混みをズンズンと掻き分けていく。 『─結城タカアキくん(13)』 シュウの脳裏に何度もノイズが走り、焦りながらその後をついていくとようやくタカアキの腕を掴む事ができた。 「どうしたシュウ」 「お前、なんでいるんだ」 それまで太陽のような笑みでいたタカアキは辺りの人混みごとドロドロに溶けると消失し、鮮やかな町並みはボロボロのアスファルトと埃だらけの壁…そして大量に並ぶ廃材の山となっていた。 その奥では先程のドロドロから巨大な頭が半分ほど形成され、シュウをじっと見つめていた。 「繧キ繝・繧ヲ窶ヲ繧ェ繝槭お繝鞘?ヲ」 「ああ。お前は俺が殺したんだよ」 シュウはその見慣れたドロドロを前に簡単にそう答えるといつの間にか辺りに漂っていた煙が段々と晴れていった。 涙はとっくに枯れていた。 ・04 「おはよ。ワタシはメグ=ハーディガン、元クラックチームで今はデジモンイレイザーサマの所で遊ばせてもらってるんだ」 シュウとメグはカオスドラモンが見下ろす前で一触即発の空気を醸し出していた。 「なるほどね…くだらない夢なんか見させてくれたのは君かい」 「友達とテキトーに集まってテキトーな話をしながら遊ぶ。幸せな夢じゃない?」 メグはメガネを直すとタブレットに受信していたシュウの見た幻覚を見せつける。 「どうして出てきたの?仲良し家族の夢の方がお好みだったかしら?」 「黙れよ」 メグは歯を見せる程のニヤケ顔でそう話すが、シュウの脳裏にはニュースに掲載されたタカアキの名前がフラッシュバックしていた。 『─乗用車に跳ねられて即死…』 『─子供が急に飛び出して来たのが悪いと反省の色を見せておらず…』 慟哭を繰り返しながら何度も吐きそうになるが、数日間食事を取る気力も無かったシュウに吐き出すものはなかった。 『オマエ、ダイシューつえーからな。へへ…絶対に辞めるんじゃねーぞ?』 タカアキの笑顔が過るとシュウから表情が消えた。 「茶番は終わりだ」 いつの間にか姿を消していたユキアグモンはメタルグレイモンViに進化しており、カオスドラモンの巨体に凄まじい力と速度で激突して強く仰け反らせた。 メタルグレイモンViが咆哮すると周囲の窓ガラスが次々と破裂し、電線は弾け、辺りを一気に停電させた。 その暗闇に乗じて素早く踏み出したカオスドラモンは鋼鉄の爪をメタルグレイモンViへと突き立てるが、ギリギリで見切ると角をぶつけて剃らした。 だが、そのまま空ぶった腕とは逆の大きな右腕による強烈な横薙ぎ払いを受けたメタルグレイモンViはビルとビルの間に吹き飛ばされる。 メタルグレイモンViは地面スレスレで姿勢を立て直すと周辺にある自動車をアラートと共に上空へ舞い上げた。 カオスドラモンはメタルグレイモンViから繰り出される突進を正面から受け止めると頭突きで地面に打ち落とす。 「もう少し理性的かと思ったのだが…随分と無謀なようだ」 カオスドラモンは倒れたメタルグレイモンのViの腹に足を撃ち込み、その悲鳴を全身に浴びた。 「ふふ。あえて受け止めてるのかしら?確かにリベンジフレイムで東京ごとブッ壊せばヨワヨワなキミ達でもカオスドラモンにも勝てるかもね!あははっ!」 メグはやれるモンならやってみろと爆笑しているが、シュウは無言で次々にメタルグレイモンViへ指示をアップリンクし続けている。 カオスドラモンはメタルグレイモンViからの連撃を正面から受け止め続けながらメグへ視線を送ると彼女は無言でトントンと額を指でつついた。 メタルグレイモンViは口からオーヴァフレイムを顔面に直撃させるかが、カオスドラモンはそれも全く気にする様子なく受けきった。 カオスドラモンは軽々とメタルグレイモンViを持ち上げるとその頭部を思いきり地面に叩きつけた。 