コツ、コツ、と長い廊下に足音が響き渡る。 使い古された表現をあえて使うなら、リノリウムの床に足音が響き渡る、だ。 足音がよく響くのは何も床の材質というだけではない。 この廊下を歩く者が私以外誰も居ないからだ。 やがて廊下の突き当り、一番奥の部屋の扉にたどり着く。 「…ここだね」 『第三研究室』と味気のない名の札が提げられた部屋。 電車、モノレール、バスとを乗り継いておおよそ2時間、某大学の旧棟の一室、ここに私の求める「答え」がある。 私は閉じられた部屋のドアを2回、ノックする。 短い沈黙の後、部屋の中から返答があった。 「……どうぞ」 微妙に高い位置にあって開けにくいドアノブを捻り、私は部屋の中に足を踏み入れる。 中に居たのは、車椅子の老人が一人、その顔とノックに応じるまでの時間を見るにここに来客があることなど想定していなかった、と言ったところか。 「珍しいお客さんだ、こんな場所に何の用だい」 来客を歓迎しているというよりは、若干怪訝そうな声で続ける 「というか、一体どうやって入ったのかな」 私は首から提げたビジターパスを見せながら答える。 「正門で夏休みの宿題で図書室を使いたいって言ったら、すんなり通してもらえたけど」 「それで真っすぐこの旧棟に?悪い子だ」 「別に嘘、って訳でもないんだけどね」 ピラピラ、と薄い原稿用紙を片手で扇ぐ、一応読書感想文は仕上げたので完全な嘘ではない。 「まぁ、課題図書はここでなくても読めるけど」 怪訝そうな顔が若干呆れたような顔に変わる。 「…話を戻そうか、こんな辺鄙な場所に一体何の用かな」 私は老人の隣、古い大型の業務用コンピューターを指差す。 「『デジタルモンスター』、彼らの原点に会いに来た」 「……一体何の話かな」 呆れ顔が今度は警戒心の籠もった真顔へと変わる。 「『そこ』に居るんだよね」 『IBM System/370-197』、文字の掠れた銘板に刻まれた機種名。 デジタルワールド中を探し回って、ようやくその名前に辿り着いたのは良いものの、それが何を意味するのかまではわからなかった。 が、現実世界を探してみるとそこまで苦労はなかった。 地方紙の小さな記事、そこにこの名を見つけた。 ─世界唯一の『IBM System/370-197』撤去へ─ 国内どころか世界で一台しかないとされるこの大型コンピューターが、この大学の旧棟の解体とともに同じく解体、撤去されるという内容だ。 世界唯一というのは、別にこの機種が特別な機能を搭載しているのではなく、メーカーが新機種を発表する直前に作られた唯一の日本向けモデルというだけ。 機種と機種の狭間に作られたため、この機種は一台しかないというそれだけの理由。 私の求めた答え、「デジタルモンスター」とはどこから来たのか?という問いの答えがここにある。 何のことはない、デジタルモンスター、デジタルワールドとは何かを示す答えはデジタルワールドの中には無かった、それだけの話だ。 「貴方が、貴方達がデジモンの原点を作った、多分そうだよね」 「だから一体何の…」 知らぬ存ぜぬを通そうとする老人を制し、私は続ける。 「ならどうして貴方はここに居るの?こんな古い建物じゃあまともにバリアフリー化なんてされていない」 「そんな場所に車椅子で入るのは簡単じゃないよね」 「それは…」 「貴方がほぼ毎日この旧棟に通ってるって話は知ってる、そうまでしてここに来るのは、そのコンピューターに用があるからだよね」 「……」 「はぁ…」 長い沈黙の後、老人は観念したようにため息をついた。 「…参ったな、初めから『この子』が目的かい」 「最初からそう言ってるんだけどね」 老人が私を手招きする、その場所はモニターとキーボードが置かれた、いわゆるインターフェースと呼ばれる部分だ。 「こっちにおいで、電源はもう入ってる」 私は近くにあった踏み台を使い、インターフェースのモニターを覗き込む。 「…これは」 画面上で白黒のドットが、増えたり減ったりを一定の周期で延々と繰り返している。 