「わぁー弥生ちゃん大きいね」 「希理江さんもその…すごいです」 「くぅ…!なんでこの2人に挟まれてるの私……ちょっと外の男子たちまさか聞いてないでしょうね」 「アーアーキコエナイキコエナーイ」 「クロウ、勇太…大変だなお前たち。偶然とはいえ俺もだけど」 「あはは…」 ───セイントモールDW出張店 プレオープンのため開放・出店されている地区は中規模に止まってはいるが多階層の立派な商業施設の片鱗を感じさせる その一角、シューシューモンが副店長を営む被服屋のひとつ『KOBITO-clothing』…こびとのふくや。おそらくグリム童話のこびとのくつやに準えたのだろうかと想像しつつ店先で勇太は彼女たちのお買い物を待ちながら男3人で屯している…かれこれ40分ほど 「はいはーい鉄塚様、お靴の修理完了しましたよ」 「おおーサンキュー副店長!やっぱここの靴の履き心地はすげえいいんだよなぁ」 先に用事が済んだのは希理江に同行し訪れていたクロウだった。店の奥からローラースケートで軽快に滑ってきたシューシューモンが卸したて同然にピカピカの、彼の愛用する運動靴を差し出す 「そういえば鉄塚さん、出会った頃はもともとスニーカー履いてましたもんね」 「ああ。案の定すぐ壊れちまってなー、ここ紹介してもらって運動靴に変えたんだが…まぁ素足で踏ん張るみてえにビタっと脚に吸い付いてくれるいい靴でコレがなきゃ影太郎んときも戦い抜けなかったかもな」 数多の激闘と冒険を潜り抜けてきた密かな相棒とも言える靴とのしばしの別れと再会を経て、早速履き心地を確かめて非常に満足げな様子のクロウ。彼は今日ここを訪れたのは靴の修理…だけではなく、浮上希理江の保護者代理としての役割もあたった 『彼女に下着をきちんと身に付けさせて欲しい』という誰かの悲鳴と依頼。なんやかんやありドタキャンが次に次いで結果なんか知り合いのひとりであるクロウのところにまわってきてしまった末である しかし彼には女性下着の何某などわかるはずもない当然狼狽。身近な女性陣である良子たちや真菜などに聞こうにもタイミング悪く不在、誰か助けてくれ…という矢先に渡りに船、偶然このモールにほぼ同じ目的でやってきていた東弥生(とそれを影から見守る兄貴)勇太光CPと遭遇。そのまま同じ女性陣に丸投げ解決だ …と思っていたのだが 「女子の買い物って長えんだな…」 「ふふ、淑女の嗜みに野暮な事は言いっこなしですわ鉄塚さん」 「ワーッ、ってオマエは!」 呆れ半分のぼやきに気品漂うお嬢様言葉で横から釘を刺され振りかえると、いつかのように重厚な金の縦ロールを揺らし佇む女性 「直接お会いするのは秋月影太郎との戦い以来かしら、お久しぶりですわ」 大聖寺カナエ。セイントモールを仕切る一族のご令嬢だ かの戦いでは彼女とパートナーのバルキモンがマトリックスエボリューションした黄金の空中戦艦ルクマバルキモンにより道を切り開いてくれた恩義がある 「とりわけあの子達はまだまだ成長期、下着選びも今後のカラダを左右する重要なファクターですもの。じっくり選んでいただいたほうがよろしいですわ」 「これはカナエお嬢様ご機嫌麗しゅうございます。この方のおっしゃる通り思春期の人間の成長とは急激なもの…私どももそれを万全に支えるために各種取り揃えており時にはオーダーメイドぇぴったりなものを提供いたしますハイ」 「な、なるほどな…」 やはりなんとも濃ゆい存在感ながら確かな美貌を誇る女性としての先輩と職人魂のようなものが込められたアドバイスに有無を言わさず納得させられる ならばここはキチンと待つのが男の仕事かと、ふと退屈と使命感の狭間に流した横目に映った記載 『盗難注意。貴重品や被服類の管理にご注意ください』 DWにきてまでこのような注意書きを見るとは 「こっちの世界のショッピングモールでも持ち物の盗難とかあんのか…物騒で嫌んなるな」 「ええ、ここ最近報告が上がっていて私自らもこうして見回ってるのですが」 「なるほどな。ごくろーさんだ」 「───あれ…あれ?」 「───無いんだけど…」 クロウが顰めツラをしていると俄かに奥の試着室が騒がしくなった。