とてつもない衝撃は地割れを起こしながらアスファルトの交差点に大きなクレーターを生み出す。 「がああああっ!」 メタルグレイモンViは悲鳴を上げ、その大きく凹んだクレーターの底には血がしたたっていた。そしてメグがその様子を見て興奮する。 だがその一度で攻撃が済むこと無く、カオスドラモンはメタルグレイモンViを地面に何度も叩きつけると今度はその大きな足で踏み潰した。 「ぐう─ッ!?」 しかし、苦痛の呻き声を上げていたのはその足をボロボロな鉄に貫かれたカオスドラモンの方だった。 その鉄の正体はメタルグレイモンViのトライデントアームであり、カオスドラモンはその足を引き抜こうとしている。 しかし、メタルグレイモンViは全力で飛翔してカオスドラモンを空中へ持ち上げると右手も使って空中で大きく回転しながらカオスドラモンを建設中の高層ビルに叩きつけた。 ガアアアーッ!という絶叫と共にメタルグレイモンViの口から再びオーヴァフレイムが放たれ、周囲に爆風が広がった。 「そう。あえて受け止めた─超究極体の圧倒的パワーなら、完全体のヘボアームにも突き刺さるってな」 この連撃に対し、カオスドラモンはついにダメージを認識できる反応を見せる。 間髪入れずにメタルグレイモンViが胸部のハッチを展開させて熱線・ジガストームを放つも、カオスドラモンは力強い咆哮一つでジガストームをかき消してしまう。 だがタブレットに受信した情報には先程までのジガストームから威力が上昇した結果が示されており、メグは思わず恍惚の顔と共に汗を垂らした。 (これが究極体を数体同時に相手にしたメタルグレイモンの可能性…!) 足裏に開いた穴が痛みを体内へと送り込んでくるようで地面に着地したカオスドラモンは顔を歪めている。 「でもソレはもう使えない」 メグは汗を払いながらタブレットにカオスドラモンへの指示を入力する。 カオスドラモンは「理解した」と呟き、仕掛けられた格闘戦に易々と打ち勝って地面へ叩きつける。 そのまま右腕のアームでメタルグレイモンViのトライデントアームを噛み砕くように握り潰しながら引き千切った。 左腕を引き抜かれた痛みから思わず叫ぶメタルグレイモンViの腹へ、ひしゃげたトライデントアームを突き刺すとその叫びは更に強くなる。 カオスドラモンはトライデントアームをメタルグレイモンViの腹から引き抜くとアーム噛み砕くように破壊し、適当な所へ投げ捨てた。 地面を滑るトライデントアームは電柱や信号機を次々となぎ倒し、飲食店であろう建物にぶつかるとその動きを止めた。 (やはり元から不足したスピードを更に落とした所で有利には傾かない…最大の脅威はやはりあのパワー…!) シュウは眉間の皮をつまみながら不利な状況に悪態をつく。 「くそおお─ッ!」 飛び退いたメタルグレイモンViは決死の思いで口からオーヴァフレイム・胸からジガストームを同時発射するが、カオスドラモンは全身から放った放電・サンダーフォール2でそれを防いでしまう。 メタルグレイモンViは咄嗟に変異種防壁(イリーガルプロテクト)を展開するが、カオスドラモンはその電撃の角度を自在に曲げて翼を貫いた。 「やかましく空を動き回る事ももうできないわ。キミ達の武器はもう、無い」 「それはどうだろうね」 開業前のホテルを砕きながら落下し、白目を向くメタルグレイモンViを前に放たれるメグの勝利宣言へシュウはニヤリと笑って見せた。 「ハッタリ。じゃあ今からカオスドラモンに足元へハイパームゲンキャノンを撃たせるわ」 「君も死ぬぞ」 「なんで?キミの言葉がハッタリじゃなければ何の問題も無いじゃない!」 あっはは!と高笑いしながらメグはカオスドラモンにハイパームゲンキャノンの使用を命令。 