獣魔兵団はブリザードウルフの守護する、霊峰ゴッカン。  その最寄り駅から魔新幹線で数駅手前、ヤヤサムで列車を降りた獣魔兵団の一行は、吹きすぎた冷たい風に鼻先をくすぐられ、それぞれ立て続けにくしゃみをした。 「魔江野発の魔行列車降りた時から…魔界青森駅は雪の中…っとくらァ」  指先で鼻をごしごしと擦り、ブラッディオーガがだみ声で歌い出す。テネブルが後を引き取る。 「北へ帰る魔物群れは誰も無口でっ!海鳴り〜だけを聞いている〜っ」 「「わ〜たし〜も〜ひとり〜れんらく〜せ〜ん〜にのり〜」」  二者はそこで歌い止め、意味もなくハイタッチをした。 「テネブルくん友達にならん?」 「イイヨッ」  陽気な彼らを横目に眺めつつ、防寒着を着込んだ虎丸とブラックランサーは、レッドバーニングライオンの両側に立ち、燃えるたてがみで手を炙っている。 「長吻獣族大変陽気、推定寒気感覚不能」 「イヌは喜び庭駆け回りって言うもんなあ」 「東方語がわかるのか?」 「勉強した!頑張ったんだぜ俺」  レッドバーニングライオンは微笑み、グッとサムズアップする。虎丸も頷いた。 「紅炎獅子先輩非常親切、相互勉強補助、感謝」 「仲間が困ってたら助けるのは当たり前じゃないか!」  レッドバーニングライオンは、飽くまで朗らかに答えた。 「ところでレバニラ、今日は服を着てるんだな」 「そう!これ耐火魔法がかかってて燃えないんだ、俺が服着てると新鮮だろ」 「よく似合ってる」 「ありがとな!」  ブラックランサーの称賛に、レッドバーニングライオンは笑顔で頷いた。 「あっ……レバニラ先輩、今日はお誘いありがとうございます」 「ブリザードウルフ!来てくれてありがとう!」  南行きの電車から降りてきたブリザードウルフを、レッドバーニングライオンは朗らかに迎え入れ、ス魔ホを取り出した。 「みんな揃ったことだし、まず集合写真撮ろうぜ!そんでお昼にしよう!」  レッドバーニングライオンの号令一下、ぎこちなく並ぶ一行。獣魔兵団は獣魔族の集団とはいえ、それぞれ性質や得意分野が異なるため、メンバーによってはやや距離がある。この旅行は、兵団メンバーの親善のため、レッドバーニングライオンが企画したものなのだった。 「もっとそこは寄って!ブリザードウルフ!遠慮しない!写真入らないぞ!肩組んで!……ヨシ!すみません!写真お願いできませんか?」  首尾よく写真を手にしたレッドバーニングライオン。慣れた手付きで魔INEグループを作成し、メンバーを追加すると、今撮った写真を送信した。 「次はみんなで来られるといいよな!」  グループの名前は『獣魔兵団』。やや強張った顔で、それでも笑う一行の写真を、レッドバーニングライオンは満足げに眺め、グループのトップ画像に設定した。 「よおし!じゃあお昼だお昼!ちょっと寒いから熱いもの食べようぜ」 「もっと食べなブリザード。遠慮するなよ」 「……えと……熱いので……」 「なるほどな!テネブルは食べてるか?虎丸はどうだ?」 「レバニラ……お前も食べろ」 「ほぼママっすね先輩」  煮える鍋を前に、レッドバーニングライオンが甲斐甲斐しく後輩たちの世話を焼く。虎丸が鋭い牙で肉を噛みながら、疑問を呈した。 「之完全肉鍋。何故呼称牡丹鍋?」 「え〜と?なんでだったかな?ブリザードウルフ、この鍋がなんで牡丹鍋なのか知ってる?」 「……なんで牡丹なのかまでは知らないですけど……魔猪の肉が入ってます」 「うーん?魔猪ね。虎丸、魔猪っていうのはこういうやつだよ」  レッドバーニングライオンは、ナプキンを一枚取り、さらさらと絵を描いた。絵を受け取った虎丸は細部までをしげしげと凝視した後、次に回した。それを手にしたテネブルは耳を立て、吊り目を丸く見開く。順繰りに回されたナプキンを、ブラッディオーガは掌の中でぐるぐると回し、ブラックランサーは眉間に皺を寄せて見つめ、ブリザードウルフは困ったように微笑みながらそっとテーブルに置いた。 「下手だろ〜!」  レッドバーニングライオンは笑顔で言った。 「あ、突っ込んでいいやつなんだ」 「奥さんにも言われるんだよ、うちの子の方がまだうまいよって」 「否。之或種抽象芸術」 「魔猪って多分難しいですよね。オレも描いてみる!」 「お、じゃあオレも描くか」 「ブリザードさんも描いて」 「えっえっ」 「ス魔ホで検索すればいいじゃないか……」 「そうか……そうだよな!