近づいたり覗こうものならコロスと念入り過ぎる脅しをかけられたため皆がおそるおそるおずおずと試着室のほうへ声を投げてみる 「どしたーオマエら」 「弟子ー!じゃなかったクローくんわたしのパンツしらなーい?」 「いきなり大声で何言いだすんだオメー!?」 「勇太こっちもよ!い、いくら勇太でもその…」 「違うよ!?」 「どうなってんだ。おい弥生は大丈…」 「……す」 「…ばないかァーっ!」 「だいたいそっち近づけねーし、カナエたちと喋ってたんだから俺らに、は…ん?」 突拍子もない下着紛失コールに名指しされすっとんきょうな声で応対すると、ふと隣の通路で蠢く気配 ハンガーの衣類を掻き分け覗き込むと 「……」 「あっやべ」 目が合ったモニターめいた頭に「!」を浮かび上がらせ手脚をダバダバと逃げ出す小柄なシルエット しかしてその手に握りしめられた布切れに確信 「窃盗犯!?」 「「「ええっ!?」」」 「あいつお前らのパンツ持ってったぞ待てコラ!」 「大声で言うんじゃないわよー!!」 「ひええっ怖!と、とにかく追うぞ」 「アイツはモニタモンってやつだぜ!」 「否、断じて否、私は紳士だ!ヒトナーのな!女児の戯れをRECついでにこの下着はいただいてゆく」 「サイアクじゃねーかこのやろー!」 容疑者:自称ヒトナー・モニタモン氏。女児の下着を奪いセイントモール内を逃走中 「ヴォーボモン・プチフレイ…いややっぱダメだお店の中で暴れちゃ!」 「ヤロウ外にはいかせねーぞ、ルドモンいってこい!」 「まちやがれーっ!」 出入り口の自動ドア前に投擲されたルドモンが先回りしたことでモニタモンが急旋回、他の客を掻き分けながらさらに逃げ回る 「やっべお客さんに紛れ込まれたらわかんねーぞ」 なまじ小柄な体躯のモニタモンは、リアルワールドほどではないにしろ客と商品棚が雑踏する店内においてスニーキングするにはうってつけであった 予想外のバレと追っ手に見舞われたが、それも今や向こうでうろうろとするばかり 物陰で息を潜める勝ち誇っように唸る 「クク…温泉で我が同胞たちはなにやら盗撮時に暗黒グロなんとやらに返り討ちにあいヘタを打ったようだが私は違う…!私を置いて温泉旅館に行ったあいつらとは…置いてけぼりくらった恨みとか無いぞ決して………グスッやっぱり素晴らしいやはり女児は素晴らしいぞ素晴らしいなぁっグスッ」 『見つけましたわ犯人さん』 「館内放送!?」 思わずそこから飛び出し周囲をサーチ。モニターが覗く時モニターもまた覗かれているものだ 『監視カメラでそちらの動向…およびマーキングは完了しましたわ。皆さんおしおきなさってー!』 「「「「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーっ!!!!」」」」 「な、何だありゃー!?」 それはセイントモールに点在する何の変哲もない大型ショッピングカートを基幹とし、 カゴに睦月がルドモンの盾を正面に掲げ装甲、 その背後にバラスト兼指揮官として勇太、 それらまるごと押し上げ大地蹴り疾駆するクロウ…の肩に掴まり姿勢制御を担うウォーボモン その布陣はまるで『戦車』のようにけたたましく轍を刻まんばかりの勢いでセイントモールを所狭しと走り抜け今、背後に迫る! 「う、うわああああこっちへ来るなぁむさ苦しい!」 「は、速……あっクロウさん突き当たり左方向急旋回、ウォーボモン制動たのんだ!」 「まかせろー!」 「おっしゃああああ!」 クロウが急制動から振り回し傾斜仕掛けたカートをウォーボモンの羽ばたきで無理矢理起こしながらのドリフト、まもなく急加速 それらの負荷を一手に請け負うクロウの靴は、しかし修復されたことで再び力強く地面を踏み締め答えてくれる 「ハハハハッなかなか楽しいじゃないかカートで走るというのも!だが今は妹の下着を奪ったそこの犯人、きさまを止めるのが俺たちの仕事だー!」 『その先はまだ開発途中の区域、シャッターを操作して袋の鼠にしてさしあげますわ。こちらの指示通り犯人を追いかけ回してさしあげなさい!』 勇太が身につけたインカム越しにモニター室で身振り手振りを交えながらのカナエの指示が現在進行形で飛び、その通りに駆け回る少年たちと蠢く通路が犯人の行手を包囲していく 「総員、耐衝撃姿勢ーーー!