周囲から集まった闇と電撃が混ざり合いながら増幅を始め、シュウのデジヴァイス01から避難を促す警告音声が煩く鳴った。 時空の穴が開き、パチパチとした弱い電気が体に何度もぶつかる。 更に巨大すぎる力は遠く離れた鉄塔や地面のアスファルトをも歪ませ、二人の立つ高層ビル周辺だけでなく東京中を揺らしていた。 「余裕があるフリをしてる時のキミね、言葉が優しくなるの」 メグはタブレットをいじる手を止め、シュウの目を真っ直ぐと見つめながら「今までの戦闘記録を見たの」と続けた。 彼女の整った顔から向けられる目線を睨み続けるシュウの頭にはどうしたら相棒をこの場から逃がせるか…それしかなかった。 その時、カオスドラモンの動きが一瞬鈍ると地面から巨大な腕が現れてハイパームゲンキャノンを上方へ押し上げた。 蓄積された強大なエネルギーが空─宇宙へ放たれると遥か遠くで何かが爆発したかのような光がぱっと広がり、シュウは眩い光に思わず目を閉じた。 「……ッ─!?」 ゆっくりと目を開くと、そこには変わらぬ夜の街並みが広がっていた。 とりあえず自分達が助かった事は理解しつつも状況に混乱するシュウとメタルグレイモンViの前に一つの影が迫った。 ・05 「おじさん。おひさ」 ゆっくりと着地するディノビーモンの上からかつて共に戦った少女・カノンが現れる。 「カノンちゃんとディノビーモンか…コイツは助かった!」 「俺もいるぞ」 塔屋の扉を開けながら現れたのもかつてシュウを助けた男・ジョージだった。 「ジョージ!なるほど、アレはお前のベタモンか」 「あの時は見せてなかったな。アイツが俺達の切り札・グラウンドラモンだ!」 「へっ、最高だぜ」 二人は腕をガッチリ組むと互いに笑い合うが、カノンは冷ややかな目でソレを見ていた。 「げっ…熱血おじさんが増えたよ」 カノンはぼそりとそう呟くと、二人のテンションについていけない様子で大きな溜息を漏らす。 「─さて、ハッタリじゃなくて悪かったね。コレが俺の武器”仲間”さ」 「は〜つまんな。私はね、イレイザーサマが固執するキミ達の”可能性”を見たかったの…それが何?仲間?」 即席のカオスドラモン迎撃チームが結成されるとシュウは手を広げながらニヤりと微笑むが、メグから返された視線は心底見下されたものであった。 「そんなモンに頼るなんて本当に期待ハズレ…」 メグがタブレットを叩くとカオスドラモンの目が光り、グラウンドラモンを大きく突き飛ばした。 高く、高く打ち上げられたゴミ箱が地面にぶつかった音が戦闘再開の合図となった。 だがハイパームゲンキャノンの砲身は大きく焼け、暫く次は無いであろう事は三人には予測するまでもなかった。 「お…オレ達は…誰かに頼る事を恥ずかしいだなんで思わない…!」 意識を取り戻したメタルグレイモンViは全身から血を流しながらも立ち上がろうとするが、カオスドラモンに狙いを定められようとしていた。 すぐにディノビーモンがカオスドラモンの周囲を高速で旋回して気を引くとメタルグレイモンViの立ち上がる時間を稼ぐ。 カノンが心配そうに見つめるがシュウはそんなカノンの頭をポンと軽く叩くとメグを睨んだ。 「そうだ!デジモンや人間はこんなにも支え合っている。ソレを勝手に期待ハズレなんかにされてたまるか!」 「…おじさん、それセクハラ。髪崩れるんだけど?」 「えっ、あっ、妹は喜ぶんだけど…」 カノンは髪を弄りながらシュウをジトっと睨むが、その目はどこか優しいモノに変わる。 「まぁ許してやるよ…おじさんズ、いくよ!」 「もしかして俺もおじさん扱いか?」 「ジョージも十分オッサンだろ…」 「今のはグラウンドラモンだな?覚えとけよ」 「はっ、今のうちになかよしこよししときなさい!」 