頼りになるぜブランケット!」 「やっぱ魔法使うヒトは賢いんスかねえ。じゃあテネブルくんも賢いんかな?」 「うん!オレは賢いぜッ!……ブリザードさんはホントに賢そうだよね」 「……えっと……」  ブラックランサーは眉間に皺を寄せつつ、無言でス魔ホを示す。画面を見せられた虎丸が、ふんふんと頷いた。 「我魔猪既知、東方此獣多数存在」 「おっ、向こうにもいるんだな!」  一方、絵を描いた三名は品評会を始める。 「ブリザードさんが一番うまい」 「これは相当写実的スね」 「……この辺だと魔猪は珍しくないから……」 「ううん絵心だよこれ」 「おっ、ホントだ。すごいなあブリザードは!」  レッドバーニングライオンは四枚のナプキンを並べ、ス魔ホで写真を撮った。写真を送ろうと魔INEグループを開けば、先程の集合写真への返信が表示される。 『👍』 『ごっつぁんです』 『😄』 『全軍突撃』 『自分は備品扱いですので獣魔兵団ではないかと』  デビルズチェーンソーの返信を見て、レッドバーニングライオンは写真を送りつつ目を丸くする。 「そうなの!?」 「ス。あいつ自分で維持費申請してるス」 「えっ……気の毒だなそれ。……う〜ん……」  レッドバーニングライオンは少し考え、魔INEのグループ名を変更した。 『ソウルメイト!』  画面を見たブラックランサーは、誤ってカメムシを呑み込んだような顔をした。テネブルがケラケラと笑う。 「まーたそれ?レバニラ先輩ソウルメイト何人いるのォ?」 「みんなさ!みんなが俺のソウルメイトだ!」  レッドバーニングライオンは力強く答えた。ブラックランサーはカメムシを呑み込んだ口に梅干しを押し込まれたように、キュッと顔をしかめる。 「ところでデビルくんは今何してるんだ?」 「家で魔tubeでも見てると思うス。あいつこういう所には来ないんで」 「そうか、彼チェーンソーだもんな……みんなで遊べる方法はないかな……?」 「レバニラ……無理に連れ出そうとしなくてもいいんだ」 「仲間外れはよくないだろ!」  ブラッディオーガは中空を見つめて唸る。 「オレレバニラ先輩のそういうとこ、超いいと思ってるス。ずっとそのままでいてほしい」 「そう……レバニラのいい所はそこだよな……」  ブラックランサーも腕組みして深く頷いた。 「?おう!」  皆がス魔ホを見ている間、虎丸はテネブルの置いたペンを取り、紙に向かっていた。 「我描画魔猪」 「うおっ」 「こ……これは……」 「芸術だ……」  墨絵の如き東方風の絵柄で、生き生きと描かれた魔猪。感嘆の声を聞きながら、虎丸はじっとブラックランサーを見つめる。 「……わかったよ」  しぶしぶペンを取るブラックランサー。ほどなくして、コロンとした可愛らしい魔猪が書き上がる。 「これもいいな!」  嬉しそうに写真を撮り、これもまた魔INEグループに上げるレッドバーニングライオン。と、ブラッディオーガのス魔ホが通知音を立てる。 『なんとかして止めさせろ。俺の魔INEに無意味なノイズを流し込むな。』  ブラッディオーガは、相棒からの通知を素早くスワイプして消した。  店を出た一行の前には、一面鮮やかに色づいた山が広がっていた。赤い葉、黄色い葉が枝を離れて、はらり、はらりと降り注ぐ。足の下で落ち葉が儚く音を立てて砕ける。レッドバーニングライオンがしみじみとした声を上げた。 「いい眺めだなあ」 「うむ。だが儚い眺めだ」  ブラックランサーが頷き、小声で呟く。 「奥山に……紅葉踏み分け鳴く鹿の……」 「それは本当ですか!!!」  突如響き渡る、どおん、と山が揺れるような音量の絶叫。衝撃で散った葉がバサバサと降り注ぐ。 「うわ……この辺にもいるんだ……」 「山二つ向こうぐらいかな、この感じ」 「魔鹿極限奇妙野獣、東方此獣不在」 「魔鹿ってゴッカンにもいるんスか?雪崩起きそうですけど」 「……いる。体は大きいけど声は小さくて、一番寒い時期は鳴かない」 「へぇそいつァ害獣度が低いや。南のもそうなったらいいんスけどね」 「ねえ、ブラックランサーさん、さっきなんか言ってませんでした?」 「いや……」  ブラックランサーはため息をついた。魔鹿の絶叫には、全ての情緒を吹き飛ばす力があるのだ。 「……ところで猪肉は牡丹だが、鹿肉は紅葉と呼ぶんだ」 「そうなんですか?