「はぁー…」 ホムコールモンは頭を抱えていた。 「なぜこんなことをやっている時にアイツしか出撃していないんだ…」 エンシェントモニタモンの持っている情報は必ずイレイザー軍の利益になるはず。…なのに出撃しているのはメタルサタモンのみ。 自分が他の地域に出撃している時にこんなことになっているとは…部下から上がってきた報告書を途中まで読んで、彼はそれを無造作に放り投げた。 「マーメイモン…少し体を動かしてくる…片付けておいてくれ…」 彼が読まなかったその先には、その後開催されているハロウィンに関しての情報が記載されていた。 「あれ〜ホムは?」 その後執務室に入ってきたのは、彼が育てている少女、オイナだった。 「ホムコールモン様はお外へ行かれましたよ、オイナ様。」 「ふーん…何これ?…ハ…ロ…ウィン?」 彼女は床に落ちていた報告書を拾い上げる。 「仮装するお祭りのようなものです。ご興味が?」 「うん!確かこういう衣装…あったよね?」 ホムコールモンがオイナのため方々から買い漁った物の中には、仮装セットまで含まれていたのだ。 「ええ、きっとお似合いになられますよ。」 マーメイモンは思いもしていなかった。オイナがこの一瞬で資料に記されていた図書館の座標までも記憶していたことに。 ───────── 「オイナ〜、オイナ〜?…どこに行ったんだ?」 拠点に戻って来たホムコールモンは、ある少女を探していた。 「マーメイモン、オイナを知らないか?」 「え…いらっしゃらないんですか?」 「ああ。まさか…ここから出たのか?」 「そんな…まさかオイナ様が・・・あっ。」 マーメイモンは何かを思い出してしまったようだ。 「なんだ?心当たりでもあるのか?」 「あの…先ほどお見せした図書館の資料の最後なのですが…そこにオイナ様がご興味をお持ちだったようで…」 「…何が書いてあったんだ?」 「その…ハロウィンが開催されているとかで…」 ホムコールモンは頭を抱えた。 ───────── 図書館、ハロウィン会場。 雪の女王の仮装をした少女は、初めて自分の知らない場所で、自分の知らない人々との交流を楽しんでいた。 「トリックオアトリート!お菓子かイタズラか!」 あるところではチョコレートをもらい、またあるところではココアを飲み、 バーに顔を見せたかと思えば、温泉のチラシをもらったり。 子供特有の無尽蔵の体力で、方々を走り回って満喫していた。 そんな時のことである。 「トリックオアトリート!」 オイナはもはや手慣れた様子で、二色の瞳の少女に話しかけた。 「わかりました。少々お待ち下さい。姉様のお店の鉄板を借りてパンケーキを焼いて参りますので…」 「姉…さま?何それ?」 彼女はまだ、姉というものを理解していなかった。 というよりも、家族という概念全体を理解しきれていなかった、というのが正しいだろう。 「今、私の隣で焼きそばを焼いている人が姉様です。」 そう織姫が示した先にいたのは、クティーラモンだった。 日竜軍の戦力を乗っ取り、さらにはネオデスジェネラル配下の脱走兵の駆け込み寺と化している彼女の勢力は、 ホムコールモンが蛇蝎の如く嫌う裏切り者そのものであり、彼に育てられたオイナもまた、その考え方をしっかりと受け継いでいたのだ。 「あれ…裏切り者…!ホムが言ってた…!」 この時、彼女は今まで一度も感じたことのない感情で満たされていた。 喜びでも、恐怖でも、そして愛しさでもない。 その感情とは、”怒り”だった。 彼女の目が蒼く光り、両手に冷気が渦巻き始める。 やがてそれは霜となり、白いエネルギーのように可視化された。 「裏切りは…もっとも重い罪だ」 オイナはそう言い放つと共に、クティーラモンへと冷気を浴びせかけた。 ………しかし、何も起こらなかった。 彼女の凍結能力が貧弱であったわけでもなく、クティーラモンの耐久力が異常に高かったわけでもない。 「探したぞオイナ、こんなところにいたのか。」 銀髪の大柄な男が、彼女を抱き上げる。 「あら、お父様でいらっしゃいますか?」 「あ…ああ、……そうだ。」 男の正体は、偽装テクスチャを使用したホムコールモンだった。 ペルティエ・リバースを使用して熱波を放つことにより、彼はオイナの放った冷気を相殺したのだ。 (オイナ、今は奴と戦うべき時じゃない。) 彼は抱き上げた少女に、耳元で囁く。 「でもホム…!」 (抑えるんだ。私たちだけでは勝ち目がない。) 「……む…娘が迷惑をかけたようだな。私たちはこれで─────」 「パンケーキ、食べて行かれないのですか?」 一刻も早くここから離脱したい。というのがホムコールモンの本心だったが、ここで断って逃げては不自然になる。 それに、オイナがパンケーキを食べたそうにしていた。というのも、彼がここに残った理由の一端であった。 ───────── あむ…むぐむぐ… 「おいひい!」 「ふふっ…よかったなオイナ。」 ふんわりと焼けたパンケーキに、たっぷりのメープルシロップとバター。 子供が喜ばないはずがない。 実際、彼女は瞬く間にそれを完食したのだった。 「…さて、帰ろうか。」 「ありがとー!おねーちゃん!」 二人は気づかれぬよう人混みに紛れ、人知れず基地へと帰って行ったのだった。 ━━━━━━━━━ はぁ…まさかこんなことになってしまうとは… 彼女はデジモンイレイザー様から預けられた大事な戦力だ。だからこうして大事に育てて来た。 それが…敵の陣地に一人で乗り込んで行ってしまうとは…。 「さて…オイナ、どうして一人であんなところに行ったんだ。心配したんだぞ?」 「………ホム…怒ってる?」 少し潤んだ目で、彼女は私を見上げている。 「別に怒っちゃいないさ。ただ、どうしてこんなことしたのか気になってるだけだよ。」 本当はもう少し厳しく接した方がいいのかも知れないが…どうも彼女には甘くなってしまう。 「…行ってみたかったの。お外。」 「外ならたまに連れて行っているだろう?」 「そうじゃないのー!ここの周りだけじゃなくて!もっといろんなところ〜!ホムはお仕事連れて行ってくれないし…ユキダルモンもマーメイモンもお外は危ないって…私、もっといろんなとこに行きたい!」 オイナがこんなにも願いを伝えて来たことが今まであっただろうか。 そういえば、身長も少し伸びている気がする。 …今回のことで…急速に進化を迎えた、ということなのか? そういうことなら…多少は考えてやるべきだろう。 「…君の事を子供と思って、少し過保護になり過ぎたようだ、オイナ。君も何れ、水龍軍…いや、デジモンイレイザー様の為戦う事になる。君はもっと多くのことを知る必要がある。……今度は一緒に遊びに行こうか、オイナ。」 「うん!ねぇねぇマーメイモン!マーメイモンも一緒に行こうよ!」 「私もですかオイナ様?…わかりました。ユキダルモンも一緒に、どこかに遊びに行きましょうね。」 全く…子供の成長とは早いものだ。 油断していると、彼女が水龍軍団の指揮を取り始めてしまいそうとすら思う。 ……その方が…いいのかも知れない。 私の中でしばらくなりを顰めていた、”オキグルモン”への敬愛と憎悪。 黒く濁ったドロドロとした感情が、再び燃え上がり始めたことを、 ”オイナ”への慈愛と…そしてわずかな性愛がそれと混じり合い、 さらに粘性を増していたことを、私は認識できていなかった。