メグは三人のやり取りを冷笑しながら再びタブレットを弄り、ディノビーモンもグラウンドラモンのデータの計測を開始する。 「シュウ、作戦は決まったか」 「あぁ。悪いが二人とも俺に任せてくれ!」 シュウはデジヴァイス01に素早く作戦を入力し、赤外線として三匹のパートナーデジモンにアップリンクした。 グラウンドラモンがその巨体を力強く前身させて組み付くが、カオスドラモンはそれを振り払うとアームで打ち据える。 二体の巨獣が攻防を繰り返す中、ディノビーモンは電撃のような早さでカオスドラモンの足元へ潜り込む。 先程メタルグレイモンViが開けた傷口目指して攻撃を行うが、カオスドラモンは足を振り上げて回避しつつ反撃に出る。 だが、足元が不安定になった隙を狙って再度グラウンドラモンはカオスドラモンに翼拳と前腕で組み付くとそのまま建設中のビルに押し倒した。 ガラスが割れ、電気が弾け、コンクリートが崩れ落ちてゆく。 ジョージがすかさずデジヴァイスを操作するとグラウンドラモンは気迫を瞬間的に増幅させ、握った両の翼拳を大きく振り下ろす。 「スクラップレスクローッ!」 「舐めるな完全体風情がっ!」 翼拳が離れ、押さえる力が弱まった所をカオスドラモンは見逃さなかった。 アームをクロスさせて迫る拳を防ぎ、 逆にグラウンドラモンをじわりじわりと押し返しだす。 「負けんなよォ!グラウンドラモン!」 「ディノビーモン、R033」 カノンの指示にビルの壁を突き破って現れたディノビーモンは、両腕に血管を浮かせながら再びカオスドラモンに接近。 先程と同じ足元に必殺のヘルマスカレードが叩き込まれるが、カオスドラモンの装甲にダメージは無い。 「シュウ、行くぞ!」 シュウはゴーグルの紐を引っ張って気合を入れ、メタルグレイモンViの手の上に飛び乗る。 メタルグレイモンViはシュウを頭に乗せると、大きく息を吸い込み全力で叫び始めた。 その叫びに連動して傷が回復しだすものの高速再生による負荷が強くかかり、その声は苦しみのモノへと変化しだしてしまう。 メタルグレイモンViはそのまま絶叫と共に凄まじい速度でUFOの様な軌道を描いて空中に飛び上がった。 夜空に浮かぶメタルグレイモンViの影は先程のモノとは違い、右腕に巨大な銃身を携えていた。 【メタルグレイモンVi:アルタラウスモード:完全体】 各々のデジヴァイスが電子音を鳴らすと、メタルグレイモンViは進化行動による回復でほぼ万全に近いステータスへと戻っている事を知らせた。 「ぐ…ぐううう…ッ!あがッ!」 だが、メタルグレイモンViは歯を食いしばって苦痛に耐えながらも目を赤く点滅させている。 自身の持つ才能以上の姿を強制的に呼び出している状態に体や意識が遅れを取り、以前の様に暴走しかけている。 「お前ならやれる!お前は、最強だ!」 その声にメタルグレイモンViの瞳が点滅を弱めていき、シュウの名前を呼んだ。 地平線の向こうから微かに赤みを帯びた空が一人と一匹に夜明けを感じさせた。 ・06 カオスドラモンはグラウンドラモンの顔面にアームを振り下ろして顔面をへこませる。 「無駄な抵抗を…頭を下げればそこのキミは見逃してあげる」 「ご配慮痛み入る。だが俺とグラウンドラモンに気遣いは無用!」 ジョージの叫びに呼応したグラウンドラモンは傷ついた体のままカオスドラモンに三度突進をしかけた。 「足元の貴様も無駄な事をちまちまと…」 「無駄…?私のディノビーモンを甘く見るなよ」 グラウンドラモンを受け止めたカオスドラモンの足には先程から連続でヘルマスカレードが叩き込まれており、その度に装甲に僅かなダメージを蓄積させていた。 しかしディノビーモンの両腕は必殺技の乱発でアザだらけになっており、その爪も殆どが剥がれかけている。 