「…あなたはまだ脇に対しての警戒が甘い 後ろにも目を…等と言っている訳じゃないんです この機体…ムラサメ改が何処まで詰められるかでオーブの、世界のこれからは変わる…各員の奮起に期待します …各員、10分の休憩の後再度集合!次は変形機構の時間を詰める!」 「「「了解!」」」 凛とした声がモルゲンレーテの滑走路に響き、オーブ軍のパイロットスーツを着たテストパイロット達がキビキビと休憩に向かい駆け足で立ち去っていく いずれ劣らぬ勇猛なオーブの精鋭達だ、きっとこれからのオーブを担う存在になり、それに応えるようにこの機体…ムラサメ改もより高く、より遠くにはばたくのだ そこまで考え、ふぅ…と溜め息を吐きながら空を見上げる はてさて、天空に飛翔している上官はまたぞろ何かしらやらかしているのだろうなぁ…と一人笑い 「よぉ一尉、隣いいか? …なんだよ随分嬉しそうじゃないか、何かいい事でもあったか?」 「えぇ、STTS/F-400…ムラサメ改のポテンシャル、操作性、追従性…どれをとっても見事の一言ですよ パイロット達もやる気を出しています、私もうかうかしてられませんね」 話し掛けられる声に長髪を流しながらその声の主を見やる 上官がボンボン、等と呼ぶ下級氏族の青年が飄々とした態度で手を振ってくるのを苦笑いしつつ迎え入れた まったく、あの上官は普通に受け入れてしまうのだから、という思いと本来ならばあの年頃等はそうあるべきという、苦味 …それをさておいても今や氏族間の関係性も流動的な昨今メキメキと頭角を現してきた眼前の青年は自分のような一軍人からしたらどうにも対応しにくいものだ たかが一軍人によく目をかけてくださる…等と考えても仕方ないだろう …上官が上官なら、部下も部下である 「ほぅ、"紅の水月"にそこまで言わせる機体か…いいな ……っとと、この異名はお嫌いかい?」 「顔に出したつもりはないのですが…まぁ、好きにはなれませんね いい大人が子供の下で、あまつさえそれで賞賛されるんですよ…『彼についていけて素晴らしい』とね」 大人として、なんていうのも何ですが情けないとは思いませんか…等と言いながら溜息を吐く 三佐自身に不満はない、むしろ上官としては最上級だ…たまに見せるクソガキな面はご愛嬌、そんな時ばかりでは困るが弁えはある方だ だからこそ、それがまた悩ましいのだ 一尉という階級、それこそ三佐も視野に入る程度には自身も出世をしてはいるが所詮お零れ、その程度 水月、等というのはいっそ私には似合いかもしれないと笑えてきてしまう…結局照り返した湖面の月でしかない人間が賞賛など、と 「…いや、まぁあいつのあれこれがおかしいのはわかる ガキの癖に何でも分かります、みたいな面して…愛に努力、友情に決意、何より信念に向けて走り出していっちまう パイロットとしてもナチュラルにしちゃ信じられないくらいやれるもんだから前へ前へ行けちまうのもたちが悪い 俺も嫉妬に狂いそうになったからわかる、わかるんだけどよ…」 実感の籠った青年の言葉に頷く 全くもってその通りだ、驚くほど早熟な精神に技術が追いついてしまっている、まだ15歳にも関わらず…だ それ程に彼は正の輝きが、善の尊さが好きなのだろう 勿論人間皆大なり小なり好きな物であるし、潔癖ではなく自分は横紙破り等平気でするのだからたちが悪いと言われたらそうかもなと苦笑するしかない、のだが…どうにも行き過ぎているようにも感じてしまう まるで、理想に殉じたという形にでもしたいかのようにも見えてしまうのだ ……考えすぎであればいいのだが 「?けど、なんでしょう 流石はご友人、見識と理解が深いように思われますが」 何故そんな頭を痛めたように抑えているのだろうか、やはり平時とはいえ氏族の激務のせいだろうか…? 