「ほら、もう子供は寝る時間だ。ベッドに行きなさい。」 「……わかった。ほむもきて。」 寝ぼけ眼の少女は、無邪気な様子で彼にそうねだった。 「私もか?無理だよオイナ。私にはまだ仕事がある。ユキダルモンがいるだろう?」 「じゃあ…おしごとおわるまでおきてる……」 「ダメだよオイナ。君はまだ子供なんだから。……そうだ。今度のお休み、一緒にどこかに行こう。」 「ほんと?どこでもいいの?」 「ああ。だから、体調を崩さないようもう寝るんだ。いいね?」 「………わかった。やくそくだからね。」 「ああ。約束だ。」 彼はそう言い、少女を見送った。 「…マーメイモン、例のデータを。」 「はい。前々から捕捉はしていましたが…ついに出撃なさるのですね。」 「ああ。…今回は私だけで行く。」 マーメイモンは彼のその発言に、狼狽した様子で聞き返す。 「本気ですか!?いくらなんでも無茶です!相手は元ネオデスジェネラル…今まで粛清して来た僭称者とはわけが違うのですよ!?」 「そんなことはわかっている!だが…これは私がケジメをつけるべき事だ。」 「……わかりました。ですが、私達水龍軍団は…ご命令とあらばいつでもホムコールモン様と共に戦う覚悟、できております。」 「……私に忠誠を誓う必要はない…誓うべきなのは…デジモンイレイザー様だ。」 ───────── 月明かりだけが照らす暗闇。 そんな暗い夜道を一人歩く少女の背後に、大柄な銀髪の男の影があった。 「…一人になってやったぞ…何者だ?」 振り向かずに問う少女。男は答えずに首元に手をやり、皮膚を剥がし始めた。 「裏切り者に相応しい末路は…死だけだ。」 男の頭の左側が不自然に膨らみ、弾ける。 テクスチャが剥がれて行き、禍々しく渦を巻いた角が生えた頭部が露わになる。 「お前は…誰だ⁉︎」 「私はホムコールモン…貴女を…裏切り者を殺しに来た」 辺りの気温が一気に下がり、霧が出始めた。 「水龍将軍として…私は貴女を許してはおけない。」 彼は右手に生成された氷塊を左手の熱で成形し、氷の刀剣”アプ・オボコロベ”を形成した。 「誰だか知らないが…一人で来るとは私も舐められた物だな。蓮也に迷惑をかけるわけには行かない。さっさと終わらせてやる。」 彼女もデジモンとしての姿を表し、宝刀”クトネシリカ”を抜いた。 「はあぁぁぁッ!!!」 「やぁぁぁぁ!!!!」 白いモヤの中から、氷の刀同士が鎬を削る音が響く。 「さすがオキグルモン。腕は衰えていないか?」 「フン。喋っていられるとは、随分と余裕だなッ!!」 相手の武器ごと断ち斬らんと振り下ろされるクトネシリカ。 ホムコールモンはアプ・オボコロベの表面を滑らせるようにしてそれを逸らし、隙を突くように背後に袈裟斬りを放った。 オキグルモンはそれを避けたものの、髪が何本か斬られてしまった。 「何故裏切ったんだ…!アンタが俺に忠誠を教えてくれた…故郷を失った俺に居場所をくれたんだ!」 激情に駆られた太刀筋は容易に見切られ、オキグルモンは彼に回転斬りを放った。 そして、ホムコールモンはその一撃を避けることはなかった。 「ハァァァ……‼︎」 ホムコールモンは敢えて攻撃を避けずに左手でクトネシリカを受け止め、高熱を纏わせながら刀身を握りつぶさんとしている。 「クトネシリカを構成する兵士達も…そのダークネスローダーも元は我らイレイザー軍の物だ!返してもらう!強制デジクロス!」 ダークネスローダーから発せられた闇のオーラがクトネシリカを包み込み、ホムコールモンへと吸い込まれていった。 「何…!?なぜ私のデジクロスが破られた!?」 「ダークネスローダーを扱うためのコードは悪の力!裏切った時点で…もうアンタには十分に扱えぬ力なんだよ!」 そう叫ぶホムコールモンの姿は、歪なものだった。 スカルバルキモンの翼が背中に配置され、左腕にはズドモンの甲羅と毛皮が融合し、右腕からはブルーメラモンの青い炎が立ち昇り、 渦を巻いた角に似合わぬ真っ直ぐなマンモンの牙が、もう一本の角として右の頭部から生えている。 「ペルティエ・ファントム!」 青い炎が右腕から放たれ、周囲が一気に凍りつく。 「弱くなったなオキグルモン!俺が憧れたアンタは!こんなに弱くなかった!」 相手の武器を奪ったホムコールモンは、ここぞとばかりにオキグルモンに攻撃を加えていく。 「アイスストライクス!」 地面から氷で作り出した牙を大量に伸ばし、逃げるオキグルモンを串刺しにしようとするホムコールモン。 「ハハハハ…無様だなぁ…!武器を奪われた程度でこんなにも狼狽えるのか…アンタは…アンタはそんなに弱かったのか!?」 「ただの武器じゃない…!彼らは私の仲間たちだ!」 「俺から見ればただの裏切り者だ!アンタもなァ!!」 