それでも尚、目の前の敵に向かって速度を上げながらその爪をひたすらに叩き込んだ。 次の瞬間ディノビーモンはついにカオスドラモンの足装甲を砕く事に成功するが、そのまま地面に転がりこんで倒れてしまう。 「よし、よくやった…流石ボクのディノビーモンだっ!」 カノンは思わず素に戻ると全力でガッツポーズを取る。 その目はわずかに潤み、自前の改造デジヴァイスを強く握りながら喜びをあらわにしていた。 だが、メグは冷静な声色でタブレットに触れながら指示を出す。 「二匹のステータスを計測完了。カオスドラモン、53%の出力でサンダーフォール3実行」 メグの指示にカオスドラモンは全身から凄まじい電撃を迸らせる。 一瞬火花が散った直後、辺り一帯に電撃の爆発が放出されるとグラウンドラモンを突き飛ばす。 稲妻が飛翔したディノビーモンに狙いを定めるとビルの壁やコンクリートを破壊しながらの追跡を始めた。 ディノビーモンに遅れて吹く突風は人々の体を地面に押し付け、その痛みから目覚める者も見受けられる。 「グラウンドラモン、無事か!」 ジョージの問いに答えようと叫ぶが、グラウンドラモンは先程までのダメージも響き、まともに声も出せない程に疲弊していた。 単純に大きなダメージを受けていただけでなく、必殺技を持続させた負担もあったからだ。 グラウンドラモンは僅かに体を震えさせてジョージの声に答える。 「いけるぞ…ジョージ…!」 「ディノビーモンが逃げるための隙を作る…」 ジョージが強く拳を握り相棒のグラウンドラモンに再度攻撃命令を出すと、ゆっくりながらも立ち上がった彼は右腕を持ち上げた。 その体を地面に打ちつけて発生させる地割れ、ギガクラックがカオスドラモンの負傷した足を狙い撃った。 カオスドラモンへのダメージは無いがその体制は僅かに崩れ、走っていた電撃は一瞬だけその足を止める。 グラウンドラモンは残った力を使い果たし、成長期のベタモンに一気に退化してしまう。 空から落下するベタモンを見事にキャッチしたジョージはベタモンに労いの言葉をかけた。 「上等!ディノビーモン、U636でブチかませぇ!!」 電撃を回避したディノビーモンは脇に抱えていたカオスドラモンの装甲片を全力で蹴り飛ばした。 「条件はクリアした─メタルグレイモン!」 「おう!」 メタルグレイモンViは電撃を追い越して超速で接近した装甲片を銃口から展開する電磁フィールドで捕縛。 そしてディノビーモンが回避した電撃を受け止めるとシュウは素早くデジヴァイス01からプログラムを実行。 凄まじい電撃によって溶けた二つの鉄は一つの物体へと溶接させれ、アルタラウスはその刃を紅(レッドデジゾイド)に変化させた。 「はっ…ははっ!できるじゃないか!」 「捕まってろよシュウ!全速力でぶつかってやる!」 二人と三匹の思いが乗った一撃…シュウは喉の奥に胃酸の味がしたような気がするが既に逃げ場は無かった。 迫り来る赤と青、二色の残光を纏う機竜を見たメグはシュウの作戦に気付くとハイパームゲンキャノンを指示した。 カオスドラモンの銃身は上空に向けられ、再び周囲から闇と電撃を収集しだす。 一気に膨れたエネルギーはシュウのデジヴァイス01に避難を促す警告音を発させるが、それでもお構い無しにメタルグレイモンViは加速を続けていく。 一切の減速を許さないその動きから生まれる激しいGがシュウに苦痛を与えていくが、それは互いを信頼して全力を発揮している証だった。 「いけえーーーーッ!!」 【エネルギアブリッツ】 デジヴァイス01が強く発光してその文字を浮かべると纏う二つの光を紫の焔に変えたメタルグレイモンViは全力でその刃を突き出してカオスドラモンの頭を捉えた。 