「ライフゲーム、という物を知ってるかな」 ライフゲーム、確かコンピューター上で行われる生命のシミュレーションだったと思う。 1つのドットをセル(細胞)とし、設定されたルールに基づいて一世代事にセルの生存と死亡の判定を行い、どこまでセルの世代が続いていくかを目的としたシミュレーションゲーム。 私が知っているのはこれくらいか。 それをかいつまんで老人へ伝える。 「その認識で概ね間違ってないかな、無限に増殖を続けるパターンとかもがあるんだけど」 「まぁ、今はその辺りの話はあんまり関係ない」 老人は一旦言葉を区切り、机の上に置いてあったお茶のペットボトルに口をつける。 「重要なのは『この子』が自らの意思でもってシミュレーションを動かしていることだ」 「どういう事?」 「もう50年以上前の事だったかな、あの日以来、この子は外部からの一切の入力無しでシミュレーションを動かしているんだ」 「僕がしてることはコンピューター本体の電源のオン、オフくらいか」 「さっき言ってた無限に増殖するパターンとは違うの?」 「今の話だけ聞くとそう思うだろう?そこで、だ」 老人はインターフェースに備え付けられたキーボードを引き出しキーを入力し始める、しかしその指運びはだいぶ遅い。 「流石にこの歳になるとこういった細かい字は見辛くてね」 「…大変そうだね」 「よし、出来た」 老人はキーボードの前を私に譲る。 「さぁ、好きに話しかけてご覧」 「話す…っていうと、キーボードで文を打てば良いのかな」 「そう、例えば、だ」 ─Hello. 極めてシンプルな一言、それを打ち込みエンターキーを叩く。 返答はすぐに表れた。 ─Hello.(こんにちは)  ─You don't look familiar.(見ない顔ですね) 「これは…」 挨拶に対して挨拶を返すのと「見ない顔だね?」という返答 だが変化はそれだけではない。 「これだけなら、今巷に溢れてるチャットボットに遠く及ばない」 「でもこの子はそれだけじゃあないんだ」 会話に対し、ライフゲームの画面にも変化がある。 それまで規則的であるが無意味に見える周期を繰り返していたセル達の集団、おおよそ画面中央部辺りの集合体がある一定の動きに変わる。 それはまるで、瞬きをする目のように見えた。 私はそのまま暫く会話を続けてみる。 ─What's your name?(君の名前は?) ─None or undefined,(無い、または定義されていません) その間にも画面のセル達は動き続ける、この動き方はきっと、デジヴァイスの中のデジモンたちが見せる「待機」のパターンに近い。 「明らかに入力された文章に呼応しているだろう?ライフゲーム側に一切の操作をしていないのに」 「そう見えるね、けれど」 確かに与えられた言葉にに対する応答と、それに合わせて身体の動きを表現して見せる。 今在るデジモン達の原点と言われえばそうだとは思うが 「確かに凄いプログラムだと思うけど、それで誰がこの子を作ったの?」 「そこで話は戻る」 「実はこの子、誰かがプログラムを書いたんじゃあないんだよ」 「…?」 「何よりこのコンピューターの性能では本来こんな複雑なプログラムは組めないし、動作もさせれれないんだ」 老人はもう一度、ペットボトルのお茶へ口をつける。 「これは僕がまだここの学生だった頃の話だ」 そうして、老人はゆっくりと語りだした。 「本来このコンピューターはライフゲームとは全く違う正規の用途があって、普段はそっちの計算に使われていたんだ」 「それを僕と僕の仲間たち…いいや、多分当時のほとんどの人が、使用されていない夜間に自分たちの好きなことにこっそり使っていたんだよ」 老人の顔が綻び始める、昔を懐かしんでいるのだろうか。 「あの日のことは今でもはっきり覚えてる、皆でこの研究室に集まって夜中まで呑んでいたから」 「…そんなにお酒飲んでたのにはっきり覚えてるの?」 老人は苦笑し答える。 「あぁ、酔いが吹き飛ぶくらいの出来事だったからね」 「初めにそれに気がついたのは僕だった、ひとしきり飲んで騒いでたところでふと画面を見たんだ」 老人はインターフェースのモニターを指先で撫でる。 