今傍について…というより上官がプッシュしてつけさせた置いて行かれたあの子が迷惑をかけていなければいいのだが…等と考え 「いやぁ…なんだ、その、変な所で卑下すんのは似てんなぁ…」 「卑下……?」 「本気で分からない、みたいな顔よく出来るなあんた!」 唐突にそんな事を言われてしまえばそれは疑問も浮かぶだろう 上官は頑固で真っ直ぐだがよく自分を卑下している、それはそうだ ……しかし、私が……卑下……? ………はて………? 「あのな?オーブでインパルスだのデスティニーだのって聞いたら鬼神か悪魔かって位にはオーブ艦隊を食い散らかし、あのフリーダムさえ墜としてみせたフリーダムキラーだぞ? いや指揮が拙い判断が悪いクソボケのせいで死なせちまった奴等もいるから俺等氏族だって悪いが…そんな相手に生きてるんだぜ?」 「生きていたらいけませんか」 「いやそうじゃなくてよ、嗚呼クソッ!実は天然だなあんた!? はぁ…要は少なくともあいつ抜きでもとんでもねぇんだよあんた」 …そうは言われましても、というのが正直な感想である 変わった上官の下に着任し、研鑽を積み、あの日共にオーブを見た 信念に従い続いた、それ自体に後悔は無い、あの日に戻り同じ問いを投げ掛けられても同じように道を同じくするだろう、私自身の意志で しかしながらそこで出来た事を考えればあまりにも私など霞んでしまう 若者達が、三佐も勿論だがカガリ様、キラ・ヤマト…キラ様やラクス様、後はアレックス…アスラン・ザラとそれに着いてきたメイリン嬢達が四苦八苦しながら築いた道において、いったい私が何を出来ただろうか ラミアス艦長やあの砂漠の虎とは会話を交える事は出来たが、彼等彼女等には、何も… 「……そう、でしょうか 私など情けない女ですよ、信念をもって突き進んだつもりが大した事も出来ず、大事な局面で離脱し、自分より幼い上官を待つしかなかったのですから」 「うん…うん?そうか、そりゃあその、なんか食い違ってる気がするが…まぁいい なぁ、俺の勘違いじゃなきゃその離脱した戦場は…」 「メサイアにおける攻防、ですね」 あの戦いは本当に激戦だった、もう一度生きていられる自信は…正直無い 「…メサイア攻防戦でザクにでも撃墜されたのか?」 「いえ、ザクはどうにか…インパルス相手に損傷を負い撤退する羽目に…」 ザクやグフとてムラサメの機動力で何とかしただけだ 実証するようにインパルスの高機動パックに跳ね除けられている …負けたのはいい、しかし露祓いすら出来ぬ我が身を呪うしかなかったあの時間は、もう経験はしたくはなかった 「……おかしいだろ!どう考えても!俺なんか突破も儘ならなかったぞ!」 「え?ですが聞いたところパイロットは乗り換えていたようですし…それにしてもミネルバは人材が豊富ですね、ホーク嬢も見事なパイロットでした」 「そこは認めた上でかぁ…」 「それを越える方に付き従うのが部下で大人の私の役割ですので」 そう、それくらいは出来なくてどうするのだ 相手が誰だったから勝てなかった? 自分がこうだったから負けたんだ? 何を今更当たり前だろう、自分の腕を磨き、有利な手配りを行い、運を天に任せてなお自身に有利な戦場は驚くほど少ない ナチュラルとコーディネーターという人種的格差もある 特にオーブという国は国力が低くそれすら儘ならないのだ 技術こそあれそれでも、否、だからこそ1度焼かれ2度目も随分疲弊した だが、だからと諦めて何になる これ以上オーブに死の刃を向けさせてはならない そしてそんな中で、平和に子供達が過ごしていけるようにするのが軍人たる自身の役目なのだ だからこそ"彼についていけますね"程度の評価を喜ぶ訳にはいかないだろう 信念を抱え飛翔する三佐とて、オーブの民なのだから 「…その献身はどこから来るのかねぇ、なんてのは氏族たる俺が一番言っちゃあならんのかもしれんが あれか?