ぶつけてでも墜とす!!」 「「「オオオオーーーー!!!」」」 睦月の雄叫びに釣られてもはや勇太すらヤケクソめいた応を轟かせ、 「デジソウルゥゥウウ!!」 「関係ないじゃん!デジソウル関係ないじゃん!」 それが犯人の遺言となる 「チャーーーージ(追突事故)!!」 「ぐっはぁぁぁぁぁーーーー!?!?」 死んでないけど 「犯人確保ご協力感謝します!」 「お見事ですわ皆さん大手柄!カートの被害などお客様の安心安全にくらべれば遥かに安いモノです、心より感謝申し上げますわー!」 カナエの高笑いと犯人を挟み引きずるガードロモンの敬礼に、大破したショッピングカートの手前に並び立ち返す睦月、クロウ、ルドモン…勇太とウォーボモンはさすがに引き攣った笑みを浮かべていたが犯人逮捕に成功したドタバタが終わりようやく一息ついたのだと安堵 皆で協力して追突の際に散らばった盗品を紙袋にかき集め…無論それがどのような形状や色かなど、ハッキリと知覚しないよう極力薄目で それから集合するも後一つが見当たらない 「ん、睦月頭に紐が引っかかってるぞ」 「えっ本当だいつの間(盛大に噴き出す)クロウっコレ」 「どうした…ハァァッひ、紐ォ!!?」 「コレ…これ紐パ…!?」 「待て待て待て一体誰のだこれは!」 「んー…今日の光のじゃないなこれは」 「「…なんで知ってるんだ勇太?」」 改めて服屋へと戻り、紙袋に入れた大事な下着をカーテンの下から差し込む 「…結局、あの派手な紐は誰のだったんだ」 「わからん…わかっちゃいけない気がするぞ」 「…希理江」 「……」 「…まさかオマエの妹さ」 「やめたまへっお兄ちゃんそんな妹が背伸びしてる姿知りたくないのっ!!」 「外の男子どもうっさい!」 「「スンマセン」」 ようやく落ち着いたのか試着室の中からうんざりした様子の光を筆頭に女性陣が戻ってきた 「あれ希理江は?」 「おまたせー!せっかくだから新しい下着着けたんだー」 「お、そうなのかえらいぞ」 依頼はコンプリートということだ。これにて少しでも油断しすぎない身だしなみと振る舞いを身につけていってくれる第一歩となるなら大きな収穫だろう 「不思議だけどぜんぜん苦しくないんだよー、着るのも楽だしかわいいよ見てみて!」 「「ア゛ーーッ!?」」 「こら男子ぃー勇太も見ちゃダメよ!」 「あだだだだ何故俺にだけロメロスペシャルァー!?」 「わーっクロウさん浮いてるよ光!?」 唐突に希理江が胸元をぐいと下げ卸したての青系の下着を見せびらかす奇行に光の目潰しチョップが男性陣(勇太以外)に炸裂、そのまましっちゃかめっちゃか 「おおっと人前でブラを曝け出すのは…あっそうそう浮上様は背中での取り付けが苦手のようでしたので今回フロントホックのものをご用意しましたワイヤーには一部ブルーデジゾイドと鳥系デジモンのものを加工した素材が使われておりまして羽のように軽くしっかりとバストアップとケアも両立した自信作です」 嗜めるつもりが思わずセールスポイントをつらつらと語りだすシューシューモン職人。するとその横でもじもじと弥生が尋ねる 「あの…その、私もお見せした方がいいんでしょうか?」 「弥生ちゃんのもすっごくかわいいんだよー!」 「NO!NOォオオオ!ルドモン力を貸して欲しい妹の素肌は兄が護るぞ!」 「こら見せもんじゃないわよ鉄塚クロウー!」 「ぐわあああ手足がバラバラになる!」 見かねたシューシューモンの嗜めもあり一応の落ち着きを取り戻した皆の前、改めて希理江にそっとシューシューモンが諭す 「いけませんねぇ浮上様いきなり人前それも大勢の殿方の前で堂々と下着を晒すなど。年頃のレディとして少々大胆が過ぎるかと」 「えー、せっかくこんなにかわいいのに見せちゃダメなの?」 「「勘弁してください…」」 「うん、やめたほうがいいかなぁ希理江ちゃん」 「なんで高校生のアンタらが小学生の勇太より動転してんのよ…」 顔を手で覆いしおしおと俯くクロウ睦月に対して勇太はかすかに苦笑いを浮かべる程度でなんとも落ち着き払っていたため、思わず光がツッコミを入れる 「む…この違和感、あれっそもそも浮上様は鉄塚様と同い年でございますか?身なりは相応に大人びてると存じますが」 「いやコイツ小学生だが」 満身創痍床に突っ伏すクロウから告げられた衝撃の事実。