これ全部肉だったらだいぶキモいかも」 「情緒がないなァテネブルくんはよォ」  ブラッディオーガのからかいに、テネブルは憮然としてみせた。 「オーガに言われたくないよねっ。君こそ情緒とかスッカラカンでしょ」 「バカにするなよ?オレは情緒に満ちてる。見ろよ……葉っぱが……赤くて……黄色いだろ」 「バカじゃん!バーカバーカ!」 「何がバカだこいつっ」  小突き合いを始める二者。しょうもないパンチの応酬を見つめ、虎丸は一つ頷いた。 「我完全理解長吻獣族交流手法」  虎丸はさっと飛び出すと、テネブルに向けてシャシャシャッと素早くパンチを繰り出す。 「わわわ」  危うく仰け反って逃れたテネブルを一瞥。次いで虎丸は流れるようにブラッディオーガへと飛びかかり、鮮やかにキャメルクラッチに決めた。 「は?……えっ?おかしいでしょ!?おかしいでしょ虎丸さん!」 「問答無用!」  虎丸が両腕に力を込めた。ブラッディオーガの巨躯が仰け反る。 「ごあああああ!!」 「がんばれッ」 「がんばれなことあるかい!ちょっ……マジ虎丸さん……虎丸さん……虎丸ッ!虎丸オラアアァァ!!」  ブラッディオーガは牙を剥き出しに咆哮し、キャメルクラッチを決められたまま強引に立ち上がると、身をよじって虎丸を跳ね飛ばした。虎丸は空中で身を捻り、しなやかに着地して構える。 「オーガ、キレた!」  テネブルが大喜びで手を叩いた。レッドバーニングライオンも笑い出す。ブラッディオーガはたてがみを逆立て、生来の大声で吼える。 「キレてねえよ!オレキレさせたら大したもんだよ!虎丸てめえシマシマ剥がして黄色にしてやるコラァ!」 「笑止……汝不能踏我的影」  虎丸は片手を前に出し、掌を上に向けて指先だけで手招きした。 「カーッ!こいつ煽ってきやがる……!何言ってるかはわからんが……!」  それを聞いて虎丸は少し考え、にやりと口の端を持ち上げる。 「ふっ……きみは わたしの かげ を ふむこと も できない……」 「お前オレに対する初魔界語それかよ!バターにしてやるッ!」 「さあ始まりました世紀の大決戦!東方の魔獣虎丸対狂気の巨人ブラッディオーガ!実況はワタシ、テネブルです!この勝負の行方、どうなると思われますか、解説のブリザードウルフさん」 「えっ……!?」 「ブリザードさん……これはオレからのアドバイスですが……」  ブラッディオーガが振り向かないまま、渋い声で言った。 「参加すれば喋らずに済みますぜ」 「ええっ!?」 「長吻獣族本当卑怯、結束必須臨戦」  虎丸はブラックランサーに向けて、さっと手を差し出す。 「なんだと……!?」 「わたしたち が くめば むてき」 「さあタッグマッチであります、ゴッカンの守護者《ブリリアント》ブリザードウルフと、黒きヴェールをまとう夜からの使者、ブラックランサー=ケット・シーを加えたこの勝負!どう見られますか、レッドバーニングライオンさん」  レッドバーニングライオンは答えようとして、吹き出す。 「ぶふっ……ちょっ……ちょっと待って、んっふふふ」 「はい!ありがとうございます!それでは……よろしいですか!?」 「おうよ!かかってこいや虎丸ゥ!」 「汝鈍重及単純、我敗北不能……わたしが きみに まける ことは ありえない」  カーン、とテネブルが叫ぶと同時に、逸る両者は勢いよく飛びかかる。虎丸はブリザードウルフに、ブラッディオーガはブラックランサーに。  ブリザードウルフは虎丸の初撃を半身で受け流し、無防備に流れた体を横から捕らえようとする。虎丸は素早く体を捻り、手を引き戻して構えながら褒めた。 「君武術非常流麗」 「ふふっ……」  ブリザードウルフは獰猛に微笑む。虎丸もまた笑みを返した。 「シャア!行きやすぜ先輩!」 「なんの!」  一方ブラックランサーとブラッディオーガはがっちりと手四つに組んだ。互いの筋肉に力が籠もり、骨がミシミシと軋む。  ブラックランサーはブラッディオーガを押さえこもうとしながら、内心少し不安だった。いつの間にか皆、こんなにもはしゃいでいる。この調子では近いうちに、またソウルメイトが増えてしまうのではないか。  ブラッディオーガも組んだ手に思い切り力を込めながら、内心少し不安だった。レッドバーニングライオンは先程から、ちょくちょくグループ宛の魔INEを送っている。デビルズチェーンソーはあのメッセージ以来沈黙を貫いているが、こういう時、相棒は大抵怒っているのである。