青い炎を纏ったトールハンマーを打ち付けようとした次の瞬間、彼の体勢が崩れた。 オキグルモンが斬り付けたのだ。 「それに…私の武器はまだある!」 「何ィッ!」 オキグルモンの両手には、細身の二本の刀が握られていた。 「お前の技を真似させてもらったぞ。私の仲間達…返してもらう!」 氷で作られた二本の太刀がホムコールモンを斬りつけると、その度に結合が緩んでいった。 「くっ…!スノウブロウ!」 彼はトールハンマーを軸に氷を纏わせ、巨大な鎚を形成し反撃しようとしたが、 オキグルモンに命中する寸前に氷が砕け、また斬撃を受けてしまった。 「抗っているのか…!ふざけた真似を!」 その斬撃は彼の右腕を斬りつけ、遂にブルーメラモンがそこから分離した。 「オキグルモン様!申し訳ありません…あいつにまんまと…」 「今は良い!逃げろ!」 オキグルモンはホムコールモンの頭上を宙返りしながら剣を振るい、真っ直ぐな角を斬り飛ばす。 するとマンモンが彼から分離し、オキグルモンの元へと戻った。 「……ならばァ!」 ホムコールモンはアプ・オボコロべを生成し、自らの左腕を突き刺した。 そのダメージは大きく、ズドモンとスカルバルキモンはまとめて彼から分離した。 「あいつ…何を考えて…ズドモン!?どうしたんだその姿!」 ズドモンは甲羅が完全に凍りつき、毛皮もどんどん氷が広がり、体が動かせなくなる寸前だった。 「言っただろう…裏切り者には死あるのみと…!」 ズドモンは遂に身体を全て氷に飲み込まれ、砕けて消滅した。 「貴様よくも…!」 「アンタも今からこうなるんだよ!」 彼はアプ・オボコロべの結合をわざと緩め、振るう勢いで崩壊させた。 こうする事で、鋭く尖った氷のカケラを飛ばすことができるのだ。 「なっ…うぐっアっ!」 破片はオキグルモンの腕に深々と突き刺さった。そのカケラは刀剣であった時と変わらぬ効果を持ち、突き刺さった部位を内側から凍結させ、生命を喰らっていく。 「立てよ…まだ戦えるだろ!」 「あたり…まえだ!」 その剣で自分の左腕を突き刺したホムコールモンもその効果を受けていた。 互いに満身創痍で立ち上がる二人。 既に日が昇り始めていたその時、ホムコールモンに火球が撃ち込まれた。 「ぐぅぉァはぁッ!」 「オキグルモン!」 「蓮也!?」 エンシェントグレイモンに変ずる青年、東日蓮也。 「そうか…信じたくはなかったが…やはりその男がアンタの裏切った理由なんだな…!馬鹿げてる…全く馬鹿げているぞオキグルモン!愛など本来デジモンに必要のない概念だ!戦うことこそが…俺たちデジモンに与えられた意味だ!」 ホムコールモンは自分にも言い聞かせるようにそう叫んだ。 そして彼は地面を左腕で殴りつけ、熱を伝播させた。 オキグルモンとホムコールモン。強大な力を持った2体のデジモンが戦った結果、その場所の地面は水分が凍りついていた。 そこに彼が高熱を与えた結果起こること。それは水蒸気爆発だ。 「うっ…!!!」 爆発に思わず顔を覆った二人が次に目を開いた時、そこにホムコールモンはいなかった。 ━━━━━━━━━ 「ハァ…ハァ…ッ…!」 爆発に紛れてゲートを開き、なんとか私は拠点に戻ってきた。 壁にもたれかかったまま、崩れるように座り込む。 「ホ…ホムコールモン様!」 「…騒ぐなマーメイモン。私がここまでやられたことが広まると…士気に関わる。超回復チップを持ってこい。」 「かしこまりました!」 彼女が持ってきたチップを使い、幾分か体は回復した。 少しふらつきながらも、執務室に戻る。 「おかえりホム!…ケガしてる…どこ行って来たの?」 「来るな!…今私は機嫌が悪い」 「どしたのホム?心配だよ…お話してよ!」 「今はお前と話などしたくもない!近寄るな!!!」 私は左手を振りかざした。ちょっと力を使って怖がらせてやれば近づいて来なくなるだろうと思っていた。 「なっ………」 彼女は左手を受け止めていた。しかも、少しだけとはいえ力を解放していた私の腕が、"熱くなかった"。 「すごいでしょホム?力、もっと使えるようになったの!」 そう言って笑うオイナの顔はさらに成長したような気もして、それは確かに”オキグルモン”だった。 ━━━━━━━━━ ホムコールモン:ストーレン クトネシリカを構成するデジモンを強制デジクロスによって無理矢理取り込んだ姿。 クトネシリカをそのまま持つのではなく、各デジモンの要素が身体中に分散して配置されている。 これは取り込んだデジモンを制御しやすくするためのものであり、最大出力ではクトネシリカを使うオキグルモンに劣る。 しかし、ホムコールモン本来の能力と取り込んだデジモンの能力を組み合わせて使用すれば、それ以上の戦闘能力を発揮する事が可能。