最近の子供は成長が早いと聞いていたがこれほどとは…今回選んだのほぼ大人用のデザインだったのだがそれを難なく着こなすポテンシャルに感嘆と驚きがため息として飛び出す 「なるほどぉー……ええーとそうなると、これはもしや」 「そうこの子めちゃくちゃ無知よ無知っ子よ!なによこんなおっぱいまでムチムチさせちゃって…っっ!」 「ひ、光落ち着いてどうどう…」 「鉄塚様から聞いた、みなさまが浮上様に下着を身につけさせることの苦労…あっ決して駄洒落ではなく───そのようなことに苦心されていた理由が私めにも見えてまいりましたよ」 「そいつぁ助かる…」 無知ゆえに加減を知らず業物めいた色気を振り回されるのは、周囲の殿方にはなかなかお辛かろうものなのだ なんとか言い聞かせられないかと思案し、質疑開始 「例えば…浮上様は鉄塚様のことをお好きでらっしゃいますか?」 「うん!」 「ヴェッ!?」 「…ロリコンめ」 「舌打ちしてんじゃねえよ光っ誤解だ!」 「では、それと同じくらい好きな方はいらっしゃいますか」 「んーとね、それから一華ちゃんや勇太くんや竜馬くんや…今日会った睦月お兄さんも。みーんなお父さんやお母さんくらい大好きだよー!」 なんと屈託のない笑顔。唐突な色ボケかと思いきや単なる無知ゆえの無邪気が無差別に牙を剥いたのだと一同がずっこける中、シューシューモンはただひとり理解し頷く 「なるほど、どうやら浮上様のおっしゃる好きとはお父上や母上などに向けられるような家族愛───年頃の男女が異性に対して抱く恋愛の情とは全く別のものになりますね」 「えっそうなの!?」 「なのでそのような事をいきなり言われた鉄塚様や東様がひっくり返ってらっしゃるわけですね……血のつながらない他人に好きという言葉を容易くお伝えされることは、それだけ受け取る人をびっくりさせてしまいます」 「「び、びっくりした…」」 「難しい…」 「なに、理解するのはまだまだこれからですよ。浮上様もお父上母上、血の繋がりあっての家族……ですがその始まりはやはり元々血のつながらない赤の他人だったお二人が出会ったのが始まりなのです」 かつてシューシューモンが店長とのやりとりで聞いた言葉を自分なりに咀嚼し、己の見聞と合わせながら語る 「人は所詮生まれた時は独り。生きるにつれて他者に見せたくないもの隠したいもの、触れられたくないがために護るものとして増えていきます…服は魅力を引き立てるオシャレであると同時に、その他者と己を隔て護る『壁』の役割のひとつにございます」 ですが、と付け加え続ける 「その果てに一糸纏わず素肌を重ね心の内をすべて曝け出すのも厭わないほどに、この広い世界の中でただ1人だけの互いを信頼し最も思いやれる存在との出会い……家族の卵、それが恋人」 そこまで一息に述べた後、希理江に向き直り手早く希理江の見なりを整えてみせたシューシューモンは総括を述べる 「つまり浮上様の人生にとっての"本当の好き"という特別…いえ、とくとく特別をあげられるのは(基本的に)この世にただ1人なのです。そしてそんなお相手たる男性にのみこそ…その新調された下着で引き立てあげられた浮上様の美貌を惜しげもなく曝け出すべきです。ここではありません」 小学生には難しい理屈なのかもしれない。それでもただ自身を想い穏やかに言い聞かせてくれた者の言葉を彼女なりに飲み込んだのか、ワンピースの裾を軽く握り頭を下げる 「そっか…びっくりさせちゃってごめんねクローくん、睦月おにーさん」 「いや…大したものだ、デジモンでありながら服ひとつから人間の恋慕の何某までを掘り下げ小学生を諭すとは」 「いえいえこれも師匠の受け売りなので」 「だ、大丈夫だ。とりあえず新しい下着とかいろいろ、俺たちなんかに見せびらかすより将来の師匠のとくとく特別のために大事にとっとこうぜ!」 勢いよく皆が首を上下に振るわせ同調し希理江を丸め込む。完全に納得したわけでは無さそうだが…情操教育としても大きな一歩か得られたのかもしれない 「……私のとくとく特別は勇太だけだから」 「え、何か言った?」 「ンー…」 不服げに腕にしがみつく光を勇太はいつも通り受け入れた