拝くんと連絡が取れない。 図書館でパパにワンパン入れ、ハロウィンでスプシモンやドキュメモンたちにフォンダンショコラを振る舞って。 わたしは拝くんのところに帰ろうとした。 だけど連絡が取れない。 ……多分これからみんなは大変なことになる。 映塚さんはまだ死んでない。だって鴇緒さんがそう断言したから。 黄泉平坂に向かう人間は全て感じ取れるがあの少年は感知できてない、と言っていた。 ということは、あの結愛ちゃん……おそらくは異世界同位体の結愛ちゃんは、映塚さんを殺してはいない。 あの遺書というのは死んだと思わせて心を折るための、異世界結愛ちゃんの企みなのだと思う。 パパはこの事態にすごく責任を感じていた。 僕のせいだ、僕が図書館を襲ったりしなきゃ、ってママに泣きついてた。 お兄ちゃんとエンジュお姉ちゃんはデジシコに行っている。 真弓さんと茉莉さんがデジシコに引っ越すというので、うちから貰った仮設ハウスを移送するのに同伴してるのだ。 運搬はみゆきさんの「つねがみ」で行われている。 「ちた」は保育室があって、パパたちがまだ居残ってるので動かせないのだ。 鴇緒さんはすごく不満そうだったけど……。 『あ、なんか一人で抱え込んでる?』突然わたしの頭の中に声が響く。 わたしと全く同じ声、似たような口調。しかしこの声の主をわたしは知っている。 「イチカっち!これ六代目が!」ゴースモンが警告を発する。 『あー心配しないでそっちの世界のゴースモン?いえ、そっちの世界の五代目?』 その声色から感情を読み取るのは難しい。 『だいたい、元はと言えばあなたが原因なんじゃない?六代目ちゃんがああなったのは?』 「……っ!」何も言い返せなくてゴースモンが歯噛みする。 「……こっちの六代目がすぐに引っ込んだから、音声回線は長続きしないってこと?」 わたしがそう言うと手を叩く音が聞こえた。こいつ、外部音声までわざわざ思考音声に変換してる。 『さすがわたし、わたしがやってることは察しがついてるのね?』 そう、この声の主はわたし――その異世界同位体。 つまり、異世界におけるわたし、拝くんと出会うことなく成長し……いや、成長しないままで歳だけとった、悪に堕ちたわたし。 『ちょっと言いがかりじゃない?こっちのほうが本来のわたしで、あなたのほうがイレギュラーなんですけど?』 わたしの思考が直に向こうに伝わっている。 「何の用なの?こっちはそれどころじゃないんだけど?」 『用っていうか、こっちの声は届かないけど、そっちの様子がこっちから観測できるようになったから挨拶しとこうかな、って?』 少し楽しそうに言うもうひとりのわたし。ああ、やっぱりそうなったのね…… 『ああ、やっぱり察しがいいのねわたし?そう、あのどこかの世界の結愛ちゃんのおかげ!』 「……あの子がわたしのことを、こんなアーカーシャに近い場所で観測し続けたから?」 『そういうこと!それでこっちの六代目ちゃんが気づいちゃってね?あの子がいる世界なら観測できるようになっちゃった!』 ……ということは、あの異世界結愛ちゃんはまだこっちの世界のどこかに潜んでいる? 『せいかーい。さ、あの可哀想な無駄に歳だけとった違法ロリを捕まえてらっしゃいな?』 「……同じわたしなのに、随分とあの子に冷たいんだね?」 『それが本来のわたしでしょ?男にうつつを抜かして忘れちゃった?』 「本質は、わたしとあなたで変わらないはずでしょ!」 『わたしそういうのわかんない、興味ないし。』……本当に興味がないのは間違いない、同じわたしだから解る。 『あんな他人用のバッドエンドに夢中で自分用のバッドエンドを蔑ろにする子は興味ないよ。』 「……じゃあホントになんで呼びかけてきたの?挨拶ってだけじゃないんでしょ?」 わたしが問い詰めると、答えが返ってくるまで少し間があった。 『……そっちのわたしを反転させた穂村拝って子が気になっただけ。でも今そっちにはいないみたいだね?』 ……つまりあちらの世界に拝くんは存在してないし、このデジタルワールドから拝くんがいないってことか。 『おお怖い怖い、どこからヒントが漏れるか分からないわね?』 「……ひとつ言っておくね?わたしの邪魔はさせない。拝くんに手を出したら……」 わたしの拳がギュッと握られる。赤く四角いエフェクトが幾重にも重なって光る。 「絶対に許さない。同じわたしだからこそ、絶対に容赦しない、よ?」 『……わたしがそこまで執着するなんて、興味出ちゃいそう。だけど、やめておくね?』 少しおどけたようにあのわたしは言う。昔の自分を見てるようで、心の底からイライラする。 『だから怖いのやめて?もう切るね?また会いましょう。』 そう言うとそれきり頭の中の声は聞こえなくなった。 「イチカっち……」ゴースモンの声が暗い。無理もない。 六代目エンシェントウィッチモンのアルカナウィッチモンは、五代目がエンシェントモニタモン封印後のアーカーシャに接続するために作った。 その副産物で異世界への接続能力をも獲得してしまった彼女はやがて精神のバランスを失い暴走した。 今起きていた事態は、五代目のやらかしたことの再放送みたいなものなのだ。 「……大丈夫、いつかわたしが六代目さんも目覚めさせるから。」 わたしは強がりを……いいや、全くの強がりというわけでもない。 六代目さんは今までに何回か覚醒していたフシがある。 それを詳しく分析することができれば、もしかして……。 今はそんなことより、拝くんを探すことが重要だ。 まったく、何が世界で二番目の天才少女だ。 肝心な時に拝くんのそばにいられないなんて、わたしは忍者としても女としてもダメダメだ。 「行こう、ゴースモン。」わたしは歩き出す。 「行くって……どこへ?」 「デジタルメキシコ、デジシコへ。」今後のことを考えると、助けを求められる人は全員デジシコにいる。 待ってて、拝くん。絶対に、拝くんのところまでたどり着いてみせるから。