瞬間、青白い光が離散するとカオスドラモンはその姿を消していた。 メタルグレイモンViは思い切りつんのめるとそのまま気絶し、ヒヤリモンへ一気に退化。空中に放り出された。 「おおおっ!?」 突然足場を失ったシュウは空中で溺れながらも気を失った相棒をキャッチする。 落下の恐怖に脅えるが、間一髪でディノビーモンが拾い上げるとビルの屋上へと着地した。 「おじさん!」 「シュウ、平気か」 「た、助かった…あはは…」 激しい戦闘で疲弊し、フラつくディノビーモンに礼を言いながら立ち上がったシュウはいつの間にか目の前にいた黒いフードの男に視線を向ける。 男のパートナーデジモンであろうテッカモンが三人の視線に反応して僅かに身構える。 「俺達はカオスドラモンを倒せてない…だな?」 「そうだ。俺がリアライズの補助を行った際に時間制限をつけておいた…メグはいつもお遊びが過ぎる」 「バレット、いつもいい所で邪魔をするのはどうにかならないワケ?」 バレットと呼ばれた黒いフードの男は小さく溜め息を付くと悪態をつくメグの言葉に答えた。 「今日は接触に留める筈だと事前に打ち合わせしただろう」 「信用したわけ?ワタシを?」 「していたら制限時間なんかつけるか?」 メグは吹き出すと壁に背中をつけて笑い始めてしまった。 唖然とする三人を他所にメグは一頻り笑い続けると再びシュウへ向き直る。 「あーー…ま、いいわ。ここまでやれたなら認めてあげないとね…イレイザーサマも執着を見せるキミ達の可能性」 あの子達みたい─思わず二体の巨竜を思い出したメグはタブレットをヒラヒラと振ってバレットに合図を送り、それを確認したテッカモンに指示を出す。 テッカモンは剣を振りかざすとビルの床に叩きつけて激しい光を撒き散らした。 相棒を庇うように構えていた三人はその眩い光に目をやられ、瞼を必死に開いて状況を確認しようと試みる。 光が収まる頃にはメグ・バレット・テッカモンは姿を消しており、太陽が完全に顔を覗かせていた。 「やれやれ…おいさっさとズラかるぞ」 「そうだね」 「…おい!もしかしてまたか!」 ジョージが冷や汗を垂らすのとサイレンが響くほぼ同時だった。 「くそっ、お前達と関わるのはもう御免だぞ!」 「はは。今日は竜崎さん来るの遅かったな」 「…私、アイツら知ってるかも」 ビルを駆け降りているとカノンがクラックチームとはかつて世間を騒がせていたサイバー犯罪集団ではないかと告げた。 「ま、ブッ潰すヤツらが増えただけさ」 シュウは窓の外から見える町並みに現れたダイナモンを横目してニッと二人に笑って見せるが、内心では妹・ミヨとオオバイタムの謎に強く焦りを感じていた。 おわり 廊下を歩く一人の老人がいた。 老人と言うにはがっしりとした体型で、その強面もありズンズンという音が聞こえかねない程の圧を感じさせる。 その横に素早く黒服の男が合流すると手に持った無印の茶封筒を取り出し、老人は歩みを止めないままに受けとる。 老人は素早く中身─カオスドラモンとメタルグレイモンViの殴り合いが納められた写真や資料を確認するとそれを黒服へ返した。 「千代田区の件は把握した…が、流石に今回は規模が規模だ。どうするかだな」 「またマフィアだかテロリストのせいになりますかね。奴等なら嬉しそうに自分達の手柄というコトにするでしょう」 老人と黒服はその足を止めないまま会話に入る。 「しかしデジタル庁だの電脳犯罪捜査課だのと言いつつ、情報共有がアナログとは間抜けなモノだな」 「厳城さん怒らないでください。対デジモンイレイザーとしてコレ以上ないと言ったのは貴方ですよ」 「わざわざ言わんでいい…ここに映る男も調べておけよ」 二人はそのまま道を左右別々に分かれるとそれぞれの方向に歩いていった。 .