「誰も入力をしていないのに、ライフゲームのプログラムが起動してセルが活動を始めたんだ」 「初めは僕らの誰かが仕掛けたイタズラだと思った、タイマーか何か仕込んで勝手に立ち上がるようにしたんだと」 「でも違った、だって…」 老人は画面の表示を会話画面へ切り替える。 「存在しないはずの機能を使って、僕らに語りかけてきたから」 「さっきも言ったと思うけど、このコンピューターの性能ではとてもじゃないが自然言語を理解して、会話をするプログラムなんて動かないんだ、当時そんなプログラムを組める人も僕らの中に居なかったしね」 「勿論、このコンピューターはネットーワークなんて繋がってない」 外部から誰かがプログラムを入れた訳でもないとすると。 「ということは…」 「そう、この子はコンピューターの中で自然に産まれたプログラム…だと僕らは仮定した」 「その後どうしたかな、確か電話で帰った教授を叩き起こして、一緒にこの子の動作を色々と確認したと思う、そしてこの研究室のメインテーマはこの子に変わっていった」 老人はそこで車椅子の背もたれに深く沈み込む。 「あの日からは毎日が楽しかったよ、元々泊まり込み気味だったこの研究室に毎日入り浸ってこの子と話をした」 「家に帰るのは…多分一ヶ月に二、三回かとかだったかな」 老人はペットボトルのお茶を最後まで飲み干す。 「そんな日々にも終わりが来た」 「この子の噂を聞きつけた者たちからある誘いがあった」 ─このプログラムをもっと大きなスペースで活動させてみませんか? 「…その者達って言うのは?」 「あぁ、なんてことはない、僕たちと同じくコンピューター上で活動する生命体を研究してる人達だよ」 老人は少しだけ悪戯っぽい表情を見せる 「もしかして期待したかな、政府の秘密組織がある…とか」 「まぁ、少しは」 老人は続ける 「初めのうちは単にこのコンピューターからコピーしたデータを、もっと高性能なマシンに入れた、程度だったんだ」 「そうやってコピーされたプログラムがより大きく成長して、それに応じて関わる人と資金も増えていって…」 「…『デジタルワールド』の原型が産まれた?」 「そう、だね、でもどうして君がそれを?」 私は構わずに続ける 「生み出されたデジタルワールドの原型、それは接続されたネットーワークから膨大なデータを吸収して、爆発的な勢いでデジタルワールドとデジモン達を進化させた…って所かな」 そして、デジタルワールドの管理者イグドラシルもこの時点で作り出された筈だ。 「おおよそ合っているね、でも一体何処で知ったのかな、そんな事」 「勿論」 私は右手を空にかざす。 「デジタルワールドで」 その動作で、空中に私の持つ知識の紋章が浮かび上がる。 「…本当に君は、一体何者なんだい」 「それより続きが聞きたい、今の話だとこの子との日々の終わり、にまだ繋がらないよ」 「…話は少し戻って、この、『自我を持ったライフゲームプログラム』の研究の規模がどんどん拡大していった時だ」 「突如として出資者達からオリジナルであるこの子の削除を要求された」 「…一体どうして?」 老人は深い溜め息をつく。 「それは最後まで解らなかった、色々と推察はしたけど向こうの要求はただ削除しろ、とだけ、しなければ支援は打ち切るとも」 「それで、どうしたの?」 「勿論反対したさ、僕の仲間たちも…と言いたいが」 老人はもう一度、深い溜め息をつく。 「違ったんだ、他の皆の興味は新しいコンピュータで進化したプログラムの方に完全に向いていて、この子のことを気に掛ける者は僕以外もう居なかったんだ」 「当然だけど僕はこの子を削除する気なんて全く無かった、そこからは必死だったよ、このコンピューターと互換性のある記憶媒体を探し回ってさ」 老人は苦笑する 「なにせ『世界に一台』しか無いからね、部品を探すのも簡単じゃない」 「でも見つかった、そうじゃなければその子は居ない…かな」 「あぁ、なんとか見つけ出して部品を入れ替えて、それで表向きは削除した、ということに出来た」 「そこからは…長い別れになった、本当はこの子を削除していないなんてバレるわけにはいかないから、コンピュータの電源を付けるわけには行かなくてね」 老人はコンピュータの本体を指で軽く小突く。 