愛とか、そういうのもあるのか」 「ありますね」 「あるのか、なるほ…あるのか…!?」 「?当たり前でしょう」 胸中の誓いを改めて確認していると何かおかしな事を聞かれてこちらの方が困惑してしまう ……ああ、なるほど 「あなたは愛が一つしか無いと思う方なのですね」 「それが普通じゃねぇか…?」 「いいえ?性愛の他にも親愛、敬愛、友愛、隣人愛もありますね」 「あぁ、そういう…」 愛といえば性愛しかない方なのか、などと思ったのだが…どうやら違ったようだ 見た目が綺麗で若々しいのによくわからん女だな…と零すのも含めてクソガキではあるが、此処は見逃しておくとしよう 「そういう意味合いにおいて好むのは、護りたいと願うのは、あなたとて同じでしょう?」 「……まぁ、なぁ……俺が腐ってる間もあいつは頑張ってて、漸く復活した駄目な俺にも会えば変わらず接してくる奴だ 正しさや信念は大事にしちゃいるが、出来ない奴のケツは叩かない あんな優しいけど厳しいやつ、護らなけりゃ嘘だろ」 「そういう事ですよ」 と、いうよりもである 「あなたはもし部下が上官が撃墜されぬかとやきもきして出迎え、つい感極まってしまった時はどう受け入れますか?」 「部下である、ということを前提にだな? そうだな…まずは感謝を述べる、だろうか、それでおちゃらけてみせるかな、足はあるだろ?ってな ま、あいつの事だ、その辺は上手く…」 「僕のお母さんですかあなたは」 「はい?」 「僕のお母さんですかあなたは、です」 ヒュッ、と息を吸い込み絶句する眼前の青年を見て、我が意を得たとばかりに頷く そう、いくらなんでも出迎えた部下に対してあんまりではないだろうか 「あなたは私が10歳で子供を孕むような倫理観をしているように見えますか、もしくはオーブはスラム街か何かですか せめてお姉さんなら、受け入れようもありましたが…お姉さんって呼んでくれませんかって思わず頼みましたよ私は」 「い、いくら部下とはいえ結構な物言いなのは、そうだな…クソッ、そういやあいつ割と他人に無頓着だな、俺に対しちゃ日常茶飯事だから慣れちまって忘れてたぜ…」 「それはそれでどうかと思いますがそういう事です 女性として見ろという話ではないですし、上司と部下としては現状で満足、というよりこれ以上は無いですがそういう目で見ると…」 無いな、という声が重なる 上官としては敬しているのは確かであるが、あらゆる意味でガキなのだ あの純粋な信念への憧れとて、きっと 「まぁ、仕方ない面もあるんだけどな ほら、あいつは変に早熟だから…表現に幅がないのさ 何よりあいつはひとりっ子だしな、あのご両親からの愛がそれだけ深いって事だろ」 「なるほど、そういう見方もありますか」 「それになぁ…あいつダチが少ねぇし、昔は少ないながらにいたらしいんだが…」 「嗚呼、あの壁にかけられた写真の…」 そうそう、と頷いてみせる眼前の彼も三佐の家によく遊びに行くらしいが、その話は聞いていたらしい 「昔の友人らしいですが、行方不明だと」 「そうなんだよなぁ…あいつ、それ以上は語りやがらねぇしさ」 「傷になっているのかもしれませんね、お労しい事です」 ここ数年で思わぬ方法で急に軍に足を踏み入れメキメキと頭角を現すオーブの絶対的なエース"オーブの青い弧月" 理知と実力をもってその異名を得て、三佐という地位も得た少年は実の所孤独ではないのだろうか 誰も、それを考えてこなかったのでは無いだろうか 「……三佐の事、これからもよろしくお願いします 私ではあくまでも部下としてしかあれこれできませんし、友人としてのあなたが三佐には必要です」 「逆もまた然り、ってな あいつには誰かがついていかなきゃならねぇ、平時にしろ戦時にしろな 俺はお前たちの様には出来ん…少し話して良くわかった、だからこそ部下としてあいつの背中は任せた あいつはすぐに突っ走るからな」 「はっ!