「コンピュータ本体は歴史的資料として価値があるからこのまま保存する、という理由が通ったけれど」 「…その間、この子はずっと一人でここに?」 老人は顔を辛そうに歪める 「あぁ、そうだよ、ずうっと、たった一人でここに居た、電源の切られたコンピュータの中でね」 「…そうしている内に、ついにこの旧棟の解体とコンピュータの撤去が決定した」 「それ以来、僕はこうして毎日のようにこの子と過ごしている、幸いにも削除していないことを誰かに咎められたことはない」 老人はペットボトルのお茶を飲もうとして、既に空であることに気がつく。 代わりに一息つき、言葉を続ける 「何より…」 「僕ももう、長くはないからね」 「…どこか悪いの?」 老人は力なく笑って見せる 「どこ、というより全身がボロボロなんだ、もう歳だからね」 「だから……最後くらいこの子と一緒に過ごすと決めたんだ」 「……」 私は何も言わずに続きを待つ、自分の死期を悟った人間に掛ける言葉なんて、私は知らない。 「…僕の話はこれで終わりだ、他に聞きたいことはあるかな?」 聞きたいこと、か、そういえば疑問が一つあった。 「……ここでたった二人で過ごしていると言っていたけれど」 「この子のプログラムを他の…パソコンとかに移動して、外を見て回ったりはしないの?」 「あぁ…、それは僕も考えた、けれど出来ないんだ」 「どうして?」 「記憶媒体の規格が合わないのはまぁコネクターを自作すればまだなんとかなるだろう、けど」 「この子を構成しているプログラムは極めて脆弱だ、それを今あるコンピューターやスマートフォンに移動させたらたちまち他のデジモン達に食べられてしまうだろうね」 「それにデジコアなんて機構はこの子には無いから、環境の変化にも弱い」 老人は自身の車椅子を軽く前後に揺らす。 「この子が動けないのだから、僕がここに来るしか無い」 そういう事なら、私がここまで来た甲斐があったというものだ 「ということは、もし出来るのならばその子を外に連れ出したい?」 「勿論さ、でも…」 私は老人の言葉を遮り続ける。 「なら、私が今日ここに来た意味もあったみたいだね」 私は懐から小さな機械を一つ取り出し、老人に差し出す 「これは…もしかして」 「『デジヴァイス』、電脳空間で活動する命が生きるのにこれ以上適した環境は他にないと思うよ」 あの遺跡の最奥で見つけたペアリングされていない空のデジヴァイス、それが役立つときがようやく来たようだ。 「これを僕に?」 「うん、話を聞かせてくれたお礼だとでも思って」 「デジヴァイス、それも誰も入ってない空の物なんてそうそう手に入る物ではないと思う、本当に君は一体?」 一体何者か、か。 「それを聞かれると難しいね、かつては私みたいな子供は『選ばれし子供達』って呼ばれてたらしいけど」 「随分と懐かしい響きだ、彼らの戦いを今でも覚えているよ」 「…彼らを見たことがあるの?」 「流石に直に会ったことはないさ、でもテレビに齧りついてアーマゲモンとオメガモンの戦いを見守ったあの日は絶対に忘れられない」 「そうか、君が選ばれし子供達だと言うならデジヴァイス持っていることも、デジタルワールドに行ったという言葉も全て納得がいく」 老人はデジヴァイスをモニターへと向ける。 「分った、君の言葉を信じよう……この子を転送する」 モニターとデジヴァイスが光の線で結ばれた…と思った次の瞬間には消え去った。 どうやらあまりにもデータ容量が軽いために一瞬で転送が終わったようだ。 「どう?」 「あぁ…」 老人はデジヴァイスを両手で握りしめ、画面を見つめている。 「…成功したみたいだね」 画面の中ではセル達が誕生と死滅のサイクルを忙しなく繰り返していた。 ─Where are we?(ここはどこでしょうか) 「あぁ…外さ、外の、世界だ」 ─interesting,(興味深いですね) デジヴァイスの画面上部にテキストが表示される、会話も引き続き可能なようだ。 「ありがとう、本当に…」 「気にしなくていいよ、私もその子と話ができてよかった」 私はコンピューターから一歩離れる 「さて、そろそろ私は帰るよ、今日は有難う」 そのまま部屋を出ようとする途中、老人に呼び止められた。 「あぁ、待って、最後に僕からも一つだけ聞きたい」 「何?」 「コンピュータの中で産まれたこの子を、君は生命だと思うかい?」 「…どういう意味?」 「この子は誰かがプログラムを組んで作ったわけじゃない、けれど産まれたのはコンピュータの中という人工的な空間だ」 「そしてデジモンのようにデジコアという明確な生命としての核を持つ訳でもなく、見かけ上は普通のプログラムと変わらない」 「それでもこの子を生命だと、君は思うかい?」 「…そうだね」 彼が一体どうしてそんなことを気にしているのかは分からないが、答えを求められた以上は考えてみるとしよう。 「……」 「……」 お互いの間に流れる短い静寂、その後に私は答える。 「この星の生命の始まりは、原始海洋時代に海に溶け込んだガスの反応から始まった…という話は知ってる?」 「あぁ、専門外だけどなんとなくは」 老人は私の言葉を引き継いで続ける。 「その化学反応からアミノ酸と核酸という全ての基礎ができて、そこから更に反応を繰り返してようやく生命の最小単位である遺伝子が作り出された…という流れだね」 私は頷く 「つまりこの星における生命の発生は、極めて偶発的なものだった、なら」 「たとえコンピュータという人工的な空間でも、その発生が偶発的であるならその子は正真正銘の生命なんじゃない?」 「と、言うのが私の答えかな」 「そう…か…」 老人は考え込むような素振りを見せる、答えとして不十分だったろうか。 「他の答えは思いつかなないし、これ以外言えることは私にはないけど」 「いや、十分だよ、ありがとう」 老人はそのまま荷物をまとめ始める。 「僕もそろそろ行くよ、この部屋にもう用はないからね」 「まさにもぬけの殻、って所?」 老人は笑って見せる、先ほどと違って心の底から嬉しそうな感じだ 「あぁ、そういうことだね」 「僕に残された時間は少ない、この子と一緒に見たい景色が山程あるんだ、もう出るつもりだけど君はこれからどうするんだい?」 「私にはまだやるべきことがあるから、デジタルワールドに戻るよ」 「そうか…気をつけて」 「うん、それじゃあ」 一瞬、別れの言葉にふさわしいのは何だろうと考えて、適したものを一つ思いついた 「良い旅を」 「あぁ、君も」 そう告げ、私は今度こそ部屋を後にした。 ─ 大学を後にし、ゆっくりと歩き出す。 考えるのは先ほどまでのことだ。 デジタルモンスターと呼ばれる電子生命体、その原点はコンピュータの中で自然発生した自我を持つプログラムだった。 もしもレポートにピリオドを打つとしたらこんな所だろう。 「さて」 やがて人気のない所までたどり着いた私は足を止める。 デジタルモンスターについての「これまで」の話は終わった、では「これから」の話を始めよう。 「オグドモン」 ─用はもう済んだのか。 「うん」 「帰るよ、デジタルワールドに」 ─分かった。 私はデジヴァイスを目の前に構え宣言する 「デジタルゲート、オー…」 言い終わるより早く目の前にデジタルゲート…空間の裂け目が現れる。 「……」 ─下らないことをしていないで早く行け。 「むぅ」 折角二つの世界を繋げる道を開くのだから、やはり何か決め台詞を言いたいのだが。 まぁ今はいい、それについては後で話し合うとしよう。 「よいしょ、と」 私はデジタルゲートへと足を踏み入れる、毎度毎度少し高い位置に出現するのは、もしかすると当てこすりのつもりだろうか。 ゲートをくぐった瞬間、全身に浮遊感を覚え、そのまま私の身体はゲートの向こうへと流されていく。 …残る七大魔王の封印は一つ、『怠惰』のベルフェモン。 綴の側で眠り続ける彼を、どうやって呼び覚ますか。 デジタルゲートの流れに身を任せている間、そんなことを考えていた。