…本当なら、後は心を癒せる方がいればいいのですが…」 「まぁ、なぁ…俺とあいつは間違いなくダチなんだがそれだけじゃ駄目な面はある」 そう、単純な話、そして先の話にもかかるが恋を経た形の愛、それだけは我々にはどうにもならない そしてそれはぽんと渡せるものでもない 我々からしたら手詰まりとしか言えないのだ 「…ま、いらぬお節介かもしれんがな あのガキ、大局は見れる癖に何かを為すなら自分が自分がばかりで勢いよく飛び出して周りをハラハラさせやがるもんだから心配しちまうんだよなぁ」 「それが三佐の良さではありますからなんとも…どうします、その勢いで彼女でも出来たら」 「っは!そいつはいい!どうやって捕まえたか聞かないとな! いや、もしくは捕まえられたか…か!くくっ…あんた冗談も言えるんだな」 「?いえ、作ってくればいいなという話をしていましたので、是非にと」 「お前はあいつを出先で女引っ掛けてくるような奴だと思ってるのか…?」 そう疑いの目を向けられるが心外だ まるで私が無茶苦茶を言っているようじゃないか 無茶苦茶なのは三佐だろうに 「三佐を型に当て嵌めて考えられるなら、三佐はこうして我々に何か言われるような事も無いのでは?」 「……すまねぇダチよ、俺はこれを否定しきれねぇ…!」 むしろ否定しようとしているのがなんだかんだいい友達なのだろうな、と思ってしまう 私ならそこに関しては肯定してしまうのだが 「っといけねぇ、そろそろいい時間か…また時間がある時にでも話せるか?」 「構いませんよ、何なら連絡先を交換してもいいですし」 「…なんだろうなぁ、脈無しな反応なのに安心出来ちまうの、美人なのになぁ」 「お褒めに預かり光栄ですよ、私も偉い方の御妾にならないなら安心です 訓練の時間も無くなりますし、派閥というのは面倒でならない」 「そういう意味でもあいつは無しか、釣り合う相手がいねぇからなぁ…カガリ様としちゃ誠意を示したんだろうが、サハク家とアスハ家に関わり深い新進気鋭の三佐サマだ ゆくゆくはより重職に…なんてのをあいつが受け入れるかは兎に角、そうなった時の相手は政治的に大事だよなぁ…」 そういう事だ 15歳にして三佐、なるほど喜劇か亡国間際かであるのならばまだしも、現実において起きてしまえば周りからすれば色眼鏡もかかるというもの 口さがない者は何を言うか分からないし、思慮がある者はそれはそれで扱いに困るのが現状の三佐である アスハとサハクのお気に入り、という言葉も小耳に挟んだし、それ自体は間違いなく事実なのもそういう手合いをどうこうするのを躊躇われる一因でもある …こういう話をしていると私でさえもまだ小娘だと実感してしまう 一発で解決など現実では出来ようもないのにだ 同じ事を眼前の彼も思ったようで、苦笑いしながら手を振ってくる 「…ま、それも本人に何とかしてもらうしかない、悔しいがな せいぜいその時に少し助けになってやろうじゃないか、お互いによ ……じゃあな!また連絡する!」 「ええ、また」 お忙しいだろうに気さくに手を振りながら去っていく姿を見送り顔をパシンと両の手で叩く 割り切りはせずとも、切り替えは大事だ まずはムラサメ改のロールアウトに漕ぎ着ける為に努力を重ねねばならない いずれ彼一人に、彼等だけに任せずにいられるように いつか彼が、彼に限らず誰もが何事も気にせず誰かと笑って過ごせる未来を少しでも作る為にも、必要な事なのだから 後日、ボンボンと共にその三佐自身からもごもごとらしくもなく相手が出来た事を伝えられた後、その立場やら経緯やら関係やらに驚愕の後Aは喜びから再び感極まり、ボンボンは爆笑しながらもそれを優しく見守っていたとBは語ったという